それでは…
私は猫又である。名前は「クロ」という。
今は夜。皆の仕事も落ち着き、各々が自由に過ごすひと時。
私は座敷で机に垂れながら本を読む芹殿と共に寛いでいた。
先日の『ずな部屋強襲事件』により芹殿からお叱りを受けた後、私は一時的な観察処分となった。日中は自室に入れられ、夜は芹殿の眼が届く場所に居なければならなくなってしまったのだ。
言葉だけ聞けば辛そうに感じるが、実際は普段とそう変わらない。
私に与えられた部屋自体も四畳半と猫一匹に対しては十分に広い。道草屋自体が旅館である為か一部屋一部屋が大きく、今現在寛いでいる居間も十畳とかなり大きい。
そのため、外に出られないことを除けば何も窮屈な思いはしていないのだ。
まぁ、その処分も今日で終わる予定だ。また破った場合は再度検討することとなっているが早々起こらない…と思いたい。
おのれ、はこべら殿め…
◇◇◇
少し時間が経ち夜も更けてきた頃、廊下から足音がひとつ。
顔を上げると、薄桃色の着物から私服に着替えたはこべら殿が居間へと入って来るところだった。
「芹さん、そろそろ帰りますね」
「あら、そなの?てっきり泊ってくもんだと思ってたんだけど?」
「いえ、今日はお泊り道具を持ってきていませんので」
どうやらはこべら殿は今から帰るらしい。
日によっては泊っていくこともあるが、やはり持ち家があると頻回には泊れないのだろう。
それから少し芹殿と雑談を交わした後、はこべら殿は何故か私の元までやってきた。
両膝を付き、こちらに屈むと天井の照明が背にある為に影が掛かり、長い髪が垂れ下がることで目元が隠されてしまった。
しかし、隠れていない口元に浮かべてた不気味なまでの笑みが目に映った。
自然と私の耳が立ち、尻尾の毛が逆立ち始める。
注視する口元がゆっくりと開く。
「…クロさん、あまり邪魔をしてはいけませんよ」
…それは何に対してを言っているのだろう。
本を読んでいたすずな殿の邪魔をしたことに関してだろうか。
それとも、はこべら殿がすずな殿に行っている遊び、もとい『
どちらにせよ、はこべら殿はすずな殿によろしくない!
させん。させんぞ!純粋なすずな殿を染めさせはせんぞ!!
決意をもとに睨みを効かせながら一鳴きすると、はこべら殿の笑みが一段と深くなる。
バチバチと一人と一匹の間で火花が散る。
「…あれ?はこ、あんた帰るんじゃないの?やっぱり泊ってく?」
芹殿の声に双方、ハッとする。
はこべら殿は「いえ、クロさんに挨拶をしていただけです」と立ち上がるが、目は依然として私に向いている。
私は目線を反らすことなく見つめ返していたが、不意にはこべら殿の口が不自然に開閉している事に気が付いた。
何だ?と思い、注意深く観察してみる。どうやら単語を紡いでいるようだ。
―――『ガ・ン・バ・ッテ』
頑張って、とはいったい何のことだ?
それよりも、はこべら殿はまるで私が言葉を理解しているかのように接していないだろうか?
もしかして、私が人並みの思考力を持っていることに気が付いているのではないか?
いや、まさか。私が道草屋に来てまだ半年も経っていないのだぞ?それに、はこべら殿に会った回数など高が知れている。そんなことは…
私はまるで、いきなり水の中に落とされたかのような焦りと不安感で戦々恐々となる。
そんな間にも芹殿とはこべら殿はにこやかに話し合っていた。
「帰るんなら早く帰らないと。夜道、危ないわよ?」
「そうですね、ではまた明日」
「ほーい、またあしたー」
そういうと、今度こそはこべら殿は自宅へと帰って行った。
一体、さっきのは何だったのか。
はこべら殿がすずな殿を大層可愛がっているのは知っているが…
なぜだろう。さっきのことも影響しているのか、
私がはこべら殿に戦慄していると、今度はすずな殿が居間へと訪れた。
しかし、敷居を跨ぐことはなく、廊下から芹殿を熱い視線で覗き見ている。
あれは一体何をしているのだろうか。
芹殿も気が付いており、ついには視線に耐えられなかったのか、「…なに?どしたの…」と問いかける。
するとすずな殿は「…芹さん」と含みを持たせつつ一つの質問を投げかける。
「女の武器って、持ってますか?すずしろさんは持ってないって言ってました」
……なぬ?
あまりにも突拍子のない質問に芹殿も「おおう…」と唸った。
しかし、女の武器か。
まぁ、すずな殿も年頃の女の子。身体の成熟には興味があるということか。
先ほどの不安感とは打って変わって、まるで孫娘の成長を見ているようで何とも言えない気持ちとなる。突然のことに驚きはしたが、芹殿なら色々と教えてくれるだろう。
「そりゃまあ、ご覧のとおり…ねぇ?ちょっと立派なの持ってますケドぉ」
芹殿は「んふふ…」と妖艶に微笑みながら、たわわに実ったソレを強調する。
確かに大層立派なものである。私は猫であるが前世は男。欲情まではいかないにしても、目線が引き寄せられてしまう。何を食べれば細身のままそこまで実るものなのか?
すると、すずな殿を追うかのように表れたすずしろ殿が不安そうな、そしてどこか決意を胸にしたような表情で「すずなちゃん…」と声をかける。
「あのね…、日本じゃそういうの持ってると犯罪だし、何かあったなら相談してくれれば…」
「えっ」
ん?犯罪とは物騒な…
すずしろ殿は一体何を言っているのだろうか。
すずな殿も彼女で驚きを隠せない様子。
「でも、芹さん持ってますよ?」
「えっ!?犯罪ですよ!?」
なに!?女性の武器とは犯罪なのか!?
し、知らなんだ。いや待てよ。確かに、考えてみれば『女性の武器』と言っても様々だ。男性を魅了するモノの総称を『武器』と表現しているだけであって、使い方によってはそれは公然w――
「いやっいやー、そんなっ、犯罪ってほどのもんでもっ」
嬉恥ずかしといった具合に芹殿は手をパタパタと振るが、それに対してすずしろ殿はげんなりと「立派に犯罪ですよ…」とため息をつく。
何だろうか、改めて二人を見ていると全く持って話が噛み合っていない気がする。
「けど…んんん…?ここは田舎ですし…、獣相手とかならある…のかな…?」
「いや…獣相手は無いでしょ…。ドン引きだわ」
ちらりと私に目を配りながら、ですよねー…と白ける双方を見て確信する。
これ絶対に話噛み合ってない奴や!
だって、よく考えなくとも獣に女性の武器は通用しないし!相手と場合によっては喰われるぞ、物理的に!!
それに、持っているだけで犯罪になるなら、シャバには男性しかいなくなるわ!?
私が一匹で鳴き喚いている中、「じゃあ、やっぱり村人相手…なんですか?」と問いかけるすずしろ殿に芹殿が肯定を示すと頭を抱えて崩れ落ちる。
「すずなちゃん、このお店はもう終わりだよ…。テレビが来るよ…」
「えぇっ!?」
「いや、失礼すぎるでしょ」
一体、すずしろ殿は何を勘違いしているのだろうか?
第一、女性の武器と言ったらすずしろ殿もそれなりに実ったモノを持っていらっしゃる。例え持っていなくとも、ここに来る宿泊客を毎回癒しているのだ。十分に武器と言えよう。
それなのに持っているだけで犯罪とは、一体何を言っているのやら…
ふと芹殿が何かに気が付いたように考え始めると、小声でもしかして…と呟く。
「…ずなちゃん。女の武器ってずなちゃんは何だと思う?」
「えっと…、でりんじゃーとか…あっ、あと鉄扇です!」
…
……
………ん?
そういうことねー…と芹殿は座敷机に額を打ち付ける。
すずしろ殿は斜め上どころか空の彼方へと高速で飛翔していく回答に目を丸くしてすずな殿を見上げている。
かく言う私も予想外の答えに眩暈を覚えている。何をどう解釈すれば女性の武器を銃や扇と勘違いするのだ。
「…ずなちゃん、もしかしなくても、それ、言ってたのはこでしょ…?」
「はい。はこべらさんです」
「あー…なるほどー…」
納得するすずしろ殿は再び大きくため息をつく。
対して芹殿は「アイツは昔っから妙ちくりんなことばっかり言って!!」とぷんすこ怒りをあらわにしている。
な、なるほど、そういうことか…
これですずな殿がいきなり女性の武器について質問してきたのかが理解できた。
…
……
はこべら殿ぉぉぉおおお――――ぉっ!!!
また、また貴方か!?さっきの『頑張って』はこれのことなのか!?
なんと質の悪い。すずな殿だけでは飽き足らず、私まで弄ばれているようではないか。
しかし、そうなると、はこべら殿には私の思考力が人並みだと勘付かれている節がある。立ち振る舞いには気を付けなければいけないな。
まぁ、バレた時はその時に考えよう。
その場合は、道草屋を追い出される可能性もあるが、孫娘のようなすずな殿がイケない方向へ染まっていくことから目を逸らすことなど出来るはずがない!!
三人&一匹が三者三様の反応を示す
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
次回も気長に待っていただければ幸いです。