パラダイスロスト   作:緑川蓮

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 ぶっ飛ぼうぜ、超現実へ。

 

 

 

 

 

 

 ルベルとウィリディスが互いの想いを打ち明けたのは、オラクルを追放されるより以前の話だ。

 

 本来ウィリディスは、彼女に好意を持たれたとしても切り捨てるつもりで居た。

 彼は彼女の監視役であり、処刑執行人でもあるからだ。

 しかし同時にルベルの師として、保護者として、同居人として、彼女を施設から救い出した恩人として、兄のような、家族にも近い存在として。

 あまりにもウィリディスは、ルベルと共に長く大切な時間を過ごしていた。

 

「お待たせ。私の準備は出来たわよ」

「ん……おう」

 

 情報端末でヘッドラインニュースに目を滑らせていたウィリディスは、ルベルに返事をしてからマグカップのコーヒーを飲み干す。

 ルベルは黒いリボンフレアコートで身を包んで、頭に小洒落た装飾付きのハットを乗せていた。大きめなティアドロップのサングラスは、特徴的な左目を隠す為だろう。

 ウィリディスは白いカッターシャツに黒いスラックスという格好である。衣服に限らず、惑星・地球の文化を感じさせるものが彼は好きだった。

 これからデートへ行くにしては、どちらも少し派手さに欠けるコーディネートである。ここにアーテルが居れば、小言の一つや二つや三つや四つも繰り出した上で、今季の新作を着付けていただろう。

 しかし二人にとっては、これでも改めて少し新鮮な気分だった。何しろこんな格好をするのも、実に数年ぶりだから。

 

「今日はどこへ行くのか、もう決めてあるのかしら」

「いや、全然。勢いで言ったからよ、具体的なプランはまっさらだ」

 

 マイルームの出入り口で靴を履くルベルを待ちながら、ウィリディスはひらひらと両手を振る。

 この男、作戦は練るがデートプランにてんで疎い。それこそアーテルに泣き付きたいところではあるが、それはそれでなんだか気が憚られるのであった。

 

「それなら行きたい所があるの。振り回しても良いのよね?」

 

 靴に踵を嵌め込んだルベルが浮かべる悪戯っぽい笑みに、ウィリディスは首を傾げながら片眉を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

「なんじゃあこりゃあ……」

 

 娯楽とサブカルチャーの多種多様さは、オラクルよりも地球の方が勝っていた。

 それも数年前までの話だ。

 地球との交流によってアークス側へ新たな文化が流入し始めた事と、事実上ダーカーとの戦争に終止符が打たれた事。2つの事実はそれまで軍事に偏っていたオラクルの風潮をも徐々に塗り替えつつある。

 もっとも2年前の事件以降は異文化交流の規模も縮小されているが、地球人が持つ柔軟な発想力は、オラクルの人々に感銘と斬新なインスピレーションを与え続けていた。

 

「だからって『ラッピーパラダイス』ってのはちょっと安直が過ぎるんじゃねえかなァ!?」

 

 どこかで見たようなアミューズメント施設を、アークス十八番(おはこ)の圧倒的技術力で建造してしまう程度には。

 

「ネ●キーマウスとかが居るファ●通ランドとかよりは一兆倍マシじゃないかしらね」

「お前っ……お前マジで……やめろ! そういうコト言うのマジで! やめろや!」

 

 ちなみにかつて『アークマランド』なる古株の対抗馬も存在したが、そちらは「楽しめるのがアークスだけ」という理由で早々に閉園となったらしい。

 

「こっちは市民もアークスも含めた、全てのオラクル住民向けアミューズメントってワケかい」

 

 そう言えば地球にあった似たような場所のパンフレットを、いつだったかルベルは食い入る目で眺めていたなあと、ウィリディスはぼんやり思い返す。

 流石に()()()の技術力だけあって、規模と外観は引けを取らない。ラッピーだけでなく各惑星の……例えばリリーパ族や惑星ウォパルの原住民など……の姿が入場口を闊歩している。

 

「おいアレ、スクナヒメの分身か? なんだかずんぐりむっくりしたタマヒメが親子連れと写真を撮ってるぞ」

「向こうにクォーツ・ドラゴン……というかおそらくコ・レラも居るわ。それぞれ惑星大使としてコラボレーションを許諾したらしいわよ」

「え……何、今ってアイツらそういう扱いなの?」

 

 いずれもフォトンアバター投影(※質量を持ったホログラフによる着ぐるみのような物)である事はウィリディス達も承知していた。しかしかつてアークスと共同戦線を張った者たちがこのように偶像化されているのは、どういう感情で受け止めれば良いのかイマイチ悩むところでもあった。

 

「何を今更ね。アークス・ロビーにもラッピーやリリーパの着ぐるみを着て踊っている人達は居たじゃない」

「ああうん俺もやった事あるわ、そう言えば……」

「ちょっと待ってそれは初耳よ!?」

「外で飲んで来た帰りにな、ちょっとな」

「納得したわ」

 

 2人は入出場ゲートを潜りながら言葉を交わす。ウィリディスは改めて辺りを一望した。こういった場所は馴染みが無いので、少し落ち着かない気分でもある。

 建造物やアトラクション等々の全体的な造形は、いつか訪れた異世界オメガの情緒に似ている。或いは地球で流行っているという、ファンタジー系創作物に出てくる世界観か。

 異世界オメガは守護輝士や、自分達の様に()()を用いた、ごく一部のアークスしか探訪できない場所であった。おそらくは後者の、地球の文化を参考にしたのだろう。

 

 隣のルベルを見やると、彼女はまた違う意味合いでそわそわとしている様子だった。

 お互いあまり感情を顔に出さない性質ではあるが、ウィリディスからしてみればルベルの内心は分かりやすい。かつて地球へ出張した際の土産として買ってきたコミック雑誌に向ける様な眼差しで、周りを絶え間なくキョロキョロと見渡している。

 ウィリディスは思わず、少し苦笑してしまった。

 

「ま、たまにゃあこんなのも悪かねェか」

「ん……何か言った?」

「何でもねえよ。それよりどうすんの。俺ぁ知っての通りこういう場所は全然分からんぞ」

 

 お手上げと言わんばかりに両手をヒラヒラさせるウィリディスへ、ルベルは小さなパンフレットを挟んだ指先をビシッと向ける。

 口の端を吊り上げて得意気な笑みを浮かべる彼女が、目新しく思えた。

 

「任せなさい。好き勝手に連れ回すから覚悟すると良いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 正直なところウィリディスは不安だった。

 地球にあったアミューズメント施設の知識も多少はある。だからこその不安だ。

 ジェットコースターにフリーフォール、優雅なボートに敷地内を走る機関車、メリーゴーランドやコーヒーカップ、大きく見下ろす観覧車などなど、そういった類も知らないワケではない。

 しかし彼は二代目の『流星』として、アークスとして、或いは亡命者として、人生の長きを戦場と任務にて過ごしてきた男である。

 命綱無しのバンジージャンプなんぞは当たり前で、ライドロイドはジェットコースターどころでない速度と軌道で乗り回したし、何ならキャンプシップ丸ごと敵地に神風特攻し、大破した瞬間の勢いそのまま奇襲速攻を仕掛けるような作戦を自ら仕掛ける男なのだ。

 何ならダークファルス【明星(ステラ)】が『ダーカー因子の粗密を操る』権能にて生み出したダーカーの巣窟であるとか、本体からの絶え間ない地形攻撃とか、後にも先にもあれを超えるアトラクションなどあるまい、というのが彼の率直な意見だ。

 

「いややっぱりふざけんな、アレのソロ制圧をアトラクションで済ませてたまるか……」

「急にどうしたの、ウィリディス」

「何でもない独り言だ」

 

 とにかくルベルが来たがっていた場所なのだから、彼女をガッカリさせたくないし、出来得る限り自分も楽しみたい。しかしどうしたものか……と、やはり考え込んでしまう。

 

 結論から言ってしまえば、それは全くの杞憂だった。

 

「これA.I.S.のブースト装置より速くねェかァアア↑ァアアァ↓アアアアァ↑アアアアァァァァ↓……」

 

 ウィリディスの叫びがドップラー効果を伴って響く。

 その軌道は、まるでアンガ・ファンタージの挙動が如く縦横無尽である。回るし飛ぶし光る。

 彼らが乗っているのは、一応ジェットコースターであった。ただし【深遠なる闇】型の。

 

「待て待て待て! しまいにゃ何か変形してるじゃねェか!」

「ちなみにここってDFCo.も出資と協力してるって聞いたわよ!」

「納得したぜ畜生が!」

 

 ウィリディスの悪態にルベルは珍しく大口を開けて爆笑する。

 あの変態企業ならやりかねない。例えば『普通のアトラクションじゃつまらないので、最新鋭の技術をアトラクションに詰め込んじゃおうか!』みたいな戯言を進言しかねない。

 脳裏にクーナというアイドルのライブでA.I.S.を持ち出した挙げ句ホログラフで投影したダーク・ビブラスと大立ち回りを繰り広げる演出や、小●幸子と名乗る歌手が地球大使と称してやってきたと思えば一瞬ダークファルスかと見紛う様な顔面巨大オバケが下からせり上がってきて無数のビームを発射する光景が過る。

 

「本ッ当アークスって昔からそういうとこあるよな!」

「見てウィリディス、目の前でゴジ●が大口開けて待ち構えているわ!」

「何でだよ! なんで【深遠なる闇】が●ジラに喰われるんだよ!」

 

 そもそも地球からの許諾的にセーフなのかと、ウィリディスは別の意味で肝を冷やす。

 

 

 

 

 

 

「なんでコーヒーカップまで爆速なんだ頭オカシイんじゃねェのかァアアア↑オイ↓オイ↑オイ↓オォ↑ィイイイイイィィィ↓」

 

 何なら外観のデザインと目に悪そうな電飾は明らかにダークファルス【双子(ダブル)】をオマージュしていると思われた。そしてありがたい事に回転速度まで完全再現である。

 こんなモノをシートベルトも無しで乗ってマジで大丈夫かとウィリディスが懸念するも束の間、その視界の端でまるでパチンコみたいにスッ飛んでいく別のカップの客を捉えたような気もした。彼はもうツッコみ切れないので敢えてお口にチャックを決め込んだ。

 

「まだまだ……秘めたポテンシャルはこんなものじゃないでしょう、さあ畳み掛けるわよ!」

「やめろ腕だけダークファルス化させて皿を高速回転させるんじゃあないッ!」

 

 変なスイッチが入ったルベルにウィリディスは成すすべが無い。加速する遠心力はウィリディスにダークファルス【巨躯(エルダー)】だの閻斧ラビュリスだの、なんかその辺の名詞を連想させた。

 ただでさえ身にダークファルスを宿すルベルの身体能力は図抜けている。もはやコーヒーカップの皿は、デッドリーアーチャーばりの回転数を誇っていた。

 優雅な景色もへったくれもあったものか。

 見えるのは対面の、心底から楽しそうに笑うルベルの姿だけ。

 

 そういや、コイツのこんな笑顔を見るなんていつ以来だっけなあ。

 

 ウィリディスは2年間の逃亡生活に記憶を巡らせる。

 ネームレスシップに娯楽施設は無い。ずっとふたりで居たってデートなんて出来やしない。生き延びる事に必死なばかりな日々を、暮れる事が無い斜陽の中で過ごしていた。

 きな臭い強硬派の事もあり、オラクルへ戻って来て正解だったのか、どうしても考えてしまう。

 けれどルベルの、こんな笑顔が見られたのなら──……。

 

「あっ」

「あっ」

 

 そして物思いに耽ったウィリディスを、遠心力が容赦なくパチンコみたいにスッ飛ばしていく。

 

 

 

 

 

 

「ぶっ飛ぼうぜ、超現実へ……って感じだった……」

「ごめんなさい、何かノリノリになっちゃっていたわ……」

 

 ウィリディスはフードコートのテーブルにグロッキー状態で突っ伏していた。

 

「何が驚いたってお前、俺がポーンって投げ出されてる間、あの乗り場んトコの係員さ、見間違えじゃあなけりゃ顔色ひとつ変えてなかったよね?」

「普通にスルーしていたわよ。何なら空に星が瞬くのと同じくらい当たり前ですが何か、みたいな憮然とした表情のままだったわ」

 

 半ば戦慄しながら語らうふたりの間に、それぞれ注文していた料理が運ばれてくる。スタッフが手ずから注文品を運んで来るというのも、2年前はフランカ’sカフェくらいだったハズだ。以前はドローンが運んで来るか転送されるスタイルが主流だった。

 

「2年も居なけりゃあ、やっぱり色々と様変わりしてるモンだなあ……」

「流石に全部が全部そうってワケじゃないわよ。今だってチェーン店とかは変わらないんじゃないかしら。でも『手運びの方が思いやりがこもっている』っていう風潮も確かにあるみたいね」

 

 ルベルの元へ運ばれて来たのはミントを添えたムニエルに、新鮮なトマトサラダと、ドリンクにはアップルティーだ。ウィリディスはマグロのカルパッチョと海鮮スープを頼んでいた。

 料理にも凝っているアーテルの依頼で、ウィリディスは任務のついでに食材の調達を依頼される事もままある。このマグロは恐らくナベリウスの森林地帯で釣れるマグロだ。

 話題のアミューズメントなだけあって食材も良い目利きをしている、などとウィリディスは勝手に感心しながらフォークを手に取る。

 さていただきます、と呟いたところで、ウィリディスはルベルの何か言いたげな視線に気づく。

 

「ルベル、どうした?」

「ん……その、大した事じゃないのだけれど」

 

 ルベルは遠慮がちな口ぶりで視線を伏せる。

 

「私ばかり楽しんでしまって、貴方を困らせていないかなって。こういうの久しぶりだったから、私もタガを外してしまっている気がしたから」

 

 つまりはウィリディスも楽しめているのか不安だ、という事らしい。

 ウィリディスは若干ながら不意を突かれた。

 先程まで抱えていた「自分もルベルに合わせて楽しむ事が出来るだろうか」という不安を、彼女の言葉に触発されて思い出したからだ。

 気が付けば、そんな不安など今の今まで忘れていた。

 

 ウィリディス・フルフィウスという男は、周りも、本人ですら自覚していなかった秘密がある。

 師匠と呼び慕っていたクリュー・ソプラソスが事切れた日から、ずっと「自分は幸福になってはいけない」という観念の鎖で、自分を縛り続けていた。

 ずっとどこかで「自分は楽しく生きてはいけない」という縛りを、自分に課していた。

 

 今日この日はどうだったろうか。

 ルベルと一緒に、まるで一般市民のカップルみたいに過ごす瞬間はどうだったろうか。

 

「こういう時は演技でも『俺も楽しいよ』とかって言うべきなんだろうな。でも正直言って……」

 

 ウィリディスは一旦フォークを手元に置く。ルベルが口の端を固く結ぶ。

 緊張した面持ちのルベルとは裏腹に、ウィリディスはひとつ悟っていた。

 

 午前中から波乱万丈なデートだ。

 けれどウィリディスは、頭を空っぽにして堪能出来る程度には()()()()()()()()()()()()()自分に気付いた。

 

 

 

「正直言って、めちゃくちゃ楽しいな」

 

 

 

 俺はどんな表情をしていたのだろう、と、それはウィリディス本人ですら分からない。

 彼は演技の全てを捨て去っていた。

 それを受けたルベルは口を閉ざしたまま目を丸く見開いて、まるで驚いた表情をしていた。

 それからひとつ間を置いて、柔らかく、安心しきった様に口許を綻ばせる。

 ああ、良かった、伝わったみたいだ……とウィリディスは満足げに目を伏せる。

 

 彼女は自己嫌悪をも溶かしてくる。

 

 それがウィリディス・フルフィウスにとってどれだけ幸福な事であるか。

 それさえ見抜いた上で、彼女は微笑んだのだ。

 

「今日、ウィリディスをここに連れて来て、本当に良かった」

 

 その言葉に、笑顔に、またもウィリディスは胸が高鳴る。

 いたたまれないのか気恥ずかしいのか、ルベルから顔を背け、手で口許を覆う。

 

「……そういうのってさ、反則じゃね?」

「あら……だったら貴方なんて、最初から今まで、ずっと私に反則し通しよ?」

 

 ルベルの殺し文句は更に畳み掛ける。

 

「模擬戦闘じゃ一度も俺に勝った事ない癖に、こーゆーのだけ五分っての……マジでズルいわ」

「惚れたもの負けって事よ……私も人の事は言えないけれど、ね?」

 

 こうなってはウィリディスの負け惜しみもかえって無様である。

 かつての()()()の仲間たちなどに見られたらたまったモンじゃないな……と考えつつテーブルに再び突っ伏して、何となしに横を向くと。

 

 

 

「良いもの見せて貰ったにゃあ。かつての団長様がこうも形無しにされている光景にゃんて、当時じゃ幾らメセタを積んだって見れそうに無かったにゃ」

 

 

 

 ウィリディスとルベルは同じ方向を向いて硬直した。

 少し距離を開けた横合いのテーブルに、ストローを口先で咥えたまま、ニンマリと笑顔の猫耳娘が居たからである。

 伸ばしっぱなしにした赤い髪の、てっぺんに乗っかっているのはラッピーの小さな幼生だ。

 動き易さを重視した黒いシャツにホットパンツ姿の彼女は、かつてウィリディスが率いた空挺団でメカニックを一手に引き受けていた技術者であり、押しも押されもせぬ大商人である。

 

「アルトォ!?」

 

「アルト……えっ何でここに!?」

「たまにゃあ商談が終わったついでに練り歩くのも悪くないにゃあ」

 

 アルト・クオリアは「ごちそうさまでした」とでも言いたげな目つきで、ひらひらと手を振る。

 

 

 




あるとんのキャラをお借りしました。
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