ギリギリまで頑張って ギリギリまで踏ん張って   作:三柱 努

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終わりと始まり

氷月は司の殺害を目論んでいた。僕の危惧したように。

その氷月とガイアは組んでいたようだ。

だけど、司を殺す唯一のチャンスに。氷月が司を殺そうとしたその瞬間に。

ガイアは裏切った。いや、ガイアが司を守ったのだ。

 

 

「私がキミを裏切った? 何を意味の分からないことを!」

氷月は怒りに震えていた。

司は既に妹を背に守り、氷月への警戒態勢に入っている。

騒ぎを聞きつけた千空たちや僕も、この狂気の場に駆けつけた。

もうこれ以上、氷月が謀反を成功させることは不可能だ。

「キミとは話し合ったな。人類石化は選別の機会で、これからは優れた人間だけが生きるべきだと。そこが司と相容れない思想だと。キミも賛同したじゃないですか!」

この鬼気迫る氷月の熱弁に、ガイアは軽蔑の目を向けた。

 

「ああ。だからキミは裏切ったんだ。汚濁から再興した人類史をな。選別思想に何億の人間が殺された? 悪史を繰り返すキミは凡夫以下の無能だよ」

吐き捨てるように語るガイアの声には、怒りと呆れの色がこもっていた。

「知ったような口で与太話を。まさかキミも蝙蝠男だとは思いませんでしたよ」

「私の立場は一貫しているよ。極力、人を死なせない、という信念がブレたことはない」

氷月の言う通り、僕もガイアは自分の都合の良い立場にコロコロ代える軽薄な男に見えて仕方がなかった。

人を死なせない信念がブレていない? どの口が言うんだ? 裏切りまくっておいて。

 

「私はね、ずっと値踏みしていたんだよ。数年ともたない司帝国ではダメだと最初から見限っていた。現代っ子がいつまでも原始人生活を楽しんでくれると思うな馬鹿者。科学技術の発展が無ければこんな小さな集落、流行病1つで消し飛ぶぞ」

ガイアがビシッと指を向けると、司は白い目で呆然とした。

命の危機から1分も経たないうちに、何故か自分が説教されている。何この状況。

「科学王国には期待していたが、化学兵器による抑止力頼みの和平では同じく不合格・・・と思っていたが千空、キミは司の心を篭絡してみせた。これで両国は誰も恨みあうことなく、理想的な終戦の形を迎える。誰も大きな怪我を負うことなく。素晴らしいぞ」

大きな怪我・・・僕のこの腫れあがった顔はノーカウントのようだ。

「あ゛―。随分まどろっこしいことだが、お眼鏡にかなったっつうならおありがてぇ」

ガイアの賞賛に千空は耳掃除をしながら平然を装っているが、その口はニヤリと笑っていた。

「すまないね。悪の科学者に騙されて人類滅亡の片棒を担ぐなんてシャレにもならないだろう?」

「違ぇねぇ。こちとらハナから正義なんざ名乗っちゃいねぇからな」

気が合う何かを感じ合った千空と笑いあったガイアは、笑い終えると氷月をジロリと睨んだ。

 

 

「あとは最後の障害。汚濁を理解しないであろう氷月、キミの狂気を炙り出すだけ。そのために多少“約束を破った”かもしれないが、楽に解決できたよ」

悪びれた様子もなく語るガイアの言葉に、氷月は怒りを抑えられない様子だった。

「なるほどノムラくん、ちゃんとしているじゃないですか・・・四面楚歌の私には降参の道しか残されていないと、お膳立てして・・・ですが、全てを失った者がどういう決断に至るかまでは考えていないようですね」

氷月の殺気がビリビリと肌に突き刺さる感覚に僕は襲われた。

 

状況的に洞窟を爆破し、司を殺害しようとした氷月にはもうこの国に居場所は無い。

追い込まれた彼に残されたのは、管槍一本だけ。

国の誰もが知っていた。槍を持った氷月を止められるのは、武器を持った司だけ。

その司が素手の今、怒りで何をしでかすか分からない氷月を捕まえるまでに死者の山ができるだろう。

そのことを理解している僕らの手にジトッと嫌な汗が噴き出す。

だがそんな中、ガイアだけがしかと氷月の正面に立った。

 

「御託はいいから、来るならさっさと来い。ガキが」

睨みを利かせたガイアの言葉が発せられた瞬間、管槍の矛先が円を描きながら一瞬にしてガイアの体を貫いた。

槍の間合いに入ってしまえば、人間の反射神経ではどう足掻いても回避不可能の一撃。これ以上に無い一撃だと誰もが直感した。

 

だがそれを・・・ガイアはその身に受けながら・・・氷月の懐へと前進していた。

 

当たった、貫かれたとその場にいた誰もが感じた。槍の主である氷月自身もそうだろう。

だからこそ、まるで何事も無く槍の横を通り過ぎたガイアの姿に唖然となり、その手が一瞬止まっていた。

「なっ!? 透り抜けた!?」

「気にするな。キミの体が私の味方をしただけだ」

突拍子もない攪乱は、氷月をたじろがせるための心理戦だろう。

その言葉を氷月が理解するよりも早く、ガイアの掌底が氷月の腹を捉えた。

 

「ガハッ」

ズザザと地面を削りながら氷月の体が数m後ずさった。

腹にパンチをしたというより、突き飛ばした形だろう。ダメージはそこまで大きくなさそうだ。

しかも氷月の手には槍が残り、間合いもまた槍にとって理想の距離。

そこにガイアは右手を前に出し、氷月に向けてクイクイと手招きした。

『何度でも突いてこい。何度でも弾き返してやる』と言っているのだ。

そのあからさまな挑発が、ますます氷月をイラつかせた。

 

「くっ・・・そオァアアア!」

雄叫びを上げた氷月は再び槍を構えた。

だがその瞬間、ガイアが口を膨らませて氷月の顔目がけてブッと唾を吐きつけた。

いや、唾を吐くなんてもんじゃない。超人的な肺活量から、ジェット水流を噴射したようなものだ。

突然の顔面への水襲に、視界を奪われ怯む氷月。

「よかったな。今のが硫酸だったら失明していたぞ」

そう不敵に笑ったガイアの台詞が、僕らの背筋すら冷たく震わせた。

 

 

凄惨たる光景だった。

顔面への拳に始まり、貫き手が喉を突き、脇腹を鋭く蹴り抜き、逃げ腰な背中を踏みつけ、足払いで何度も地面と接吻させ。

執拗で冷酷な、徹底的な蹂躙が氷月を打ちのめした。

『もうやめてくれ』と懇願するように両手を前に突き出した腕の間から、氷月の顎は蹴り上げられ、そのまま後ろに倒れた。

「ガハッ」

血を吐き倒れた氷月を見下ろし、ガイアはビシッと足を揃えた。

 

 

「身をもって知ったな。選ばれた者だけが生きるべき世界で、選ばれなかった者が受ける苦痛はこんなものではないぞ」

 

グラップラー刃牙を読んだことがありますか?

  • どんな作品か知らない
  • 内容は知っているけど読んだことはない
  • 読んだことはあるけど、ガイアは印象にない
  • ガイアのことはよく知っている
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