「失礼します、嵐山さん。今日もよろしくお願いします」
「おっ、来たな。じゃあ今日は約束通り攻撃手用のトリガーを色々試してみようか。トリガーホルダーを綾辻に渡してくれ」
一色先輩は嵐山さんにはとても礼儀正しい。しっかりと目上の人に頭を下げて教えを請う姿勢は好感が持てる部分だ。約束していた時間をしっかりと守るところも当然ではあるが悪くない。
「よろしく、綾辻さん。それとこれ、よかったらみんなで食べてください」
「わっ、いいとこの大福だ〜」
綾辻先輩にも丁寧な言葉遣いだ。クラスメイトにしては少し固すぎるような気もするが、知り合ってまだ一週間ほどなので適切な距離感だろう。差し入れを忘れないところも気が利いている、綾辻先輩は甘いものに目がない。
「先輩、テレポーター上手く使えましたか?」
「それはもうバッチリ、とっきー君の指導のおかげだよ」
「役に立てたなら良かったです」
時枝先輩とは気付けば愛称で呼ぶくらいの仲になっている。ボーダー内では先輩とはいえ、年下の隊員のアドバイスをすんなりと受け入れる良い意味での貪欲さは見習いたいくらいだ。
(佐鳥もいますよー)
といったように、若干の上から目線ではあるものの木虎の綾斗に対する評価は悪いものではなく、むしろ自他共に認めるほどストイックな木虎からすればかなりの高評価だった。
「それじゃあ、木虎。すまないが一色くんの練習相手になってやってくれないか」
「嵐山さんの頼みなら、仕方ありません。よろしくお願いします、一色先輩」
であれば、木虎の機嫌を逆撫でするのは一体何が原因なのか。
それは、木虎の対人欲求と性格が関係している。木虎は持ち前の勝ち気な性分から、同年代の相手に対しては負けたくないという感情が一番に表れる。また、年下に対しては普段内に秘めている少しばかりの虚栄心からか慕われたいという思いが強い。
それならば、年上に対しては?
木虎のプライドの高さは折り紙付きであり、下に見られたくない、舐められたくないという感情は相手が年上の場合も常に抱いている。そんな彼女にとって──
「こちらこそよろしくね、木虎“ちゃん”」
──ちゃん付けで呼ばれることなど以ての外であった。
「その呼び方やめてくださいって言いましたよね」
トレーニングルームに入り、二つ年上の先輩に向けて片手にはスコーピオン、もう片方にハンドガンを携えるのは木虎藍、15歳。子供扱いされたくないお年頃。
◇◇◇
「なんとなく予想はついてたけどさー」
「こうなる気はしてたよね」
「なんだ賢も充もそう思ってたのか」
トレーニングルームで行われている、木虎と綾斗の近距離戦を眺めながらの佐鳥と時枝の呟きに、嵐山も同じ考えであったことを露わにする。
「ええ、はっきり言って──」
「「「弱い」」」
無情にも三人の声が重なる。現在のスコアは8-0、弧月を持った綾斗は木虎に全く歯が立たないでいた。
「便利そうなサイドエフェクトも万能じゃないことがよく分かりますね……あ、また負けた」
「まあ木虎もウチのエースになりつつあるからな、簡単に新人に負けるようでは困る」
「一色先輩の動きも悪くはないんだけどなー、やっぱ見辛いのか」
佐鳥は数日前の光景を思い出していた。どのトリガーをメインにするか悩んでいた綾斗に対して、狙撃手用のものを勧めたときのことだ。佐鳥に深い考えがあったわけではない。ただ、平均値をゆうに超えるトリオン量を持つということと、やっぱり狙撃手仲間を増やしたい、そしてあわよくば自分のツイン狙撃に魅入ってほしいという思いからのものだった。
ところが実際に試し撃ちしてみた結果、驚くほど的に当たらない。なかなか見ないほどの狙撃センスの無さだった。確かに佐鳥よりもイーグレットの射程は長いし、ライトニングの弾速も速くて、アイビスの威力もある。だが、相手に当たらなければそれは全て宝の持ち腐れだ。
射撃姿勢自体は悪くないし、そもそもボーダーの狙撃用トリガーは誰が使ったとしてもちゃんと狙えばちゃんと当たるように作られているはず。
それにも関わらず全くと言っていいほど的に当たらない原因を、佐鳥と知らぬ間に横で見ていた他の嵐山隊メンバー全員で考えていると、申し訳なさそうに綾斗が口を開いた。
「実は、集中するの苦手なんですよね」
最初に聞いたときは全員が、集中力は訓練を重ねるうちに身に付いていくものだから大丈夫だと綾斗に告げた。中でも木虎は「まだ入隊したばかりで最初から上手くいくはずがないでしょう。そういうことはもっと鍛錬を積んでから言ってください」と厳しい言葉をぶつけた。
だが、綾斗の話を聞くうちにそれが決して大袈裟な表現ではないことが分かってきた。
集中し辛い。
それは、綾斗が持つサイドエフェクトにおける最大の欠点だった。
普通、人間が持つ視野は180度ほどであり、その中でも正確に情報を認識できる有効視野と呼ばれる部分は約15度しかない。そしてそれは集中すればするほど狭まっていく。反対に言えば、有効視野が狭まり、得られる視覚情報を絞った状態を集中というのだ。
しかし、綾斗はそのサイドエフェクトによって有効視野が常に360度存在する。何か一つのものに視点を合わせるのは不可能であり、得られる視覚情報は常人の比ではない。要するに、どうしても周囲に気を取られてしまう。何よりも集中力が重要な狙撃において、それは致命的な欠陥だ。
そしてそれは近距離戦でも同じことが言える。
一対一の近接戦闘において重要なのは、相手の動きを見極めることであり、それに対して瞬時に反応することだ。
綾斗のサイドエフェクトは一定以上の距離があると優位に働く。現に、木虎が得意としているスパイダーというワイヤー状のトリガーを用いた中距離における高速での撹乱はほとんど意味を成していない。死角が存在しない綾斗は常に木虎の動きを正確に捉えることができ、仮に所持しているのが弾トリガーであれば木虎が接近してくる前に距離を保ったまま一方的に攻撃できるだろう。
だが、現在所持しているのはブレードトリガーである弧月だ。斬撃を拡張できる旋空を搭載してはいるものの、旋空は発動時の隙が弾トリガーよりも大きく躱されるとあっという間に接近を許してしまう。
そして一度互いの得物がぶつかり合う距離になれば、そのサイドエフェクトは重荷に変わる。
面と向かい合った立ち合いは特段木虎が得意とする状況ではない。それでもA級部隊のエースである木虎とトリガー戦闘の経験も技術も足りていない綾斗とでは、ただでさえ圧倒的な差が存在している。
その上でさらに、自身のサイドエフェクトによって不利な状況へと追い込まれているのだ。勝ち目はほぼ無いに等しい。
近距離戦での綾斗はいわば、目の前に相手がいるのにわざわざ背後や頭上も警戒しているようなものだ。
その結果、肝心の情報を処理し切れず反応が遅れる。
それはコンマ数秒の判断がものをいう状況では命取りだった。
綾斗が苦し紛れに振った弧月を嘲笑うように躱し、躊躇うことなく木虎は綾斗の胸にスコーピオンを突き立てた。
◇◇◇
『一色ダウン。10-0で藍ちゃんの勝ちです』
トレーニングルーム内に綾辻の声が響く。主な攻撃手用トリガーである弧月、スコーピオン、レイガストを使った合計30本勝負の結果は29-1。唯一綾斗が取った一本はスコーピオンでの奇襲だけで、それ以外は成す術もなく木虎に敗れるという結果になった。
「実際に使ってみてどうだった、一色くん」
まだ慣れないトリオン体での連戦の疲れからか、おぼつかない足取りで部屋から出てきた綾斗に嵐山が尋ねた。それに対して綾斗は自身の考えを述べ始める。
それを時枝は横で聞きながら、綾斗の自身を向上させようとする姿勢に感心していた。
入隊して数日であれば実力不足はある程度仕方がない。
それよりも、B級に昇格して使えるトリガーの数が増えたことで自らの強みをより活かす方法を模索し、たとえ試用したトリガーが上手く使いこなせなかったとしても、そこからしっかりと自らの課題を分析できるその生真面目さはボーダーで過ごしていく上でとても重要なことだ。
少し上手くいかないことがあっただけでボーダーを辞めていく新人隊員を時枝は何人も見てきている。
「木虎はどう思った?」
時枝が遅れてトレーニングルームから出てき木虎に問いかける。新人隊員を指導した経験がまだ少ない木虎がどのようなアドバイスをするのか、そういった機会の多い嵐山隊の先輩である時枝からのちょっとしたテストでもあった。
それを聞いて木虎は、お言葉ですが、と前置きをして自分の考えを述べ始める。
「一色先輩には敵を近付かせない戦法の方が向いていると思います。攻撃手用トリガーをセットしてわざわざ自分の不利な間合いで戦う理由はないでしょう。サイドエフェクトを利用した全方位へのテレポートは確かに相手の不意を突くことが可能です。しかし、ブレードでトドメをし損ねた場合、一気に不利な状況へと陥ることになりかねません。それよりは、ブレードを外して弾トリガーの種類を増やすことで中距離戦での攻撃のバリエーションを増やしつつ、テレポーターは相手との距離を確保するために使用するのが有効ではないでしょうか。いっそのことテレポーターも外して純粋な射手として立ち回りをするのも悪くないと思います。一色先輩のトリオン量とコントロールのセンスがあれば射手としてかなりの成長が見込めるはずですから」
もちろん日々の鍛錬の積み重ねが前提ですが、と付け加える木虎の澱みない的確な分析に、その場の全員がいつの間にか聞き入っていた。
「うん、素晴らしいフィードバックだね。流石木虎だ」
「藍ちゃんすごーい、一色くんのことよく見てるね」
「一色先輩だから特別というわけじゃありません。これくらい嵐山隊の隊員として当然のことです」
「はは、俺も隊長として鼻が高いな。一色くん、今の木虎の話を聞いてどう思った?」
「そうですね、木虎ちゃんの言う通り、もう少し射手としての経験を積んでいこうと思います。基礎を学んでからでも遅くないかなと」
「奇抜な戦法ばかりでも駄目だもんね」
「それ佐鳥先輩が言うんですか」
狙撃手一奇抜な戦法である佐鳥が言っても何の説得力もないと呆れた顔をする木虎。
そんな様子を微笑ましく思いながら、嵐山は仕切り直すように口を開く。
「さて、そうなるとこれからは誰か射手の人に教えてもらった方がいいだろうな。俺が紹介してもいいが……」
「───私は自分で探すべきだと思います。参考になる人を自分で見つけるのも一色先輩のためになるはずですし、そこまで付き合うほど私達も暇じゃないので」
「言い方はともかく、木虎の意見にはおれも賛成です。一言で射手と言っても色んなタイプの人がいますからね。見比べてみるのもいいと思いますよ」
「と、いうのがウチの頼れる後輩たちからの提案なんだが」
「分かりました、まずは個人ランク戦で色々勉強していこうと思います。木虎ちゃんもとっきー君もアドバイスありがとう」
今日もお世話になりました、と挨拶をして立ち上がった綾斗を嵐山、綾辻、時枝の三人が会議があるついでに見送りに出るというので、隊室には佐鳥と木虎の二人が残った。
「いや〜木虎は流石だねぇ、先輩にも容赦ないの」
「みんな一色先輩に甘過ぎです。いくら綾辻先輩が直接スカウトしてきたからってここまで面倒を見る必要はないと思います」
「まあでもなー、やっぱ基本真面目な人は応援したくなるじゃん?」
「ボーダーに入った以上真面目なのは当然のことです。私達は遊びでここにいる訳じゃないんですから」
「でも木虎ちゃんだって一色先輩のこと嫌じゃないんでしょ?」
佐鳥は綾斗と同じように木虎を呼び、意味ありげな笑みを浮かべながら言う。
それを聞いて木虎は先程とは比べ物にならないほど冷ややかな顔をしながら、
「次そう呼んだらスパイダーで縫い付けますから」
と言葉を発した。
何を、と言いかけた佐鳥は木虎の目を見て咄嗟に口を噤む。一色先輩と自分相手で表情が違いすぎない?と佐鳥は思った。
タイトル枠はとっきーが佐鳥に譲りました。
感情受信体質や強化睡眠記憶のような名前をそろそろ考えたいですね。