パラダイスロスト   作:緑川蓮

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 思ひおく 鮪のさしみ (ふぐ)と汁 ふつくりぼぼに どぶろくの味   ──新門辰五郎

 

 

 

 

 

 

 オラクルには『クリアフォトン』という概念がある。

 

 個体化した高純度のフォトン結晶にピュアフォトンと呼ばれるモノもあるが、それと明確に区分される存在だ。

 クリアフォトンは、魂と言い換えても良い。

 これを機械化した義体へ移し替えた存在を、オラクルではキャストと呼ぶ。

 虚空機関が……少なくともフォトナーがクリアフォトンに干渉する手段を持っていたのは、ごく一部のアークスにとっては共通認識だ。

 

 ユカリは元々地球人・透藤縁(とうどうゆかり)の具現武装『イマジナリーボード』によって生み出された、本人の複製体だった。被造物ゆえ元々はクリアフォトンを持たない。それが自ら存在意義を確立させる事でクリアフォトンを獲得した……別の言い方をすれば「強い意志によって自力で魂を得た」のである。しかしルーツはエーテルもしくはフォトンの塊である為、そもそも寿命という概念が無い。フォトンは使役者の意思に大きな影響を受けるので、ユカリ自身が強く死を望まない限りは死ぬ事も無い。

 

「そこが少し異なるワケだな」

「分かってんじゃーん。私達は死にたいと思っても死ねないのよ」

 

 ウィリディスの問いに、シャルフィは両手で彼を指差してウィンクする。

 リタやシャルフィの場合は、生み出される以前の段階でクリアフォトンに加工を施されている。例え身体が欠損しても、自前のフォトンにより「クリアフォトンが記憶している、身体の在るべきカタチ」へとロールバックされるように。

 このクリアフォトンに不老不死という特性を付与する技術は『不老不死の果実(ネメシア)』と名付けられているらしい。

 

不老不死の果実(ネメシア)が、例えば光の翼の連中にも付与される可能性は?」

「半分アリで半分ナシだね。アレって私らクローン用に調整された技術だし。そもそもだいぶ前に()()()()()()()()()()()()

 

 Dr.ロットは虚空機関の研究員ではない。そして不老不死の果実(ネメシア)を独自に開発した研究者は既に居ない。更にその特性上、彼女らクローン以外の生命にそれを付与する事は出来ないという。

 ウィリディスは表情を変えないが、複雑な心境でそれを反芻していた。果たして不老不死の果実(ネメシア)はルベルに付与する事が出来るのか。出来るとして、その糸口はどこから掴めば良いのか。何より出来たとして、それをルベルが受け入れるのか。ぐるぐると考えていた。

 

「けれど研究の過程で生み出された『不死兵(イモータル)』は一部の界隈に流出しています」

「多分……それは見た事があるな。いつだったかアンダーヘヴンに来た時だ」

 

 リタが補足し、ウィリディスは自らの顎をなぞりながら遠くを見る。

 個人的な仕事で捜査を進めていた時に、どこぞの組織が吹っ掛けてきた様な記憶がウィリディスには有った。首を落としても死なない異形だが、知性が無いお陰で捕縛と無力化は容易だった。

 

「ただアレがセントラルアリーナとかで大量に放たれたらちっと骨だぞ」

「翼派がアンダーヘヴンに根城を張っているのなら、横流しされている可能性は大いにあります。今回はそのセンからも調べるべき……とルディア総隊長から助言されました」

 

 とにかく今は目の前の仕事に集中するべきだ、まず切り替えろ……とウィリディスは自身に言い聞かせる。短くなったタバコの煙を一気に吸い込み、吸い殻を灰皿へ投げた。

 情報収集から始める必要がある。その為にまず顔が割れているリタとシャルフィ、そしてルベルの問題をどうにかしなくてはならなかった。

 

「どこかの()へ入る時で良いかと思っていたが、ここからは顔を隠したまま行動するべきだな」

 

 ウィリディスが言うなり、リタとシャルフィは自慢げに何枚かの仮面を取り出してみせる。

 

「流石だ。ルベルは丁度いいからネームレスシップに居た時のガスマスクでも使え」

「ウィリディスは?」

 

 ルベルが問う。

 

「俺はこれで充分だよ」

 

 ウィリディスは取り出した軍帽を深めに被り、黒いマフラーを首に巻き付けた。

 

「問題はどっから手を付けるかって話だが」

 

 アズレアのライブツアー最終日は迫っている。猶予が無いので闇雲に駆けずり回って時間を浪費する訳にもいかない。取っ掛かりが無いにしても、最大限の効率で捜査に当たるべきだ。

 

「まずは最近のアンダーヘヴン(ここ)の内情から訊いてもいいか?」

 

 ウィリディスの問い掛けに、リタがシャルフィの方へと目配せする。シャルフィはリタに向かい一度は「私が説明すんのォ?」と心底面倒くさそうな表情で応えたものの、頭を掻きながら親指を折り曲げ、四本指を立ててルベルとウィリディスに示して見せる。

 

「えーと……まず元々アンダーヘヴンを仕切っていた4つの組織は代わり映えしねェ。その勢力について、旦那は知っているって事でオーケー?」

「オーケー」

「じゃあ続き言うわ。()()()()()は旦那から後で聞いて。めんどいから。んでー……ここ2年だとおそらく光の翼だろって奴等が幅を利かせてる。さっき言った四大勢力の下部組織を行ったり来たり、コウモリ野郎みてーなコトしながらシノギを広げてきたから、今はどこからも睨まれてる……みたいな感じ?」

 

 もっと丁寧にシャルフィの言を解説するとこうだ。

 もちろんアンダーヘヴンでは、光の翼は大々的にその名前を出して活動しているワケではない。最初からそんなコトをすれば、アンダーヘヴンを取り仕切る四大勢力のいずれかに、瞬く間に叩き潰されるからだ。

 しかし光の翼に所属していると思しき連中は、ひっそりとそれぞれの末端から、出自を明かさずに取り入った。それから内通し合い四大組織同士で小規模な衝突を意図的に引き起こし続けた。

 情勢が乱れている時ほど新参者は成り上がりやすい。ましてや(意図的にデザインされたものであると言え)情報戦に貢献したとなれば、それぞれ組織内での評価はトントン拍子に上がる。

 アンダーヘヴン内の四大組織がそれに気付いた時、光の翼と思しき連中は、それぞれの組織から姿を消していた。その過程で得た軍資金を持ち去って。

 代わりに四大組織のどれとも知れないシノギが広がっていた。

 だから自身らをわざと小競り合いする様に仕向け、漁夫の利を掠め取る形で居座っている光の翼は、どの組織からも嫌われているという話だ。

 

「組織が長続きするやり方とは思えないわね」

「だが『光の翼がツアー最終日で何かやらかす』って噂は、ますます現実味を帯びたな」

 

 ルベルの考察に、ウィリディスは顎をなぞりながら応じる。

 ルベルが言った通り、これでは四大勢力から一斉に狙われてしまい、アンダーヘヴン内で築いた光の翼勢力が駆逐されるのも時間の問題だ。

 各勢力へ潜入して連絡を取り合い同士討ちを仕向ける……そんな丁寧な仕事が出来る連中なのに、それを想像できないとも考え難い。

 時期的に考えれば、ライブツアー最終日に向けた準備の一環であり、その後はアンダーヘヴン内の勢力がどうなろうが問題は無い……という所まで織り込んだ『作戦』だと考える方がストンを腑に落ちる。

 

「欲しかったのは、おそらく軍資金と……あとは情報と技術ってトコかね」

 

 ウィリディスが付け加える。

 短期間で荒稼ぎしようと考えるならば、オラクル船団の中枢に近い場所よりもアンダーヘヴンが効率的だ。惑星・地球でも同じだが、非合法な事やモノがまかり通る場所は、それだけ多くのカネも動く。

 加えてDr.ロットの様に、ここでは倫理から外れた研究なども行い易い。テロリスト共にとっては戦力を整えるならうってつけの場所と言えた。

 

「まあ私達からはこん位かなァ。アンダーヘヴンに居座ってりゃ適当な酒場でも聞ける話だけど」

「今回のガイド役として抜擢されたのに、大した情報をお渡し出来なくてすみません。ひとまず不老不死の果実(ネメシア)不死兵(イモータル)の流通ルートから探る方向で考えていますが……」

 

 リタが申し訳なさそうに右手で左腕を抱きながら弁明する。

 ルベルが眉間に皺を寄せ、口許に指先を当てながら考え込んでいる。

 その中でウィリディスだけは口の端を吊り上げていた。

 

「いや……値千金の情報だよ」

 

 ウィリディスの言葉に三者がそれぞれ顔を上げる。

 なにか妙案があるのかとリタが期待の眼差しを向けたが、ルベルはウィリディスの横顔を見た瞬間、より一層に眉間の皺を深くした。

 

「これなら、あの男を動かせるかもしれない」

 

 なぜなら、そう言い放つウィリディスの声は若干震えていたし、額に脂汗も浮かんでいる。

 ルベルは長い付き合いであるから幾度かその表情を見た事がある。例えばそう……深酒が入ってハウス(※雹に属していた時の拠点)で大暴れした果てに、アーテルから折檻されそうになった(※未遂)時とか。あるいは、いつしかカージュが「試験運用の相手を探している。付き合え」と言いながらよくわからんヤバげなトゲットゲのパワードスーツを着込んだ状態で自宅へ来訪した時や、惑星ハルコタンの化身から「よう殴り合いしようぜ!」と遊びにでも誘う様な明るい声と快活な笑顔で乗り込まれた時などだ。

 つまりこれは──世にも珍しき、彼が「ガチでヤベー」と思っている時の表情である。

 

「チマチマとした情報源から、大当たりを狙うにしても時間が足りねえ。アタマから行くぞ」

 

 やはり声は震えている。リタとシャルフィもいい加減不審に思いながら、次の言葉を待った。

 

「──()()()()()()に会いに行く」

 

 シャルフィだけは彼の言葉に凍りついた。

 それから頭を抱えて仰け反ってみたり、頭を抱えたままうずくまってみたり、両手を広げながら身体を撚るなどの奇行をストレッチの様にスローモーションで繰り広げて、手近にあったテーブルを勢いよく両拳で連打しながら叫ぶ。

 

「よりによって一番ヤベー奴じゃねェか、アタマ沸いてんのか!?」

 

 

 

 

 

 

 そこはアンダーヘヴンに在りながら、いかにも『和』の雰囲気を醸す場所であった。

 

 何畳あるか数える事も馬鹿らしい木造りの大広間にて、数十名ほどの益荒男どもが座布団に鎮座している。それぞれ目の前に、漆塗りの小さな卓が並んでおり、載っている食器には白米と色艶が良い魚の活造りや、陶器に満たされた上等な酒などが並んでいる。

 イカルガ組の集会に、些末な品を並べるワケにもいかないからだ。

 イカルガ組とはアンダーヘヴンを仕切る四大勢力の一角である。面々はいずれも、顔面に切創をこしらえた伊達男の面々だ。鎮座する連中は市街地ですれ違ったチンピラ達と比にならない、深く突き刺す様な眼光をいずれも湛えている。

 当然だ、ここに居るのはイカルガ組の幹部ばかりなのだから。

 

 大広間の奥にある、少し他の畳より高く拵えられた空間……高座の前でウィリディス、ルベル、リタ、シャルフィの4名は神妙に正座して頭を下げていた。

 いずれも緊張の面持ちを浮かべている。

 どれだけ過ぎただろうか。少なくとも4名にとっては一日千秋とさえ言えるほどに永い緊迫感を味わった頃である。横合いの襖をなめらかに開く音が聞こえ、ウィリディスは「ついに来た」と唇の裏側を噛む。

 

此方(こちら)へ」

 

 彼へ伝える子分の声に返答は無かった。

 その男が大広間へ入ってきた際、その場に居た皆が、俵幾つ分程の巨岩を担がされた──という様を脳裏に過ぎらせる。

 衣擦れの音を静かな大広間に響かせて、男は高座に備えられた座布団へ着座しあぐらをかく。

 

「顔、上げろや」

 

 静かに轟いた声で、心の臓を握られた様な威圧を味わった。

 ウィリディス達はゆるやかに、丁寧に彼を見上げる。

 高座には壮年の男が居た。

 臙脂(えんじ)色に染められた着流しの上から、漆黒の羽織を肩に掛けた男である。短く刈り上げられた髪には黒髪と白髪が混じっている。錆利休色の瞳は此方を向いておらず、子分の方を見ている。

 子分は盃へひと目で分かる上等な、透き通った酒を瓢箪から注ぎ、恭しく男へ差し出す。

 男は無造作に盃を受け取り、酒を一息であおる。

 酒が喉を通った後、男は心底から不愉快げな溜め息を長く吐き出す。

 

 漆塗りの肘置きに右腕をのせた男の指先は骨ばっており、背丈もおそらくウィリディスとさして変わらない。どこか立ち枯れた木のような風情さえ思わせる老人だ。

 なのにウィリディス達は、胸と背を強く圧される心持ちであった。

 ルベルの呼吸が行き場を失い浅く巡っている。

 リタは脳髄の先から徐々に白く塗りつぶされる様な感覚を味わっている。

 錆利休色の眼光が、ついにこちらを向いた。

 

 老兵のアークスを見たら、老いぼれではなく()()()()だと思え。

 

 アークスの間では有名な言い回しだ。それは40年以上も前にあった『巨躯(エルダー)戦争』に由来する。

 ダークファルス【巨躯】との全兵力を挙げた決戦だ。まだ今ほど武装も戦略も充実しておらず、ましてアークス筆頭戦力たる『守護輝士(ガーディアン)』が居るわけも無かった時代。アークスは壊滅状態へ追いやられながら、レギアス、初代クラリスクレイス、初代カスラ……後に三英雄と語り継がれる者達の尽力によって【巨躯】を封印した。

 ウィリディスやルベル達が追う、アークス史上最悪の犯罪者『共食い』ニウェウスも巨躯戦争の生き残りである。

 しかしレギアスやニウェウスが主として扱う抜剣術……それが元は、また別のアークスによって生み出されたモノだと知るアークスは少ない。

 

乃公(だいこう)を呼びつけるたぁ随分な身分になったな。流星の後釜よ」

 

 抜剣術の祖──或いは剣帝(けんてい)と呼ばれる侠客(おとこ)

 イッサ・イカルガが、ウィリディスを眼光にて射抜く。

 

 

 

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