主な登場人物:明石 夕張 望月 提督 川内 他
その日も艦隊は深海棲艦との戦いを繰り広げていた。
「捕捉された敵艦隊は戦艦タ級flagshipを含む水上打撃艦隊です! 気を引き締めていきましょう!」
「頑張っていこう!」
「負けないぞ~!」
戦艦の護衛として帯同していた駆逐艦娘も、敵艦隊との接近戦ともなれば果敢に雷撃を仕掛ける役目である。着弾観測射撃が敵艦隊に降り注いだ後、快速を活かした突撃が航跡を引いて走って行く。
しかしそれを見送る艦隊旗艦……山城は思うのだった。
「……今日も嫌な予感がするわ」
艦隊の泊地に設置された入渠ドック。そこにサイレンが鳴り響く理由はいつも一つだ。
「おっ大破艦娘の帰還!」
「よっしゃ急ぎましょう明石さん!」
待機していた現場担当艦娘である明石と夕張がいそいそと向かう先は港湾部の桟橋。携えていくものは担架であり、作業用のツナギに加えて衛生装備としてのゴム手袋類も完備しての出動だ。
「山城さーんお待たせしましたぁ!」
「大丈夫、慣れてるわ……今日も酷い目に遭ったってことだけど」
被弾による破れと煤けに塗れた山城と、その艦隊に加わっていた四名の姿が海上に見える。
一艦隊の編成は基本六名の艦娘から成る。それが示すことは単純だ。
「大破したのは望月よ。艤装に直撃を受けて行き足が止まった直後に戦艦タ級からの射撃を複数回受けたわ……」
「了解でーす。直ちに入渠に移行しますので艦隊の皆さんは提督への報告をお願いしますねえ」
山城から報告を受けると同時に、明石は一本のロープを受け取る。それは艦隊に輪形陣で守られながらここまで曳航されてきた、救命ボートに繋がったものだ。
「うごぉぉぉ……」
ボート上の"望月"はごぼごぼとうなり声を上げる。そんな彼女を、明石と夕張は海上のボート上から担架へと移すのだった。
「『ヨガのポーズイチゴ味』って感じですね」
「あるいは『ナポリタン特盛り鉄分多め』か」
「海水浴びながら帰ってきた重傷者に言う台詞かよお……」
「頑張ってもっちー! もうすぐ入渠ドックよ!」
「先にご飯食べて待ってるからねー」
「治療頑張ってね~」
見送る三日月、水無月、文月を置いて明石と夕張はえっさほいさとでも擬音を付けたくなるような足取りで望月を運んでいく。
人間大の体躯と維持コストの一方で戦闘艦の能力を持つ艦娘――。深海棲艦大戦の最前線に付く彼女達にとって、不覚を取った経験は誰しも一度や二度では済まないものだ。幼げな睦月型達もそれは同じ。
「ただこれって絶対認知が歪んでると思うのよね……」
「? 誰に向けて言っているんですか?」
虚空に呟く山城に、艦隊最後の一人である蒼龍が問いかける。しかし山城はくたびれた様子で肩を落としながら桟橋に上がると、艦隊の面々を司令部に出頭させるべく促すのだった。
艦娘用入渠ドック施設は、軽度な損傷を受けた艦娘用の箇所に関しては銭湯や食堂のような設備となっている。
一方重傷の艦娘用の設備は純然たる医療設備であり、同時に工業設備でもある。清潔なタイル敷きの一室に設置されたドック槽の周囲には、長年の運用に耐えてきた工具の数々が並ぶ。
望月を運んできた明石と夕張はそのドック槽の横までくると、担架を傾けて望月をドックに満ちた液体の中に投下した。手慣れたというよりももはや乱暴な扱いにも見えるが、激しく損傷を受けた艦娘にとっては他人に抱え上げられることすら痛みを伴う場合も多いのだ。長年の運用で得られた知見である。
「救命ボートの自動揚陸からドックまで運ぶのやってくれる機械欲しいですよね~」
「なんとなくどう作ればいいかわかるけど予算下りないでしょ……」
雑談を交わしつつ、二人はドック槽に備え付けられたガントリークレーン状の機器を操作する。それは損傷した艦娘から艤装を回収するための設備だ。
ボロボロの状態で水面に浮かぶ望月の周囲でクレーンのフックがドック底に沈んだ艤装へと下ろされていく。それと同時に、物陰からヒョコヒョコと現れた艤装妖精達がミニチュアサイズの手こぎボートで望月の周囲に集まり始めた。
「あー妖精さん達来たー……。ようやく楽になるわー。
バケツ食らわないよね? 今日はもう出撃予定無いはずだし」
「さーあそれは提督次第ですねー」
回収した艤装を搬送パレットに乗せながら、明石は望月の投げやりな問いに応じる。損傷した状態は苦痛ではあるが、ドックでの修復が始まればそこから先は艦娘にとっては休息の時間に等しい。身動きこそ取れはしないが、戦闘に満ちた日常の中における静かな時間ではあるのだ。
「伝令ーっ!」
折しも、そこに『秘書艦』の腕章を付けた艦娘が一人現れる。今日の秘書艦当番であり、元気が有り余っているため伝令として走り回ることも得意な海防艦、その一員である八丈だ。
「おっウワサをすれば。提督は望月の入渠についてはなんて?」
「はいっ、その件です! えーと、『駆逐艦娘望月の入渠については、高速修復材を用いず臨時休暇扱いとする』だって!」
「うおっしゃあ~」
伝令の紙を読み上げる八丈に対し、ドック槽内の望月はゆるゆると腕を振り上げる。すでにそうできる程度には修復が始まっている様子だ。
「じゃあ艤装の修理もゆっくりでいいですね~。先にご飯食べに行こっか、夕張」
「帰投待ちでお昼後回しだもんね~」
手押し台車に乗せた搬送パレットを押し、明石と夕張はドック部屋を後にする。高速修復無し、艤装の撤去もすぐに終了した今回の案件は大破艦への対応としては楽なパターンだと言える。
「ほいじゃあ望月さん、ごゆっくり~」
「あ~い、たっぷりごゆっくりしてきま~す」
妖精風呂と化したドック槽から手を振る望月に対し、明石と夕張も手を振り返し、八丈を促して部屋から立ち去っていく。
その風景が漂わせる血生臭さは、回収した艤装から漂うものだけだった。
「じゃあ今回の望月の件も大したことは無いんだな」
明石と夕張が食堂に訪れると、提督も食事に訪れていたところだった。カレーを食べる提督の隣と向かいに、ドリアを持ってきた明石と天麩羅そばを携えた夕張が座る。
「大規模作戦中でもない割には激しい被弾でしたけど大丈夫ですよ。艦娘の艤装は見かけが壊れてもしばらくは艦娘自身を守ってくれますから」
こともなげに言って先割れスプーンを振る明石だが、提督の顔は浮かない表情だ。
「長く艦隊を率いてもその点については未だに納得がいかないな……。実体としての艦娘と艤装を支える別の力があるってのは」
そう言いながら、提督はカレーをひとすくい。そしてその様子を見る明石と夕張の頭の上に、いつから付いてきていたのか艤装妖精が一体ずつ姿を現し提督を見つめる。
「力の顕われとしての妖精さん達はいますけど、提督は海上で力を実感することは無いですもんねえ。まあ、工作艦の私も似たようなもんですけど」
「妖精さん、艦載機、海上移動――あと気付きにくいけど砲撃や雷撃も艦娘独自の力が働いているわけで……提督も実感できればいいんですけどねー?」
艦娘仲間である山雲のように、「ねー?」と視線を交わす明石と夕張に対し、提督はスプーンをくわえて恨めしげな視線を向ける。
「俺だってお前達のことについて習ってはいるんだよ。艦娘は元となる艦船が持つスペックや関わった人々の力が、艦娘になる際に人間一人の体に収まりきらなかった――だからその分のエネルギーを外部に発揮できるのが艦娘の特徴であり、利点でもあるって」
それは今この食堂で語らっている相手も、素手で戦闘艦の力を発揮し得るということでもある。しかしそんな明石と夕張に対し、提督のぼやきはあくまでも友人に向けるような気軽さに満ちている。
「でもなあ、人間は今まで自分の手足と機械以外の力で世界に干渉することなんかできなかったんだ。そこに『スプーン曲げられます』なんてのと比べものにならない超能力を、それも集団で持ってるのが現れたりしてはだなあ……」
「それ言ったらですねえ、四〇年代の知識しかない私達の前でいきなりコンピューター端末とか使ってみせた提督達もですねえ」
いつしかお互いをつつき合いながら、提督と明石と夕張は食事を平らげていく。
一見平和な午後を、食器洗浄待ちの間宮が静かに厨房から見つめている。
提督との歓談と共に遅いランチを終えた明石と夕張は入渠ドック施設へ戻る。ドック槽でくつろぐ望月の一方で放置された、艤装装備を修復する役目があるのだ。
望月のドック槽で取り外され搬送パレットに乗せられた艤装の残骸は、明石達が根城としている工廠に運び込まれている。被害状況を検分して修繕なり新造なりするのが明石達の役割だ。
「武装は精度が大事だから基本ダメですねぇ~……。機関部や防楯はどう?」
「エンジンはまずいですけど、装甲は予備パーツで全面的に張り替えればなんともないですねえ。
……逆ならなお良かった気もしますね」
あまりにも簡単なミーティングの末、明石と夕張はそれぞれの作業に取りかかる。
しかし艦娘が手にする武装は、砲塔や魚雷発射装置としてのいくつかの機能がある以外は単純な携行火器と、小振りな内燃機関に過ぎない。少なくとも実体としては。
可能な限りストックされた部品をかき集め、一部の部品を鼻歌交じりに新造する間に明石と夕張の午後は過ぎていった。夕食前にはなんとか全ての部品が揃い、組み立てのみを残す段取りにまで到達している。
よって二人は残りの作業を明日に回し、ナチュラルに定時の夕食に向かうのだった。
「……やや、あれ望月さんじゃないですか?」
夕飯の御膳を手にした明石と夕張が目にしたのは、入渠ドック印の浴衣を着て今日の出撃艦隊の面々と席を共にする望月の姿だった。明石と夕張はその背後に忍び足で迫る。
「やあやあ望月さん。お元気になったようでなによりです」
「艤装ももうすぐ直りますからねー」
「ぐああ工廠組のバックアタックだああ!」
入渠明けで全身が回復したての艦娘は体が敏感である。経験上その点を熟知している明石と夕張が背筋に指を這わせると、望月は予想通りに敏感な反応を示し、隣に座る三日月の胸をがっちりとホールドすることでなんとか椅子ごと転倒するのを免れるのだった。
「きゃあああもっちー! いきなりそういうことしたらダメでしょうっ!」
「んんん絶対今のは通りすがりの工廠系女子の仕業だろ! ちっくしょう人の体のことを必要以上に熟知しやがってえええ!」
三日月に取り押さえられながらもぷんすかぽんと気炎を上げる望月の様子に、明石と夕張はキチンと回復している様子を確認する。向かいの席の山城が「余計なことするわね……」と言わんばかりの目を向けてきていたのは長年のつきあいの力でスルー。
「今回の大破案件も簡単でよかったねえ」
「大規模作戦だとこの規模の被弾でも数が多いから一日中拘束されますけどねー。次の作戦はこっちが攻めるのか向こうが攻めてくるのか、どうなるのやら」
ぎゃあぎゃあと盛り上がる今日の出撃艦隊の横で、明石と夕張もあっけらかんとした晩酌に突入していくのだった。
そしていつもの夜に戻っていく泊地施設を、提督は執務室から見渡していた。
「提督どうしたの? 夜だよ盛り上がらないの!?」
窓際の提督に対し、後ろから腰の辺りに飛びつくのは軽巡艦娘川内。その左薬指には指輪が光る。
「食べないで夜戦すると盛り上がらないよ! いい夜戦は健康からだよ!」
「んああ……そうだな川内。それにしても俺は思うんだよ。艦娘を見ていると健康とか命とかについて考えちまうんだ」
「難しい話だ!」
アホの子とキャプションが付きそうな笑顔の川内に提督は苦笑いを一つ。
「深海棲艦と艦娘が現れる前の世界には、不思議なことはほとんど残っていなかったんだよ。科学的に色んなことがわかっていて、不思議だと思っていたことのメカニズムも明らかになっていたから。
でも深海棲艦の生態や、艦娘が力を発揮するシステムはまだまだ解き明かされていない。だからまだ『不思議なこと』なんだけど――」
「まあ確かに私達も『どう』したら『こう』なるってよくわからないまま使ってるかなぁ。パソコンとかスマホもそうだけど」
執務室に置かれた業務用パソコンを見る川内の姿に、提督は今日一日の間だけでもほのかなデジャビュを感じるのだった。
「でまあそんな不思議な力頼みではあるけど艦隊を運用しているとさ、艦娘が深海棲艦に叩きのめされて帰ってきて、修復をするわけだろ? そういう時に一番、『不思議』頼みなんだって感じるんだよ」
「入渠の時? そういうもんかなあ」
「そういうもんなんだよ。
なにせお前、艦娘の入渠システムで直せる重傷ってのは普通なら治療が諦められるクラスでな……」
「えー……?」
おどろおどろしい調子で言う提督に対し、川内は首を傾げるばかりだ。
「重傷ってどのぐらい? 手足とか、内臓が何個ぐらい無くなったら?」
「質問のレベルがそんなに高止まりしている時点で俺から見ると異常なんだよ。普通は腕一本吹き飛んだら大騒ぎだし、重要な臓器が欠損してたら治療なんかできないんだぞ」
言っていて寒気でも走ったか、提督は腕をさする。そうしながら窓の外を見るが、その視線は景色ではなく記憶の中を探るように虚空に向かっていた。
「深海棲艦大戦が始まってすぐの、艦娘が登場する前の戦いを思い出すというか、その頃の記憶が遠くなって恐ろしいというか……ハァ――――ン!?」
センチメントに沈む提督だが、その無防備な尻に向けて川内がしゃがみ込み、両の人差し指をドスと突き込む。内股で傾いでいく提督に対し、川内は嘆息を一つ。
「こらっ。一人だけ辛いことを知ってるような顔するな~? 私達が軍艦の生まれ変わりだってこと忘れた~?」
「おおお……」
「ボロボロになったら人は死んじゃうってことは……まあ艦娘によるけど、いろいろ知ってるんだからね?」
そう言って提督の顔を覗き込む川内の表情は、不満げに口を尖らせてはいた。しかし喧嘩別れでは終わりたくない、理解があって欲しいという表情だ。
「ただ正直、この体になってからは入渠ドック槽頼みだから実感は無いかなあ。提督が私達の砲撃や移動に関する実感が無いみたいに……」
「だったらまず気軽に人の尻に致命傷になりかねない攻撃をしないで?」
足踏みをして痛みを散らす提督に、川内はごめんごめんと手を合わせる。そんな姿に提督は、仕方がなさそうな笑みを浮かべる。
「まあ、ある意味これは俺の心配の核にあたる部分なのかもしれないな。
凄まじい重傷でも艤装の力と入渠ドックの力で回復できるのが艦娘だけれど、この戦争が終わったらお前達を社会に迎え入れる必要がある。
その時艦娘の入渠治療はそのまま続けられるのか、人間に合わせるのか……。どういう軋轢が起きて、どんな齟齬が生まれるのか」
異常な回復が可能な艦娘を羨む者が現れるか、それを奪われた艦娘達がどう思うか。提督の気苦労は絶えない。
しかしそれに対し川内はニッと口の端をつり上げる。
「私達が勝つことを信じてくれてるんだ。だったら私達は大丈夫なんじゃない?」
川内はあっけらかんとしたものだ。そしてこの底抜けの楽天ぶりと、その一方で覗かせる知性が、提督に彼女を信頼させる要素となっている。
夜更かしのプロとは思えないほど艶やかな川内の髪を、提督はなでる。そうして勝ち誇るような表情を浮かべる川内を隣にしながら、彼は再び泊地の夜景を見渡した。静かで穏やかな夜を。
工廠に、艦娘寮。正面ゲートや、桟橋。そして工廠と入渠施設。
見れば晩酌を終えたのか明石と夕張がそちらに向かっている。入居施設には常夜灯が灯り、闇夜にその姿を浮かび上がらせていた。
そして施設の背後には、照明に照らされた貯水タンク。入渠ドック槽に充填される液体――深海から汲み上げられた海水が保存されている。
それは艦娘の驚異的な回復力を支える根幹であり、高速修復材はより高純度な深海の海水でもある。
そして深海棲艦もその名の通り、深海の潮流の中で体を癒やしていると推測されている。
しかし今は、今だけは提督はそのことを頭から閉め出していた。傍らの少女が、たとえ凄まじい力と大きな謎を秘めていようとも、人間である自分を信じてくれているから。
開戦一〇年が迫る夜は更けていく。
そして未来は近くに見えるようで、未だ手は届かない。