艦これ短編……集   作:高杉祥一

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構想時間不明。執筆二時間。
秘書艦大淀は見た。

主な登場人物:大淀 提督 八丈


甘いおせんべ条約

 秘書艦。それは第一艦隊旗艦の艦娘が提督の業務を補佐するという慣例である。

 とはいえ戦闘能力に優れる一方で事務、それどころか机についてじっとすることすら苦手な艦娘も多い昨今。提督執務室の秘書艦デスクで仕事をするのは概ね大淀の役目であった。

 連合艦隊旗艦を務めた経験があってか、大淀としては秘書艦業務は苦手ではない。無心で書類を片付ける間に業務時間が過ぎ去っていく分戦闘より楽であるともいえる。

 そしてこの艦隊の提督は人柄も悪くないので仕事場を共にするのも苦ではない。ただ一点、気にかかることはあったが。

 今日もその時刻がやってくる。午後三時。執務室の柱時計を見た大淀は、パソコンに向かい艦隊の中長期資源推移で頭を捻る提督に告げる。

「提督、ヒトゴーマルマルです。一息入れますか?」

「んん……いや、俺は一つ結論が出るまでもう少し粘るよ。

 大淀は間宮さんとこでも行ってきたらどうだ? おやつの時間だろ」

「おやつって……駆逐艦の子じゃないんですから」

「そうか? 球磨や多摩はおやつタイム逃しそうになると大騒ぎするが」

「あの辺は例外です」

 とは言いつつも、大淀も間食で間宮に厄介になることは多い。だがこの後起こることの推移を見張ってからではないと気が気では無いのだ。

 そして今日は、提督と言葉を交わしている間にその懸念の原因となる存在が彼のそばにまで迫っていた。

「てーとくぅ」

 不意に執務室に響いた甘い声は大淀のものではない。当然いい歳の提督のものでもない。

 提督の机脇からひょこりと覗く亜麻色の髪。ふわふわとしたツインテールを頂いたあどけない顔は、艦隊の海防艦娘八丈だった。

「おう八丈」

「今いーい?」

「別にいつだっていいぞ」

 気軽に応じる提督に、八丈は目を細めると机の影を回って一度姿を隠す。そして大淀が見ていると、八丈は提督の顎下に再びその姿を現わした。

 小柄な八丈は提督の膝の上に座ってもその懐に収まってしまう。そして今、執務中の提督を相手にそうしているということだ。

 そしてパソコンに視線を戻し唸る提督を尻目に、八丈は机の上に上体を倒して伸びをすると勝手知ったる様子で机の隅に手を伸ばす。そこには執務中に提督がつまむ煎餅アソートのパッケージがあった。

 無造作に片手を突っ込み中身を漁った八丈は、個包装された煎餅の一つを手に取る。ザラメが振りかけられたアラレが三つほど入ったものだ。

 思い悩む提督の手慰みに頭を撫でられつつ、八丈は個包装を開けそれをポリポリと食べていく。そしてすぐに食べ終わると包装のビニールを机脇のゴミ箱に落とし、また次の煎餅を漁り始める。

 大淀の懸念はこれであった。艦娘の中でも幼い容姿を持つ傾向にある海防艦の一員、八丈が提督相手になんのてらいも無くふれあい、そして提督もそれを受け入れているという現状である。

 神妙な面持ちで大淀は分析する。八丈は四人組である占守型海防艦娘の三女で、今まさに齧歯類のように新たな煎餅をポリついているようにお菓子好きである。

 そして提督は集中する時に手慰みにするものを求めるタチで、今机の上に置いている煎餅アソート以外にもお菓子のストックを机に隠し持っている。大淀もたまにご相伴にあずかるのでその辺りは知っている。

 八丈が提督のお菓子ストックを目当てに執務室を訪れるようになったのは着任して早々のことだったが、日に日に距離が縮まり今ではこんな風に膝に乗って食べたりする有様である。

 提督とここまでスキンシップを取っている艦娘はそうはいない。ツッコミで訓練用爆弾を艦爆に落とさせる瑞鶴のようなのもいるがアレは別ベクトルだ。如月や荒潮は思わせぶりだがあれはチキンレースの類いなのでどうでもいい。

 ゴトランド……あれは……。

 閑話休題。大淀はとっちらかりかけた思考を目の前の情景に戻す。

 艦娘と提督との絆が深まることは別に悪いことではない。その結果想定された練度以上の力を発揮する艦娘も多く報告されているのは事実だ。そしてこの対深海棲艦の戦時下で繋がりやぬくもりを求めたくなる気持ちも大淀には否定できない。

 しかし……いい歳こいている提督と、その懐に収まってしまうような八丈とというのはどうなんだろうか。大淀は目の前の光景に、何か間違っているような、間違っている方向に向かってしまいそうな不安を覚えずにはいられない。

「てーとくぅ、もう甘いの無いよー……」

「んー? 仕方ないな」

 アソートの中を漁っていた八丈が机の上に伸びると、提督は未開封のアソートを引き出しから取り出して今までのものの隣に置く。そうすると八丈はニュッと目を細め、がさごそとそれを開封していくのだった。

「じゃー今日はこんだけ! しむ姉達やガッキーにも分けてあげるんだあ」

「食べ過ぎるなよ?」

「分けるって言ってるじゃーん!」

 一掴み分の煎餅をジャケットのポケットに突っ込むと、八丈はまた机の下に潜航して提督の膝から離脱する。そしてそそくさと去りつつ、

「大淀さんもまたねー」

「あっ、はい……」

 なんの気後れもなく無邪気にそう言って去って行く八丈に、大淀は返す言葉も無い。そして提督は撫でる頭が無くなったからか気持ち寂しそうに煎餅アソートからチーズアーモンドおかきを手に取る。

「提督」

「どうした大淀」

「八丈さんとケッコンカッコカリするおつもりですか?」

 訊ねてみると提督は全身を折ってむせることで驚愕を表現した。チーズアーモンドおかきがどこら辺まで入ってしまったのかは大淀にはわからないが、ガス欠気味の艤装のような音を立てて苦しむ提督は三〇秒ほどの時間を掛けると応じられるようになる。

「どっ、どういう質問なん? それ……」

「いやだってあんなにベタベタしてたじゃないですか。金剛さんに飛びつかれると引きはがすのに」

「あれは比叡が後で怖いんだよ。

 八丈に関しては為すがままにさせてるだけだよ。それにほら」

 提督は机に残された煎餅アソートのパッケージをつまみ上げてみせる。

 よく見知ったものだ。艦隊の酒保で取り扱われている市販品で、注文票を使えば箱単位で頼むことも出来る。艦娘寮の常備品として大淀も会計上で取り扱うし、軽巡寮で食べることもある。

「これって甘い煎餅が三種類ぐらい混じってるけど、俺って煎餅が甘いと許せないタチだろ?」

「あー……そうでしたっけ?」

 言われてみれば、提督と執務室のお菓子ストックを共有していると妙にしょっぱい煎餅を見かけない気がした。最近はそうでもないが。

「なんかの弾みでその話になった時に、じゃあ俺が残す甘い煎餅は私のーってことで八丈と取引してさ。八丈はいつでも甘い煎餅持っていっていいって代わりに任務頑張るって契約してるんだよ」

「ははあ……。なんだか割に合わなくないですか?」

「いやそんな厳密な契約じゃないから」

 確かアソートに入っている甘い煎餅はザラメアラレと糖衣煎餅、あと黒糖コーティングのアラレもあっただろうか。それだけのものを差し出して、子供っぽい海防艦の「頑張る!」を引き出せたなら上手い取引かもしれない。

「しかしそれにしても膝に乗せるってのは?」

「だからその辺は八丈のしたいようにさせてるだけだって。他の海防艦とか、時津風やリベッチオも俺のことアスレチックかなにかだと思ってるだろ?」

 確かにオフの提督はその辺りの元気がいい艦娘によくよじ登られている。その状態で那智や千歳と呑んでいたりもするので大したものだ。隼鷹やポーラは教育上良くないのかそういうときは遠ざけているようだが。

「ふーん……提督はちっちゃい子に人気なんですね」

「言い方ァ。

 てか清霜が武蔵にペタペタしてるようなもんだと思うぞ本当に」

「言い訳がましいこと言って、提督からはどう思ってるんですかー?」

 理路整然、という体の提督を少しからかいたくなり、大淀は意地悪なことを言ってみる。しかしそれに対し提督はくそまじめに、

「俺は俺の指揮に命をかけて戦ってくれる全ての艦娘を愛しているし、尊敬しているぞ」

 よくもまあ顔色一つ変えずに言えたものである。逆に気恥ずかしくなり、大淀は緩む口元を提督から隠すように顔を背ける。

「戦時から現代に生まれ変わって、箸が転がっても面白い年頃になった子のすることを邪推しちゃいかんぞ大淀」

「はいはい」

「だいたいお前が他の軽巡に比べて妙に大人びてるんだよ。アブルッツィやシェフィールドみたいな大型軽巡寄りだったのはわかるけど、酒匂みたいなのもいるんだしさ」

「ほほう」

「球磨多摩を別枠扱いしてたけどお前も那珂とか阿賀野ぐらいはっちゃけても別にいいんだぞ」

「そうですね。じゃあ人のことをでっかく扱う提督には神通さんのようなところを見せてみましょうか」

 見せた。

 

 ところで後日である。

 オフタイムに酒保を訪れた大淀は、ちょうど駄菓子を買いに訪れていた八丈と鉢合わせした。

「大淀さんだー! こんにちはっ」

「八丈さん、お疲れ様です」

 紙袋を手にぱたぱたと手を振る八丈の姿に微笑ましさしか感じない大淀だが、昨日の提督とのやりとりもあったので興味本位で『甘いおせんべ条約』とでも言うべき取引について訊ねてみた。

「そーそー! てーとくおせんべが甘いのダメなんだってー! 好き嫌いとかダメだよねー」

「そうですねー」

「だいたい甘いのがダメなんておかしいでしょ。甘いのが一番だよぅ。他の何者にも勝るよぅ」

 頬に手を当ててうんうんと頷く八丈の将来が若干心配になる大淀だが、とりあえず頷いておく。ともあれ取引は事実らしい。

「それにしても提督のお膝で食べるなんて、八丈さんは提督が大好きなんですね」

 プリプリと提督の甘味煎餅忌避に気炎を吐く八丈に、自分が抱いた懸念も気のせいかと大淀は軽口を叩く。

 しかしそう言われると、途端に八丈はなにやらもじもじし始め、

「んーとね……。

 なんだかてーとくのお膝でお菓子食べてると、あったかいしてーとくの匂いがするしで落ち着くんだー」

 思わぬ展開に真顔になる大淀の前で、八丈は照れて頭を掻きつつ、

「この前なんてうっかりそのまま提督のお膝で寝ちゃいそうになったし、なんでか行くたびに乗っかるのやめられないんだよね」

「あわわ……」

「あとてーとくってたまに執務室のソファで寝てるでしょ?

 その時に使ってる毛布を引っ張り出してソファーの上でくるまってるとなんでか体がむずむずしてきて――」

「はっ、八丈さんは私が見ていない時は執務室入室禁止です――――!」

 ソファ寝は自分にも経験があるので微妙に気持ちがわかってしまう大淀なのであった。


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