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幻想に憑かれたアカを撃て!
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第9番艦空挺団『雹』とは、オラクルに数多あるチームの中でも異質な集団だった。
ダークファルス【
一方で六芒均衡の弟子、オラクルでも名うての戦術教官等、カウンターと成り得るカードを同居させる事によって「監視役」としての役割を全うさせていた。
すなわち毒を以て毒を制するように【深遠なる闇】への切り札とし得る部隊だ。
その筆頭としてリーダーを務めたのが、実際にダークファルス【
彼は現在テーマパーク内のフードコートにて頭を抱えたまま突っ伏していた。
傍らには同じく両手で顔を覆い微動だにしないルベルと、にやにやと満足げな笑みを絶やさないアルトが居る。
「即座に逃げ出さないのは賢明な判断にゃん。もしも例えばここで何の後始末も言い訳もしにゃいままトンズラこいたらにゃあ……」
ずずい、と、アルトは突っ伏したままのウィリディスに敢えて身を乗り出し、顔を覗かせるように接近し。口角を上げ、目尻を下げ、爛々とした眼を輝かせる。
「ウチが誰に、どういう風に、うっかり、話に花を咲かせるか判ったモンじゃにゃいにゃあ!?」
ウィリディスもルベルも初めてに違いない。アルトがここまで眩い笑みを浮かべる様など。
効果は覿面だった。現にウィリディスもルベルもこれ以上ないほどやり込められている。
やっと顔を上げたウィリディスは眉根にありったけの皺を寄せ、手の平は頭を抱える様に添えたままである。最早こうなっては、何をどう取り繕っても格好が付かない。
ウィリディスはいっそ、開き直ることにした。
「後始末も言い訳も無ェよ。全部、事実だ」
「はにゃ?」
アルトはわざとすっとぼけた表情で首を傾げるが、ウィリディスは真面目な面持ちで言い返す。
「俺はルベルに惚れた。ルベルもそれを受け入れた。そして大手を振って……っていうワケにゃあ行かねえが、久方ぶりにオラクルへ戻ってきた逢瀬だ。それを愛する人を喜び合って、何が悪い」
開き直ったウィリディスは、昏い黒鳶色の左目と白緑色に煌めく右目、対称的な両目でアルトを見る。アルトは彼の目付きを「雹に居た頃では決して見せなかった目つきだ」と純粋に思った。
それからストローで大きく音を立てながら、カップに残っていたコーラを吸い上げて、ひらひらと両手を振りながらいつもの飄々とした態度で言いのける。
「にゃんにも悪くないにゃ。むしろオラクルを出ていく時よりも、ずっと良い顔つきになったんじゃにゃいかにゃ」
やっと覚悟を決めやがって、この朴念仁が……という皮肉を言外に含めていた。
ウィリディスは盛大な溜め息を吐き出して懐からタバコを取り出す。しかしアルトとルベルが「ここは全面禁煙よ(にゃん)」と制止し、ウィリディスは瞑目して渋々タバコを仕舞う。
「そういう話だったら、こっちからもプレゼントだにゃ」
今度はアルトが懐から何かを取り出す番だった。
テーブルへ差し出されたのは2枚のチケットである。
「何だァ、こりゃあ」
「アズレアって知らないかにゃ。クーナは既にベテランのシンガーソングライターで、アークスの情報部次席としても多忙だにゃん。だからある意味……彼女は今一番ホットなアイドルだにゃ」
アルトが言うには、今日このラッピーパラダイスでスペシャルライブが行われるらしい。これはその優待券だという。
「オイオイお前の分だろ」
「今日は面白いモノも見れて満足だし、そろそろ帰って次の商談に備えるとするにゃあ。どのみち取引先からサービスで貰っただけだし、別にくれてやったって困りゃしにゃいにゃん」
言いながらアルトは目を細めて大きく背伸びする。
「どうせにゃらアツいお二人さんのデートを盛り上げる為に使った方が粋ってモンだにゃあ」
それから悪戯っぽいウィンクを投げるが、ウィリディスはバツが悪そうに眉間をしかめるばかりである。一方でルベルは興味津々といった様子でチケットをまじまじ眺めている。そう言えば案外とコイツはミーハーな所があったな……とウィリディスは頬杖をついてルベルの横顔を見る。
たまには悪くねェかな、と受け入れるウィリディスは苦笑を浮かべた。
ただウィリディスが引っかかる点は別にあった。
それも見透かした上か、アルトはルベルには聞こえない様、ウィリディスにだけ耳打ちする。
「それから……『流星』さんにゃあ周知の事実かもしれにゃいが」
ウィリディスとてオラクルの事情に対して情報収集を怠ってきたワケではない。
それを判っている上で、アルトは言い放つ。
「アズレアはオラクルを騒がせている翼派の、しかも『光の翼』の広告塔にゃんじゃにゃいかって専らの噂だにゃあ」
ウィリディスは剣呑な視線をアルトへ向ける。それを受けたアルトは尚も不敵に笑む。
「ウチの予想が合っているんにゃら……デートの最中にゃあ野暮かもしれにゃいが……団長殿のミッションとも無関係とは言い切れにゃいんじゃにゃいかにゃ?」
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雹に居た頃だったろうか。クロキンとクロスが熱心に勧めて来た様な記憶がある。
元より割とミーハーな気質だったクロスはともかく、クロキンまで同調するのは珍しいな……と書類仕事の傍らに耳を傾けていた気がする。
だからある程度の期待は寄せていた。
しかし実際はそれ以上の感銘を受ける事になる。
──歌姫自身が翼派のプロパガンダかもしれない、それを念頭に置いた上ですら、だ。
ざわめく聴衆の期待を受けライブは暗闇から唐突に始まった。まず照明を落とされたステージの中で件のアイドルだけがスポットライトに照らされる。
柔らかいブロンドの色合いを放つポニーテールが揺れ、マイクコメントも無く、ドラムとベースの音が会場を揺らし始める。シンセサイザが合流して舞台を整える。
満を持してアイドルの踵がリズムを取り、ひとつひとつ殴りつける様な重低音に同調する。
ギターが荒々しく引き裂く様な、されど鮮烈な唸りを上げる。
突き抜ける様な青空を想わせる紺碧色の瞳が見開かれ、唄は紡がれる──。
〽──灰色の街 重く囲う摩天楼 覆い被さる
俯く歩みを ありきたりな言葉は 救いやしない
しとど雨が打ち付ける 半笑いの嘆きを 酩酊に沈めたい
この片隅で咲いているのは 見向きもされない 生ける亡骸だって
ぜんぶ自分が誰より判っちゃ居るのに──
シンセサイザが、ドラムが、ベースが、ギターが、徐々に軽快に跳ね始める。
〽──それでも終われないのは まだ
ほんの一瞬の静寂だった。それを挟んで演奏陣が、そしてアズレアが顔を上げる。
観客を、否、前を見据えた瞳は、よく晴れ渡った日の晴天を現していた。
満を持してサビが来る。
〽──呪いに
振り
打ち破れ 鬱陶しい
果てるのは ここじゃない
見たいのは ガラスが割れる様に開けた
突き抜ける青空だろう どこまでも突き抜ける青空だろう──
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「まあ、歌詞は稚拙だな!」
「最終的に貴方も夢中になって一緒にサイリウム振るくらいノリノリだった癖に貴方……!」
感想戦である。
腕を組み仁王立ちで主張するウィリディスに、ルベルは信じ難い物を見る視線でドン引きする。有り体に言えば「あんだけ盛り上がっておいて普通ケチ付ける?」的な、しかめた目つきだ。
「いやメロディーと演奏陣と歌声は完璧だったよ。でも何て言うかなあ、歌詞に教養と遊び心っていうか……もうちょい深みっていうか……」
「貴方めんどくさいサブカル男子になれる才能あると思うわ。私が保証する」
「いやァまあ……俺、師匠の影響で耳は多少くらい肥えてるから……」
「言っておくけれど褒めてないわよ」
ルベルが追撃で一刀両断する。それを受けてウィリディスは背後から死角を刺された様な表情で硬直した。しかめた眉根に口角を下げた、それこそ仁王を思わせる表情である。
ルベルは人差し指を立てて、更に憤慨の様子でウィリディスへ詰め寄る。
「それに今日はライブだから敢えて有名かつノリ易い曲でラインナップを纏めただけだと思うわ。他のカップリング曲とかなら貴方も気に入るハズよ。元々インディーズだった時の彼女は、遊び心ある曲調やフレーズがキャッチーだっていう話でブレイクしたもの!」
「いやァお前も面倒臭えサブカル女子になる素質はあると思うけどなァ……」
「なっ……い、いきなり褒めたって何も出ないわよ……」
「言っとくが褒めてねェぞ」
今度はルベルが硬直する番だった。
「……んで他の曲ってどんなヤツよ。そろそろ閉園だし、帰りの道すがらヒマだし、聞かせてよ」
「あら……本当ね。すっかり時間の事を忘れていたわ」
見れば園内の、他の客達も一様に出口方面へ向かって歩き出している。それらの様子は十人十色だが、共通して楽しそうだ。恋人と語らう者に、我が子あるいは親へ語り掛ける者、少女同士で腕を組む連れ合い、友人同士で肩を叩く姿など、市民やアークス達がふたりの横を通り過ぎていく。
ルベルとウィリディスは互いに声をかけるでもなく、しばらくその光景へ見入っていた。
終の女神シバが倒されなければ、おそらく見る事も叶わなかった光景だ。
ここへ帰ってくる事が出来なければ、絶対に見られなかった光景だ。
ウィリディスが何も言わずルベルの手を取る。ルベルもまた何も言わず握り返す。
「今日は楽しかったよ。また来てェな。言っとくが本心だ」
「そう……なら、また来ましょう。でもね……ここだけじゃなくて、他にも一緒に行きたいの」
「じゃあ、それも行こう。必ずな」
「ええ、必ずよ。貴方と一緒なら、私はどこへだって行きたいもの」
紅い陽光が地平の果てへ沈む黄昏時、ふたりはしばらく手を繋いだままで並び立っていた。
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「疲れた、ああ疲れた、ほんっと疲れた!」
今をときめくアイドルが、控え室で大声を上げる。ゲスト用の黒いクッションチェアへ飛び乗る様にして体重を預け、大口開けつつ天井を仰ぐ。
傍らには目を伏せつつ両腕を組んだ、長身の男が佇んでいる。男は金髪を横へ流した、いかにも上流階級然とした風体である。
「アズレア、今日もお疲れ様」
静かな口調でアズレアを労る男は、マネージャーでは無い。そもそもアズレアのマネージャーは、表向きアーテルという……ファッションデザイナーとして有名な、しかし裏では元虚空機関の、しかも主幹研究員という肩書きを持つ情報屋であるのだから。
「本当だよラナンクルスぅ、取引のついでに一仕事なんて……今日はパフェたべたいなぁ」
「良いとも、今日は特別だ。そう言うと思ってラッピーパラダイスのシェフ陣を待たせている」
「うっそ、マジで!?」
文字通り食い付いたアズレアの笑顔に、男は……ラナンクルスは柔和な笑顔で応答した。
ラナンクルスという男は市民たちの間で有名だ。政治の一端を司る立場であり、何より表向きは『光の翼』という反アークス団体の首魁でもある。アークスと翼派が対立する現状、彼は翼派の星とも言えた。
「何せ今回の商談、かつては雹が幅を利かせていた時代にDFCo.の屋台骨に一役買ったとまで言われる、裏の技術屋『あるとん商店』の出資を取り付けたんだ。君は高級パフェを頂く、僕はとっておきのワインを空ける。互いにそういう褒美があっても良いだろう……?」