全てが見えるはずの世界で   作:アルセナ

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一章は主人公である一色綾斗について書いていこうと思います。
二章からワートリ本編開始時になります。


第一章 一色綾斗
辻新之助と犬飼澄晴


「おっ、辻ちゃん個人戦やってる」

 

 B級二宮隊の銃手(ガンナー)犬飼(いぬかい)澄晴(すみはる)は偶然通りかかったランク戦観覧室で、同じ部隊の同僚である(つじ)新之助(しんのすけ)が戦闘を行っているのを目にした。

 

「相手は〜、誰だこれ、見たことないな」

 

 辻の相手はこれまで犬飼が見たことのない糸目の男だった。

 

 どうもB級に昇格したばかりらしく、個人ポイントはまだ4000点ちょうど。

 

 対する辻のポイントは8000点台。ボーダー隊員達の目標の一つとされるマスタークラスだ。経験の差はあるはずだろう。

 

 しかし現状のスコアは同点。思いの外、同僚は苦戦しているようだ。

 

 画面内の男が追尾弾(ハウンド)を放つ。それを見た犬飼はほぉと感心したような少し抜けた声を洩らした。

 

「へぇ、射手(シューター)かぁ珍しい。しかもB級上がりたてで辻ちゃんと4-4ってだいぶ有望じゃん。二宮さんほどじゃないけどキューブもデカいし。出水と同じくらいかな?」

 

 追尾弾を一目見ただけで射手としての素質を感じた。あのトリオン量ならば中・遠距離のどちらかが適正ポジションだろう。

 

 C級では射手だった隊員がB級へ昇格してから銃手へ転向するパターンも多いが、どちらにせよ強力なライバルになるかもしれないと犬飼は思った。

 

「まあ、でも、まだまだ経験は足りないかな。そんなに撃ったら居場所がバレちゃうよ、ほら」

 

 辻は相手の弾幕を上手く掻い潜ると同時に、見つからないよう遮蔽物を利用しながら素早く相手に接近している。

 

 それも背後からだ。相手がそれに気付いている様子はない。

 

 これは辻ちゃんの勝ちかなー、そう犬飼が思った瞬間に辻が真っ直ぐ相手に向かっていった。

 

 あとは薙ぎ払うだけ。

 

 そのはずだった。

 

 

「は!?」

 

 

 犬飼は自分の目を疑った。

 

 辻に背中を向けていた相手が、突然辻の背後に現れたのだ。そしてそのまま手にしたスコーピオンで辻を一刺しした。

 

「え、なに今の?どういう仕組み?てかスコーピオン持ってんのかーい」

 

 驚きの光景に支離滅裂な独り言を発する犬飼は、近くにいた他の隊員達の怪訝な視線に気付いてそそくさと同僚の下へ向かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 彗星の如く無数の球体が住宅街の上空を駆ける。

 

 それを見た辻新之助は即座に危険を察知した。

 

 追尾弾か。

 

 シールドを張りながら回避行動をとる。

 

 自隊の隊長ほどではないにしてもかなりの弾数と威力。

 

 まともに受ければひとたまりもないだろう。

 

 だが、自分もマスタークラスの攻撃手(アタッカー)だ。遠距離からの視線誘導での追尾弾くらい全て避けられる自信はある。

 

 それに、お陰様で相手の大体の位置は知れた。相手は射手、近付けば完全にこちらの間合い。

 

 これまで取った四本も相手の攻撃を掻い潜った結果だ。

 

 しかし逆に、近付く前に見つかれば両攻撃(フルアタック)でなす術なく落とされる。取られた四本でその脅威は十分に理解した。

 

 あと一本、先に取った方が勝ちの状況。

 

 相手の射手としての能力は既に同じポジションで活躍している隊員達に勝るとも劣らない。細心の注意を払って接近する必要がある。

 

 辻は建物の物陰を利用しながら先程の追尾弾の発射元と思われる場所に近付いていく。

 

 まだ、それほど移動していないはずだ。

 

 そう思った瞬間、視界に一つの人影が映る。

 

 いた、それも死角だ。

 

 こちらに背を向けた男は、周囲を気にするでもなく立ち尽くしている。

 

 この距離なら、取れる。

 

 辻のメイントリガーである弧月(こげつ)にはオプションとして攻撃範囲を拡大できる旋空(せんくう)が搭載されている。その射程距離は踏み込みも含めて約20メートル。相手とは30メートルほど離れているが死角から飛び出せば気が付かれる前にこちらの射程まで接近できる。

 

 躊躇なく一歩を踏み出した。

 

 瞬く間に相手との距離が縮まっていく。

 

 届く、確信と同時に弧月を抜いた。

 

 その勢いのまま横に薙ぐ。

 

 

 

「旋空」

 

 

 

 一刀のもとに断ち斬った。

 

 相手は最後までこちらに気付いていない。

 

 背後からの不意打ちになったが勝負は勝負だ。正々堂々正面からというわけにはいかない。

 

『戦闘体活動限界 緊急脱出(ベイルアウト)

 

「え」

 

 戦闘不能を知らせる音声が辻の頭に響く。

 

 どうして?

 

 20メートル前方から聞こえるはずだったそれは、何故か自分から発せられている。

 

 胸から突き出たスコーピオンの切先が見えた瞬間、辻の意識は途絶え気付けばブース内のベッドに寝転がっていた。

 

「今のは、一体……」

 

 確実に取ったと思った、完璧なタイミングでの旋空。瞬時に視界から消えた。考えられるのは──

 

「……テレポーター」

 

 テレポーターと呼ばれるオプショントリガー。その効果は、数十メートル以内への瞬間移動だ。敵の意表を突くのに有効なトリガーであり、あの一瞬で背後に回り込む方法として一番可能性の高い方法でもある。

 

「でも、視線は確かに……」

 

 テレポーターの欠点の一つに視線の先にしか移動できないということが挙げられる。敵にテレポーターを所持していることが知られた場合、その視線の方向から移動地点を予測され狙撃手に狙い撃たれるというリスクがあるのだ。

 

 しかし、先程の相手は間違いなく自分に背を向けていたはずであり、間違っても自分の背後へは移動できない。

 

 辻はますます混乱するばかりだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「辻ちゃん、お疲れさま」

 

 ブースから出てきた辻に向けて、犬飼はひらひらと手を振りながら声をかけた。その呼びかけに辻はハッと顔を上げる。

 

「っと、犬飼先輩。見てたんですか」

 

 先輩に情け無いところを見られたとばかりに辻は首を横に振る。もっとも、犬飼は自分が辻の代わりでも最後の攻撃はかわせなかったと思っているので仕方ないくらいにしか思っていないのだが。

 

「最後の一本だけね。ところで、あの相手知り合い?」

「はい、最近入隊したばかりなんですけど高校の同級生ですよ。クラスは違うのでまだそんなに話したことはないですけど」

「辻ちゃんと同級生ってことは一個下か。それにしては見覚えがないんだけど」

 

 犬飼もまた辻と同じボーダー提携の進学校である六穎館高校に通う生徒だ。持ち前のコミュ力による交友関係の広さは校内でも有数である犬飼にとって、顔すら見たことない生徒というのは珍しい。ボーダー隊員ともなれば尚更だ。

 

「あぁ、それは先日転校してきたばかりだからだと思います。すぐスカウトされて隊員になったみたいで」

「もしかして、あの綾辻ちゃんが男を連れてきたって話題になったやつ?それまだ三日前くらいじゃなかった?」

 

 A級嵐山隊所属のオペレーターである綾辻遥(あやつじはるか)は、いわゆるボーダーのマドンナと呼ばれる存在だった。広報活動もこなす嵐山隊において、容姿端麗な綾辻は市民だけではなく隊員達の間でも抜群の人気を誇っている。

 

 そんな彼女が突然、一人の男をスカウトしてきたのだ。ボーダーには面白い話題や恋愛事に敏感な中高生が多く在籍している。犬飼だけでなく辻も尾ひれの付いたであろう噂をいくつか聞いていた。

 

「えぇ、ただもう既にB級に昇格したみたいで。あとそれ、本当は同じクラスのひゃみさんや宇佐美さんも一緒に声掛けにいくつもりだったらしいですよ。けど二人とも体育や徹夜でふらふらしてたから綾辻さんが一人で声かけたらしいです」

 

 ひゃみさんこと氷見亜季(ひやみあき)は辻や犬飼と同じ二宮隊に所属しているオペレーターである。業務中は常に冷静で頼りになる彼女には、生身での運動能力が非常に低いという弱点があった。先日も午後からあった体育の授業で疲れ果ててしまったらしい。余談であるが、女性が苦手な辻がボーダー内で現状唯一まともに会話ができる女性隊員でもある。

 

「綾辻ちゃんの真面目なとこが仇になったわけだ。仕事が早いのも得ばかりじゃないってことか」

 

 なるほどなぁ、と呟きひとりでに納得する犬飼の向こうからこちらへ一人の青年が近づいてきた。件の先程まで辻と戦っていた相手だ。

 

「ごめん、辻くんお待たせーって、そちらの方は?」

 

 どことなく軽い声色。並んでみると犬飼先輩と少し雰囲気が似ているかもしれないと辻は思った。二人とも普段は薄い笑みを顔に浮かべている印象がある。

 

「あぁ、えっと、同じ隊の犬飼先輩。見た目はチャラいけど、良い人だよ」

「辻ちゃん?」

 

 辻の言葉に不満があるのか犬飼は首を捻る。しかしおそらくボーダー内にその言葉を否定してくれる人はいないだろう。そんな犬飼に向かって青年は軽く頭を下げ笑みを浮かべたまま挨拶をした。

 

「俺は一色綾斗っていいます。これからよろしくお願いします、犬飼先輩」

「チャラい犬飼こと犬飼澄晴です。こちらこそよろしく、一色くん」

「綾斗でいいですよ」

 

 辻の発言を皮肉るようにして犬飼は綾斗に挨拶を返す。そういうところだと辻は思ったが言っても得がない気がしたので口には出さないでおいた。

 

「ねぇ、いきなりだけどさ、さっきのどうやったの?」

「あっ、それは俺も気になる」

 

 犬飼が話を切り出し、辻もそれに同調した。先程の辻との戦闘での最後の場面のことだ。どうやって背後に移動したのか、辻は結局考えをまとめきれないでいた。

 

「さっきのって、テレポーターのことですか?」

「やっぱりテレポーターだったんだ」

 

 綾斗はあっさりと答えを口にした。それを聞いて二人は一応は納得したものの、それならばともう一つの疑問を投げかける。

 

「でも、テレポーターは視線の先にしか移動出来ないはずじゃ……まさかその糸目に秘密が!?」

 

 わざと大袈裟に演技ぶる犬飼。まさか糸目が関係しているとは思わないが辻もその秘密を知りたかった。

 一方の綾斗は特に隠す素振りも見せずその仕組みを話し始める。

 

「確かに目は関係あるかもしれませんね。実はこれ糸目じゃなくて閉じてるんですよ」

「えっ、じゃあどうやって」

「サイドエフェクトっていうやつらしいですよ。俺は昔から目を開いてなくても前後左右上下360度全てが見えるんです」

 

 サイドエフェクト。トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼすことで発現する超感覚のことだ。高いトリオン能力を持つ人間に発現する可能性が高いと考えられているが、サイドエフェクトを持つ人間が総じて少ないため詳しいことは分かっていない。どうやら綾斗はそれを所持しているということだった。

 

「……それって」

 

 綾斗のサイドエフェクトを聞いた途端、犬飼は綾斗の背後にそそくさと回り込み指を三本立てる。

 

「これいくつ?」

「3ですね」

「じゃあこれは?」

「右手が4、左手が2で合わせて6です」

「おぉ……」

「いや、何感動してるんですか犬飼先輩」

「だって気になるじゃん」

 

 感嘆の声を上げる犬飼に辻は冷静なツッコミを入れる。けど、自分しかいなかったら同じことをしてたかもしれないと辻は内心では思っていた。

 

「周囲全てに視線が向いてるってことになるのかな」

「だからどの方向にもテレポートできるってことですか?」

「そうじゃないと説明つかないよ、これ一色くんが考えたの?」

「いや、ヒントをくれたのは嵐山さんと佐鳥くんです。昨日B級に昇格したときに色々教えてもらって」

 

 それを聞いて二人は納得した。嵐山隊はテレポーターを戦術に組み込んでいる部隊の一つであり、隊員の一人である佐鳥賢(さとりけん)は奇抜な発想を持った狙撃手(スナイパー)だ。なんとなく思いついたことをやってみたら出来てしまったという光景が不思議としっくりくる。

 

「なるほどなぁ」

「あれ、じゃあ何で目閉じてるの?」

「……昔、目が動かないのが不気味だって近所の女の子に言われてね」

「意外と俗な理由だった……」

 

 常に周囲全体が見えているということは、どこを見るにも視線どころか首を振る必要すらないということだ。話し相手からすると確かに不気味だと思う場合もあるだろう。サイドエフェクトも万能でないことがほとんどだ。他にも何か困っていることがあるのかもしれない。

 

「っと、そろそろ嵐山隊の隊室に伺う時間なので失礼しますね」

「お、綾辻ちゃんからの呼び出し?」

「いや、嵐山さんからですよ。トリガーの調整を手伝ってくれるみたいです……なんでそこで綾辻さんの名前が?」

「犬飼先輩そういうとこ良くないですよ」

「ごめんごめん、気にしないで。嵐山さん達忙しいから遅れたら大変だ。今度暇があったらウチにも遊びにおいでよ、歓迎するからさ」

 

 犬飼の言葉に辻は苦笑いするしかなかった。自分達の隊長ほど歓迎という言葉が似合わない人もいないだろうに。綾斗ほどの能力や礼儀があれば邪険にされることはないと思うが、それでもあの仏頂面は変わらない気がした。

 

「あ、一つ気になってたことがあるんですけど」

「なに?」

「何で二人ともスーツなんです?コスプレ大会とか?」

 

 辻と犬飼は互いに顔を見合わせてから、それ絶対ウチの隊長の前で言わないでと釘を差し、あらためて綾斗を見送った。




投稿ペースはゆっくりになると思いますが頑張ります。
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