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ブラウザバックはお済みでしょうか。それでは、本編をどうぞ。
「……それで、一生のお願いなんて言って連れてきたかったのが
ゲーセンでの一悶着のその後。アキが翡翠を連れてきたのはマク○ナルドであった。……いったい、自分をこんなところに連れ込んで何がしたいのか。そんな皮肉を込めて言葉を選ぶ。自らがアキにかける棘のある言葉に、翡翠は心がチクリと痛んだ。
「そう、ここ。ひーちゃん、来たこと無さそうだったから」
「お察しの通り。こんなところ、来たことなんて無いわよ」
「……予想はしてたけど本当に来たこと無いんだ……」
二人は既に注文を終え、商品のトレイを持って席についていた。アキはビッグマッ○のセット。翡翠は、アキに勧められたテリヤキバーガーセット。翡翠はハンバーガーの包みに手をつけず、アキが勢いよくハンバーガーにかじりつく様を、虚ろな目で見ていた。
「……あなたは、私の急所をよく抉るわ」
「ん?
「ああ、無自覚よねあなたは。いいの、知っていた」
翡翠はドリンクを手に取ると、ストローを咥えてほんの少し飲み下す。中身は爽健美茶だ。
「食べないの?」
「……いいえ。頂くわ」
油でべちゃべちゃのポテトを手に取る。細長いそれを口に運ぶと、翡翠は顔をしかめた。
「……塩気が強い」
「それが美味しいんじゃん」
そう言うと、アキもポテトをつまみ、口に運ぶ。さっきの翡翠と違うところと言えば、四本同時につかんで食べたところだろうか。アキは目を細めて、美味しそうに声を漏らした。それを見て、翡翠ももう一度ポテトをつまむ。アキと同じように、四本。先程よりも強い塩気が口の中に広がった。
「……確かに、あなたの言う通りだわ。味気の無い食事なんかより、こっちの方がよほど美味しい」
「でしょー? やっぱりマッ○がさいきょーなんだよ!」
「……ええ、そうね」
食べ物が、美味しいと思ったのは久しぶりだった。五月雨が作った食事も格別に美味しかったし、翡翠にとっては雑としか思えない、この濃すぎる味付けのフライドポテトだって、今の翡翠には確かに美味しいと思えるものだった。
「ポテトは、サイドメニューなのよね。じゃあ、メインのハンバーガーはどれ程美味しいのかしら。頂くわ」
「おー、食え食えー!」
テリヤキバーガーの包みを開ける。テリヤキソースたっぷりで、お世辞にも良いと言えない見た目に怯むものの、意を決してかぶりついた。
「どう?」
「……味が濃い。でも、そうね。それが美味しいわ」
翡翠は微笑んで、口元を拭うことなく二口、三口とハンバーガーを食べ進める。中学受験に失敗した頃からだろうか。翡翠の味覚は鈍くなっていた。毎食、まるで砂を噛むようで。中学受験に落ちたお前が、どの面を下げて食事をしているのかとでも言わんばかりの家族の目が痛くて。早く食べ終わりたくて、食べ物を口に詰め込むことしかしなくなっていた。味気ない食卓が、味の無い食卓になっていった。だから、食べ物を美味しいと感じるのは、本当に久しぶりだった。
五月雨の作ってくれた料理は優しい味がした。アキに連れられてやってきたマク○ナルドのハンバーガーの味は、舌に焼き付くほどに刺激的だ。今の翡翠にとって、それがとても心地よかった。
いつしか涙をこらえながらハンバーガーを食べる翡翠を、アキはニコニコしながら見守っていた。
食事を終えて。翡翠とアキは、五月雨剣道場への帰り道を歩いていた。
「それで、さ。どうだった? あたしと過ごした今の時間に、価値はあった?」
アキが恐る恐る、といった様子で翡翠に問う。マク○ナルドを出てから、翡翠は無言であった。その沈黙に耐えきれなかったのだ。
「……私、馬鹿にしていたわ、ずっと。ゲームセンターも、ファストフード店も。どうしてかしら。触れてしまえば、とても良い場所なんだってすぐに気づけたのにね」
「……と、言うことは?」
「悪い時間ではなかったわ。ファストフード店も、ゲームセンターも。あなたと過ごした時間に価値がなかったなんて、嘘。私、嘘をついていた。ごめんなさい」
「そっか。……そっかぁー、良かったぁ……」
アキは心の底から安堵したようにそう呟いた。
「あたしさ、ひーちゃんに元気になって欲しかったんだよ。お父さんに、ひーちゃんが家出して来たって聞いてさ。そう言えば、ひーちゃん休憩中も全然休憩してないし、息抜きとかしてるのかなぁって思って。だから、とびきり楽しいところに連れていこうって、そう思ったんだ」
「……そう。息抜きなんて、もうずっと前からしなくなっていたわ。勉強以外の事をしたのは本当に久しぶり……」
「だめだよ、息抜きは適度にしないと。あたしは生き抜いてばっかだけどさ、人間根詰めすぎると壊れちゃうんだから」
「息抜きなんてしてる時間、私にはなかったわよ。私、落ちこぼれだから」
「え? ひーちゃんが、落ちこぼれ、って?」
「……神楽坂家はエリートの家系。その家に生まれて、生まれつき私の能力は家族の求める水準に達していなかった。だから落ちこぼれ。落ちこぼれの私が家族の求める能力に達するためには、休憩なんてしてる時間は無いのよ」
「なにそれ、酷いよ」
「あなたの言う通りね。私、本当に酷い落ちこぼれなの。生まれてこなかった方が良かったと思うくらい」
「どうしてそんなこと言うの!」
自嘲気味に笑う翡翠に、アキは叫んだ。立ち止まって、しっかりと翡翠の目を見る。その目は、怒りに燃えていた。
「ひーちゃんはすごいよ。あたしの知らないこといっぱい知ってるし。体の動かし方もすっごく綺麗だし。字も綺麗だし、足速いし、勉強教えるのも上手いし! 違うよ。
「でも……でも、私、あなたの言う通りなのよ。あなたがゲームセンターで言った通り。初めてやることは全然ダメで。なにかひとつ出来るようにするために、すっごく時間がかかるの。家族は皆、すぐにコツをつかむのに、私は……」
「そんなの関係無いでしょ! いくら家族でもなんでそんなに他人と比較するの! ひーちゃんはひーちゃんでしょ! ひーちゃんが落ちこぼれな訳無い! 落ちこぼれの人が、今のひーちゃんみたいに勉強できるようにならないよ、運動できるようにならないよ、ひーちゃんはすごいんだよ! 最初は上手くできなくたって、人より上手くできるようになるのに時間がかかったって、ひーちゃんがすごいことに代わりはないんだよ!」
「……でも、私は、本当に……」
「うるさい! あたしの大好きな人をバカにするな! 例えそれがひーちゃん本人でも、そんなこと、絶対に、絶対に許さない!」
「……本気なの? あなたは、本気で私が落ちこぼれじゃないって言ってくれるの?」
「当たり前でしょ」
「自分の夢を、『優秀な人になる』とかにしちゃって、それが叶ったら何をすれば良いのかわからなくなるような私でも?」
「うん」
「師匠に拾ってもらって、居場所をもらって、それなのに未だに進路が決まらない私でも?」
「それで何が落ちこぼれになるのかわかんないよ」
「あなたと出会って、自分の道も決まっていて、悩みなんて無さそうで、真っ直ぐに生きているあなたに嫉妬して、もうとっくに狂気なんて消えているのに未だにあなたを憎んでいる私でも! 本当に、本当に落ちこぼれだと思わないって言うの!?」
「そんなの当たり前だって、さっきからずっといってるじゃない!」
アキの言葉の一つ一つが伝えるもの。それは、今まで翡翠が受け取ったことのなかった、肯定の嵐だ。
「ひーちゃんがあたしのこと憎しんでるのだって知ってる。でも、それでも、ひーちゃんはあたしにとって大事な友達で、大好きな人なんだ! ひーちゃんは絶対に! 落ちこぼれなんかじゃない! ……だから、だからさ、ひーちゃん。もう、そんな辛そうな顔して自分を否定するの、やめようよ」
ここに至って、ようやく翡翠は自覚した。ずっと自分の求めていたものが、なんだったのか。ずっと苛立っていた。ずっと憎かった。馴れ馴れしくて、自分の欲しいものをすべて持っているアキと言う少女が。彼女の向けてくる好意に哀れみが混ざっているのも感じ取っていた。翡翠は、そういうものを感じとるのは得意なのだ。子供の頃からそんな視線をずっと受け取っていたから。だから、自分を好きだと言って憚らないこの少女から受けとる好意も、侮蔑や嘲笑を含んだ皮肉なのかと思っていた。でも、違ったのだ。この少女は、本気で翡翠のことを愛していたのだと、今はっきりと理解した。哀れみも、見下しも含んだ愛なんて、翡翠は聞いたこともない。けれど、それが五月雨アキという少女の持つ愛なのだ。
神楽坂翡翠の欲しかったもの。それは、友愛だ。
翡翠を見下すもの。翡翠を見上げるもの。翡翠の隣にあって、翡翠と共に歩んでくれるような人は、一人もいなかった。師の注いでくれる愛ですら、翡翠の心を包む氷を溶かすことは叶わなかった。
対等で、遠慮がなくて、心の内を打ち明けられる、そんな相手が。ずっと、ずっと、翡翠の求めて止まないものだったのだ。
「……そう。そう、そうなのね。そっか……私、自分のこと落ちこぼれだって、言わなくってもいいのね」
翡翠はアキに歩み寄ると、おもむろにアキをぎゅうと抱き締めた。
「わ、え、ひーちゃん?」
アキは困惑して翡翠を見るが、その頬に涙が伝っていることに気がつくと、翡翠を抱き締め返し、その背を撫でた。赤子を抱き締める母のように、優しく。
「……もー、しょうがないなぁ、ひーちゃんは」
求めていたものは、ほんの少し手を伸ばせば手に入ったのだ。ようやくそれに気がついた翡翠は、涙が枯れるまでアキを抱き締め続けた。
その後。翡翠は、神楽坂の家に戻った。家に帰って、親と話をして……そうして、翡翠の家出は終わりを告げた。
程よく休憩を挟みながら勉強する彼女の机には、ひとつの写真立てが置かれている。その中に入っている写真は、あの日アキと共に五月雨剣道場に戻った後、五月雨を巻き込んで三人で撮った写真だ。
それは今、翡翠の一番の宝物となっている。