サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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 捕まえていた少年に逃げられた彼は、少年が見えなくなると振り返り、なずなに頭を下げた。

 

「……申し訳ありません。油断があったようです」

 

 それになずなは慌てた様子で応える。

 

「そんな、元々はあたしのドジから始まったことですし……」

 

 なずなが苦笑しながら言うと──

 

 

「ふむ……まったくもってその通りのようですね。貴方という人はとんだドジなお方らしい」

 

 

 それを肯定する声が背後から聞こえた。

 そのあまりの言いようになずなは、思わずカチンときながら振り返る。

 

(確かにあたしのミスだけど、被害者が悪いみたいに言うこと無いじゃないの!)

 

 憤りながら、彼女はその発言をした人を見た。

 くすんだ緑色の帽子に、チェック柄で同色のインバネスコート、さらにはご丁寧に杖まで手にした、まるで推理小説から飛び出してきたような探偵姿の人影が立っている。

 だがその体躯は小柄であり、体つきや高めの声からも、女性──というよりもむしろ少女というのが相応しい年齢のように見える──なのは明らかだった。

 彼女は、その小柄な体を目一杯に使って、威風堂々となずなの近くへと歩み寄ってくる。

 その姿に──先ほど、ロベリアと呼ばれていた目つきの鋭い女性が「チッ」と舌打ちをして面白くなさそうに視線を逸らした。

 そんな彼女に反応に気がついたのか、意外そうな顔で驚く探偵少女。

 

「これはロベリア嬢……奇遇なところで会うものですね」

「フン、こっちはアンタの顔なんて見たくもないさ。胸クソ悪い……」

 

 現れた少女を毛嫌いするようなロベリアの反応に、赤い修道女が首を傾げた、

 

「あれ? どうしたんですか、ロベリアさん。いつも口や態度が悪いですけど、いつも以上に悪いような……」

「彼女はこのボクを嫌っているのだよ、エリカ=フォンティーヌ嬢。なにしろ以前、彼女を捕まえるのに協力していたからね」

「ええッ!? そうなんですか!?」

 

 探偵少女の言うことにエリカが驚く。

 そしてロベリアも否定することなく、さらにもう一度舌打ちをして視線を逸らしている。

 どうやらこの二人と、現れた者は顔見知りらしい。

 

「さて……本題はそれじゃあない。そこのキミ──」

 

 杖を手にしていない方の手で、少女はまるで手のひらを差し伸べるようにしてなずなを指した。

 

「あたしですか?」

「その通り。キミはちょっと視野が狭いようだね。以後気をつけると良い」

 

 明らかに年下の見知らぬ少女に上から目線で言われ、さすがに再びカチンとくるなずな。

 

「し、視野が狭いって……財布スられたのが、そんなに悪いこと!? そりゃあ、あたしにも油断があったのかもしれないけど──」

「いいや、違うよ。ボクが指摘しているのはそんなことじゃない」

 

 彼女はツカツカと足音を立ててなずなに近寄る。

 

「犯行を見ていないので、逃げた彼の財布をスる技術は分からない。だが、こんな喧噪の中で大胆な犯行を行おうというのだからね、そう稚拙なものではなかったと推測できるよ。そしてボクが言っているのは──コレのことだ」

 

 そう言って、少女は後ろ手に持っていたものを体の前に出す。

 

「あ…………」

 

 それを見たなずなは、思わず声を上げていた。

 そこには帝都を出発して以来、常に身近にあった見慣れた大きな鞄があった。

 

「財布に夢中で、これをその場に起きっぱなしにしていたようだ。騒ぎを見て明らかな旅人のキミが荷物をまったく持っていないから不審に思って見に行ったのだが……正解だったよ。持って行かれかけていた」

「な──ッ!?」

 

 その言葉にぞっとする。

 もしも、先ほどの少年に逃げ切られて財布を持って行かれ、その上、目の前の鞄さえも盗まれていたとしたら、そう考えると思わず足が震えるほどに恐怖を感じていた。

 この見知らぬ──それも知り合い一人いない街で、身につけているものしかなくなったとしたら、と考えると本当に恐ろしかった。

 それになずなが愕然としていると、目の前の少女は「ふむ……」と首を傾げる。

 そして彼女は、泥棒を捕まえてくれた彼の方を振り向いた。

 

「ボクが思うに、ここは彼女が感涙を流しながら、“このご恩は一生忘れません。お名前を伺っても?”と言い、それに対しボクが“いえ、名乗るほどの者じゃあありませんよ”とクールに決めたところで、彼女が“そんな、せめてお礼だけでも言わせてください”と言い──そこですかさず助手のキミが“彼女はローラ。見ての通りの名探偵だよ”と解説するシーンだと思うんだが……どう思う、ケントくん?」

「勝手に助手扱いしないでよ、ローラ。というか、ずいぶんと厚かましい想像をしていたんだね……」

 

 ケントと呼ばれた青年が苦笑混じりに答える。

 今まで丁寧な物言いだった彼が、少し砕けた口調になっていた。

 

「いやいや、ボクの助手を辞退するなんて謙遜することはないよ。見事泥棒を捕まえたのだから見込みはある。十分に合格だ」

「そういうことじゃなくて……」

 

 あくまでマイペースな彼女。

 それに彼が振り回されているのを、なずなに小柄な少女、赤い衆同腹の娘、白髪に眼鏡の目つきの鋭い娘が見ていると──そこへ制服を着た警察官と、帽子にコート姿の恰幅の良い男性が現れた。

 彼は、ローラと呼ばれていた彼女を見つけると、こちらへと駆け寄ってくる。

 

「騒ぎを聞いて駆けつけたのだが……事件はここかね、ローラ君」

「おや、これはエビヤン警部殿……その通り、と言いたいところなのですが、少し事情がありまして──」

 

 ローラという女性探偵は、駆けつけたエビヤンという刑事に、スリがあったこと、それを見事に捕まえたが被害者のなずなに処罰の意志はなく、また犯人の少年もすでに立ち去ってしまったことを説明した。

 

「なるほど。それで、彼女たちは? ……おや? シャノワールの……」

 

 警部は傍らに立つ、エリカとコクリコを見て驚く。

 それに二人は「えへへ……」「あはは……」と苦笑気味に笑みを浮かべて手を振った。

 

「逮捕の協力者ですよ。本当はもう一人いたんですが、彼女はどうやら()()()()()()()らしくてね、警部達の姿を見るや去ってしまいましたよ」

 

 楽しげに笑みを浮かべながらローラが説明するのを、なずなはきょとんとしながら聞いていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 探偵姿のローラという少女は頭の回転はかなり速いらしい。

 その後は要領と的を得た彼女の、理路整然とした説明を聞き、エビヤン警部も「そういうことなら」と事件化しない方向となった。

 そして警部はなずなに「よくあることとは立場上言えないが、悪い人間は沢山いるからね。盗まれないように注意して欲しい」と助言して、去っていった。

 それを見届け、ローラという少女もまた「気をつけ給えよ、異国の娘さん」と格好を付ける。

 さすがに年下に「娘さん」呼ばわりされるのはモヤっとするものがあったが、正論は正論なので何も言えない。

 彼女が内心「ぐぬぬ……」と耐えていると──

 

「ほら、ローラ……もう行くよ?」

 

 犯人を捕まえてくれた、ケントと呼ばれていた男の子が、その娘をたしなめる。

 そうして去ろうとする彼に向かって、なずなは思わず一歩踏み出し──

 

「あ、あの……ありがとうございました。もし捕まえてもらえなかったら、あたし、ホントに困っていたところで…………」

 

 なずなが言うと、彼は朗らかな笑みを浮かべ──

 

「いえ……先ほども言いましたが、礼には及びません。異国の地に来た不安というのは分かりますし」

 

 そう答える。そして──

 

「私もこの国出身ではありませんからね」

 

 ──と苦笑を浮かべる。

 

「そうなんですか? じゃあどちらから……?」

「英国です。あの国でも、この髪色は目立ってしまいますけどね」

 

 彼はそう言って苦笑すると一度頭を下げ、探偵少女を連れて去っていった。

 慣れ親しんだ、そして自分のあこがれだった髪色の彼を、見送るなずなだったが──

 

「あの、ボクらも用事があるからこれで……」

 

 背後からのコクリコという少女の声で我に返る。

 振り向けば、彼女が笑顔を浮かべて「財布、戻ってきてよかったね」と言ったので、なずなはあらためて彼女たちにもお礼を言った。

 

「あのぅ……ところで、用事って何でしたっけ?」

「もう、エリカ……忘れちゃったの? 人を迎えに来たんじゃないか。グリシーヌに言われて……」

「ああ、そうでした! それに、ロベリアさんの姿もいつの間にか無くなって……」

「──アタシならここにいるよ」

 

 いつの間にか少し離れた場所へ移動していたロベリアが、再び近寄りながら返事をすると、エリカは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「急にいなくなるから心配したんですよ、ロベリアさん」

「嘘つけ。今まで気が付いていなかっただろうに……ところで、そっちの嬢ちゃん」

「え? あの……ひょっとして、あたし……でしょうか?」

 

 ロベリアという女性の、眼鏡の奥の目が鋭さを増した気がして、なずなは怖じ気付く。

 

「そうだよ……アンタ、まさか盗まれた財布を取り戻す協力をさせて、アタシらの手を煩わせてタダってわけじゃあ、ないだろうね……」

 

 凄むような視線に、なずなは「ひっ」と思わず声をあげてしまう。

 

(え? なにこれ? ひょっとしてこの人、さっきのスリとグルなんじゃないの? あたしからお金を巻き上げるための芝居だったとか……)

 

 なずながテンパった頭の中でそう考えていると、コクリコという少女が呆れた様子でロベリアを見ていた。

 

「ロベリア……それはあんまりなんじゃない?」

「そうですよ、ロベリアさん。それに追いかけたのはコクリコで、ロベリアさんは追いかけていなかったじゃないですか」

「そんなことは些末事さ。現に、アタシらは今も人を待たせているんだろ? 今も待ち続けている彼女を慰めるためにも……」

 

 言い掛けたロベリアの言葉を、コクリコが遮る。

 

「ふと、思ったんだけどさ……お互いに自己紹介してなかったよね? ボクはコクリコ。あなたのお名前は?」

「あ、あたし? あたしの名前は……白繍(しらぬい) なずなって言います」

 

 なずなの答えに、コクリコはにっこりと微笑む。

 

「やっぱりね。エリカ、ロベリア……この人が、待ち合わせの人だよ」

「「ええ!?」」

 

 驚く二人。

 いや、もう一人──なずなもまた、驚いて三人を見る。

 

「なずな、ようこそ巴里へ……そして巴里華撃団へ。これから、よろしくね」

 

 満面の笑みを浮かべて差し出されたコクリコの手を、なずなは驚きながらもしっかりと握りしめた。




【よもやま話】
 ようやく自己紹介が終了して合流完了です。
 そして、去っていく主役。彼が合流するのはまだ先のお話なのです。

 ──ちなみに前回なずなが名乗っていたのに待ち合わせの人と気が付かなったのは、尋ねたのがすっかり用事を忘れて相手の名前も覚えてないエリカで、コクリコとロベリアは二人の会話をほとんど聞いていなかったからです。
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