サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~ 作:ヤットキ 夕一
ドミニク、ジョルジュと分かれたケントは、グラン・マを乗せることになる車の下へとやってくると、その点検や整備を行った。
それは運転手として毎日の日常業務であるし、安全に事故が起きぬようにする欠かせないこととして、グラン・マの下で働き始めるよりも前に、クレセント家で教わったことでもある。
巴里に来てからの数ヶ月で、クレセント卿は自身や娘の運転手を任せられるようにとケントに運転技術から整備の技術と知識を教えさせていた。
他に優先して取り組むこともなかったのとセンスがあったのか、ケントは見る間に上達して運転技術もあっという間に吸収し、整備技術もベテランやプロには及ばずとも、若手の有望な整備士くらいには匹敵するくらいにはなっていた。
それらの作業を終えてグラン・マの執務している支配人室の手前にある秘書室までやってきたケント。
彼女の運転手兼護衛になったケントの本来の待機場所は基本的にここなのだが──
(正直、この場所は……)
居づらい、というのがケントの偽らざる本音である。
というのもここにはグラン・マの秘書でもあるメル=レゾンが常駐している。
その彼女は常にピリピリした様子で、ケントを警戒しているように見えるのだ。
そして、そこにあるのは明らかな“拒絶”である。
「あの、メルさん。なにか手伝えることは……」
「ありません」
運転手であるケントに、この部屋にいてやるべき仕事はない。
かたや書類相手に忙しそうなメルに対し。ケントは手伝いを申し出たのだが、即決で断られてしまった。
「じゃ、じゃあお茶なんて……」
「いりません」
それならばと、英国人の嗜みとして紅茶を淹れる心得のあるケントは気を取り直して申し出たのだが、これまた秒と経たずに即座に断られた。
(気まずい……)
メルを背後にして思わず目を閉じ、気持ち的には天を仰ぐケント。
こういった彼女の態度は、今日が初めてではない。彼がグラン・マの運転手になった日以来、ずっとそうなのだ。
(かといって、車の整備も洗車も終わってるし……)
あまりに居づらくて、理由を付けてこの部屋を飛び出したい思いに駆られるが、その理由になるような車関係のことは、すでに使い尽くしてしまっている。
そこへ──
「ダメよぅ、メル。そんな邪険にしたら……」
聞こえた明るい第三者の声に、ケントの心は救われた。
その甘いような声。
巻くような長いくせっ毛が特徴的な、デザインに多少の差こそあれどメルと同じくメイド服を着た彼女のものだった。
「シー……」
メルは、部屋に入ってきた彼女の姿を見て、その名を思わずつぶやく
シー=カプリスというのがその名前である。
彼女はメル同様にグラン・マ付きのメイドの一人であり、シャノワールの舞台では二人で司会を務めていて仲がいい。
そしてその性格は、メルとは対照的に人懐っこいのだ。
案の定、彼女はメルに怒ったような顔をしていたのだが、ケントを振り返ると申し訳なさそうに苦笑する。
「ゴメンね、ケントくん。メルってば人見知りが激しくて……」
「そんなことありません!」
シーの謝罪を、メルが慌てて否定する。
「そんなことあるよぅ。せっかくのケントくんの申し出、全部断っていたじゃない」
「……シーさん、見ていたんですか?」
思わずげんなりするケント。
様子をうかがっているくらいなら、もっと早く入ってきてくれればいいのに、と思ってしまう。
「あ……あはは。ゴメンね、ケントくん。できればメルには自力で仲良くなってもらいたかったから、ついね」
それはシーにとって嘘偽りのない言葉だった。
さっき言ったとおり、メルは人見知りが激しい。
初対面の人には思いっきり警戒する。それが異性──男性ともなれば余計に、だ。
それをシーは憂慮しており、異性と楽しく会話できるくらいにはなって欲しい、とお節介にも思っていたのだ。
「ケントくんなら、警戒心が緩むと思ったんだけどなぁ……」
「いい加減にしてください、シー」
そう抗議する彼女の口調は硬い。
それはケントがいるから、彼を意識してそうなってしまっているのだ。
「もう、メルってば私にまでそんな他人行儀な口調になって……」
「普段からこういう口調でしゃべってるじゃないですか」
「嘘よ。私になら普通に“いい加減にしてよ”とか、“普段からこういう口調よ”とか言ってるはずよ」
「そ、そんなこと……」
心当たりがあるのか、言葉に詰まるメル。
「メルも、もっと男の人に慣れないとダメよぅ? 年上とか同年代だと緊張するだろうから、年下ならいけると思ったんだけどな~」
そう言ってシーはチラッとケントを見た。
1、2歳年下とかではなくもっと明らかに年下の彼なら、と期待したのだが無理だったようだ。
「大きなお世話です。私は……」
「ひょっとして、この前のことで男性恐怖症になっちゃった? ほら、イギリスの諜報機関に捕まって……」
シーが言うと、メルはビクッと肩を震わせた。
そんなメルの反応に、ケントは眉をひそめる。
「イギリスの?」
「あ、そっか。ケントくんってローラちゃんの家の関係者なんだっけ? そっか、だからメルってば……」
「それは違うわ、シー!」
慌てて否定するメルだったが、その強い否定は逆に肯定しているようなものだった。
しかし事情が分からぬケントは、シーに尋ねていた。
「いったい、なにがあったんですか?」
「実は私たち、少し前にドジをしちゃってイギリスの諜報機関に捕まって……拷問? みたいなのを受けてね」
「ええっ!?」
苦笑混じりで言うシーの表情とは裏腹に、その穏やかではない内容に驚くケント。
「シー! それ以上は言わないでください」
「ううん、言うよ。だって、もしケントくんのことを英国人だからって警戒しているなら、きちんと説明しないとダメよ」
「そんなことはありません。それにもし仮にそうだとしても、別に弊害は……」
「無意識でそういう態度になってるのなら、メルもケントくんも可哀想だもん」
誤魔化そうとするメルに対し、シーは普段の雰囲気からは想像できないほど頑なだった。
気を取り直したシーは、ケントを振り返って説明し始める。
「あのとき、英国の諜報機関が巴里華撃団のことを調べようとしてシャノワールに探りを入れてきたの。そのときの不手際を理由に私とメルはグラン・マから謹慎って言われてたんだけど──」
戦闘能力が無い二人を守るためにグラン・マが言いつけた処分だったのだが、相手の危険さを甘く見積もってしまったのだ。
さらには謹慎で逆に自由な時間ができてしまったというのも悪い要因だった。
「それを破って二人で逆に探りを入れ返したら、捕まっちゃって……」
当時のことを思い出して苦笑するシー。メルもまた恥ずかしそうに身を縮めている。
「それはさすがに……無茶ですよ。むしろよく無事でいられましたね」
ケントが素直な感想を言う。
英国諜報機関は素人が探りを入れて尻尾を出すような機関ではないし、歯が立つような相手でもない。
「う、うん……無事、でもなかったかな。私とシーは変なイスに座らされて、情報を聞き出すために電気でビリビリーってやられて──」
視線を逸らしながら言うシー。
一方、メルは当時を思い出して、思わず固く目をつぶった。
それを見てケントは慌てて止めに入る。
「シーさん、ストップです。それ以上は──」
「……え? なんで? これからってところなのに……」
焦った様子のケントを、シーは不思議そうに見る。
話を遮られた若干、不機嫌そうに頬を膨らませてさえいたが、それでもケントは止めた。
「事情は分かりましたから。そういうことなら、怖がるのも当然ですよ」
少し早口になったケント。
それを見て首を傾げたシーだったが、彼が一瞬だけチラッとメルの様子をうかがったのに釣られて、彼女の姿を見て──
「ははーん、なるほどねぇ……」
ニンマリと笑みを浮かべる。
彼女はケントがメルを気遣ったことに気がついたのだ。
早口になったのは、一刻も早くこの話を止めようとしたからだろう。
「やるねぇ、ケントくん。紳士じゃないですかぁ。ひゅーひゅー」
「なッ!? そ、そんなこと……」
ケントは思いがけず、シーに突然冷やかされて慌てる。
「メルも、ケント君は気遣いのできる優しい子だから、大丈夫だよぅ?」
「なにを言い出すんですか、突然……」
メルもまた、シーに唐突に言われて困惑する。
すると、なにを思ったのか、シーは突然棒読みの口調で──
「あ~、そういえば売店の商品チェック、終わってなかったな~。急いで戻らないと~」
と言うや、メルとケントに──
「そういうわけで、あとは若い二人に任せて、私は退散するわね」
手を振りながら、そう言い残して風のように去っていくのであった。
それを呆然と見つめる二人。
ケントは、顔を赤くしながらチラッとメルの様子をうかがいつつ──
(シーさんがくる前よりも、居づらくなったんだけど……)
さらに気まずくなった雰囲気に、嘆きたい気持ちでいっぱいだった。
【よもやま話】
メルは大神がいなくなったショックをまだ引きずってます。
そんな彼女をシーは気を使っているのですが……結果として巻き込まれるケント。
今後もシーはそんな感じでメルとケントを仲良くさせようと画策しています。