肌を刺し、呼吸をすれば肺が凍り付くように冷え込む不気味な夜だ。
ひとっこひとり居ないような夜道を一人の男が彷徨うように歩いていた。
「びっくりするくらい寒いぞ……俺はさっきまでガレージに居たはずなのに。どこなんだ、ここは……」
白いブルゾンと白いパンツルック、そして指ぬきのグローブを嵌めた青年だった。さっきまで機械いじりをしていたのであろうか、手指には油がこびりついている。
寒さに耐えかねてか腕まくりしていた袖を直し、悴む指に息を吐きかけながら当てもなく道を進み続けていた。
どれほど歩き続けただろうか。歩きながら見えた景色は古い民家に広がる田畑。今は街の方へと近づいたのだろうか、古風な家屋や大きな屋敷と蔵が見える。
(……おかしい、俺は東京に居たはずだ。なのに何で高層ビルはおろか舗装道すらないんだ?)
もっと早く気付くべきだった。
今歩いている道は整備こそされているがアスファルト道ではなく砂利道。空を見上げれば今の東京では見ることは叶わないであろう満天の星空。
星の光を邪魔するほかの光源が無いのだろう。屋敷も寝静まっているのか明かりがついている様子はない。
青年は立ち止まり、はぁーっ……と白い息を吐きながら考えを巡らせていた。
(新手の敵の仕業か……それとも……)
自分の腹部に手を当てる。まるで自分の中の何かに疑問を投げかけているかのようだ。
(この力が俺をここへ導いたというのなら何か、俺にはやることが有る筈なんだ。だがそれが何なのか、そもそもここがどこかすらわからない。参ったな……先輩方とも連絡が取れないとなると本格的に不味い事態になっているのかもしれない)
不気味なほど寒く、程静かな夜だった。
しかし……
「ぐッ……!?」
どこからか不自然に吹きすさぶ吹雪のような突風。風にあおられ揺れる枝が不自然に凍り付いてゆく。
余りにも不自然な現象を目撃した青年は、その直後体験したことが無い頭痛に似た悪寒に襲われて咄嗟に頭に触れた。
「なんだ、これは……クライシスとも、ゴルゴムとも違う!この悍ましい感覚。それに不自然に凍結した枝……何かが起きているのか!?」
今まで相対してきたどんな悪とも違う異質なプレッシャー。殺気というにはあまりにも無邪気なソレを本能的に脅威だと判断した青年は走り始めた。
(これを放っておけば確実に誰かが死ぬ。罪のない人々に犠牲が出てしまう。だったら、ここがどこだろうと関係無い!)
研ぎ澄まされた感覚を頼りにこのプレッシャーの正体へと迫る。その足取りに迷いはなく、先ほどまで道に迷っていた困り顔は影も形もなく消えていたのであった。
***
「ぐっあぁ……!?」
冷気を使った攻撃を真面に食らってしまったのか、苦悶の表情で地面に倒れこむ女。
内臓を痛めているのだろうか、口から血反吐を吐き出しながらひどく咳き込みつつも刀を握る手に力を込めながら目の前に立つ男を睨みつけている。
鋭い視線に射抜かれた男は張り付いたような微笑みを崩さないまま女性へと歩み寄っている。あらん限りの敵意を向けられていても飄々とした足取りで近づいては足元に転がる女の頬に手を添えながらニヤリと口角を釣り上げた。
「胡蝶カナエちゃん……だよねぇ?柱って言っても女の子なんだぜ?俺に勝てないのもしょうがないだろうさ」
「貴方は……なぜこんな酷い事を……!鬼も人も仲良くできる、と言っていたのは嘘だったのですか……!?」
女の酷く掠れた抗議の声を聞いた男は目を丸くする。
「ひどいなぁ、俺は嘘は言ってないぜ?俺は人間の子達を幸せにしたじゃないか!あれが仲良くするってことだろ?」
「幸せに……!?何をふざけたことを!貴方は貴方を慕う子達を殺して喰った!それの何処が仲良くするなどと言えるのですかッ!」
激しい怒りに駆られるまま刀を振り上げるカナエ。満身創痍の身体で振られる剣なんて避けるまでもないと手に持っている扇で受け止めた男は心底心外だといった表情を作っている。
「だって、俺が喰べてあげればもう苦しむことも悲しむことも怖がることもない。俺が信者たちの想いと血肉を受け止めて救済してあげてるんだよ。これを救い以外のなんて呼ぶんだい?」
「貴方は……!」
なんて哀しい鬼なのか。そう口にする前にカナエの身体から血が噴き出した。
血が付いた扇に舌を這わせた男は満面の笑みを浮かべながらカナエを抱える。
「だから君も食べてあげるよ。カナエちゃん。もう俺の血鬼術のでいで『呼吸』も使えないんだろう?だからさぁ……もう苦しまないように救ってあげるよ」
「くっ、ぅ……」
これが上弦の鬼。この無邪気に振るわれる暴力でどれだけの命が失われたことか。
悔やんでも悔やみきれない。柱として鬼を狩りつつ共存の道を模索していた自分が甘かったのか。
「はぁぁッ!!」
怒りと悲しみで刀を振るう手に力が戻ってゆくようだ。最早死に体の身体から繰り出される斬撃とは思えない鋭さに鬼の男は飛びのいて身を躱す。
「びっくりしたなぁ……もう『呼吸』つかうの辛いんじゃなかったのかい?俺の血鬼術で肺胞が壊死してるだけじゃなくて身体もざっくり斬られちゃってるのにさぁ……」
「私も柱の端くれです!最後の最後、事切れる瞬間までは立って戦わないと……!」
力を振り絞って立ち上がるカナエ。今まで自分がとってきた選択が甘かったのか、それとも自分の力不足か。
悔しさと怒りをバネに目の前に立つ男……非道の鬼の首を何としても斬り落とすといった覚悟の視線を向ける。
フゥゥゥゥゥ
鬼の頸を斬り落とす為の呼吸法。全集中の呼吸を絶やさずに居ることですらもう苦しい。血鬼術によって傷つけられ、扇で切り裂かれた傷で気が狂いそうになるほどの痛みが駆け巡っている。
しかしカナエはだから何だと言わんばかりの言わんばかりに剣を構えた。自らの命と引き換えにしてでも討ち倒すという覚悟の下に自らを奮い立たせているのだった。
「えぇー……立っちゃうんだ?すごいしぶといなぁ。でも、もう疲れただろう?だから今楽にしてあげるから。ね?」
⁅血鬼術 散り蓮華⁆
優雅ともいえる所作で扇を振るった途端、無数の細かい華氷が雪崩のように押し寄せる。想像を絶する冷気なのか壁や氷を凍結させながら迫るソレを見据えながらカナエは腰を低くかがめた。
この範囲ではもう避けることは叶わない。ならば最後は捨て身の攻撃で断ち切る。この悲しく哀れな存在に罪を重ねさせないためにも。
(しのぶちゃん、カナヲ……私はここで斃れるでしょう。それでも……この身に変えてでも、彼を……!)
≪全集中花の呼吸 肆の型……!≫
壁のように立ちはだかる華氷に向かって駆けだした———
———その時だった。
「トウッ!!」
誰かが強引に間合いに入り込む。そのままカナエの身体を抱えて飛び去った……いや、大きく跳躍して散り蓮華が届く前に跳躍したのだった。
人間技とは思えないその動きにカナエはもちろん鬼の男も困惑した。
「だ、誰……?」
「俺は南光太郎。君、かなり酷い傷だな……ここから動かないで休んでくれ」
弱り切ったカナエを壁に凭れ掛からせるように座らせる男は太陽を感じさせるような不思議と安心感を覚えさせるような声音で告げた。
「でも、彼は鬼……げほっ……日輪刀で頸を斬るか、太陽の陽で焼かねば倒せません……」
「大丈夫。太陽の力なら……俺にもある」
そういって光太郎と名乗った青年は立ち上がり、茫然と此方を眺める鬼を睨みつける。
「君も鬼殺の剣士かな……?いやすごいな、びっくりした。俺の血鬼術に割り込んで無事どころか少しも凍り付いてないなんて」
「鬼殺……?いや違うぜ。俺は南光太郎。またの名を……仮面ライダーBLACK RXだ!」
光太郎は右手を天高く掲げ、空を斬る様にゆっくりと下す。
「変身ッ!」
大きく手を振りかざし、見得を切るような動きと共に拳を力強く握りこむ。
彼の身体に眠るキングストーンが変身ベルト サンライザーへと姿を変え眩い光を放ちながらサンバスクに蓄えられたハイブリッドエネルギーを全身へと送り込みその姿を特殊皮膚RXフォームに身を包んだ黒いボディ、そして高性能センサーさえも凌ぐ真っ赤な複眼を持つ異形の雄姿へと変貌させた!!
「俺は太陽の子!仮面ライダーBLACK RX!」
闇を払い光を照らす太陽の戦士、仮面ライダーBLACK RXが今降り立った!