クッパ城でおやすみ 作:トードストール
「ベッドは仕方ないとして、せめて枕はいいものが欲しいわ!」
ピーチ姫の最終的な目標は自身の満足いく環境を整える事である。とりあえず最初は調達が楽そうな枕からアップグレードしていく事にした。
「まぁ、まずは外に出ましょう」
何をするにもまずは外に出ないと話にならない。というわけで部屋を出ようとするピーチ姫であったが。
「あら? 開きませんわね」
当然である。そもそもピーチ姫はこの部屋に監禁されているのだから、自由に出歩けるようになっているわけがない。その後もしばらくガチャガチャとやっていたが、開く気配のない扉。それに対してピーチ姫が下した結論は。
「仕方ないわ。壊しましょう」
力技での強行突破であった。ずいぶんと荒っぽいお姫様である。
「よーし……」
思い立ったらすぐ行動。ピーチ姫はその場で腕を振って準備運動すると、おもむろに扉に背を向け。
「ハッ──」
かけ声を上げてお尻から扉に向けて突撃し、
「──チャア!!」
扉に触れた瞬間、轟音と共に爆発を引き起こした。一体どういうお尻をしているのだろうかこのお姫様は。無論、扉は粉々であった。
「おーっほほほ、たかが扉の分際で私の行く道を阻もうとするからよ!」
お姫様というより悪役令嬢のような高笑いを決めてご満悦なピーチ姫であったが──ここで思わぬ事態が発生する。
「……あら?」
ガラガラと響く音にピーチ姫が頭上に目を向けると、天井の一部が爆発の衝撃に耐えられずに崩れて来ていた。
「まずっ!?」
慌てて走り出そうとするピーチ姫だったが、それよりも先に一際大きな破片が彼女の真上に降り注ぎ──
「ぶべらっ!?」
──女性が上げてはいけない悲鳴を上げ、哀れピーチ姫は破片の下敷きとなり圧死。物語は最悪のバッドエンドを迎えるのだった……。
「うー、酷い目にあったわ」
──とはならずに、あっさり復活して起き上がるピーチ姫。
「おかげで残機がひとつ減ってしまったわ。なんてことかしら」
そう、この世界は残機制。文字通り命にストックがある世界である。しかも増える。加えて、所持コインを残機に変換する技術もあり、キノコ王国の国主であるピーチ姫はほぼ無限の残機を持っているに等しい。まぁ、一回死ぬ度にキノコ王国の国家予算が100コインほど失われていくのだが、姫の命と比べれば取るに足らないことであろう。
「ともあれ、扉は開いたのだし行きましょう」
壊したのを開いたと言っていいかはともかく、ひとまず自由となったピーチ姫は部屋の外へと繰り出すのだった。
「あら、結構間取りが変わっているわね」
通路を歩きながらそう呟くピーチ姫。何度もさらわれている彼女はクッパ城の間取りはトイレの位置まで把握していたのだが、マリオに壊されて新築したことで間取りも変わってしまったようである。
「あら?」
ピーチ姫が前を見ると、ノコノコが前方から歩いて来ていた。監禁されているはずの姫が自由に出歩いているのを目撃されたらまずいのでピーチ姫は隠れてやり過ごす……
「ごきげんようノコノコさん」
「あ、これはピーチ姫。ご機嫌うるわしゅう」
……ことはせずに、道のど真ん中を堂々と歩き、微笑んでノコノコに挨拶した。あまりに当然のように挨拶されたため、ノコノコも気付かずに挨拶してそのまま通りすぎてしまった。もちろん、これはそれを狙っての行動──
「スルーしてくれて良かったわ。隠れるなんて高貴な私らしくありませんし」
──ではなく、単に『なぜ高貴な自分がコソコソと行動しなければならないのか』という高飛車な考えなだけであった。作戦でもなんでもなく隠れるのが嫌なだけである。ともあれなんとかノコノコをやり過ごしたピーチ姫がそのまま歩いていると。
「あら、あれは……ジュゲムさんかしら?」
その呟きの通り、前からやってきたのは雲に乗り、メガネをかけた亀。ジュゲムである。
「ごきげんよう、ジュゲムさん。いい日和ね」
「ああ姫さま。ご機嫌うるわしゅう……ってなんで出歩いてるんです?」
やはり堂々と挨拶したピーチ姫だったが、さすがにジュゲムは姫が出歩いている不自然さに気付いたようである。それに対して姫の返答は。
「まぁまぁ、いいじゃありませんのそんな細かいことは」
「は、はぁ……」
適当に煙に巻いてうやむやにするごり押しであった。随分とまぁ図太いお姫様である。
「それよりもジュゲムさん、ひとつお願いしていいかしら?」
「はあ。なんでしょうか」
「その雲、私に貸していただけません?」
どうやらピーチ姫はジュゲムの雲に目をつけたようであった。乗れるのだから枕にもできるだろうという考えである。
「え、嫌です」
「どうしても?」
「はい。そもそも自分たちの雲は貸し借りするようなものじゃありませんので」
断固拒否するジュゲム。彼らのプライドからして譲れない部分なのであろう。意思が固いことを察したのか、ピーチ姫は溜め息を吐いた。
「そうですか。仕方ありませんわね」
「すみません」
「いえいえ、無理強いはできませんわ」
「では私はこれで」
ピーチ姫はそのまま立ち去るジュゲムの背を見ながら──
「ふっ!」
「ぐふぅっ!?」
──王冠を手に持って無防備なジュゲムの後頭部を殴打した。そのまま昏倒し、ピクリとも動かないジュゲム。そしておもむろに王冠の血を拭い、ジュゲムの乗っていた雲を拾い上げるピーチ姫。誰がどう見ても強盗殺人の現場であった。
「やりましたわ。これで枕ゲットですわね。ジュゲムさんには悪いことをしましたけどまぁ残機のひとつぐらい諦めてもらいましょう」
『残機があるなら殺してもいいよね』理論を展開する姫様。どちらが魔王軍かわかったものではない。ともあれ、ジュゲムの尊い命がひとつ犠牲にはなったものの、目的の枕を手に入れたピーチ姫は機嫌良く監禁部屋へと戻るのだった。
「さて、新しい枕の使い心地は……」
監禁部屋に戻った姫はさっそくジュゲムの雲を枕にしてみることにした。なお、姫が破壊した扉や部屋の天井は既に元通りとなっていた。ゲーム画面を切り替えたら壊したはずの地形が元通りになっているアレである。
「思った通りだわ! ふわふわで凄く気持ちいい!」
どうやらジュゲムの雲は彼女のお気に召したようでご満悦のピーチ姫。そのまま雲を枕にして横になると、すやすやと寝息を立て始めた。こうして、彼女は理想の枕を手に入れることができたのであった……。
「うぐぇっ!?」
と思いきや、いきなり強かに頭をベッドに打ち付けてしまい、あまり姫らしくない声を上げて目を覚ますピーチ姫。
「な、なんですの!?」
何が起きたのか、辺りを見回すピーチ姫だったが、ふと気付く。
「あ、あら? 雲は? 雲はどこへいったの!?」
そう、彼女が枕にしていたジュゲムの雲が無いのである。慌ててベッドから起き上がるピーチ姫だったが──ふとある事を思い出した。
「し、しまったああぁ! あの雲はしばらくすると消えてしまうんだったわ!!」
そう。ジュゲムの雲は、本来の持ち主であるジュゲム以外が手に入れても、一定時間が経つと文字通り雲のように消えてしまうのだ。ピーチ姫はよく足場の無い場所で雲が消えてしまいマリオが奈落の底に落下していく光景を彼女は思い出した。
「せ、せっかく理想の枕が手に入ったと思ったのに……」
がっくりと俯くピーチ姫。今回の行動は完全に無駄骨であった。あとジュゲムも無駄死にである。
「このままでは終わりませんわ! 絶対に理想の環境を手に入れてやるんですからね!」
──高貴なる姫様の奮闘は続く。