パラダイスロスト   作:緑川蓮

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モドキさんのキャラをお借りしました。




 

 

 

 海の果ては空に続くのに、星に一番遠いこの陸から何を見てたの?

 

 

 

 

 

 

 ネームレスシップは、ダーカーの襲撃などによって管制を放棄され、残された市民や落ちぶれたお尋ね者どもが屯する様になったアークスシップの成れ果てである。

 一方でアンダーヘヴンは管制を放棄されていない。ただ純粋にアークスの監視を逃れて治外法権を確立した、有り体に言うなれば裏社会を形成した艦だ。

 日陰者どものパラダイスであるから、誰かが天国から最も離れた楽園(アンダーヘヴン)などと揶揄し始めた。

 

「思えば翼派の連中が身を隠すにゃあもってこいだよな」

 

 ウィリディスが独り言ちながら街路を早足で行く。ルベルは小走りでそれについていく。他の艦と内装は変わらないと言え、雰囲気はどこか薄暗い。きっとすれ違う連中の、濁りながらも怜悧な眼光と無関係ではないだろう。

 ネームレスシップとアンダーヘヴンの最たる違いは、物流含めたインフラの有無である。

 ネームレスシップは既に船団から見捨てられた艦である為、いつオラクル船団の軌道から外れるとも知れない。或いは耐久限界を超えた躯体が今に割れるかもだし、亀裂から漏れ続けている酸素が底をつくかも分からない。

 明日には滅ぶかも知れない艦へ、店を出しに行く頓狂な商人など居ない。

 一方、アンダーヘヴンでは経済が成立しており、流通も生きている。オラクル船団との連絡も(アンダーヘヴンも()()はオラクル船団に含まれるので、語弊が生まれるが)ネームレスシップに比べれば容易だ。

 

「どうしてアークス司令部はアンダーヘヴンを放置しているのかしら。ルーサーなら黙認していた可能性も有るけれど」

 

 ルベルは小首をかしげる。

 かつてルーサーと、彼の率いる研究室……その名も虚空機関が打倒されて以来、オラクル船団は大きな内部変革を迎えた。それまで人体実験なんのその、陰謀が巡り、倫理観を擲つような所業を繰り返していたアークスはクリーンな組織へと再編を遂げた……と、されている。

 間違いではないが、それで腐敗を一掃できるほど人間の社会構造は単純じゃない。

 

「突いたヤブから蛇が出るかも知れない、それが怖いんだろうさ」

 

 ウィリディスがタバコを一本取り出そうとして、ルベルがその手を叩いて阻止する。目を細めて暗に「歩きタバコはダメ」とたしなめていた。ウィリディスは「別にアンダーヘヴンなら良いじゃねェか」と反論したい気持ちもあったが、渋々懐へ手を戻す。

 本気でこの艦を潰しにかかれば、幾千万もの無法者が他のシップへ流出する。

 更に輪をかけて厄介なのは、()()()()()()()()()()()()()()という点だ。

 流れ出す犯罪者とそうでない一般人を選り分ける事は不可能に近い。かと言って無罪の人間まで一緒くたに粛清するのは、新たなアークスという組織が潔白であるからこそ不可能だった。

 

「難儀な事ね」

「俺としちゃ分かりやすいのは助かるがな。逆に言や、ここなら大概の胡散臭ェ話は聞ける」

 

 ウィリディスとしては一抹の懐かしさすら抱いた。

 まだ先代の流星……クリューが存命だった時に仕事で連れられた事が何度か有る。そのクリューが没してから、アーテルと出会ったのもこの艦だった。今のように表舞台へ出る前のアーテルは、ここで「虚空機関に通ずる貴重な情報屋」として暗躍していた。

 そしてアーテルがアンダーヘヴンから出られるように手引きしたのもウィリディスだ。

 本来アンダーヘヴンとは、ひとたび足を踏み入れれば容易に出ていける場所ではない。アークス側としては犯罪者を出したくないし、アンダーヘヴンの住人としても、自分達の情報を漏らしたくないからだ。ここには法律以上の強制力を持つ不文律……無法者なりの暗黙の了解があり、それにも由来する。

 クリューと、弟子であるウィリディスは稀有な例だ。独自のルートと手段を持っている。

 

「大きな声じゃあ言えねェが……まさかエイジスもここへ通じるヤツを擁しているってのは、ちと予想外だったけどな」

「これから落ち合う2人ね」

 

 アンダーヘヴンを出入りするウィリディス以外の猛者とは、どんな二人組なのか。ルベルが想像を巡らせていると、何やら路地の陰から自分達を指差す視線がある事に気付いた。

 ウィリディスも既に気付いていたようで、目線は合わさず小さく頷く。

 

「バレたかしら」

「下手は打って無ェハズだが……」

 

 短いやり取りの間に、4名の男が駆け寄る。

 手には無骨な銃を携えた男達だ。

 

 

 

「──間違いねェ、()()()()()()をしょっ引いた小娘だ!」

 

 

 

 ルベルもウィリディスも聞き覚えのない名を叫びながら接近してくる。

 ルベルは動揺して退き、ウィリディスは半歩だけ引いて重心を下げる。

 ウィリディスが迫った男達の1人へと踏み込んで顎下から拳で打ち抜く。くるりと身を回して他の男のアゴへ蹴りを放つ。綺麗に入った。速やかに二人分の意識を刈り取る。

 

「そっちのヤツを頼む」

 

 それだけ短く言い放ち、ルベルが即応する。

 ルベルは残った内、片方の男へ距離を詰める。構えた銃を蹴り飛ばす。それからもう片脚で追撃の蹴りを側頭部へ見舞う。

 ウィリディスは残った別の男が放つ銃弾を──首を捻って避け──銃を構えている腕に、自らの腕を絡ませる。それから流れる様な動作で男を投げ、硬質な地面へ強かに打ち付ける。

 

「お前、ここで何かやったのか?」

「まさか! 来るのも初めてよ」

 

 ルベルとウィリディスは背中合わせのままで言い合う。

 言い合っている傍からまた他の男達が湧いて出る。乱暴に開け放たれた扉から、路地の裏から、雑踏の向こう側から湧き出て2人を包囲する。

 

「キリが無ェな」

「一掃する?」

一般市民(パンピー)も居る。それに俺達がアークスだとバレるのもよろしくない……が」

 

 互いに小声でやり取りして包囲網を見渡す。

 軽く見積もっても、徒手空拳で相手取るには余る人数と武装だ。

 

「そうも言っていられないか……?」

 

 ウィリディスが舌打ちする。ルベルは歯噛みする。

 決断の猶予は無い。2人がナノトランサーを経由して武装を取り出そうとする際──。

 

 

 

()()()()()()。お二方──こっちです!」

 

 

 

 ──頭上から()()()が響いた。

 

「目と耳を塞げ!」

 

 ウィリディスが叫ぶ。ルベルが咄嗟に耳を覆って目を瞑る。

 ウィリディスは閃光弾(スタングレネード)を取り出して無造作に投げる。

 強烈な閃光と高音が辺りを駆け巡る中、ウィリディスは両手から白緑色のフォトンチェイン(※バイオレードルという自在槍(ワイヤードランス)の一部)を伸ばす。片手のそれをルベルに巻き付け、もう片方は声が聞こえたビルの屋上へ引っ掛ける。

 ルベルは戸惑いながらも、すぐに意図を察する。ウィリディスの肩へ腕を回して移動に備える。

 屋上へ伸ばされたフォトンの鎖が急速に巻き取られる。怯む包囲網を置き去りに上方へ逃れる。

 

「こっちだ、追い付かれても置き去りにすんぞ!」

 

 先程と同じ声色ながら、幾分か言葉遣いの荒い呼びかけが聞こえる。

 ルベルとウィリディスは言われるがまま先行する、瓜二つの姿をした少女達に追従する。

 屋上から屋上の間を跳んで駆け抜ける道すがら、ウィリディスは違和感を抱く。なぜなら髪型は違えど、なびかせる銀髪と背姿はルベルとよく似ていたからだ。

 

 ようやく4人が一息ついたのは、騒動があった街区から離れたビルの屋上だ。

 改めて向き合うが、やはりウィリディスは目元を細める。どう見ても自分達を窮地から救い出した2人の顔は、ルベルに瓜二つだからだ。

 しかし彼女らは先程、アンダーヘヴンへ向かう前にラルを通して示し合わせた合言葉を叫んだ。

 

「つまりアンタらがエイジスの同行者ってワケかい」

「ピンポーン、大当たり」

 

 長い銀髪をツインテールでまとめた方の少女が、おちゃらけた軽い口調で、ウィリディスを両手で指差しながら答える。

 もう片方、結んでいない長髪の方は申し訳なさそうに右腕を左腕で抱きながら釈明する。

 

「すみません、急を要する事態かと思ったので……」

 

 ルベルは幾らか意外だったらしくまじまじと少女らの姿を眺める。一応は双子だという話も事前に聞いていたが、どう見たってルベルより年下だからだ。ゴシックロリータの意匠をあしらった、洒落た黒い服装も一層に幼く可憐に見せる。

 戸籍上は三十路(みそじ)か、それに近いはずなのに。実年齢で言うならウィリディスより年上のハズだ。

 

「改めて……私がリタ、こちらがシャルフィと申します」

 

 

 

 

 

 

「つまりアンタが前にアンダーヘヴン(ここ)でやらかしたから目ェ付けられてるって事かよオイ!」

「何だやんのかオラァ! だから私だって今回の任務は嫌だったんだよ!」

 

 とりあえず逃げ込んだ元バーの廃屋で、いい年こいたオッサン(まだ二十代)と幼気な少女(実はアラサー)が掴み合いの喧嘩になりかける。

 ルベルは額に手を当てて深い溜め息をつき、リタは「やれやれ」と言った様子で苦笑する。

 リタとシャルフィが説明する所によると、こうだ。以前から何度かシャルフィはアンダーヘヴンへの潜入捜査を敢行しているが、ある時『アトモスフィア商会』という組織の顔役を捕えた。その際にどこからか顔も知られてしまい、今やアンダーヘヴンを挙げての尋ね者になってしまっているらしい。そして顔立ちがよく似たルベルはすぐに捕捉されてしまった……と。

 

「案内役が追われる身になってどうすんだよ!」

「うっせぇわ! 大体オマエも来た事あるんなら自分で勝手に捜査しろや!」

「こちとら2年くらいオラクルに居なかったんだよ! 最近の事情に明るいヤツが欲しかったの! でもこれじゃあ内情を知っていたとしても普通に動きにくいぞどうすんだコレ!」

「こっちが聞きたいわ! よもや私も自分がそうなってるとは知らないけどさ、嫌な予感はしたんだよ! だから()()()()()にも言ったんだよ! でもあの堅物は全ッ然もう譲らないの! オマエに分かるかこの私のエレジー(かなしみ)がよォ!」

「知るかボケ!」

 

 口喧嘩は踊る、されど相談は進まず。

 拉致が明かないと判断したリタとルベルはそれぞれ間に割って入り、ボルテージ上がりまくった猛獣をどうどうとなだめる。

 

「あァ……まあ、そうなったモンは仕方ねェわ。けれど本題へ入る前に再確認してェ」

 

 ウィリディスはカウンター席のひとつへ適当に腰掛け、懐から取り出したタバコに火を灯す。

 

「アンタらとルベルが似ている理由は、ルベルがアンタらの妹だからってェくだり……本当か?」

 

 リタは黙って神妙な面持ちで首を縦に振り、シャルフィはニヤけ面のまま心中を読ませない。

 対照な態度を見せながら、ふたりとも同時に、左目の眼帯に手をかける。

 眼帯の下から覗いたのは、紅色の瞳で、白目であるべき部分は漆黒に染まっていた。

 

「本当です。私達を造ったDr.ロットの妻……即ち共喰いニウェウスの娘、そのクローンとして生まれたのが私で、ルベルさんも私達より後に造られたクローンのひとりです」

「……ドクターロット?」

 

 その名を聞いた時、ウィリディスが少し片眉を吊り上げる。

 ルベルもウィリディスも、ある程度までは想像していた。

 ルベル……もといステラは胎児の段階で、人為的に加工されているダークファルスの因子を埋め込まれたデザインベビーである。母の腹から産まれ落ちたワケではなく、出生の段階から実験体である可能性はウィリディスとの間で既に考えていた。

 

「Dr.ロットは妻を蘇らせる事に執着していた。私の後も、アプローチを変えながら、何人かのクローンを生み出す研究を続けていた」

「その内、胎児の段階から育てるアプローチによって造られたステラがニウェウスの手に渡り、ダークファルスの因子を埋め込まれたってワケかい」

 

 ニウェウスの実の娘から生み出されたクローンが、目の前のリタであり、ルベルであるという事らしい。もっとも「生み出された時から成体だった」か「胚から年月を経て成長したか」の違いはあるようだが。

 

「私はもうちっと由来が複雑だけど、まあ今回は省いておくわ。直接そっちに関係ないし」

 

 シャルフィは軽薄な態度のまま仰け反り椅子を揺らして遊んでいる。

 ウィリディスは一度ルベルに視線を送る。彼にも少なからず思うところがあったのだ。ルベルはショックを受けているのか居ないのか、心の内までは分からない。ただ地面に目線を落とし、指先で髪を弄びながら何かを考え込んでいる様だ。

 ──無理に気の利いた言葉を探しても、薄っぺらいな。ウィリディスはそう判じた。

 

「もうひとつ聞いておきたいんだが」

 

 ウィリディスはもう一つの疑問を抱いていた。

 シャルフィの出自は胡散臭いにせよ、リタはかつて居た人物のクローンであるらしい。

 クローン技術といえば、身近に思い当たる人物がもうひとり居た。先代カスラのクローンとして生まれ、その身にダークファルスを宿す男が。彼はかつてオラクルきっての大企業を統べる社長であったが、前線を退いた今は病床に伏している。

 

「クローンは短命のハズだよな?」

 

 ルベルと、リタ及びシャルフィら2人の容姿は確かに似ている。それでも違う点が幾つかある。

 まずルベルの胸元に実るメロン(最大膨張)と比べ、リタとシャルフィのなんたる嘆きの平原か……いや余計ややこしい事態になりそうだからコレは置いておこう、と主にシャルフィの方から嫌な殺気を感じ取ったウィリディスは思い留まる。

 2つ目にリタとシャルフィの方が、いくぶん幼い顔立ちをしているという点だ。実年齢で言えば彼女らはむしろウィリディスより年上で、カージュに近い年頃なのに。

 

「それがDr.ロットという男の研究です」

「オイオイ、ちょっと頭捻れば分かるだろ? 大しゅき(はあと)なマイワイフが逝っちまって、悲しいからってイカれパパンはマイワイフのクローンを作ろうとしたワケだ。でも生きている以上はまた死んじまう。それは嫌だろう?」

 

 シャルフィはおちょくった様子で語る。

 そこへ来てようやく、ウィリディスは聞き覚えがあったDr.ロットの名について思い出す。

 クリューが残した資料の中で、一度だけその名を見かけた。

 目を引いたのは彼の研究成果だ。

 

「思い出した。()()()()()()()のDr.ロットか」

「不老不死って……何をバカな!」

 

 それまで長考に耽っていたルベルが、ウィリディスの言葉に食ってかかる。

 ヒトはいつか死ぬ。当然の摂理であり、いかにオラクルの医療やテクノロジーが先進的だったとしても、それは変わらない。少なくとも現在の技術力はその域まで及んでいない。

 何百年とオラクルを陰から支配してきたルーサーでさえ、器である肉体を乗り換え続けることで延命していたのだ。

 しかしシャルフィはルベルの反応を見てそりゃもう大爆笑する。耽美なイメージすら与える服装と裏腹に、あっひゃっひゃっと品性ゼロ状態で大口を開けて笑う。

 

「何がおかしいのよ」

「いやいや……だってアンタらがそれ言う? マジで? だって2年前までは、私達に似たようなヤツとつるんでたらしいのに。成り立ちは違えど、原理は同じようなモンだよ私達も」

「何を……」

 

 それまで仰け反っていたシャルフィがバネ仕掛けの様にぐいんと椅子から身体を起こし、勢いのままルベルと触れるか触れないかの位置まで顔を近付ける。

 それから流し目でルベルを見上げ、犬歯を剥いて、ある少女の名を告げる。

 

「ユカリ・フェムトだよ」

 

 ユカリは終の艦隊戦において英雄と呼ばれたアークスであり、かつてルベルとウィリディスが救った少女でもある。

 ルベルは口を真一文字に結んだまま、知らされた事実に困惑するばかりであった。

 

(──いや、それはまだ良い)

 

 一方で今度はウィリディスが、口許に手を当てて、思考を巡らせている。

 惑星・地球で瀕死のユカリを保護したのはウィリディスで、最初に彼女がエーテル(※オラクルで言う所のフォトンに酷似した物質)の集合体であると見抜いたのも彼だ。

 その時点で「再生する為のエーテルが存在する限り、ユカリは活動し続けられるのではないか」という仮設も立てていた。

 

(──それよりも気になるのは)

 

 ルベルは、共喰いニウェウスの娘より生み出されたクローンだという。

 カージュの例に漏れずクローンは総じて短命だ。染色体の一部であり、細胞分裂の回数を決める「テロメア」が短くなる為だ……と惑星・地球の学会では提唱されている。

 だからクローンに不老不死という特性を付与する事で、生前と一分も違わず、なおかつ死なない妻を創り上げる事がDr.ロットの目的だったという。

 

(──ルベルは成長している。つまりリタやシャルフィの様に不老不死は付与されていない)

 

 ウィリディスは吸い殻を灰皿でにじり、懐から2本目のタバコを取り出す。いつもより火を灯す指先に力が籠もっている様な気がした。タバコを咥えたまま瞑目して深く息を吸い込み、天井へと向かって一気に吐き出す。

 そのまま首だけ横を向いて、窓の外へ視線を投げる。

 白く厚い雲は、厭な翳りを見せ始めていた。

 

 

 

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