道草屋のひと時~彼女たちと猫又の日常~   作:三華月

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前回の初投稿後、少し作成から離れていたのですが、ページを覗いてみると感想を頂くことができていました。ありがとうございます。あまりの嬉しさに勢いそのままで作成いたしました。少しでも楽しいと思って頂ければ幸いです。


とある晴れの日

 私は猫又である。名前は「クロ」という。

 

 ここはとある田舎にある旅館「道草屋」

 私はその旅館で飼われている家猫である。

 

 今日も今日とてこの旅館は忙しい。擦り切れた心身に安らぎや癒しを求める宿泊客に答えて彼女たちは労り、励まして明日への活力を与えていく。

 そんな彼女らにとって夜のひと時はようやく息をつくことのできる時間でもある。

 

 今は母屋の座敷に女将の芹殿を除く三名が集まっていた。

 はこべら殿は薄桃色、すずしろ殿は若草色の着物を身に纏い、すずな殿はいつもの行灯袴姿で座敷机を囲んで雑談に耽っている。

 私はそんな彼女らの会話をすずな殿の膝の上で丸まりながら聞き耳を立てていた。

 

 …女性同士での会話とは全く尽きぬものなのだな。

 かれこれ二時間は優に話続けているが、その間同じ話題は一度もなかった。私であったら舌が疲れてしまいそうだ。

 もうすぐ二十三時になろうとした頃、はこべら殿が時計に目を配り、「もう良い時間ですし、今日はそろそろお暇しますね」と帰宅の支度をし始める。

 

 ふと外を見ると、すでに夜も更けて辺りは暗い。この辺りは一段と田舎であり街灯も少ない為、明るい部屋の中にいると特に外が暗く感じてしまう。

 通常、この時間に女性の一人歩きは危険なのだが、ここは田舎。それも、はこべら殿の家は「道草屋」から十分程度の距離にあるらしく、この時間でも帰ってしまうようだ。

 

 しかし、すずな殿は住み込みでないはこべら殿のことが気になっている様子。

 これ幸いにと「ここに住まないんですか?」と尋ねる。

 はこべら殿は少し困った顔をしながら「そうですねぇ…」とつぶやく。

 

「楽しそうですけど…持ち家もありますし、誰かが住まないとすぐ痛んじゃうから…」

 

 そうなのだ。家とは生きている。

 掃除や空気の入れ替えをしなければ壁や柱が腐ってしまう。また、人の気配がなければ鼠や鼬などの小動物が住み着いてしまい、家が荒らされてしまうのだ。

 特に田舎では顕著にみられるため、はこべら殿が道草屋へ住み込みとなるのは難しいのだろう。

 

「それにしても、はこさん家は本が多いですよねー」

「えぇ」

「またお邪魔してもいいですか?」

「もちろん。漫画の続きも増えてますよ」

「わーい!」

 

 すずしろ殿が話題を切り替えると、漫画という単語にすずな殿が反応する。

 何を隠そう、すずな殿はあまり田舎から出たことがない。精々隣町程度らしい。そのためか『都会派』のことに大変興味を示しておられる。

 漫画もその一つだ。

 

 この辺で本が売っているとすれば、遠くのコンビニか古本屋くらいなもの。漫画を読みたくともそうそう手に入る環境ではないのだ。

 すずな殿の手元にも何冊かはあるのだが、何度も見返したものばかり。そこに湧いて出てきたはこべら殿の家の話。

 行ってみたい。しかし、言い出せずにそわっそわっしているすずな殿を見かねた私は丸まりながら鳴き声を一つ。

 すると、鳴き声に反応したはこべら殿がすずな殿の様子に気が付いた。

 

「…今度、遊びに来る?」

「お邪魔します!」

 

 即答である。よほど行きたかったようだ。

 

 その後、「いつにしましょうか」と二人の都合が合う日を選んでいく。しかし、どうやらすずしろ殿は当日に仕事がある為、行くことができない様子。

 そのため、はこべら殿の家に行く際には借りてきて欲しい本を伝える流れとなった。

 しかし、そうなるとすずな殿は単身ではこべら殿の家に招かれるわけか。なんとも恐ろしい。

 何事もなければよいのだが…

 

 ◇◇◇

 

 数日後。

 すずな殿が戦地(はこべら家)へと赴いていった。

 私には無事を祈らざるを得ない。どうか騙され、流されぬようにと願いながら私はすずな殿を見送った。

 

 さて、そうなるとこれからは何をしようか。

 芹殿とすずしろ殿は本日も仕事のため、母屋にはいない。つまり、現在母屋には私は一人(一匹)だけなのだ。

 

 ならば丁度よい。天気も良いことだし、久々に町に繰り出してみよう。

 

 私は猫になって以来、数回に渡って周辺を散策していたりもする。

 ここの近くには林や畑、田んぼだけでなく、数は少ないが飲食店などもある。

 猫の身体では料理を口にすることは叶わないが、香りに誘われて集まってきた野良猫や飼い猫たちと交流する良い機会にもなっている。

 

 ここ数日は雨も降り、なかなか外へ繰り出すことができなかった。

 すずな殿に関して不安は残るが、私にはどうしようもない。気分転換も兼ねて行ってみるとしよう。

 

 私はすずな殿を見送った玄関から踵を返し、中庭へと向かう。縁側から降り、あとは中庭を進めば道草屋の入り口へと至ることができる。

 先日の雨のせいか、ジメジメとしているが風はある。暑く慣れば途中に木陰で涼めばいいだろう。

 

 入り口を目指し歩みを進めていくと、途中で洗濯籠を持った芹殿に出くわした。

 今はいつもの黄色い着物ではなく、朱色の作務衣を着ていることから、本日の洗濯物当番なのだろう。

 私は芹殿の後ろを抜けつつ、出かけてくるとの意も込めて一声鳴いておく。すると芹殿も私に気が付いたのか、「あら…」と洗濯物を干す手を止めて私の方を振り向いた。

 

「クロ、おはよ。なに?出かけるの?」

 

 そうだ、と鳴けば芹殿は「ずなちゃん心配するんだから、あまり遅くならないようにね」と私に声をかけてから洗濯干しへと戻っていった。

 まぁ、私は猫、それも猫又である為か比較的夜目が効く。暗闇でも迷うことはないだろうがすずな殿や皆の心配にはなりたくはない。日暮れまでには帰ってくることにしよう。

 そう考えながら私は道草屋の入り口を抜け、通りへと出る。

 

 通りは決して広くはない。農道または田舎道と表現されてもおかしくない、舗装されていない土道。目の前を通過する軽トラにはナンバープレートすら付いていない。

 まぁ、ここは田舎も田舎。事故さえ起こさなければ何だって良い。(良くはない)

 

 私は左右を確認してから道を渡り、畦道を通って集会場を目指す。

 

 ◇◇◇

 

 半刻は歩いただろうか、私の鼻を良い香りが擽った。

 出汁の香り。前世では慣れ親しんだこの香りも猫になってしまえば格別のものとなる。叶うのならば頬張るように舐めてみたいものだ。

 香りに導かれるように進んでいくと、やはりと言うべきか数匹の猫が集まっていた。

 

 ―――『うどん処』

 

 とあるお婆さんと若い女性が営んでいるうどん屋。最近では若い女性が店を仕切ることが多くなりつつあるが、よく繁盛している食事処である。

 偶にではあるが削り節が振舞われることがあり、それ目当てで訪れる猫も少なくない。

 

 店内では話し声とバタバタと動き回る足音がしていることから今は準備中のようだ。

 私は出しの香りを肴に集まった猫たちのもとへ向かう。

 例に倣い私が近寄ると猫たちは怯えるが、取って食いはしないと鳴くと一先ず落ち着いたようだ。

 

 さて、私は久々の外出であるため最近の様子を知らない。何か変わったことはあっただろうか?

 

「ニャー」(おなか、すいた)

「ニャゥ」(いいにおい)

「ミャー」(イシイおばあちゃん、ごはんくれた)

「ミー?」(イシイ?しらない)

 

 おぉう、石井のお婆さん、猫にまで何かを上げているのか?以前はすずな殿も抱えるほどのジャガイモを渡されていたが、大丈夫なのだろうか?

 他にはどうだ?

 

「ミャウ」(クロさま、こわい)

「ニャー」(おなか、すいた)

「ミー?」(クロ?)

「ミャー」(なにかあったっけ?)

 

 それから何度か問答を繰り返すが、話の内容はどこかズレており要領を得ない。

 …やはり猫との会話は難しい。空腹一色の猫もいるため、これ以上の成果は見込めないだろう。

 小さくため息をついていると、ガラッと頭上から音がする。

 

 何だ、と思い頭上を見上げてみると、小窓から三角巾を頭に巻いた女性が顔をのぞかせていた。

 少し癖のある髪を後ろに纏め、朱色の着物の上に割烹着を羽織った彼女は「うどん処」をお婆さんと切り盛りしている「たびらこ」殿である。

 

 そして、いつも集まった猫たちに鰹節を振舞っているのも彼女であったりもする。

 量としては少ないが、腹を空かせた猫たちにとってはご馳走なのだろう。

 しかし、今日はどこか申し訳ないような表情をしている。

 

 まぁ、予想は付く。

 今日はお婆さんと一緒に準備をしているからだ。

 飲食業である関係上、やはり我々猫や動物は衛生上よろしくない。さらに、お婆さんは猫をあまり好いていない。そのため、準備中に削り節を猫に与えれば怒られるであろうことは容易に想像がつく。

 

 たびらこ殿は小声で「ごめんね」というと申し訳なさそうに中へ戻っていった。

 削り節を期待していた猫たちは「まだー?」「おなかすいたー」と鳴き続けているが、今日は諦めろ。あまり鳴いているとお婆さんが出撃してくるぞ。

 私は空腹の猫たちを治めて散るように促す。

 こういう時に上位種というのは役に立つ。猫たちは渋々といった具合に四方へ散っていった。

 さて、私もとばっちりを食らう前に退散するとしよう。

 

 そのあとは一頻り辺りを散策し、時には昼寝をし、気が付けば夕方となっていた。

 そろそろ戻らなければ、皆に心配をかけてしまう。

 私は畦道を通って帰路につく。

 

 どうにか日暮れ前には道草屋へ到着することが出来た。

 私は中庭を通り、タオルの置かれた沓脱石(くつぬぎいし)に飛び乗る。

 私が外へ出向いた時は、館内に汚れを持ち込まないようにと足拭きのタオルが設置される。以前は誰かが飛んできて拭かれていたが、自分で拭いている現場を目撃されてからは基本私任せとなっている。

 流石に泥だらけや濡れ猫になってしまった場合は誰かを呼ぶが、今日はそこまで汚れていない…はずだ。

 一応、毛繕いもしておこう。

 

 一通り身だしなみを整えはしたが、さて、すずな殿は帰ってきているだろうか。

 私は廊下を進み、すずな殿の部屋へと向かう。

 部屋には電気が付いている。しかし、いつもなら開いている障子が今は珍しく閉まっている。何かあったのだろうか?

 見ると障子は締まりきっておらず、ほんの少し隙間が開いていた。

 

 私は恐る恐ると隙間に近づく。すると、紙をめくるが耳に届く。どうやらすずな殿は本を読んでいるようだ。それにしても、障子を閉めてまで一体何の本を読んでいるのだろう?

 確認しようにも、一般的に猫は動体視力が良くても遠くを見ることを苦手とするが、私は猫又である。人並みに眼が良いため何も問題はない。

 しかし、この狭い隙間から見るのは角度的にも難しい。何とか一部だけでも見えないものか。

 

 何度か角度を調整した後に、ようやく本の表紙と背表紙の一部を視界に捕らえた。

 

 えーと、なになに。薔薇が咲き乱れる表紙に………フランス、書院、文、庫…?

 

 瞬間、私は全速力の助走をつけ、確固たる意志を持って障子を破り抜いた。

 すずな殿が素っ頓狂な悲鳴を上げ、駆け付けた芹殿に叱られはしたが反省はしていない。ソレはすずな殿にはまだ早い。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
次回も気長にお待ちいただければ幸いです。
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