サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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 ──それは、巴里へと到着する直前に見たのと同じ夢だった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


「どうしたの? ケント……」

 思い出の中で、母は心配そうに彼をのぞき込んでいた。
 帰宅し、悔しさに震える彼の頭の上に手を置き、彼女は尋ねる。
 そして体に擦り傷があるのに気が付き──余計に心配をこじらせた。

「いったい、何があったの? 喧嘩、したのかしら?」
「……アイツらが…………ボクの髪をバカにしたから。カラスのようだ、と……」
「まぁ……」

 母の手が撫でる髪の色は漆黒だった。
 そしてまた母の髪も艶やかな黒髪である。
 一方、少年の父であり、母の夫であるその人の髪の色は金髪。
 間違いなく母から受け継いだそれをバカにされ──少年は我慢できなかったのである。
 金と黒──まるで太陽が輝く昼と、それがひっそりと隠れる夜のように対照的な色。父と母の髪の色であるその両方に、少年は等しく敬意を持っているのだ。
 その少年の、父から受け継いだ碧眼をジッと覗き込み──母は微笑んだ。

「優しいのね、ケントは。でも、暴力はいけないわ」
「暴力なんかじゃないよ! アイツらがボクをバカにしたから──」

 反発する彼に、母は優しく目を伏せて首を横に振る。

「いいえ、それは……暴力よ。あなたが振るったそれは、自分のために振るったものでしょう?」
「それは──」

 違う、と少年は言いたかった。自分の髪の色を愚弄することは、すなわち同じ髪の母を愚弄されたも同じこと。だからこそ我慢の限界を超えたのである。
 しかし今の彼は、それを本人に言うことができるような、素直さを持った幼子ではなく、かといって誇りを持った青年でもない、中途半端な年頃であった。
 だが──母親には言われずともそれは十分に伝わっていた。

「ケント、聞きなさい……我がドレイク家は古くから続く騎士の家系。あなたにはその血が流れているの。そして私に流れているのも、東洋の──日本の騎士である“武士”の血。その二つが流れているあなたが、感情の任せるままに力を振るうなんてことはあってはならないのよ」

 厳しいことを言っているが、母の手は少年の心をいたわるように、何度も何度もその頭を撫でる。

貴族の義務(ノーブル・オブリゲイション)……お父様からも何度も言われているわね?」
「うん……」

 母の手の温もりに安心し、張っていた気が緩んで涙ぐんだ少年が、素直にうなずいた。
 その彼の両肩に母親の手が置かれる。

「強くなりなさい、ケント。体も、そして心も……」

 ジッと見つめる母親と目が合う。

「そしてその力を、誰かのために使いなさい。自分のために力を振るうことは、決して名誉を重んじることにならないのだから」

 母の言葉にうなずく少年。
 その彼を、肩から離した手で抱きしめる母。

「うん。あなたなら絶対になれるわ。強い子に……強い人に…………」

 強く抱きしめられて感じた母の温もりはとても心地よかった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ──その数年後、母は病に倒れた。そして、祖国である日本に帰ることなく、異国の地で息を引き取った。



第2話 貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)
──1──


「……う?」

 

 体に痛みを感じて意識が覚醒したのか、それとも意識が戻りつつあるからこそ痛みを感じたのか。

 ともあれ、ケント=ドレイクは目を覚まし、自分がベッドに横になっているのに気がついた。

 

「ここは……」

 

 覚えのない場所だった。

 今、彼が世話になっているクレセント家の屋敷ではなく、まして実家でもない。

 見たことのない景色は、まるでどこかの医務室のようで──

 

「あれ? 目が覚めたんですかー?」

 

 明るい声が聞こえ、声の主が覗き込むように視界に入ってきた。

 明るい茶色の長い髪に、満面の笑み。

 なによりも特徴的な赤い修道服に、ケントは見覚えがあった。

 

「あ……あなたは確か、あのときの……」

 

 少し前にパリ北駅にいった時、スリを捕まえたときがあった。

 その時に、そのスリを追いかけていたうちの一人が、同じ赤い修道服を着ていたのを覚えているし、それがきっかけで思い出した顔も、間違いなく彼女のそれである。

 

「大丈夫ですか? どこか痛いところとか、ありませんか?」

 

 彼女はケントが目を覚ましたのを確認し、その体調を確認してきた。

 

「体が……痛いです。極端に激痛が走るところはないんですけど、全体的にあちこち痛いと言いますか……」

「なるほどなるほど……」

 

 答えると彼女は「ふむふむ……」とケントの体を見る。

 その手が痛めている部分に触れ──ケントは思わず「うッ」と呻いた。

 

「う~ん、本当にあちこち痛めているみたいですね。このまま治るのを待つのも大変そうですし……」

 

 彼女は少しためらった後、「これから起こることは秘密ですよ」と悪戯っぽく笑みを浮かべると、ケントの体のすぐ手前で手をかざして、目をつぶる。

 そしてまるで祈るかのように精神を集中させると──

 

「え?」

 

 その手が光を帯びた。

 そして光るその手でケントの体に触れると、光はまるで染み渡るようにケントの体に広がり、そして消える。

 

「……どうですか? まだ痛みますか?」

 

 額の汗を拭い、「ふぅ」と息をついた彼女は、再び笑顔を浮かべてケントに尋ねた。

 尋ねられて、ケントは恐る恐る体を動かすが──痛みはなかった。

 

「これは!? ど、どうして……」

 

 慌てて上体を起こし、先ほど彼女に触れられて痛かった部分を自分でも触れる。

 が、やはり痛みはない。

 信じられないことに、全身に感じていた打ち身や痣のような怪我が完全に治っていた。

 

「今のはいったい……」

「主がわたしに授けてくださった力ですよ」

 

 今までの無邪気で底抜けに明るいイメージから一転して、厳かに彼女は言った。

 そういった雰囲気を見れば、なるほど彼女は聖職者なのだな、と思い知らされる。

 ともあれ、それをやってくれた赤い修道服の女性にケントがお礼を言おうとすると──

 

「──迂闊だぞ、エリカ」

 

 そんな厳しい口調で彼女を咎める声が飛んできた。

 声のした方を見れば、緩くウェーブのかかった長い金髪の女性が口調と同じように厳しい目をこちらに向けていた。

 

「グリシーヌさん!」

 

 エリカと呼ばれた赤い修道女が、新たに現れた金髪の女性を見て名を呼んだ。

 それでもグリシーヌと呼ばれた女性は、エリカという修道女の方を見ずに、油断無くケントをじっと見つめて警戒している様子だった。

 

「何者かもわかっていないのに傷を治して自由に動かせるようにするなど、危険すぎる!」

「う……はい、ごめんなさい…………」

 

 グリシーヌに注意されて謝るエリカ。

 すると──

 

「あ、気がついたんだね。よかった」

 

 グリシーヌの背後から、小柄な女性──というよりは女の子──がひょっこり顔を出す。

 

「あ……あなたは、たしか…………」

 

 エリカと呼ばれていた修道女と同じく、数日前に同じ場所で顔を合わせた、身のこなしが軽い女の子だった。

 

「あれ? やっぱりそうだったんだ? 見たことあると思ったけど、あのときの人だったんだね」

 

 人懐っこい笑みを浮かべる彼女は安心したようにほっと息を吐いた。

 そんな姿を見て、さらに後ろから慌てたように顔を出す人が一人。

 

「え!? あ、ホントに……ホントにキミなの!?」

 

 長い髪を頭の両脇でまとめた、ツインテールの娘が勢い込んで出てくる。

 彼女は思わず進み出て、上体を起こしているケントに駆け寄っていた。

 

「あのときはありがとう……ホンッットに助かったのよ…………」

 

 感極まった様子でケントの手をつかんで両手で握りしめる娘。

 

「全財産入った財布ももちろんだけど、あの鞄の中に下着も含めた衣類に化粧道具、帝都からの書類とか三味線とか……もう全部まとめて持っていかれるところを助けてくれて……」

 

 感極まる彼女の姿に、グリシーヌと呼ばれていた金髪の女性は、少し引き気味だった。

 そして事情を知っているらしい小柄な少女に尋ねる。

 

「知っているのか、コクリコ?」

「うん、グリシーヌ。なずなが財布をスられちゃったっていう話をしたでしょ? そのときに犯人を捕まえてくれた人だよ」

「ほう。なるほど……それは立派な行いだ。なずなが感謝するのもわかる」

 

 感心したような声を出したグリシーヌという女性。

 

「……しかし、それとこれとは別の問題だ」

 

 そう言った彼女の目は、依然として厳しいままだった。

 むしろ、説明を聞いて、ますます警戒しているように見える。

 それは深読みしたグリシーヌが、そこまで含めての自作自演だったのでは、と疑っているからであった。

 

「貴様……名は?」

「はい、ケント=ドレ──」

 

 ケントはそう本名を言い掛けて、慌てて止めた。

 ここで自分のファミリーネームを言うのはマズいと気がついたからだ。

 

「……どうした?」

「いえ……ケントと言います」

 

 改めて名乗ったケントだったが、明らかに失敗したと思った。

 隠したのがバレバレであり、自分の素性を疑っている目の前の女性をさらに警戒させるだけだろう。

 案の定、グリシーヌと呼ばれている女性は眉根を寄せて、さらに疑念を強くした様子である。

 

「フルネームは名乗れない、ということか?」

 

 詰問するような口調。

 どこから取り出したのか、手には斧のついた槍──ハルバードを持って身構えてさえいる。

 

「そ、それは……」

 

 彼女の剣幕に、ケントも迷いが生まれた。

 今、この状況で自分には後ろ暗いところはない。そのはずである。

 もし名乗ることができれば、彼女の警戒を緩めることはできるだろうが──それはそれでリスクがあることなのだ。

 しかし、あえてファミリーネームを明かして、こちらが話せることを話していると強調し不要な警戒を解く──という手も悪い手ではない。

 

「不審だな。ではなぜ、貴様はあんなところにいた? 蒸気獣が多数暴れ回ているような駅の構内に居続けるなど──」

「──え? 駅にいたんですか? 僕……いえ、私は?」

 

 グリシーヌの言葉に、ケントは思わず驚いていた。

 そしてケントのそんな言葉で、今度はそれを聞いていた面々──目の前のグリシーヌと目を覚ましたときからずっといるエリカ、それに先ほど顔を出したコクリコという少女になずなという娘の他に、三人と同じように見たことのある目つきの鋭い眼鏡をかけた女性と、その時はいなかった肩付近までの長さで切りそろえた黒髪の女性が増えている──が唖然とした。

 

「……貴様、覚えていないのか? では訊くが……今、目を覚ます前はどこにいた?」

「目を、覚ます……前?」

 

 言われてケントは思い出す。

 

「朝、目を覚まして……人と会う約束があるので、お世話になっている家から出かけ──」

 

 

「──ふむ。駅でボクと待ち合わせたはずだけど、それは覚えているのかね?」

 

 

 そんな新たな声に、一同が声のした方を振り返った。

 医務室の出入口付近からその声は聞こえ、ケントの説明を聞いていた一同はそろって振り返った。

 




【よもやま話】
 明確に話が切れず、前回からのつづきになってます。
 実際、もう少し先まで1話にするという案もあったのですが、切りやすいところがここ以外になく、ここで2話開始となった経緯があります。
 そもそも、春先には「サクラ大戦4」の時間になってしまうので、話内での時間をかけるわけにはいかないという事情もあるので、時間が詰まってるんですよね。

 ところで、2話のタイトルと「ノーブル・オブリゲイション」は同じ意味でこっちが英語、タイトルがフランス語なだけです。
 ケントの母は日本人で英国に嫁いでいたのでフランス語はおかしかろうと思い、そうなりました。
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