サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~ 作:ヤットキ 夕一
グラン・マからラチェットという女性が、帝国華撃団花組に新たに入隊したという話を聞き、なずなは少なからずショックを受けていた。
そのせいで、後の話がどうなったのか、よく覚えていない。
気がつけば話が終わっており、今日はそれ以上の調査もないようだった。
それから、さらに色々あったのだが──結果として、なずなは飛び出すようにテアトル・シャノワールから巴里の街へと出ていた。
そして気がつけば、橋にほど近い川辺に立ち、上からその水面を眺めていた。
川辺とは言ったが、正確にはセーヌ川へとつながる運河沿いである。
そしてそのセーヌ川は、巴里の街の真ん中を貫いているフランスを代表する大河だ。
巴里市内のセーヌ川には中州──シテ島があり、そこには有名なノートルダムの大聖堂があるらしい。
(中州が島……しかもそこに大きな聖堂まで有るって……どんな川よ。故郷の川なんかじゃ、逆立ちしたってかなわない大きさじゃないの)
彼女が思い浮かべたのは、故郷では有数の規模を誇る川だった。
それにセーヌ川そのものの長さも780キロメートルに及ぶ。日本最大の川でさえもその半分しかない。
そんな世界と日本の比較を、日本人である自分の身と重ねていた。
(あたしも……逆立ちしたってかなわなかった、ってことよね)
欄干に腕を乗せ、その上に顎を乗せて川を眺める。
そうやって思いに耽るが、浮かび上がるのはマイナスな考えばかりだった。
(あのとき副指令は──)
なずなをこの巴里に送り出す際に、副指令の藤枝かえでは「花組の増員は望めない」ということだった。
(そう言ったはずなのに……)
しかし昨年の終わり頃、新人としてラチェット=アルタイルという人を花組に招き入れたらしい。それはなずな自身が帝都へ連絡して確認済みだった。
あの話を聞いた直後に、なずなは「どうしても確認したいことがある」とグラン・マに必死に頼み込み──帝国華撃団への通信を許可してくれたのである。
そしてその事実にショックを受けた──
──だけではなかった。
そのときの通信を思い出す……
……受けてくれたのは、風組の高村 椿であった。
彼女はなずなの同期である伊吹 かずらと仲が良く、年齢が近いのもあってなずなとも親しい関係にあった。
「──え? その話……本当だったの?」
「ええ、そうですよ。彼女が出演した作品もすごく人気で──」
興奮気味に話す椿だったが、その言葉が、なずなにはショックのあまり頭に入ってこなかった。
まさかと思った話が本当で、裏切られたという思いはますます強くなった。
しかも彼女は有名な世界的スターらしい。
それを思えば、確かに自分のレベルが全然足りていないのだから、比べるのもおこがましいだろうが──それでも理屈ではなく、感情で納得できないものがあった。
だからこそなずなは、椿にあるお願いをした。
「あ、あの……椿ちゃん。できればでいいんだけど、夢組の隊長に相談したいことがあるんだけど……通信に出られない?」
それを聞いて、椿は気まずそうな顔に言う。
「それって……なずなちゃんが言うんだからあの人のことだと思うけど……一応確認するけど、巽さんのことじゃないよね?」
「巽さん? 確かに巽副隊長は先生だけど、そうじゃなくて……」
自分の長柄物の才能を見抜いて、色々教えてくれた恩人である。
でも今、なずなが相談したかったのは、話を聞いて欲しかったのはその人ではない。
なずなの答えを聞いて、椿は「やっぱり……」とつぶやき、そして言った。
「あのね、なずなちゃん。夢組の隊長は昨年末に辞めちゃって行方不明なのよ。それにあなたのお姉さんも、それにあわせて辞めてしまって……夢組は今、大混乱中で……」
「──はい?」
さすがに絶句するなずな。
自分の抱える悩みが吹っ飛びそうなほどの大問題が、帝都で起こっていた。
ともあれ、なずな自身にとってはその問題よりも、姉にもあの人にも相談できないことの方が大きかった。
それを知ったなずなは通信する意味を失い、切断するしかなかった。
そうして水面を見つめるなずな。
米田司令や藤枝副司令が言っていたのとはまるで違う状況になっていた。
しかし、今のなずなには相談し、頼れる相手さえ居なかった。
「騙されたのかな、嘘つかれたのかな、あたし……」
思わずつぶやき──運河の姿がぼやけた。
滲んだ涙を振り払うように、瞼を強く閉じる。
「姉さん、ウメ隊長…………せりお姉ちゃんッ! 梅里さんッ!」
椿の話では、なずなの親友である伊吹かずらもまた、姉と同じように居なくなってしまったらしい。
帝都で自分を支えてくれた人とも連絡が付かなくなってしまい、なずなは完全に迷っていた。
そこへ──
「……白繍さん、こんなところにいたんですか?」
背後から男の声が聞こえた。
思わず振り返ると──そこには、漆黒の髪に碧眼の少年がいた。
「ケント、さん?」
「さん付けはやめてください。私の方が年下なんですから」
なずなに呼ばれ、ケントは思わず苦笑した。
彼はグラン・マからなずなを倒すように言われて探しにきていた。急にいなくなった彼女を心配しての指示だった。
「ケント……くん?」
改めてなずなに呼ばれて少し照れくさそうにした彼だったが、ふとなずなを見てあることに気がつき、戸惑った様子を見せる。
「……泣いていたんですか?」
「え……?」
言われて顔に触れ、自分の頬が涙に濡れるほど涙を流していたことを思い知らされる。
そして今もなお、涙は流れていた。
それに気がついて、慌てて涙を拭い──なずなは無理に笑みを作った。
「大丈夫よ。うん……問題ないから」
そんななずなの笑顔は自然で、細められた目も偽りはなく──見ていたケント信じさせるには十分だった。
しかし、ケントの脳裏に、ふとよぎるものがあった。
(──泣いているんだから、大丈夫じゃないわけ、ないでしょう?)
いつかかけられた母からの言葉。
その言葉が染み入るように胸に広がり──改めてなずなの顔を見れば、無理をしているのが明らかだった。
だから彼は一歩踏みだし──取り出したハンカチで、彼女の涙を拭う。
「──な!?」
その行動に、なずなが驚かないわけがなかった。
まして相手は年下である。憤然とした感情さえわき上がり──
「なにするのよ!! 大丈夫だって──」
「大丈夫じゃないから、涙が出ているんじゃないですか?」
「──ッ」
そう言った彼の目はとても真摯で──だからこそ、なずなの心の奥へと届くのだった。
【よもやま話】
この話は、サクラ大戦3~4にかけての年明け間もなく……ということで帝都的には「サクラ大戦 活動写真」のころの話です。
ぶっちゃけ、ラチェットのことをすっかり忘れていて、第1話では「増員予定はない」を連発してしまったのですが……よく考えたら増えてるじゃん、と。
この時期は米田司令が行方不明になったりと、帝都ではかなり大変なことになっていて、夢組も完全に巻き込まれています。
その詳細については、また別の作でやる予定ですので。
ちなみに、ケントがなずなを真っ先に見つけたのは「自分だったら悩んだらそこかな」と思ったからです。