パラダイスロスト   作:緑川蓮

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説明回。(今回はよその子の登場は)ないです




 

 

 

 乱世の英雄、平和な時代においては殺人鬼。

 

 

 

 

 

 

「お(かみ)の連中は軍備縮小に躍起だって聞いたが、正気かよ」

「シバを倒したんだものォ。世論よォ世論。これからは復興に力を注ぐべきだってねェ」

 

 アークスシップ居住区にひっそり佇む、個人経営の美容室があった。目立つ場所に位置するでも無く、決して大きな店構えでもない。裏通りのビル3階に控えめで小洒落た看板を出す、隠れ家的な店だ。

 しかしナチュラルインテリア風の、この小さな美容室は常に予約で埋まっている。今日は軒先に『CLOSED』と小さな札が吊り下げられていた。本来は定休日なのだ。

 

「それも含めて翼派(よくは)の思うツボだろうが。総司令(ウルク)情報部司令(カスラ)も強硬派の連中も、そこまで頭が回ってないワケじゃ()ェだろ?」

「アタシに言われてもねェ。だからこそアナタやルベルを呼び戻す事に、強硬派も最終的には賛成したんじゃないかしらァ」

 

 店内には長めの銀髪をツインテールでまとめた少女と、嫌がっているのに無理矢理お手製の服を着せられた野良猫みたいな不機嫌な表情を浮かべる青年と、軽快に梳きバサミと櫛を動かす金髪のオカマが居る。

 ウィリディスはアーテルの美容室に居た。

 ローテンポで流暢なジャズが流れる店内に、規則的で耳当たり良い梳きバサミの音が響く。

 当然の事ではあるが髪質が数年前より傷んでいるので、アーテルは器用な手先をいつもより丁寧に振るう。

 ルベルは先に散髪を終えて、入口側の木机に頬杖をつきながら午睡に耽っていた。

 というかアーテルに「久々に髪をいじらせなさいよォ。ネームレスシップ(あんなトコロ)に居たから、もう酷い傷み方してるものォ!」と呼び出されたルベルに付き添う形で来たウィリディスは「オレは良いよメンド臭いから」と拒否したにも関わらず「ナニ言ってんのよ、そのままじゃアナタ不審者よォ。それじゃ【明星(ステラ)】がどうとか関係無しにパクられちゃうわよォ!」と押し切られ、若干ショックを受けながら着席している形である。

 

「本当によくもまァ、この不審者めいた野郎を呼びつけたモンだよ」

「そろそろいい年のオッサンだからこそ、身だしなみは気遣わないとダメよォ?」

 

 鼻を鳴らしながら皮肉ったつもりが、アーテルはカラカラと笑いながら悪意の無い追い打ち。

 おいオカマ手前(てめえ)コラ他人の事を言えねえだろうが、ってかオレはまだ二十代(推定)だ、と心の中で憤慨する。口に出して言い返す勇気は無い。二十代後半がオッサンじゃないと言い張って良いのか、自分でもちょっと自信がないのだ。

 

「口遣いも随分と悪くなったわねェ。昔はもっと棘の無い感じだったわよォ?」

「環境が変わればこうもなる」

「でもアタシは今のワイルドな雰囲気も好きよォ。チョイ悪って感じ?」

「キショいからやめろ……背筋が粟立(あわだ)つ……」

 

 アーテルは腰をくねらせて、鏡越しに投げキッスをしてみせる。ウィリディスは足元からムカデが這い上がってくる様な嫌悪感に身震いした。

 

「昔、か」

 

 背後のオカマが意図せず放ったであろう単語に思いを馳せる。

 

「早ェモンだな」

「こっちは長かったわよォ。本当にアナタ達が戻って来られて良かったわァ」

 

 あくまで()慳貪(けんどん)に言い放つウィリディスと、感慨深く噛み締めるように呟くアーテル。

 しかしウィリディスは無愛想ながら続けた。

 

「助かった、礼を言う。あのまま逃亡生活を続けるのはルベルに申し訳無かった」

「ナニ言ってるのよォ。アナタが居なかったらそれこそルベルは野垂れ死ぬか、アークスの追手にやられちゃっていたわよォ」

「もしくはもっかい【明星(ステラ)】が出て来てたか、だな」

 

 元はアークス所属の傭兵と、虚空機関を追放された情報屋として出会った。互いに「大切だった人の置き土産を守る」という使命を抱える身だ。ルベル共々、彼らは既に戦友となって長い。

 片やネームレスシップで少女を導き守り続け、片や仮初(かりそめ)とは言え彼らが帰る居場所を取り戻したのである。2人は言外に互いの健闘を称え合った。

 

「ただまあ、こっちものっぴきならねえ様子だが」

「残念ながらねェ。来る前も説明したから、大まかには知っていると思うけれどォ」

 

 ウィリディスとルベルがネームレスシップに出奔していた数年間、オラクルの情勢も変わった。

 アークスの仇敵【深遠なる闇】と、依代である【終の女神】シバとの最終決戦が終わって以来、オラクル船団は2つの問題に迫られている。

 1つは今までの戦いで被災したアークスシップの復興、いわば戦災復興だ。

 全ての元凶たる【深遠なる闇】が祓われた以上アークスは軍備を縮小してリソースを戦災復興に充てよ、というのが専らの世論である。

 

「その前から内輪揉めはあったが、ダークファルスや【深遠なる闇】って言う共通の敵が居る分、まだ事はシンプルで済んでいた」

「共通の敵が居なくなったし、みんな仲良くお手々を繋いで立て直しまショ……とはならないのがヒトの悲しい性よねェ」

 

 機能を損壊したアークスシップの修繕や、行き場を失った市民の受け入れ等は、未だ戦いの深い傷跡が残るアークスにとって頭を抱える問題だった。

 アークス上層部は次々に改善案を模索するも、そもそもが軍事根本の集団である。まして各部門のトップは(情報部司令であるカスラを除いて)元を正せばほとんどが生粋の戦闘屋だ。総司令のウルクに至っては元々が一般市民である。

 端的に言えば、政略に疎い。

 マザーシップ・シャオの演算性能を以てしても、人心は操れない。かつて虚空機関の総長としてオラクルを影から支配していたルーサーでさえ、それは掌握しきる事が出来なかったのだ。

 もちろん(独断で)復興の現場に駆け付けては陣頭指揮を執り、自らも精力的に働く戦闘部司令ヒューイや、それに随伴する副司令クラリスクレイスなど彼らを支持する声も大きかった。

 それらと対を成す様に、アークスの強権や特権を快く思わない勢力も生まれたのである。

 

「アークス主導の政治を脱却し、市民に各惑星への自由な渡航権と探索権を。一般市民にアークスの支配から羽ばたく翼を……がスローガン。故に翼派(よくは)ねェ……」

「ンなもん知るか。行きたい奴ァ勝手に行って残ってるダーカーに()られりゃ良いだろうが」

「それが嫌だから、アークスの軍事力を市民にも共有しろって話みたいねェ」

「アホか。どうせフォトン使えねェんだから武器だの持たせても意味()ェだろ。アークスがおんぶ抱っこでツアーにでも連れて行った方がマシだ」

「いったんはその折衷案で落ち着くハズだったみたいねェ。現に()()付きの企業はアークス同行の上でなら惑星探索を許されているわァ。でも――……」

 

 アーテルが梳きバサミを止めて、腰から提げている道具入れへと収めた。視線と声のトーンを落として、ウィリディスの肩口にかかった髪を払い落としながら続ける。

 

 

 

「……――()()()アークスによる殺人事件があったのは知ってるかしらァ。あれを境に翼派(よくは)の主張が『惑星探索の自由化』から『アークスの権威失墜』へとすり替わっていったのよォ」

 

 

 

 

 

 

 アークスと地球のアースガイドを介した交流は辛うじて続いているが、以前のように純粋な協力関係とは行かなくなった。

 厳密に言えばアークスより、彼らを介したオラクルの商船と地球人とのやり取りが続いている。地球人側としても例の殺人事件を忘れては居ないし、無かった事にも出来ない。しかしそれとは別にオラクル側からもたらされるテクノロジーの恩恵は余り有るし、商船側としても地球人の文化や品々はコレクターや富裕層を相手に良い商売の種だった。

 なので商船が地球に行く時、アークスの付き添いはハッキリ言って居ない方が良い。ナベリウス等の様に危険な原生生物が居るワケでも無いので、存在意義は薄い。

 とは言えどアークスの目が届かない所で、良からぬ取引――代表されるのは麻薬だ。オラクルに持ち込まれるのは勿論、オラクル製のクスリを地球へ持ち込むという事例も大いに有り得た――をされても困る。

 

「では今回の護衛は以上ですね。改めて次回もよろしくお願いします」

 

 なので結局のところ「実績を持ち、なおかつ精神鑑定に問題の無い信頼がおけるアークスを選出する」という曖昧な基準で、形だけの護衛は続いている。

 

「こちらこそお願いします。ところで例の話に、何か進展は?」

「いやぁ、確かに私共は廃棄されたアークスシップの復興事業にも噛んでいますがね。何しろ同じ様な(ふね)は幾つも有りますから……たった2人を探し出すというのも中々」

 

 アークスシップのキャンプシップ発着港で、アークスと商人が向かい合っていた。

 アークスの方はまだ年若い少女だ。澄んだ紫色の瞳と、肩口で切り揃えた黒髪は大人し気な印象を与える。先程まで商会の護衛として参じていた事実が、暗に彼女が優秀なアークスだと物語っている。

 

「しかし終の艦隊戦で目覚ましい活躍を見せたっていう、あなたがそこまで執心する様な大犯罪者ですか……とてもこの映像じゃそんな風に見えませんがねぇ。いったい何をしたってんですか?」

「何を……ですか」

 

 商人がそんな疑問を口にする。どうやら軽い世間話のつもりだったらしい。

 しかしアークスの少女は強く奥歯を噛み締め、左手で強く右腕を握り締めた。軽く俯いていた為に表情までは分からないが、憤りなのか……ただならぬ感情を抑えている様だった。

 

「あいや、言っちゃいけない機密とかなら全然……」

「……裏切り、ました。私達を」

 

 商人はそれ以上踏み込む事が出来なかった。聞いてはいけない事を聞いてしまったかな、と神妙な表情になりつつ深く頭を下げる。

 

「いやすみません、込み入った事情だった様で。こっちのツテで当てが無いか、ちょっとほうぼうに聞いてみます」

「分かりました。手間をお掛けしますが、もしも何か分かったら連絡をお願いします」

 

 アークスの少女も商人に深々と頭を下げると、商人は大げさ気味に両手と(かぶり)を振る。

 

「とんでもない、私共は一度あなたに命を救われた身ですから。商人ってのは恩義に報いる生き物なんです。出来る範囲で何なりとお申し付けください。()()()()()

 

 

 

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