全てが見えるはずの世界で   作:アルセナ

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出水公平と加古望

 A級1位太刀川隊の射手、出水(いずみ)公平(こうへい)は笑っていた。自身に向けて飛来する大量の通常弾(アステロイド)の雨を前にして、気持ちの昂りが抑えきれないといった表情を浮かべている。

 

「ははっ、やべぇ、最高だわ」

 

 目の前の相手、一色綾斗は出水が長らく求めていた存在といっても過言ではない。

 

 射手はボーダーの戦闘員の中でも割合、人数が少ないポジションだ。

 

 出水と関わりのあるB級以上の射手ともなると、3つ年上の個人(ソロ)ランク総合2位の二宮とA級女性部隊隊長の加古、1つ年上の六穎館の生徒会長である蔵内と関西弁のどこか食えない先輩の水上、そして唯一の同学年ではあるものの病身で中々本部に来ることのない那須、この5人くらいのものだった。

 

 出水が射手同士で模擬戦がしたいと思っても、この5人相手では誰に声をかけるのにも気を遣う。

 

 幸い、全員が真面目で向上心のある性格のため、出水の誘いを邪険にするようなことはないものの、逆に、誰と模擬戦をしても少し堅苦しい雰囲気になってしまうことが出水の些細な悩みだった。

 

 よくつるんでいる攻撃手の米屋のように、気兼ねなく思いついたことを試し合うことのできるような射手が現れないものかと、出水は思い続けていたのだ。

 

「通常弾ッ!」

 

 出水は、64分割したキューブを相手の通常弾目掛けて射出し、その全てを撃ち落とす。緻密なトリオンコントロールが可能な出水ならではの芸当だ。普段ならばシールドを用いて防御することの多い場面だが、今の出水のトリガーセットにシールドは含まれていない。

 

 現在セットされているのはメインとサブの両方とも、通常弾、炸裂弾(メテオラ)追尾弾(ハウンド)変化弾(バイパー)の4種の弾トリガーだけだ。

 

 ただひたすらに色んな弾を撃ち合いたい。

 

 そんな出水の密かな願望が叶った瞬間である。

 

 弾バカここに極まれり。

 

 そしてそのトリガーセットは相手である綾斗も同様である。この条件でA級1位部隊の射手と撃ち合えることが綾斗の資質を証明していた。

 

「さて、次はどう来る────っ!」

 

 その時、出水の視界外、左右ほぼ真横から先程とは別種の弾丸が出水に襲いかかった。

 

 変化弾。

 

 綾斗が通常弾の直後に放っていたそれは、完全に不意を突かれた出水の左脇腹と右足を抉る。

 

「ぐっ、変化弾の角度が半端じゃねぇな」

 

 変化弾を放つ際には、事前に決めておいたいくつかの弾道から1つを選択するのが一般的だ。しかし、出水は優れた空間認知とセンスによりリアルタイムで弾道を引くことが出来る。

 

 だが、流石の出水も視界の外に正確な弾道を引くことは出来ない。故に、出水にとって変化弾は相手の動きを制限し惑わすためのトリガーだという認識が強い。

 

 もちろん直撃すれば相手を落とせる威力はあるものの、実際には複雑で細かい軌道変化で相手の動きを止め本命の通常弾や炸裂弾を撃ち込んだり、もしくは味方の攻撃手が飛び込む隙を作るために用いることが多かった。

 

 しかし、綾斗はサイドエフェクトによって周囲全てが視界内のためどの方向にも目で確認しながら弾道を引ける。そのことが出水の変化弾よりも大きな角度での精密な変化を可能にし、その結果が敵と向かい合った状態での不意を突く視界外からの攻撃だった。

 

 そして、相手の意表を突くような軌道を描くことは綾斗にとって造作もないことだ。

 

「三門の魔法使い(ファンタジスタ)だっけか。そういえばテレビで見たな」

 

 ファンタジスタ、それはサッカーにおいて誰もが予想していなかったプレーを見せる天才的な選手に贈られる言葉だ。

 

 綾斗は、その視野を活かしたパスセンスで名を馳せていた。自分から相手の元へパスコースを選択しボールを届ける。それは綾斗の感覚的には、変化弾を含めた射手としての攻撃に近いものだった。

 

 その上、サッカーと違いボールとなる弾は無数に存在する。見えたルート全てに片っ端から弾を撃ち込むことが可能だ。そして、綾斗が見ることが出来るルートの数は常人よりも遥かに多い。それだけでも十分に強力な攻撃だと言えた。

 

 だが、出水にもA級1位部隊員の自負がある。入隊して数週間の新人にそうやすやすと負けてやるつもりは無かった。

 

「流石に負けらんないからな。槍バカが見てるが仕方ねぇ、仲介料だ」

 

 新しい技術を試すには良い機会だと出水は思った。本当は次のA級ランク戦まで隠しておきたかったが、人に向けるのがぶっつけ本番というわけにもいかない。せっかくのお披露目くらいは派手にいきたかったが、まあ他の射手に見られなければ良いか、という考えが出水の頭によぎる。

 

 両手にトリオンキューブを浮かび上がらせた。

 

 一見すると両攻撃の構え。

 

 だが出水はその2つのキューブを身体の正面でぶつけ合わせた。それは瞬く間に出水の手によって圧縮され2秒ほどで完全に1つのキューブとなる。

 

 

『追尾弾』+『炸裂弾』

 

 

「『誘導炸裂弾(サラマンダー)』ッ!!」

 

 

 8分割された立方体が、危険を察知し回避しようとする綾斗に追い縋る。

 

 それはトリオン探知の追尾弾と全く変わらない軌道であり、普段と違いシールドとテレポーターの無い綾斗は当然ながら出水と同様に撃ち落とすしかない。

 

 しかし、射手としての細やかな技術が出水に劣る綾斗がそれをするには、弾をギリギリまで引きつける必要があった。

 

 綾斗のサイドエフェクトはこういった場合にも有効に働く。自身に向かってくる弾の全てを同時に確認できるからだ。

 

 目の前に迫るまで引きつけたそれに向けて、綾斗は通常弾を8分割で放つ。

 

 正確なコントロールで出水の追尾弾らしきものに命中し、それは全て撃ち落とされる。

 

 そのはずだった。

 

 だが、それは相殺されるかわりに、至近距離の綾斗を巻き込み、爆発した。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「弾バカのやつ、めちゃくちゃ楽しそうじゃん。綾斗もホントに新人かって感じだし」

 

 A級三輪隊の攻撃手、米屋(よねや)陽介(ようすけ)はモニタールームで訓練室の出水と綾斗の戦いを眺めていた。今回二人を引き合わせたのは米屋である。射手としての技術を学びたいと言っていた綾斗に、それならばと出水を紹介したのだ。

 

 ボーダーは隊員同士の繋がりが非常に密接な組織である。隊員のほとんどがボーダー提携校である六穎館と三門第一、もしくはお嬢様校である星輪の生徒か卒業生という小さなコミュニティに属しているためだ。

 

 米屋自身も、綾斗がボーダーに入隊したことは綾斗と同じクラスである従兄妹の宇佐美から聞いていたし、先週初めて会ったときは同じ三輪隊所属であり六穎館に通う同学年の奈良坂の紹介があった。

 

「しかも、なんだよあれ。追尾弾なのか炸裂弾なのか分っかんね」

 

 出水が見せた2つのキューブを1つに圧縮して放つ技は米屋が初めて見る技だった。初見であれに対応するのは誰であっても難しいだろう。自分でもきっと避けきれなかったと米屋は思った。

 

「────ふぅん、あの子が東さんの言ってた子ね」

 

 不意に、背後から声がした。思いもよらない女性の声。米屋は驚いて後ろを振り返る。

 

「んぇ、加古さん!?」

 

 予想外の訪問者に、米屋は間の抜けた声を上げた。そこにいたのはA級加古隊の隊長、加古望(かこのぞみ)。そのモデル顔負けの美貌と高い実力で知られる彼女は、出水と合わせ現在二人しかいないA級射手のうちの一人でもあった。

 

「久しぶりね、米屋くん。隣、いいかしら?」

「それはいいですけど……何してんすか、こんなとこで」

 

 米屋には、閑散としている訓練室に加古が一人で訪れる理由が思い当たらなかった。まさかコソ練か?いや、それなら隊室でやるだろ、などと米屋が考えていると、特に気にした風もなく加古が口を開く。

 

「ほら、このあと新入隊の子達の戦闘訓練があるでしょう?ウチに入ってくれそうな子を探そうと思って」

 

 新入りの戦闘訓練……そういえば秀次がそんなこと言ってたな、と米屋は納得した。ちなみに、出水はそのことを全く知らないが、それは彼の隊長が連絡を怠っているせいだ。

 

「へぇ、加古さんの隊に新人すか。ハードル高え……ちなみにポジションは?」

「出来れば攻撃手が良いんだけど……米屋くん良い子知らない?」

 

 米屋はうーん、と頭を悩ませる。ランク戦に入り浸ってはいるもののそうそう目新しい相手は見つからないしなぁ、と思ったところで一人だけ心当たりを思い出した。

 

「あー、ついこないだスカウトで入ったやつが最初の戦闘訓練4秒とかで話題になってましたね。でももう草壁隊が唾付けてるとかなんとか」

「あら、そうなの。出遅れたわね」

「でも確かイニシャルはKじゃなかったっすよ。みどりかわ?とかそんな感じっす」

 

 加古の部隊に入るには一風変わった条件を満たさなければならない。

 

 それは、イニシャルが『K』であること。

 

 米屋にはよく分からない理由であるが、加古のこだわりに口を出すつもりも当然無かった。

 

「そ。ならいいわ」

 

 加古はあっさりとその隊員についての興味を失う。

 

 そのとき、モニタールームのドアが開き話し声が聞こえてきた。どうやら出水と綾斗が戻ってきたらしい。

 

「出水くんのトリオンコントロールには恐れ入ったよ。64分割であんな簡単に撃ち落とされるとは思わなかった」

「まあな、けど綾斗も中々筋が良いと思うぜ。その後の変化弾は割とまともにもらったしな」

「そう言ってもらえると光栄だな。ただ一番気になるのは最後のやつ、あれ何やったの?」

「いやぁ、まだ綾斗には教えられねぇな。そのうち射手の間で共有するからお楽しみだ」

 

 二人はかなり打ち解けた様子で会話に興じている。射手同士、弾を撃ち合えば気持ちが通じ合うのだろうか。俺も人とブレードを交わせば仲良くなれるしな、と米屋は思った。

 

 

「それ、私が頼んでもダメかしら?出水くん」

「はい?」

 

 

 隣に座っていた加古が出水に声をかける。予想していなかったであろう人物の姿に、出水は分かりやすく動揺した反応を見せた。

 

 

「さっきの弾、あれは何?」

「加古さん、何でいるんすか……」

「そりゃいるとは思わねえよな、残念だったな弾バカ」

 

 

 愉快そうな米屋の声がモニタールームに響く。

 

 よりによって同じA級の射手という一番見せたくなかった人に見られていたことに、出水はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

『3号室、終了。記録53秒』

 

 訓練室の周りにいるC級隊員から歓声が上がる。しかし、モニターを見つめる加古の目は冷ややかなものだった。

 

「うーん、なかなかピンと来る子はいないわね」

「加古さんのお眼鏡に適うようなやつは中々いませんって」

 

 新人の戦闘訓練では一般的に、1分を切れば良いほうだと言われている。しかし、A級部隊の隊長である加古が求めるレベルがその遥か上であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「やっぱり木虎ちゃんを逃したのは痛かったわ」

「木虎ちゃんを誘ってたんですか?」

「そうなのよ、嵐山くんに持っていかれちゃったけどね。何がダメだったのかしら」

 

 嵐山さんは天然の人たらしだからなぁ、と米屋と出水の考えが同調する。それは、ていうかさらっとあの木虎をちゃん付けする綾斗もやべぇ、というところまで一致した。

 

「槍バカ、これ何秒だった?」

「覚えてねぇなぁ、20秒はかかってなかった気はする、綾斗は?」

「俺これやってないんだよね」

「あー、そうか。スカウト組はやったりやらなかったりだよな。綾斗は昇格も早かったらしいし」

 

 

『────2号室、用意』

 

 

 そのとき、別の訓練室に一人の小柄な金髪の新入隊員が入ってきた。

 

「今度のやつはかなり小せえな……って、もしかして女の子か?」

「あら、かわいいじゃない」

 

 一見すると小学生か中学生か分からないくらいの少女が入隊を希望するのは、学生が多いボーダーでもそれなりに珍しい。米屋と加古は現れた少女に興味津々といった様子だ。

 

「ん?どうした綾斗」

 

 出水はふと見た綾斗の表情が先程までと少し違っていることに気が付いた。常に浮かべていた薄い笑みに、どこか驚きの色が混ざっているように見える。

 

「双葉…………?」

 

 綾斗は信じられないものを見たかのように、ポツリとそう呟いた。

 

 




米屋がイニシャルの概念を理解しているかで割と悩みました。
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