機動戦士ガンダムSEEDASTRAY X INFINITY 作:ichika
noside
「っし・・・、こんなもんかな?」
アメノミハシラのメディカルルームの一角、主に傷病患者が横になるためのベッドがある区画に、キーボードを叩く乾いた音と、一人の男性のあくびの様な声が木霊する。
その人物は、白い病人服を身に纏い、ベッドに身体を起こしながらも何か作業を続けていたのだろう、備え付けられたテーブルには、これでもかというほど山積みになった資料の数々があった。
その仕事を全て熟す彼の名は、織斑一夏。
アメノミハシラの№2にして、最強のMSパイロットである。
今は先の戦闘で再び開いた傷を癒す為、メディカルルームに籠っているが、暇つぶしにデスクワークに勤しんでいる所だったのだ。
「こんなもんか、じゃねーよ、病人なんだから寝てろ。」
そんな彼に、彼の腹心である宗吾は何処か呆れた様に声を掛けた。
何に呆れているかと言われれば、一夏の仕事量とその時間だったのだ。
寝てても退屈だから仕事持って来いと命じられたのが既に半日前の事であり、病み上がりの一夏だけにそんな事はさせられぬと手伝いを申し出たのは良いが、休みなど殆ど取らないまま、溜まっていた仕事の全てをほぼ独力で終わらせてしまっていたのだから笑えない。
しかもこれが、つい半月ほど前まで生死の境を彷徨っていた人間が熟す事なのだから、一体何の冗談だと苦笑したくなるモノだった。
「病人扱いするな、もうほとんど傷は塞がって来ているんだ、リハビリが出来ん今の内にこういうのを片しておかないとな。」
「にしたって、こんな量を一人でって、有り得ねぇだろ・・・。」
苦手な仕事は終わらせておきたいと語る一夏の言葉に、宗吾は呆れを通り越して、感嘆の声を漏らすばかりだった・・・。
自分にはこんな事は到底マネ出来たものでは無いな、そんな想いが見て取れるようだった。
「ま、そろそろ一休みするとしよう、紅茶淹れてくれ。」
「おっ、この野郎、俺はそんな事の為に此処に居るんじゃねーぞ。」
一夏の言い草に少々憎まれ口を叩きながらも、宗吾は慣れた手付きで備え付けてあったポットにティーバックを入れ、湯を注いだ。
別段、彼の頼みを聞き流しても良かったのだが、今日は一夏と話をしておきたい、そう考えていたのだろう。
「ほい、セシリア程美味く淹れれたとは思えないけど。」
「サンキュ、良い香りだ。」
カップを手渡し、短く言葉を交わして二人は紅茶に口を付ける。
そこから暫くは、互いに何も言わぬままに時間が流れていた。
何も言わずとも良い。
そんな雰囲気が彼等の間には横たわっていた。
いや、それだけでは無い。
僅かだが、緊張の色も窺う事が出来る。
その原因は何か?
それは、放たれた宗吾の言葉から察する事は出来た。
「アイツの事、どうするつもりなんだ?」
アイツ。
彼等にとって、それは特定の人物を指す言葉であった。
彼等にとっては親友であり、今もなお闇に囚われている、一人の男の事だった。
彼はその苦しみにもがくあまりに、親友同士である一夏と争い、一夏に重傷を負わせてしまったのだ。
アメノミハシラ中将である宗吾からしてみれば、恩人でありアメノミハシラの屋台骨であり、親友である一夏を死なせかけた事については、腸が煮えくり返る程の怒りを感じるまである。
だが、神谷宗吾個人から言わせてみれば、彼もまた闇に、自身の願いに憑りつかれ、道を見失っているだけの、親友でしかなかったのだ。
出来る事ならば、自分が一発ぶん殴って目を覚まさせてやりたいと言うのが本音だった。
だが、地の戦闘能力、機体特性、それら二つを鑑みても、宗吾が今のコートニーに勝てる確率は3割にも満たないだろう。
だからこそ、彼は一夏にどうするか尋ねたのだ。
「決まってるさ、俺が一発ぶん殴って、俺達の輪の中に連れ戻すさ。」
宗吾の問いに、一夏は穏やかな声色で返していた。
迷いはもうない。
その瞳と表情はそれを物語っていた。
腕を落とされた事はもうこの際どうでも良い。
一番大事なのは、コートニーを絶望させない事。ただそれだけだった。
「友達は、俺が絶対に助ける、手伝ってくれよ宗吾。」
だが、もう一人では無い。
コートニーに手を伸ばすのは、何も一夏だけでは無いのだ。
リーカも、そして宗吾達も、皆が彼へ手を伸ばしたいと思っているのだから。
「ったく・・・、簡単に言ってくれるよ・・・、お前に付き合うのは相変わらず骨が折れそうだな。」
「何時もの事だろ、付き合えよ相棒。」
「違いねぇ。」
軽口を交わしながらも、二人は軽妙に笑って拳を軽く合わせた。
それ以上何も言葉はいらない。
互いを心の底から信頼しているからこその、確かな絆がそこにはあった。
その時だった。
穏やかな雰囲気に包まれる二人に水を指すかの様に、宗吾が首から下げていた通信機から呼び出しの電子コールが鳴り響いた。
「こちら神谷、何が有った?」
『こちらシャルロット!宗吾、早くブリーフィングルームに!!』
宗吾が通信に出るや否や、何処か切羽詰まった様なシャルロットの叫びが彼等を耳朶打った。
その叫びは、何か良く無い事が起こっていると、彼ら二人に悟らせるには十分すぎるモノだった。
「分かった!すぐ行く!!」
短く返すや否や病室から出ようとした宗吾の目に、何時の間にかもぬけの殻になったベッドが飛び込んで来た。
「って、一夏の奴もういねぇ!!」
ジッとしてなどいられないのは分かるが、自分が重傷患者である事を承知しといて欲しいと言わざるを得なかった。
だが、文句の言うのはこの際後回しだと、彼は一夏が向かったであろうブリーフィングルームへと急いだ。
予想通りと言うべきか、まだ全快とは言い難い一夏に追い付くのは難しい事では無く、二人は並んで目的の部屋まで辿り着く事が出来た。
「何が有った・・・!?」
部屋に飛び込んだ彼等は、自分達が目にした光景を信じる事が出来ずに呆然と立ち尽くした。
「な、なんだ・・・?」
「何だよこれ・・・!?」
その光景を、一夏も宗吾も受け入れる事が出来なかった。
何せそれは・・・。
「ぷ、プラントが・・・!!」
真空の宙に浮かぶ青い砂時計とも呼ばれる、プラントが、見るも無残に破壊された光景だったからだ。
まるで切り裂かれたかのようにバラバラになった金属片や、吸い出された水が凍ったと思しき氷塊、そして、人間だった物の姿が、何にも遮る事無く画面に映し出されていたのだ。
正にこの世の地獄、あってはならない光景が、残酷にも存在していたのだ。
「何が・・・!一体何が有った・・・!?」
怒声にも近い声にブリーフィングルームにいた幹部達と、MSパイロット達の視線が一夏に注がれる。
彼等の視線の先には、その端正な面を憤怒に染め上げる一夏がいた。
彼は分かっていたのだ。
今回狙われたプラントには、軍事施設に類する物が無い事を。
あるとするならば、本国や首都と呼ぶべき、被害を免れたプラント群の内の一基、アプリリウス市しかない事も。
つまり、この攻撃を成した者は、何の謂われも無い民間人を狙ったのだと。
何時ぞやの、血のバレンタインと同じ事をしたと同義だったのだ。
その言葉に、誰もが皆、何も答える事が出来なかったのだ。
「御大将!!」
その時だった、血相を変えたルキーニが飛びこんでくる。
信じられない事が起こった、まるでそう言わんばかりの様子が見て取れた。
「連合、いや、ロゴスの奴等・・・!とんでもねぇ物隠してやがった・・・!!」
「何・・・!?」
そのとんでもない物の正体が、この惨状を招いたのだと、この場にいた誰もが察した。
それと同時に悟ってもいた。
その正体が、紛れも無く良くない物だと言う事にも。
「これを見てくれ・・・!!」
「ッ・・・!?」
全員に見せるかのように、ルキーニはブリーフィングルームのモニターにデータを投影する。
そこには、月面に設置された巨大な砲塔と、宇宙空間に点在する数基のコロニー群が表示され、事細かなデータが示されていた。
「何だこれ・・・!?」
ワイドが発したその言葉は、この場にいる誰もの感情を代していた。
無理も無い。
それは、彼等が持っていた常識を覆す、あまりにも恐ろしい兵器だったのだから。
「レクイエム・・・、だと・・・!?」
レクイエム。
鎮魂歌の名を与えられたその恐るべき兵器は、これまでの大量破壊兵器の枠を超えていた。
地球から見た月の裏側に置かれていた連合軍の資源採掘用基地、ダイダロスにそれは存在する。
その出力は、地球を死滅させる事も可能と言われたジェネシスほどでは無いが、それでもコロニーを数基破壊して尚有り余る程の強力さを持っている。
だが、その威力はレクイエムの脅威をより一層強大なモノとしているのは、その性質だった。
ダイダロス基地はその立地上、直線でしか進まないビームを撃ったところで、地球やプラントのコロニーを直接撃てる位置には無い。
故に、ザフトはダイダロス基地を半ば放置し、月面の表側にあったもう一つの基地、アルザッヘル基地にのみ警戒を続けていた。
だが、連合、否、ロゴスはそれを逆手に取り、ある技術を応用する事で、レクイエムを空前絶後の超兵器へと昇華させたのだ。
ビームは直線でしか進まない。
だが、曲げる事が出来れば射角など有って無い物となる。
その無茶苦茶な理論を成り立たせる技術を、連合軍は前大戦時に確立させていたのだ。
それは、GAT-X252 フォビドゥンに装備されたゲシュマイディッヒ・パンツァーであった。
このシステムは、ミラージュ・コロイドを応用したエネルギー偏向を可能としており、平たく言えばビームを屈折させるものだった。
レクイエムはこの技術を用い、ゲシュマイディッヒ・パンツァーを搭載した廃棄コロニーを複数製造、それを中継ステーションとして用いる事で、射角に囚われる事の無い驚異的な攻撃範囲を実現させたのだ。
それは正に死神の鎌の様に湾曲し、命を刈り取る極大の死そのものだった。
「こんな物・・・!中継ステーションの配置次第じゃ地球圏のどこに居ても狙えるじゃないか・・・!!」
そう、それはこの世界のどこに居ようとも、その鎌は容赦なく首を掻き斬って行く。
それを悟り、ブリーフィングルームの室温は更に氷点下となった。
「ッ・・・!こうしちゃいられん・・・!!」
いずれはここも狙われる。
そう直感した一夏が部屋を飛び出そうとするが、宗吾によってそれは阻まれる。
「待て・・・!ここからじゃ間に合わない・・・!」
「それにそんな身体で戦える訳ないでしょ・・・!」
今から打って出たとしても、月面に達するより先にザフトと連合の戦闘は終決しているに違いない。
それに加え、一夏は動けるとは言え本調子には程遠い。
今動けばまた倒れる可能性だってあるのだ、如何に大量破壊兵器の破壊へ動きたい玲奈でさえ、一夏の身体を案ずれば止める以外の選択は無かった。
「くそっ・・・!見てる事しか出来ないのかッ・・・!!」
激情に駆られた憤りを吐く一夏の熱に、誰もが皆何も言えずに固唾を呑む以外なかった。
自分達の手が及ばぬところで、世界が揺れ動いてゆく事への危機感と共に・・・。
sideout
sideコートニー
これは、なんだ・・・?
一体いつからこうなっているのか、俺は、引き金を引き続けていた・・・。
何故自分が此処に居るのか、何故戦い続けているのか、その理由さえも、分からなくなりつつあった。
そう言えば、プラントが撃たれて、これ以上の被害を出さない為に、今は中継ステーションと呼ばれているコロニーに攻め入っているんだったか・・・。
いや、今の俺にはそれさえも曖昧になりつつあった。
「出て来るな・・・!来るなっ・・・!!」
漠然と考えながらも、俺は叫んでいた。
向かってくる連合側のMS、ダガーやウィンダムに向けて、デスティニーインパルスのライフルを撃ち掛ける。
その都度、その度に、目の前の機体に別の機体の姿が重なる。
「ッ・・・!!あっ・・・!!」
その機体、ストライクSを閃光が貫き、爆散させる。
何度も、何度も・・・。
向かってくる敵の数だけ、ストライクSが撃たれ、彼の姿がフラッシュバックする。
―――コートニー―――
―――あぁ、俺達は親友だ―――
―――やめるんだコートニー―――
「やめろ・・・!やめてくれ・・・!!」
違う・・・!俺はお前を撃ちたかったわけじゃない・・・!!
俺は・・・!戦争を無くすために・・・!!
―――撃ちたくないと言うなら、何故お前は戦い続ける?―――
「・・・ッ!!」
嘲笑う様に、俺の中にある何かが問いかけてくる。
それと同じ様に、蠢く亡者、いや、何人もの彼が、まるで救いを求めるかのように手を伸ばしてくる。
―――何故―――
―――コートニー―――
―――何故撃った―――
やめてくれ・・・!!
―――受け入れろ、お前は、壊したがっているんだよ、何もかもを―――
違う・・・!俺は・・・!
俺はッ・・・!!
「うぁぁぁぁぁぁっ!!」
現実から目を背けたいがために、俺は絶叫しながらもスロットルを開く。
デスティニーインパルスの光の翼を開き、敵の中を逃げるように駆けても、その手は、声は俺を捕えて離さなかった。
罪を受け入れろと。
お前が殺した男を見ろと。
俺が、只の破壊者だと理解させる様に・・・。
sideout
次回予告
レクイエムの攻防は、ザフトの勝利に終わる。
だがそれは、コズミック・イラの運命を決める、終章への序曲でしかなかったのだ。
次回機動戦士ガンダムSEEDASTRAY X INFINITY
デスティニープラン
お楽しみに