B級東隊の攻撃手、
「こ、小荒井、ほんとにいるぞ!?」
「な、だから言っただろ?オレも最初見たときめちゃくちゃビックリしたんだって!」
二人の視線の先には、ラウンジの片隅の席に座る一人の男の姿がある。どうやら何かを考え込んでいるらしく、顎に手を当てながら俯いていた。二人は男に聞こえないよう小声でこそこそと話を続ける。
「ちょっと話かけてみようかな……」
「おいマジかよ、絶対迷惑だって」
男へ近付こうとする小荒井を奥寺が引き留める。積極的な小荒井を慎重な奥寺が諫めるのは二人を知る人物ならば誰もが見たことのある光景だ。だが、今日の小荒井はいつにも増してテンションが高い。奥寺の言葉を意に介さず、なおも男の方へ歩み寄ろうとする。
「でも奥寺だって話してみたいだろ?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
「それにボーダーではオレたちの方が先輩なんだからさ、少しくらい大丈夫だって!」
「確かに……やばい、なんかめちゃくちゃ緊張してきた」
小荒井の勢いにあっさりと奥寺は流される。奥寺も内心では話しかけてみたいと思っていたので、こうなるのは当然といえば当然だった
「お前やめろって、オレまで緊張してくるだろ」
「いや、仕方ないって。こんなとこで会うとは思わないし」
「まさかボーダーに入ってくれるなんてなぁ」
「……チームとか決まってるのかな」
「空いてたらさ、誘ってみるか?」
「い、いや、それは欲張りすぎじゃないか?それに東さんや摩子さんにも相談しないと」
「あの」
「摩子さんは大丈夫だろ。東さんだってきっと許してくれるって」
「そんな簡単にいかないと思うけどなぁ。東さんいつも忙しそうだし」
「あの」
「頼めばなんとかなるって、なんだかんだで東さん優しいから」
「あっ」
「おい、どうしたんだよ奥寺。そんな驚いた顔して」
「だ、だってお前、と、となり」
「へ?」
そこにいたのは、先程まで二人が遠目で見ていた男だった。話に夢中になっている二人に気付いて、いつの間にか近付いてきていたらしい。
「あの、何か俺に用事かな?」
「「あ」」
唖然とする二人。暫しの間、奇妙な沈黙が流れる。
「「あ、握手してください」」
近距離での連携に定評のある二人は、まるで打ち合わせをしたかのように見事に考えを同調させ、街中で偶然有名人に出会った人のように目の前の男、一色綾斗に手を差し出した。
◇◇◇
B級東隊の隊長、
今日も東隊としての防衛任務終了後に本部開発室長である鬼怒田に呼び出され、本部の守備システム改善案についての議論を交わしてきたところだ。
それがようやく終了し、自らの隊室の前へと戻ってきた東は部屋から灯りが漏れていることに気付く。普段であれば隊員である小荒井と奥寺、そしてオペレーターの
「お疲れ。お前たち、まだ残ってたのか────っと、君は」
そこには、同じ隊の部下の三人に囲まれるようにして、見慣れない一人の少年が応接用のソファに座っていた。
「あっ、お邪魔してます。初めまして」
「えっと、君は一色、でよかったよな」
「東さん、一色先輩のこと知ってるんですか!?」
驚いたように小荒井が声を上げる。その疑問に東は冷静に答える。
「三門市内でスカウトされて二日でB級まで上がるような隊員のことは、直ぐ耳に入ってきてたからな。むしろ、お前たちこそどういう関係なのか気になるんだが」
「おれ達はその、一色先輩のファンなんです」
小荒井と奥寺はボーダー隊員が公開しているプロフィールの好きなものの欄に、まず一番にサッカーと書き込むほどのサッカー少年だ。ボーダーに入隊する以前は二人とも地元のサッカーチームに所属しており、毎日のように朝から晩までボールを追いかけていた。
一方の綾斗は三門のサッカー少年の間で知らない人のいない、いわば地元のスター選手であり、学年が一つ違う小荒井と奥寺にとっても憧れの存在だった。
「なるほどな、それで隊室に連れてきて話をしていたわけか。すまないな、一色。まだボーダーにも慣れてないだろうに」
「いえ、色々な話を教えてもらえて楽しかったですよ」
「そう言ってもらえると助かる」
一色は小荒井や奥寺と年が一つしか変わらないはずだが随分と落ち着いているな、と東は思った。周囲から注目されることが多かったからだろうか。
隊員の二人も一色ほどとは言わないがもう少し冷静になってくれれば、と頭を悩ませる東の視界に普段は二人よりも遥かに冷静なオペレーターの姿が映る。
「とすると人見もそうなのか?少し意外だが」
「なんなら摩子さんが一番のファンですよ」
「オレたちの応援に来てくれたはずなのに、隣で試合してた一色先輩ばかり見てたこともありますから」
「ちょっと
小荒井の言葉に照れたような反応を見せる人見。いつもは二人のお姉さん的ポジションである彼女が二人の言葉でこうも動揺するのは珍しい。
「それにしてもお前たち、一色を客として呼んだなら茶くらい出したほうがいいぞ。人見、小荒井と奥寺連れて何か買ってきてくれ」
そう言って東は人見に小銭を渡した。その意図を察した人見はすぐさま二人を連れて隊室を出ようとする。
「えー、東さんずるいですよ。オレも先輩とまだ話してたいのに」
「ほら、早く行くわよ」
「ちょっと摩子さん、引っ張らないでくださいよ。行きますって」
慌ただしく部屋を出て行く三人。室内が急に静かになると、東が綾斗に向けて口を開いた。
「あいつらも君くらい落ち着いてくれればいいんだが」
「賑やかでいいじゃないですか。それで、俺に何かお話ですか?」
「察しがいいな。その前に挨拶だけさせてくれ。B級東隊隊長の東春秋だ。同じボーダー隊員としてこれからよろしく頼む」
「初めまして、東さん。一色綾斗です。東さんのことは先程三人から伺いましたよ。凄腕の狙撃手でもあり有能な指揮官でもあるすごい人だって」
「はは、それはだいぶ大袈裟な紹介だな。それとな一色、実は俺とお前が会うのは初めてじゃない」
「えっ、そうなんですか」
東の言葉に綾斗は驚いた表情を見せる。東自身、覚えられているとは思っていなかったので特に気にはしていない。
「確か三年くらい前にな」
「もしかして、あのスカウトに来た」
「おっ、覚えてたか。あのときは取りつく島もなく断られたからな」
「その件はすみませんでした」
「いや、気にしなくていいぞ。それで話というのはそのことなんだが、どうして今回ボーダーに入ろうと思ったんだ?」
「それは……」
綾斗の表情が微かに曇る。その右足が僅かに動いたのを東は見逃さなかった。
「ああ、事情の方は大体把握してるから言わなくていい。そうじゃなくてな、俺が知りたいのはお前がボーダーで何をしたいかだ」
綾斗がボーダーに入ることになった経緯について東は既に知っている。
それよりも気になったのは綾斗が入隊した動機だ。過去のスカウトの際は、入隊するつもりはありませんの一点張りだったため、それについて東は把握していない。
そういうことか、と納得したように綾斗は口を開く。
「俺は、この街が好きなんです。俺が苦しんでいるときいつだってこの街の人達は俺を助けてくれました。だから、今度は俺がこの街を助けたいんです」
綾斗はハッキリと自身の意志を口にした。
その真摯な口調は思わず東も感心するほどのものだ。三門市とそこに住む人達のために戦う。同じ理由でボーダーに入隊した隊員も多いが、綾斗の言葉にはその隊員達と同じかそれ以上の思いが込められているように東には思えた。
だから、その気持ちに油断してしまったのかもしれない。
「そうか、なら近界民についてはどう思っているか聞いてもいいか?」
それは、東にしては迂闊過ぎる一言。
「……近界民について?」
綾斗の声のトーンが低くなる。
「殺す以外に何かあるんですか?」
閉じているはずの綾斗の眼が鋭くなったように東は感じた。脳裏にかつての部下のうちの一人が浮かぶ。彼と初めて出会ったとき、同じような雰囲気を感じたことを思い出す。
「それは──」
そのとき、隊室の扉の方からバタバタと足音が聞こえてきた。どうやら三人が戻ってきたらしい。
「すみません、ただいま戻りました」
人見が缶ジュースを東と綾斗に差し出す。
「ああ、おつかれさん。ありがとな、助かったよ人見」
「ありがとう人見さん」
穏やかな口調で綾斗は人見に礼を述べた。人見はそれに慌てて、大したことじゃないから、と反応する。いつもの人見がが見せない年相応の表情だと東は思った。
「ところで一色先輩、チームを組む予定ってありますか?」
思い切ったように奥寺が綾斗に言う。それを聞いて綾斗は首を横に振った。
「いや、まだ特には考えてないよ。まずは個人の技術を高めようと思って」
「それならウチに入りませんか?」
「おいおい、俺や人見への相談は無しか?なあ、人見?」
「私は、大丈夫ですよ。……むしろ歓迎します」
「そうだよなぁ」
人見の一色ファンぶりは相当なものだな、と東は思う。苦笑いをしながら、とりあえずと前置きして綾斗へ自身の考えを伝える。
「ウチに入るかどうかは置いといて、いずれチームに入ることは考えておいた方が良いぞ。チーム戦でしか学べないことも多い」
最終的にはチームで近界民と戦うわけだからな、その言葉を東は口にしなかった。
「そうですね、ひとまずゆっくり考えてみようと思います」
そう言った綾斗は薄い笑みを浮かべたままだった。
◇◇◇
それからしばらく五人で他愛のない話を続けていると、気付けば外はもうすっかり暗くなっていた。
「東さん、今日はお世話になりました」
「それじゃあ、オレたちも一色先輩と一緒に帰ります」
「お疲れ様でした」
「おう、もう遅いから気をつけてな」
「東さんもあまり無理しないでくださいよ」
「ああ、もう少ししたら俺も帰るよ」
「お先に失礼します」
四人が何か話をしながら部屋を出る。
そうして一人、静かになった部屋で東はふうっと深く息を吐いた。
先程から東の頭の中では、近界民について聞いたときの綾斗の表情が浮かび続けている。
「あの感じ……危ういな」
呟いた東はポケットから携帯電話を取り出し、数多く登録されている連絡先の内の一つをタップした。