『北方港湾部 反逆深海化部隊』とはなんだったのか
これはその一つの可能性のお話
主な登場人物:ヴェールヌイ タシュケント ガングート ゴトランド 他
コラ半島周辺、バレンツ海を舞台とした東洋艦娘部隊の大規模遠征作戦。それが〈2020W船団護衛作戦〉であった。
吹雪舞う北極海に派遣されたのはその環境を得意とする艦娘達だった。腕を組み、仁王立ちしたまま海面を滑っていくのは軍帽とパイプを携えた銀髪の姿。
「寒いッッッ!」
「上着着なよガングート。襟も締めてさ……」
「それは暑苦しい!」
「帝政生まれって感じだなあ……」
傍らを行く空色のストールを羽織った艦娘が肩をすくめる。戦艦ガングートに駆逐艦タシュケント。ソ連艦艇の艦娘だ。
「しかしタシュケント、提督に与えられた任務はコラ半島沖に出現した戦艦部隊の撃滅だろう?
その一方で我々に命じられたのはコラ半島に切り込んだカンダラクシャ湾への突入だ。どういうことだ?」
「旗艦なんだからミーティングの内容ぐらい聞いておこうよ。その艦隊を迎え撃つ上で、陸上の拠点としてコラ半島を確保するのが目的だろう?
北岸を別の艦隊が押さえて、私達は内陸側の湾に突入するってわけ」
「いやタシュケント、さすがに私だってそれは覚えている。
妙なのはその『湾内』に『敵』がいるということだ」
パイプをくゆらせてガングートは首を傾げている。そんな彼女の言うことがいまいち伝わらないのかタシュケントも眉をひそめるが、そこに並び立つ小柄な影があった。
「外海から分断されたようなカンダラクシャ湾に、深海棲艦の強力な勢力が存在するとは思えないってことだね」
「そうそれ。わかりやすくていいなちっこいの」
膝を打つガングートの視線の先にいるのは駆逐艦ヴェールヌイ。響の名で帝国海軍を戦い抜きソ連に渡った過去を持つ彼女は、この部隊でも最古参だ。背丈は同じ駆逐艦であるタシュケントより頭一つ小さいが。
「でも内海である地中海や紅海に強力な深海棲艦が出現した記録もあるよ」
「しかしそれに比べるとカンダラクシャはただの湾だ。
白海の四分の一を占める港湾だが、それ以上の何者でもないだろう。陸上のムルマンスク側からしてみれば重要かもしれないが……海から来る深海棲艦からしてみれば袋小路だ」
「でも深海棲艦側は陸上拠点の重要性を認識しているみたいだし、イタリアではジェノヴァやアンツィオに駆逐艦規模なのに強力な個体が出現したのも事実よ?」
ガングートに背後から声をかけるのは、彼女ら三人とは文字通り毛色が違う艦娘だ。スリットの深いタイトスカートや航空艤装が特徴的な彼女は考え込むように腕を組みながら目元の泣きぼくろを自ら撫でている。
「この辺りはそちらの方が地元という風情のようだな、ゴトランド」
「まあね。
でもまあ、私達提督から対地装備の指示はされてないじゃない? 相手は陸上型深海棲艦じゃないでしょ、これ」
「戦艦を旗艦とした小艦艇群だってミーティングでは言ってたね。輸送ワ級が含まれているのが気がかりだけど」
スウェーデン出身のゴトランドと、ソ連出身のガングートやタシュケントとの間には微妙な空気感がある。その間を取り持つのが日本生まれのヴェールヌイだった。
「『陸上型深海棲艦になるもの』を運んでいたりしてね」
「ふーん……私はこっちのPT小鬼の方が面倒だな。あいつら私の砲がろくに当たらん」
ヴェールヌイのメモを覗き込むガングートとタシュケントはめいめい勝手なことを言う。そんな二人を見てゴトランドは苦笑し、ヴェールヌイは雰囲気が和らぐことに頷きを見せる。
「私達は皆練度が高いし武装も強力だ。司令官が私達を頼るからには何か理由があると思うよ。気を抜かずに行こう」
「ま、この北極海の寒気の中ではいやがおうにも気が引き締まるというものだがな」
音頭を取るヴェールヌイにガングートが軽く応じ、艦隊はコラ半島の東端を曲がって白海、カンダラクシャ湾へと向かっていく。
ここまでの航路では飛行場姫からの空襲などもあったので、コラ半島の確保が重要だというのは四人とも実感している。しかしそれにしても、という思いは拭いきれないが、これ以上話し合っても詮無いことだ。部隊は北へと転進し、敵が潜むというカンダラクシャ湾に進路を取る。
「……偵察機を飛ばしましょっか」
「帰還時に着水できるだろうか」
カタパルトを支度するゴトランドに、同じように水偵を準備するガングートが問う。冬の白海は凍結した面積も多く、小回りが効く艦娘に比べると空中機動から着水する水偵にとっては難儀な地だ。
しかしゴトランドは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せ、
「なにかあったらガングートが氷を砲撃して着水地点を確保してちょうだいね」
「貴様……この辺の氷を舐めてるな?」
「この辺は私の方が地元って言ったのはだあれ? スカンジナビア流の冗談よ」
そう言ってゴトランドは搭載してきた多目的水上機・瑞雲を射出していく。水上機管理を任されている航空戦艦娘の日向がやたら熱っぽく押しつけてくる装備だが、そのユーティリティ性は各国の艦娘も納得のものだ。
「むう……まあ空からの目は要るか。この視界だものな」
吹雪に煙る視界は灰色の濃淡でしかない。すでに内海である白海に突入しているので陸地も見えるはずだが、それを肉眼で拝むことは敵わないだろう。ガングートはしぶしぶとゴトランドと共に水上機の射出のために手を動かし始めた。
「そういえばこの付近にはソロヴェツキー諸島があったな」
「なにか縁がある地なのかいガングート」
「いや……ソビエトの時代に収容所として使われていた場所でな。今は世界遺産だが、あまり見たくはないというか」
「幽霊でも出そうだね」
歯切れの悪いガングートに、ぼそりとヴェールヌイが応じる。それに対してガングートとタシュケントはどぎまぎと表情を引きつらせ、
「よよよよせ縁起でも無い。深海棲艦だけで充分だもののけの類いは!」
「そうさ! それに幽霊なんていないよ! 唯物論的に考えて!」
「ハラショー」
必死に否定する二名に適当な相槌を打ち、ヴェールヌイは前に出て行く。クスクスと笑うゴトランドもだ。
「世界遺産なんでしょ? 深海棲艦大戦が終わっていつでも来られるようになるといいわね。
――と、偵察機が敵を補足したみたいね」
瑞雲からのモールス信号を受け、ゴトランドは首を傾げると耳に手を当てる。同時に吹雪の彼方、北西の方角で数度稲光のようなものが瞬いた。
「想定通り戦艦ル級他、少数の深海棲艦を補足。――あちゃー、ツ級に迎撃を受けているみたい」
「練度は充分なんだろう? 飛行隊は飛行隊なりに生き延びるさ。落とされた時は一緒に日向に頭を下げてやる。
その前に、敵がこちらを捉えないうちに先制攻撃を仕掛ける!」
そう言うと、ガングートは航走を続けながらも両足を踏ん張り艤装の主砲塔を稼働させていく。
「ちっこいの共、突撃は任せるぞ! 私もゴトランドも最高速はさほどでもない」
「はいはい、逆に私達は特別速い方だしね」
「PT小鬼と……あとワ級が場合によっては中々沈まない。気をつけてタシュケント」
「オーケーヴェールヌイ」
飛び出していく駆逐艦二隻に、その背後から砲撃を放つガングート。戦端が開かれ、その一方でゴトランドだけがガングートの隣でまだ通信に聞き耳を立てていた。
「えっ? ――待ってガングート!」
主砲発射の轟音に包まれたガングートめがけ、ゴトランドは線の細い身に似合わぬ鋭い声で呼びかけた。
「
「なに? この期に及んで幽霊話を続けるつもりか……?」
「違うの! 瑞雲の妖精さんがそう……ああもう落とされちゃった!」
悔しげに声を上げ、ゴトランドは視線をガングート同様正面に向ける。そこには吹雪の分厚い灰色が広がり、タシュケントとヴェールヌイの航跡がその中に続いているばかりだ。
しかしそこへ、突如として重低音が響いた。砲撃でも航空機のエンジン音でもないが、艦艇であった過去を持つ彼女達はその正体を瞬時に理解した。
「霧笛……」
視界不良時に船舶同士が交信するための一般的な装備だ。だが深海棲艦はそんなものを使わないし、一般船舶がこの戦闘領域で活動しているはずもない。
「誰だ! そこにいるのは!」
オープンチャンネルにガングートががなり立てた瞬間、吹雪の奥に黒々とした影が浮かび上がった。
突入するタシュケントとヴェールヌイの耳にもその霧笛は届いていた。それも至近距離からであり、タシュケントはその音が聞こえてくる向きを正確に把握していた。
「……突っ込んでくる!?」
瞬間、航走の中からさらに足を蹴り出しタシュケントは急加速を得る。艦隊には島風やマエストラーレ達も所属しているが、タシュケントの速度はずば抜けたものだ。吹雪を押しのけ背後に空隙を作った途端、そこに巨大な舳先が割り込んでくる。
深海棲艦の駆逐艦かとも思ったが、そのシルエットは金属を組み合わせたプロダクトデザインによるものだ。
「通常艦艇!? なんでこんなところに!」
加速の中で体を入れ替え、タシュケントは襲来した者の姿を見据える。
それは戦場に城塞にも似た構造物を持つ。そして吹雪の中に、確かに連装砲塔と傾斜した角度を持つランチャーが見えた。
「巡洋艦……?」
「いや、駆逐艦だね。それもあれは……」
滑らかな機動で合流してきたヴェールヌイが、タシュケントの呟きに応じる。彼女の目は闖入者のマストを見上げ、そこに国旗が無いのを認めつつも断言した。
「ロシア……いやソ連艦艇だ」
「私達のとこのぉ!?」
「ソ連はもう無いよ」
驚愕するタシュケントに、ヴェールヌイは淡々と告げる。それが意味するところをタシュケントもたちどころに理解した。
「ソビエト崩壊後に残された艦か!」
ソビエト崩壊という出来事とその後の体制転換の際に、このムルマンスクを本拠地とするロシア北方艦隊はソビエト時代に揃えた大規模艦隊の維持費を捻出しきれず、多くの艦艇を運用するでもなく解体するでもなく死蔵していた。
その状態からの転換は度々試みられてきたが、完遂を前にして巻き起こったのが深海棲艦大戦だ。
「でもそういう艦艇は半島外側のセヴェロモルスクにいるんじゃないか!? あっちが北方艦隊の本拠地だろ?」
「私なら本拠地に旧式艦は置かないな。……まあ私は
ヴェールヌイの返事にタシュケントは唸るしかない。そしてここ白海カンダラクシャ湾には、その名を同じくするロシア北方艦隊の拠点であるカンダラクシャも確かに存在する。
「そんなことより、なんであんな旧式艦が動いているのかを考えた方がいいんじゃないかな」
「うー……。今でもロシア海軍の所属なんだろ? 私達を援護しにきたんじゃないか?」
「事前の通達も無しに?」
ヴェールヌイはタシュケントを結論に導くように問う。そしてちらりと視線を相手に向け、
「砲塔の指向を確認」
「あーもう!」
二人は弾けるように散開軌道を取り、それぞれ海面に孤を描いていく。そしてその直後に、ロシア駆逐艦の艦首主砲が火を噴いた。
二人が本来進むはずだった航跡上に着弾の水柱が上がる。それを受け、ヴェールヌイが無線機のマイクを取り上げる。
「ロシア海軍艦艇に告ぐ。
ロシア海軍艦艇に告ぐ。
こちらは遣欧艦娘部隊白海作戦艦隊。現在貴国を含む国際共同作戦により展開中。
貴艦の攻撃の意図を問う」
冷静かつ明瞭な問い。しかしそれに対し返事は返らなかった。代わりに艦に装備された対空防御システムが、弾幕を張るための銃身に俯角を取って海上の二人を狙う。
「ダメか」
ヴェールヌイはマイクを戻すと、相手の船体が生む死角を通って火線を逃れていく。その様子を速度任せに遠ざかっていたタシュケントは歯噛みしながら見守っていた。
「ああもう! 誰が乗ってるかもしれない内は手出し出来ないじゃないか! って……」
海面に地団駄を打つタシュケントだが、その視界に不意に赤の光が飛び込んできた。
ヴェールヌイを追う謎の駆逐艦の艦橋から生じたその光は、点滅している。
光の明滅を前に、訓練されたタシュケントはすぐに意味を見出す。意味が通じるかはわからないが、モールス信号として。
そして答えが出るまでにさほど時間はかからなかった。
「У……
それは突撃の鬨の声としてのロシア語だった。つまりあの艦は一心不乱にヴェールヌイを、自分達を攻撃しにかかっている。
「もう、なんで祖国の船と戦わなきゃならないんだ……!」
覚悟を決め、タシュケントは手にした主砲艤装に装弾する。艦娘艤装は人間サイズながらに艦娘が扱えば実物と同じだけの威力を発揮するが、曲がりなりにも近代艦艇である相手にどこまで通じるか。
しかし、いざと進路を変え相手の土手っ腹に突っ込んでいこうとしたその瞬間、タシュケントは聞いた。新たな霧笛を。
そして思い出す、突撃の喊声は一人で上げるものではないということを。
「う……わぁ――――!」
振り返ったタシュケントが見るのは、吹雪を断ち割りながら迫る赤い光の大群であった。
その頃、砲撃を取りやめ急遽タシュケントとヴェールヌイを追ってきたガングートとゴトランドは、ロシア駆逐艦の追跡を受けるヴェールヌイを発見していた。
「ええいやめんか!」
伏せるように主砲塔の角度を下げ、ガングートは至近距離からの砲撃をその駆逐艦に叩き込む。そして大口径弾の貫通が船体をくの字に折り、相手の行き足が止まった。
「うわっいきなり撃つ?」
「我が国の海域で狼藉を働くものには問答無用だ。例え我が国の資材を用いていてもな。
だいたいマストに国旗も揚げていない艦など正気じゃないだろう」
「強気だね。まあ私が誰何しても返事が無かったから同意するけど」
回避運動を続けていたヴェールヌイが合流しつつ、ガングートにサムズアップを見せてくる。そのマイペースな調子に頭を掻きつつ、ガングートは応じた。
「タシュケントは?」
「これの向こう側。すぐ見えてくると思う」
ヴェールヌイの言葉を裏付けるように、至近距離で発砲の光が瞬く。それはこちらに向かいながら背後を狙う艦娘が発するものだ。
「タシュケント! そこにも敵がいるのか!」
「ガングート! これまずいって――――!」
視界に現われたタシュケントはそう叫びながら、そのまま回避機動で遠ざかっていく。何事かと停止した駆逐艦の陰を覗き込むガングート達が目にするのは、海面より高い位置に連なる赤い光の列だった。
「ええいまだいるのか! ちっこいの、なんだこいつらは!」
「放棄されてたソ連艦艇じゃないかって私は思う。それがおそらく……深海棲艦に乗っ取られたもの」
「深海棲艦が人類の艦艇を操っているというのか? どうやって? 人間型のヤツが乗り込んでいるとでもいうのか?」
深海棲艦研究は、艦娘運用国よりも多くの国で広く行われている。その成果が漏れ聞こえることは希だが、しかしそれでもガングートが言うようなことがナンセンスなのは艦娘誰もが知っていた。
深海棲艦も艦娘も、人間大の体躯と人間同様の補給リソースで戦闘艦艇の性能を発揮できることが脅威であり、希望なのだ。
故に艦艇は艦娘のサポートに回り、深海棲艦は人間型個体が強く、艦艇を用いない。それが導かれている結論だ。
新しい役割を持った艦艇は生み出されつつあるが、それはここにはない。冷戦時代に生み出されたこのコラ半島に係留されている旧式艦には。
「方法もそうだけど理由がわからないわ。見た目だけは派手だけど、旧式艦なら私達や残っている艦艇でも倒せる。戦力にならないんじゃない?」
ゴトランドは冷静だ。そして目の前にあるソ連艦艇に向ける視線も一歩退いたものだった。
「そうか、私の砲撃で一撃轟沈させられるものな。そうなるとなぜ、か……」
「私はなんとなくわかるけどな」
え? と全員が目を向けた相手はヴェールヌイだった。しかしその視線を受け、彼女は帽子を目深に被り目をそらす。
「……それより、あの敵はとにかく小回りが効かない。私とタシュケントなら間に潜り込んで翻弄できるから、その隙にゴトランドと一緒に砲撃してほしい」
「お、おう……?」
一人先に飛び出すヴェールヌイに、他のメンバーは呆気に取られる。しかしヴェールヌイの先に待つ赤い光の艦隊を見て、すぐさま動き始めるしかない。
「――とにかくソ連艦艇を迎撃する! 今のヴェールヌイの指示で行くぞ!」
「了解……!」
続く三人も動き始める。灰色と赤が蠢く中へ。
艦隊最速のタシュケントは、先行するヴェールヌイを追って敵艦隊に飛び込んだ。そして迷い無く加速していくヴェールヌイに少しずつ引き離されていく。
「ヴェールヌイ! さっきからなんかおかしいよ!」
呟きを漏らしたヴェールヌイは、ガングートにもゴトランドにも、自分にも見えない何かを見ているようだった。
先行するその姿が、その見えないものに向かっていくかのようで、タシュケントは焦燥感を抱かずにはいられない。
「ええいっ……同じソ連の同胞なら邪魔をするんじゃないよ! なんで君達は深海棲艦に操られちゃってるんだ!」
割り込んでくる舳先に、タシュケントは手持ちの砲塔から射撃を打ち込む。ガングートに比べれば小口径のその砲弾は、相手を一撃で沈めるとまでは行かない。
それはヴェールヌイも同じだ。敵艦の間最短距離を前進していくその姿は、周囲の敵を牽制しつつも撃破はできていない。押し寄せる波濤と敵艦の中に小さな姿が消えていく。
「ヴェールヌイ!」
吹雪の奥に消えていくその姿めがけ、タシュケントは加速を重ねていく。艦隊最速として追いつけなかったなどと言うわけにはいかない。
重心を傾けて敵の合間を抜けていく。敵艦が密集していることで砲撃は抑制されているので、タシュケントからしてみれば速度だけの勝負だ。
艤装が生む速度に加え、蹴り足の加速でタシュケントはヴェールヌイに追いついていく。
「ヴェールヌイ! どうしたのさ、いつもの君らしくないよ!」
タシュケントが声を上げれば、ヴェールヌイの視線が振り返る。
「この艦隊を深海棲艦に渡すわけにはいかない」
「でもゴトランドが言っていただろう? 敵の戦力になるわけでもなし……。何に気付いたんだよヴェールヌイ!」
「この艦隊は私と同じなんだ」
タシュケントの声が届くと、ヴェールヌイの呟きも同じように届いてきた。
「忘れられた旧式艦……朽ちるに任せられるまま、全盛期の夢を見続ける。それは艦娘になった私と同じだ……」
「じゃあ、それを深海棲艦が取り込もうというのは……!?」
因縁を持つ艦の面影を持つ深海棲艦個体は強力なものが多い。ここにいる艦艇が皆そのような個体に変貌したならば?
「全ての艦娘に深海棲艦たり得る素養があったなら、ここに放置されていた冷戦時代の艦隊は艦娘予備軍であり深海棲艦予備軍だ。
そして深海棲艦達はそれに目を付けた……」
「じゃあどうすればいいんだヴェールヌイ!
深海棲艦は沈没艦からも発生する……。ここにいる艦を沈めても意味が無いことになるよ!?」
タシュケントの問いに、ヴェールヌイが示す答えは一つ。さらなる加速だ。
「首謀者たる深海棲艦個体を撃破して、後方にいる友軍と共にこの艦隊を確保する。
司令官達もそれを想定して今回の作戦を実行しているはずさ」
ソ連艦隊の奥に存在する深海棲艦群を叩く。今の自分達にできることはそれだけだとヴェールヌイは判断しているのだ。
しかしそこへ、周囲の艦達から声が響いてきた。
『デカブリスト……』
それはヴェールヌイがその最期を迎えた時の名。
「違う。今の私はヴェールヌイだ……!」
応じながらヴェールヌイは前方から迫る二隻の間に滑り込んだ。タシュケントの前で二つの艦首が激突し、門が閉じるように小さな姿が見えなくなっていく。
「ええい、首謀者って始めから確認されている敵だろ? 戦艦と輸送艦がいるんだからヴェールヌイの火力だけでは……!」
大外を回り込んでタシュケントは追随していく。通常サイズの艦艇が密集しつつあるため前方は海上にあるまじき混雑ぶりだ。さらに錆び付いた金属音を立てて砲塔が自分達を追随してきているのがわかる。
だがヴェールヌイは水柱の合間を駆けて止まらないし、自分だってそうは当たらない。通常艦艇は海面を時速三〇ノットで疾走する人間サイズの存在など想定していないのだ。
脅威があるとすれば、とタシュケントが意識を巡らせたその時。敵艦隊の奥に見慣れた影が見えた気がした。
「ヴェールヌイ! 一〇時の方向からPTボート!」
自分達同様旧式艦の間を縫ってくる黒い影。不釣り合いな巨大な魚雷を抱えたその姿は深海棲艦の快速雷撃戦力であるPT小鬼の群れだ。
自分達以上に小柄なその姿は海上では狙い澄ましてもそうそう攻撃を当てることは出来ない。タシュケントは主砲塔艤装を腰に下げると対空機銃を手に取り、さらに熟練見張妖精も艤装上に展開させる。
「こなくそ――――っ!」
ヴェールヌイの側面をカバーする機銃掃射。しかし敵は止まらず、ヴェールヌイへの雷撃が放たれた。
だがヴェールヌイは慌てない。掻き乱された海面に立つ波に足をかけ、跳ね返るようにして急変針。五線譜のような雷跡の横をすり抜け、タシュケントとPT小鬼を十字砲火に追い込む。
そして背後ではヴェールヌイを見失った深海魚雷が旧式艦の一隻を巻き込んで次々と誘爆していく。人間サイズには過ぎた威力だが、ここにいる旧式艦達が皆深海棲艦に変貌すればその使い手は大幅に増えることになる。
PT小鬼を掃射で泡立つ海面に沈め、二隻の快速駆逐艦はターンする。狂乱の海域を突破し、カンダラクシャ湾の奥へ。
そこにその敵は待っていた。球形の輸送ブロックに項垂れた裸体の本体部を載せた輸送ワ級達。そしてその円陣の中には武装を両腕に携えた人影。戦艦ル級、軽巡ツ級。
「ゴトランドの瑞雲は落とされちゃったんだっけ? ガングートの砲撃じゃなくて私達の雷撃で決めるよ!」
「そうだね。……ん、いや?」
突撃の前傾を取るタシュケントの側方で、ヴェールヌイが顔を上げる。その視線は戦場から外れた空を捉えた。
「ガングートの水偵は残っているみたいだ」
瑞雲同様の単葉下駄履きの機影がそこにはあった。海上と並んで過酷な空で生き延びているのは交戦を目的としない偵察機故か。
そしてタシュケントも横目にその翼を見ると、その友軍機は左右にバンクして何か合図を送ってきていた。
「ここからさらになんかあるのかな」
「通信はガングートの方に飛んでるよね。どうかな?」
後方の二人を気にするヴェールヌイだが、今は眼前に敵がいる。すでにこちらも接近戦である雷撃を構える中、もう後戻りは出来ない。
「敵を倒して確かめに行くさ。タシュケント、決めるよ」
「姫級がいないならなんとかなるさ!」
ワ級の合間を縫ってル級を狙うコースへ滑り込んでいくヴェールヌイとタシュケント。ル級は副砲を、ツ級は主砲を繰り出してこれを迎撃してくる。だが雷撃のために横様に駆け抜けていく駆逐艦の速度は捉えきれない。
そして二人が放った雷撃に対し、ツ級はそばに浮かぶワ級を突き飛ばして魚雷の進路上へと放った。身代わりとされたワ級は直撃を受けてその輸送殻を破砕され、内部のがらんどうの空間を露わにする。
「空……ここへ何かを運んできた後なんだ。
艦艇を乗っ取るためのなにか……?」
離脱と再装填をしながらタシュケントは首を傾げる。そしてその視線の先で、ツ級は主砲である両用砲を空に向け始める。
ガングートの水偵を落とそうというのか。否、戦闘の入り交じる音の底から遠い重低音が響いてきている。
「これはジェットエンジン!?」
再び視線を上げれば、ガングートの水偵が退避行動を取っている。その彼方の曇天からなにかが接近してきているのだ。
この北極圏に艦娘部隊の航空機はあまり展開出来ていない。基地航空隊もそうだし、噴式戦闘爆撃機などは航続距離も足りない。
ならば現われた者は――。タシュケントが見上げた空に鋭角的なシルエットが横切る。
「ロシア軍の航空機じゃないか……」
深海棲艦大戦では緒戦の被害以後温存されている通常戦力。それは深海棲艦を正しく消滅させることが出来るのが艦娘だけだとか様々な理由が噂されているが、なにより既存兵器が人間大の相手を攻撃することを想定していないことが多い点が大きい。現に今動いている旧式艦艇もタシュケント達を捉えきれない。
それがここに現われたということは、
「旧式艦を撃沈するつもりなんだ……」
低空に現われたロシア軍攻撃機はそのまま後方の旧式艦群へ。対艦攻撃のために低空に進入するその姿に対し、突破をかけてきていたガングートとゴトランドが退避している。
ミサイル攻撃と爆発を背負う旧式艦。タシュケント達は知らない戦争の姿。その炎に照らされ、深海棲艦達も一度は手を止めて沈み行く船達を見渡す。
『デカブリスト――』
遠く無念の声が響く。そしてその声を掻き消すようにさらなる対艦ミサイルが飛来し、呻く声は空を向いた。
『アドミラル・クズネツォフ……!』
それはロシア海軍唯一の空母の名。ソ連時代最後期に完成した、この旧式艦達の後輩。
そしておそらく、攻撃を加えるロシア軍機の母艦だ。タシュケント達は雪の彼方にカナードを備えた鋭角的な機影を見上げる。
『艦娘部隊に告ぐ。現在当海域で活動しているロシア軍艦艇の行動はロシア軍の意図に非ず。
深海棲艦による拿捕と断定し、我が軍はこれを排除し貴艦隊を援護する』
通信に冷徹な声が届く。そして繰り広げられる炎の宴を前に、ヴェールヌイがぽつりと呟いた。
「こうして見捨てられるからダメなんじゃないかな」
通信にこぼれるその言葉に、タシュケント達は思い浮かべずにはいられない。
自分達が元の姿だった頃と、今の狭間の時間。形無い歴史上のものとして、忘れ去られつつあったあの頃の寂寥感。
「そうか……私達に思いを抱いてくれる人々の視線が無くなっていくと、そう吹き込んだのか」
人間に想われ、人間を想う艦艇の側面が艦娘の根幹だと多くの者が、艦娘自身ですら信じている。そして深海棲艦はその逆であるとも。
「だとすれば……最後の一押しをしたのはお前達じゃないか!
あの艦隊には――私達のようになれる可能性もあったのに!?」
口に出してみれば酷い話だ。歴史に埋もれて行き、そしていずれまた浮かび上がる……。その過程に深海棲艦が干渉した。それがこの戦場の正体。
同胞に焼かれていく艦隊の断末魔から、タシュケントの視線は立ちはだかる戦艦ル級へと鋭く突き刺さった。
「なんということを……なんてことを」
「そうだね。許すわけにはいかない」
呻くタシュケントにヴェールヌイは頷き、そして海面に低く構えた。凍てつくような水面を蹴り、戦艦ル級への再突入を仕掛けていく。
「こんなアンフェアは……」
発射管を抱え、肉薄していくヴェールヌイ。しかしその横様に、急機動するツ級が両用砲を突きつけようとしていた。
「ヴェールヌイ、危ないっ!」
すかさずタシュケントは己の主砲を放ちながら追随する。ツ級を躓かせれば、ヴェールヌイはその脇を抜けてル級へと突っ込んだ。
肉薄しての魚雷再攻撃。水柱が天へと吹き上がり、両腕に巨大な艤装を持ったル級の体が傾ぐ。
タシュケントはツ級へと射撃を続けてその姿を遠ざけていった。その一方で、よろめいたル級が姿勢を立て直しながら離脱するヴェールヌイに狙いを定めようとするのが視界の隅に見える。
「あっ、くそ……!」
タシュケントの火力ではツ級を留めるのが精一杯だ。そしてガングートとゴトランドはまだ追いついてきていない。
「ヴェール――」
「響ィ――――!」
不意に冷たい空気をつんざいて声が届く。それと同時に、小柄な影がヴェールヌイとすれ違ってル級に突っ込んだ。
「響はやらせないんだからぁ――――!」
至近距離から射撃を叩き込むその姿、なびく黒髪にタシュケントは覚えがある。
「暁……! 別働隊か!」
「済みません、遅くなりました!」
暁に続いて栗色の髪を揺らして海面を疾走してくるのは、高速戦艦イタリア。このカンダラクシャ湾に対するもう一つの作戦である戦力輸送の護衛に付いていた隊だ。
「輸送は成功しました! 私達も敵戦力……? の迎撃に参加します!」
「水上艦艇は深海棲艦に操られている! ロシア軍が攻撃しているから気をつけて!」
すかさず指示を飛ばし、タシュケントはツ級を押し込んでいく。その様子に、イタリアは事態を理解して砲塔を稼働させた。
砲撃はワ級を一撃で沈め、さらに周囲に降り注ぐ。ツ級とル級もさすがに警戒したか、後退の進路を取り始めた。
「ヴェールヌイ、タシュケント! 奴らを逃がすな!
こんなことをできる力を野放しにするわけにはいかない!」
ガングートの声にタシュケントはヴェールヌイと暁に追随する。戦力が合流し、戦いは追撃戦に変わった。
「そうだ、ここで奴らを根絶やしにする……!」
「タシュケント、熱くなり過ぎちゃだめだよ」
「どういうことなの響?」
暁だけはまだ状況を詳しくは理解していないようだった。頭上を行くロシア軍機にも視線を上げ、そして呟く。
「戦闘機に……対潜哨戒機もいるみたいだけど」
「えっ?」
暁の言葉にヴェールヌイとタシュケントが振り返れば、炎上する旧式艦艇の上空をプロペラ機が通過していくのが見えた。しかしその姿は水上艦艇ではなく、潜水艦を探し出すためのものであり、
「まさか……ソビエト時代の潜水艦――原子力潜水艦まで……?」
ヴェールヌイが引きつった声を漏らす頃、ガングートとゴトランドがようやく追いついてくる。
追跡の結果として戦艦ル級と軽巡ツ級が撃沈されたのは、そのしばらく後のことであった。
公式な作戦結果として、ロシア軍は深海棲艦に拿捕された全艦艇の処分を行ったと発表している。
そして作戦終了から現在まで、さらなる深海棲艦の人類側艦艇奪取、及び奪取された艦艇を用いての攻撃の兆候は確認されていない。