若干のスランプとオリジナル展開の難しさにぶち当たってしまい、投稿が遅れた次第です。いやぁ、小説ってやっぱり難しいですね。言葉が思い付かないのなんの…。
しかし、この小説にお気に入りをして下さった方もおり、やる気が右肩上がりの作者です。また、今回は続編投稿にも挑戦してみました。(本音を言えば、収まりがつかなかっただけなのですが…)
今後、続編の場合は『題名 その○』となります。
『その2』も近日中に投稿できると思いますが、予定は未定。気長に待って頂ければ幸いです。
それでは…
私は猫又である。名前は「クロ」と言う。
夏真っ盛りとなり、暑さが増してきたこの頃。
今日も今日とて、旅館「道草屋」へは癒しを求めて幾人もの客が訪れる。
今は宿泊客をバス停まで送りを終えた十時頃。
汗ばむような暑さの中、彼女たちは休むことなく働いていていた。
「今日も暑いですねぇ」
「夏ですからね」
着物を竿に掛けながら少し疲れたような表情を浮かべるはこべら殿。それに対して、すずしろ殿は作務衣の袖を捲りはしているが、まだ大丈夫そうだ。
「こうも暑いと雨の一つや二つ、恋しくはなりませんか?」
「…ならないですね」
「はこべらさん、だめですよ。すずしろさんが芽吹いちゃいます」
にこやかに提案をするはこべら殿に、黙々と草を引き抜いていたすずな殿がチクリと釘を刺す。
『すずしろ殿が芽吹く』とは、言葉だけで理解することは難しいだろう。しかし、これは梅雨時期の風物詩でもある。
癖のあるすずしろ殿の髪は湿気に良く反応してしまう髪質でもある。つまり、この梅雨時期によく
「ふふっ、そう言えばそうでした」
「…ぐぬぬ」
顰めた表情が湿気への強い忌まわしさをありありと物語っていた。
◇◇◇
さて、そんな彼女たちを眺めながら、私は強く思うことがある。
───人間とは何と暑さに強いことだろうか、ということをだ。
私の前世は人間であった。
そして、現在私は猫又だ。
この姿になって半年程度。最近ではこの身体にも慣れてきたと思っていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。
思い出してほしい。人間とは夏をどの過ごしているだろう。
冷房の効いた部屋で過ごす者、海や川で涼み遊ぶ者、様々だ。
私も一世紀には満たない時間を人間として生き、夏を幾度となく経験した。暑い時には扇風機にあたり、時には氷菓子を口にした。近くに川があれば友人たちと水遊びをした。
遠い昔の懐かしい思い出だ。
しかし、人間と猫の間には埋めるなど端から不可能なほどの歴然とした差異が存在する。
───『身体構造』だ。
人間は体毛が少なく、風が肌へと直に当たってくる。更に、汗をかくことのでき、汗が蒸発する気化熱を利用して熱を逃がすことができる。また、長い二本の脚で立つことで熱せられた地面から離れている為、身体が熱せられてすぐに体温が上がってしまうこともない。何より靴を履いていることで足底を火傷することもない。
対して猫はどうだろうか。
猫は汗をかくことが出来ない。排熱のほとんどが呼吸と排泄によるのみ。身体は体毛に覆われており、地肌が風を受けることはほぼない。さらに、私の毛色は日光をよく吸収する黒色。また、四足歩行かつ裸足である私の肉球は地面からの熱を直に受けてしまう。つまり、何が言いたいかと言うと…
───ア゛ツ゛イ゛ッ!!!
私は夏というものを甘く見ていた。いや、動物の過酷さを舐め腐っていた。
これが夏!小型動物の宿命!!知りたくなかった熱せられた地面の熱さ!!!
いくら水を舐めても身体が冷めることはなく、動こうにも力が出ない。頭も熱い。
結果として、私は少しでも涼しい縁側の下で力尽きるように地に伏している状態だ。
私の荒い呼吸が続く中、ザッと土を擦る音が近くで響く。
気怠げに目蓋を持ち上げてみると、しゃがんで草を抜くすずな殿と目が逢った。
「あ、クロちゃん。こんな所にいたんですね」
すずな殿の生まれは北の地方だったはずだが、流石は最年少と言うべきか、この暑さの中でも汗一つかいていない。
若さとは、偉大だな。
しかし、今の私には鳴く気力もないのだ。申し訳ない、すずな殿…
その様子にすずな殿も違和感を感じ取ったのか、「クロちゃん…?」と訝しむような声が溢れ出る。
チチチッと舌を鳴らし、地面を軽く叩いて私の気を引こうとしているのは良く分かる。しかし、すまぬ、すずな殿。どうにも身体が動かんのだ…
「クロちゃん?大丈夫ですか?…おかしいですね?」
「すずなさん、どうかしましたか?」
すると、そこへはこべら殿がやって来た。
どうやら、縁側の下を覗き込んで動かないすずな殿を不思議に思い、声を掛けたようだ。
「はこべらさん…。えっと、なんだかクロちゃんがぐったりしていて…」
「ぐったり…ですか?」
「いつもなら呼んだら返事をしてくれるんですけど、今日は中々してくれなくて…」
少し不安そう表情を浮かべるすずな殿。その様子に何かを感じ取ったのか、はこべら殿がこちらを覗き込んでくる。
目が逢うと、はこべら殿に困惑の表情が浮かぶ。
すると、何かに気が付いたのか、自身の身体を縁側の下に潜り込むようにしてこちらへと手を伸ばしてきた。
作務衣が地面と擦れ、砂が少し舞う。
あぁ、服が汚れてしまうぞ…、とやや場違いなことを考えていると、私の首皮が勢い良く引っ張り上げられた。
成されるがままに縁側から引きずり出されると、そこはまるで直射日光の灼熱地獄。
これでは猫の…いや、世にも珍しい猫又の丸焼きになってしまう。
力なく項垂れる私を見て、はこべら殿は一段と険しい表情になり、すずな殿は不安げにオロオロとしている。
何をそんなに訝しんでいるのやら…
「はこべらさん、クロちゃんどうしちゃったんでしょう?」
「分かりません…、でも、もしかすると…」
はこべら殿は何かを考えると、私を抱えて屋内へと入っていく。
すずな殿も後に続くと、突然はこべら殿から指示が飛ぶ。
「すずなさん、保冷剤とタオル、あと内輪を持ってきて下さい」
「ほ、保冷剤、ですか?」
「はい。素人判断ですけど、多分クロさんは──―『熱中症』です」
『熱中症』
急激な体温上昇に身体が順応できないことで生じる適応障害。
夏場によく耳にするものだが、何も人間だけに生じるものではない。人間以外にも、生物なら誰しもなりうるもの。もちろん「生物」の中には猫も含まれている。
つまり、今の身体が動かない状態は熱中症によるものなのか…
人間の時に何度かなったことはあるが、猫だとこんなに辛くなるものだとは思わなかった。
しかし、そうと分かれば対処の方法はある。これは人間と猫に違いはない。熱くなった身体を冷やせばいいのだ。
はこべら殿に抱えられてやってきたのはとある和室。ここは普段、私が立ち入ることのできない客室だ。
襖や窓は掃除の為に開けられており、心持ち冷たく感じる風が髭を擽る。
部屋に入るなり、私を日陰に降ろすとはこべら殿は小さくため息を一つ。
「…賢いクロさんにしては珍しいですね。…やっぱり、まだ子供だからでしょうか?」
子供…
まぁ、猫になって半年程度。人間の年齢に照らし合わせれば、今の私は十代半ば。まだ子供に含まれる範疇なのだろう。
猫又に猫の年齢が当てはめるかは微妙だか…
若干の抵抗も兼ねて一鳴きするが、まだ身体が熱い。まるで身体の中が炙られているかのようだ。
いつしか部屋の中には私の荒い呼吸音だけが嫌に響いていた。
すると、頭に何かが触れる。ひんやりと冷たい、しかしどこか温かい感触だ。
何とか見上げてみれば、はこべら殿と目が逢い、その細い手は私の頭を撫でていた。
はこべら殿が撫でてくれるとは珍しい。
普段私に構ってくれるのは、すずな殿かすずしろ殿だ。たまに芹殿も構ってくれるが、大方酔っ払っていたりする。
はこべら殿はいつも一線離れた所から眺めていることが多いのだが、どうやら今日は違うらしい。
すると、廊下の先からバタバタッと小走りの足音が耳に入る。
目線を向ければ、若干息を切らしたすずな殿が「持ってきました!」と大量の保冷剤とタオルを抱えてやってきた。
あまりの多さにはこべら殿は苦笑しながらも、二人で保冷剤をタオルで包み、私の首や脇などに当てていく。さらに、内輪で扇いだ風が当たることで、身体の熱がどんどん逃げていくのが分かる。
どのくらい経っただろうか。
献身的に労わってもらった甲斐もあって、まだ本調子とはいかないが、随分調子が良くなってきた。
この具合ならあとは自分でどうにでもなる。
保冷剤もあるし、何なら涼しい場所を探しにも行けるだろう。
ふらつきながらも何とか起き上がり、感謝と仕事を止めてしまった謝罪の意味も込めて一鳴きする。
「クロさん、大丈夫なんですか?まだ寝ててもいいんですよ?」
そうは言うがなぁすずな殿、これ以上、仕事の邪魔をするわけにもいかんだろう?今日だって夕方から宿泊客が来るじゃないか。
私は軽く
猫は首皮を掴まれると動けない…
「はぁー…、すずなさん。クロさんは私が診ていますので、すずしろさんのお手伝いに行ってもらってもいいですか?」
「…?わかりました。それじゃあ、行ってきますね?」
「えぇ、お願いします」
…これまた珍しい。
はこべら殿がすずな殿と一緒に行動する機会であるにも関わらず、すずな殿と離れるとは…
私は首皮を掴まれたまま、はこべら殿の様子を伺う。しかし、これは悪手であったようだ。
振り向いた私の目に映ったのは、少し怒ったような表情のはこべら殿であった。
追記:これまでに投稿した内容の中で進行上矛盾が生じてしまう場面があったため、一部編集をいたしました。
事後報告及び詳細不掲示をお詫びします。申し訳ありませんでした。