パラダイスロスト   作:緑川蓮

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 抗え、最後まで。

 

 

 

 

 

 

 夕方に目が覚め、冷蔵庫に食べ物が何もないと気付いた。

 元よりこの身体は摂食を必要としないため、それ自体は取り立てて珍しい事ではない。それでもかれこれ2年ばかりまともな食事を取っていないと気付けば、思うところが少しは有った。

 歯を磨く。顔を洗う。ふと鏡に映った自分を眺める。薄ら青い暗がりで、紫の瞳が何も言わず私を見つめ返していた。

 任務の時間までは少しばかり時間がある。せっかくだから、久々にフランカ’sカフェへでも足を運んでみようと思った。東京風ハンバーグを頼むつもりだ。

 寝間着を脱いだ所で、マイルームの机に飾っている写真へと視線が移る。

 何となく手に取って眺めた。縁が大学に合格して、しばらく経った頃の写真だ。大切な想い出のひとつであるから、敢えて地球の方法で現像したものを、そのまま飾っていた。

 大口を開けて笑うアーテルさんに、無理やり肩を組まれて怪訝そうな顔をしているウィリディスさん、照れ臭そうにそっぽを向きながら腕組むルベルさん、困ったような無邪気な笑顔を浮かべる私と縁、そして……縁の隣でピースしている桜。

 もう一度、私はこの写真の様に笑えるだろうか。

 そう考える私は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 もう時間は戻らない。いま私に出来る事を積み重ねていくしか無い。

 それをここ数年間で痛いほど味わったからだろうか。

 

 弱火か中火で煮えるような「いきぐるしさ」を味わいながら、呆然漠然だらだらふらふらと生き永らえる方が良いか。それとも、たとえいま死ぬほど痛かろうが苦しかろうが、一気に引き受けて終わらせてしまう方が良いのか。

 

「どちらも嫌なので、自分が幸せになれる生き方を探したいです」

 

 そう縁と誓ったあの日の延長線上が此処(ここ)ならば。

 答えを探し続けるしか無い。諦めず、手っ取り早い答えに飛び付かず、ただ丁寧にひとつひとつの真実を確かめていくしか無い。

 ふう、と溜め息、ひとつだけ吐いてから服を着る。勝手に開くマイルームを出る瞬間の足取りは、心なしか普段より少しだけ力んでいる様に思えた。

 

 校倉桜(あぜくらさくら)という少女が居た。

 快活な彼女は大学へ入ったばかりでコミュ障を発揮する縁にも分け隔てなく接し、間もなく無二の親友として互いに馴染んだ。驚くことに縁は、誰にも話さなかった自身の境遇も、彼女にだけは打ち明けた。だからこその写真でもあった。

 当然ながら私とも意気投合した。縁と私は、元は一心同体であるのだから。

 本当に良い子だった。

 だからこそ、あんな目に遭うとは思わないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「アズレアの警護?」

「そう。彼女は大きなライブツアーの真っ最中でね。最終日に現場の警護をお願いしたいんだ」

 

 指を立てて言い放つルディアに、ウィリディスとルベルは眉根をひそめる。

 

 治安維持部隊が所有する拠点の、簡素な会議室で都合4名が顔を並べていた。金属質な白い長机を挟み、片方にルベルとウィリディスが、もう片方にルディアと、眼鏡を掛けた真面目そうな女性が着座している。

 ダーカーとの決戦が終わった以上、アークスは人手を持て余している。単なるアイドルの警備にウィリディスとルベルを回す理由が思い当たらないのだ。ルベルも……その師たるウィリディスも本来は諜報活動を専門としている。

 

「何か他にも仕事があるんだろ?」

「話が早くて助かるね。ライブツアー最終日までに調べてきて欲しい事があるんだ」

 

 奇しくも先日、ルベルとウィリディスが見たラッピーパラダイスでのライブも、その一環だったという。

 今オラクルでも屈指のトップアイドルが歌う単独ライブツアーで、しかも最終日となれば、盛り上がりは先日の比では無いだろう。当日はセントラルアリーナを予約客が埋め尽くすと、ルディアの横で腕を組むラルは語る。

 

「私も……チケットさえ取れていれば……いや何でも無い」

「まあまあ、とにかく調べてきて欲しい事っていうのはね……翼派とニウェウスの事なんだ」

 

 ニウェウスという名前が出た瞬間に、ルベルとウィリディスの目つきが変わる。

 ルディアも先程までの剽軽な様子と打って変わり、白灰色のデスクに両手を置いて向き直る。

 

「確かな筋からの情報とは言い難い。けれど光の翼が当日に『何か』を仕掛けてくるらしいって噂なんだ。それを確かめて欲しい」

「何かって言うのは?」

 

 ウィリディスの問いに対して、ルディアは両手をひらひらさせて苦笑交じりに応答する。

 

「具体的な事は何も。大規模なテロかもれないし、単なるアイドルのサプライズかもしれない。ひょっとしたらアズレアの結婚報告かもしれないし、光の翼による決起集会かもしれない」

「アズレアが結婚!?」

「そこは……単なる冗談だよ……何をしてくるか分からないって意味だから……」

 

 なぜか異様に食い付いたルベルとラルを、ルディアは引き気味の様子でなだめる。

 光の翼は反アークス団体で最大勢力ながら動向を追跡しにくい。それが「テロ行為を繰り返している容疑がありつつ、未だ一斉検挙に至っていない」理由のひとつでもあった。

 ましてニウェウスが係わっているとなれば、噂程度の話であれルベルとウィリディスが動かざるを得ない。本命はそちらの情報収集だな、と2人は当たりを付ける。

 企んでいるのが大規模なテロ行為ならば、無論それを未然に食い止めなくてはならない。

 

「まあ今回はライブが行われる会場も日取りも判っている分、多少は取っ掛かりが有るか……」

「それから担当地区のアークスにも手伝わせる手筈だよ。詳しくはこちらのラルちゃんから」

 

 ルディアが言いつつ、横合いからラルが進み出る。金髪を頭頂で団子に纏め、黒縁の眼鏡が知的で真面目な印象を醸す女性だ。先程アズレアの名前が出る度に挙動不審だった事はこの際いったん置いておこうと、ウィリディスは敢えて口を閉ざす。

 ラル・ヴィンチと言えば、ルベルとウィリディスも名前だけは聞いていた。

 悪い言い方をすれば治安維持部隊とは、諸々の事情で「惑星探査から外されているアークス」の集まりでもある。アークスの花形とは惑星探査であり、フォトンの才など優秀なアークスはそちらへ抜擢される傾向がある。

 それにも関わらず治安維持部隊は惑星探査で第一線を張るアークス達ですら一目置く様な、相当なやり手も居る。とりわけ名前が挙がるのはラルだ。

 

「ご紹介に預かりました、アークスシップ治安維持部隊、5番艦B-123地区分隊長のラル・ヴィンチです。お見知り置きを」

 

 丁寧に一礼するラルを見て、ウィリディスは思わず「おお……」と感嘆の声を洩らす。なんならルディアよりこっちの方が総隊長に向いているんじゃないかと思った辺りで、ルディアがじっとりした視線を向ける。

 

「当日までは時間があります。それまでに余裕を持って情報収集する必要があるワケですが、当然ながら正規の情報源で追っていては間に合いません」

「つまり治安維持部隊としてはあまり表立って言えないけれど、それなりに裏のルートを辿る必要がある……という事ね」

 

 ラルの言葉をルベルが補足し、ウィリディスは口許に左手を当てて呟く。

 

「例えば……ネームレスシップじゃあなけりゃ『アンダーヘヴン』とかか」

 

 ルディアとラルは同様に無言で頷く。

 

「アンダーヘヴン?」

「お前にゃあ、後で改めて説明する」

 

 疑問符を浮かべ首を横に傾げたルベルだが、ウィリディスはそれだけ言い放ちラルに向き直る。

 

「けれどアンダーヘヴンに、私達アークスが表立って情報提供を乞う事は出来ません」

「またアークスの立場ってヤツかい。仕方が()ェけども」

 

 ラルはウィリディスの一言でひとまず安堵したようだ。なだめる手間が省けたと言わんばかりに、やるせない笑みを浮かべる。

 ウィリディスもその辺りは心得ていた。クリューに師事して動く中で、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()というのも体験してきている。

 アンダーヘヴンとはその最たる例だ。事と次第によっては、ネームレスシップに屯する輩よりも厄介な連中が蠢く裏社会である。

 アークスが正面切って協力を仰ぐなど言語道断だが、そこでしか得られない情報が多く在る。

 

「話は変わりますが、私達エイジスの中には、独自の情報網を持ったアークスが何人か居ます」

 

 話の運び方が下手くそだ、とウィリディスは素直に感じた。

 しかめっ面を浮かべながらルディアに目配せする。彼女はいたずらっぽく舌を出しつつウィンクしてみせた。事ここに至って、ウィリディスはようやく察する。

 なるほど前言撤回だ。おどけた笑顔で清濁併せ呑む様な度量で言えば、ルディアの方が総隊長に向いている……と評価を改める。

 

「それとも全く関係ありませんが……当日までの情報収集については私の部下をこき使ってやって頂いても構いません。きっと大いに役立つでしょう」

「オーケー分かった。そんでソイツらの名前は?」

 

 建前はよく分かった、と言わんばかりに頭を振ってウィリディスは軽くを両手を上げる。

 しかしラルからその名を聞いた時、彼は不意を突かれた様な、険しげな面持ちで口許を撫ぜた。

 

「──リタとシャルフィという、二人組です」

 

 

 

 

 

 

「だから! 私は! どうしてそこでミスる! このお排泄物がよォ!!」

 

 雨が降り止まぬオープンテラスの一角で少女が叫んで仰け反る。仰け反った勢いのままバランスを崩し、何とも間抜けな真顔の笑顔を晒し、そのまま地球の古典喜劇みたいに手足をバタ付かせてから椅子ごと倒れる。

 雨天に大袈裟な音が響いた。

 

「だ……大丈夫!?」

「だいじょばねえよォ。私の鬼難易度フルコン記録がオシャカになっちまったよォ」

「大丈夫そうで良かった……」

「待って言語が通じてるかどうか怪しくない? 今の一瞬でオラクルがバベられたりしてない?」

 

 そもそもオラクルの一般教養で『バベルの塔』という伝説は広まっていないので、リタは純粋に首を傾げる。シャルフィは頭を抑えて、盛大な溜め息をつき、倒れた椅子をそそくさと直す。

 何か私が盛大にスベったみたいじゃん、という言葉を敢えて飲み込む。

 それも通じないんだろうなァ、嗚呼タピオカ飲みてェ、と雨空をぼんやり眺めながら。

 見上げた広告塔のモニターには、新進気鋭のアイドルが映し出されていた。

 

「アズレアかァ~。最近どこでも見るなァ。なんかさ、ああいう歌ってうすら寒いんだよなァー」

「アズレアと言えば……次の仕事を思い出しちゃうね」

 

 髪型や人相と、品の良し悪しは異なるか。

 しかし見た目だけで言うなら、見分けが付かないほど瓜二つの2人組だった。

 同じ灰色の髪に、それぞれ眼帯で隠されていない方のマゼンタの瞳に、背丈や顔立ちに声まで、コピー&ペーストされたような映し身の2人。要らぬ混乱を避けるため、双子という事でアークスの戸籍には登録されている。

 彼女らの面影は、どこかダークファルス【明星(ステラ)】と表裏一体の少女を連想させた。

 ()()()()()()()()()「人形のよう」という形容詞がぴったりと当てはまる、端正な顔立ちを盛大にしかめながら、シャルフィは毒づく。

 

「我らが妹ちゃんとご対面かァ。なおさら気分が滅入っちまうなァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──誰も預かり知れぬ世界の果てで、軍帽に黒衣を纏った華奢な兵士は思い耽る。

 四肢を地に晒し、男とも女ともつかぬ端正な顔立ちで、瞳を伏したまま──。

 

 もしも。

 もしも人智の、全知存在(アカシックレコード)の、幻創造神(デウスエスカ)の、或いは……それさえも超えた、(たと)えば『摂理』と呼ばれる()()さえ及ばない『何者かの悪戯』が実在するならば。

 そんな嫌味な偶然も起こり得るのでは、と思う。

 

 我ながら一笑に付すべき、馬鹿げた無意味な仮説が在る。

 何故、彼女はダークファルスでありながら【明星(ステラ)】と名を得て生まれたのか。

 ダークファルスには到底、似つかわしくない名だ。

 

 しかしながら確かに……少なくともステラという少女にとっては、ニウェウスという男は神にも等しい存在だったであろう。

 

 惑星・地球の有名な神話だ。かつて神が統べる世界に反旗を翻し、地獄の最下層、コキュートスという極寒へ堕とされた大天使が居る。

 かの大天使は地獄で息を潜め、未だに神への復讐を狙っているという。

 曰く、名をルシファーと云う。またの名を『明けの明星』と伝えられる。

 

 彼女が【明星(ステラ)】という分不相応な名を冠した理由とは、神からの解放を祈ったからでは無いか?

 ……少しばかり休息が過ぎた様で、そんな考察を繰り広げた。

 

 まどろみに()ける(まぶた)(ひら)く。

 自らの手を開いて握り直す。まだ身体は動くらしいが、活動限界は如実に近付いていた。

 想定より長持ちしているが……まだ我が馬鹿弟子は現れない。

 頭を振って立ち上がる。それでも私は、成すべき使命を果たし、受け継がねばならない。

 立ち上がり、左手に太刀を、右手に大剣を握り直す。

 荒野の果てまで、討ち果たされた残骸ばかりが転がっている。青と白と緑色に広がる荒野の果てから、またも無機質な色の装甲を纏った軍勢は来襲する。

 

 時間さえも単なる数字でしか無い此処で、どれだけ敵を屠った所で勲章にならない。

 否、それは今も昔も変わらない。だから私は……緩やかに歩み始めた。

 歩みは少しずつ歩幅を広げ、やがて敵と接近するにつれて、加速してゆく。

 

「私の仕事は……あの馬鹿弟子()へ託す瞬間まで、続く」

 

 ──そう呟き、黒いマフラーとコートの裾を翻し、閃光が奔る。

 閃光は流星の様に儚く、されど鮮烈な翡翠色の軌跡を描いていた──。

 

 

 

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