サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──8──

「大丈夫じゃないから、涙が出ているんじゃないですか?」

「──ッ」

 

 ケントが言ったその言葉は、頑なな防衛を難なくすり抜けて、傷ついていた彼女の心に生じていたヒビへと染み渡った。

 彼を見るなずなの目は、驚きのあまり大きく見開かれ、おもわずぼんやりと見つめてしまう。

 二、三度まばたきをして──なずなはやっと我に返った。

 

「な、なんの根拠があって、そんな……どういうつもりで、そういうことを言うのよ!」

「前に、初めて会ったときに言ったじゃないですか。異国の地に来た不安というのは分かる、と」

 

 軽々しく分かると言われれば、それに思わずカッとなってしまう。

 今の自分の状況を、簡単に“分かる”はずがないのだから。

 

「分かるわけないでしょ!? 今のあたしの気持ちなんて──」

 

 感情的になり、(かぶり)を振るなずな。

 それにあわせて二つに分けてまとめた長い髪が大きく揺れてなびいた。

 

「帝都には空きがないって言われたからここに来たはずなのに、いざ聞いてみたら空きができてて、そこに別の人が入ってて……ホンットに、バカみたいじゃない、あたし!」

 

 思わずあげた声は、自分の心情を素直に吐露していた。

 それに気がついているのかいないのか、なずなの独白は続く。

 

「そうやって騙されてッ!! それを話したいのに、相談したいのに、できる相手も居なくて!! なんで……ホントになんで、こんなところに来ちゃったんだろう、あたしは……」

「白繍さん……」

 

 ケントが思わずかけた言葉にさえ、なずなは噛みついてしまう。

 

「名字で呼ぶのは止めて! 姉さんと……自分を比べちゃうから。あたしは、姉さんじゃないから。あんなにしっかりしてないし、周囲の面倒を見られるほど、立派じゃない。だから、あたしは……」

 

 それは姉に対するコンプレックスだった。

 乙女組に入ったときに感じて、今と同じように姓で呼ばれるのを拒んだのと全く同じ状況。

 それが巴里に来て、姉と完全に離れて──感じなくなるはずだったのに、結局同じことを繰り返している。

 それに気がついて、さらに自己嫌悪に陥る。

 

「なずな、さん……」

 

 それでも律儀に名前で呼んでくれた、その彼を──なずなは再び見る。

 まっすぐに見つめてくれる彼の視線は、今のなずなにとっては痛かった。

 だから──

 

「分かった気にならないでよ! あなたとは違うんだから……異国に来たからって、あなたにはローラみたいな近しい人が居てくれるじゃないの!!」

 

 それは嫉妬なのだろう。

 初めてパリに着いた日に駅で見た、そして彼が意識を取り戻したときに現れた彼とローラの仲のいい姿が思い出されていた。

 そういった存在がいることが羨ましいという、一種の嫉妬に気がついてしまう。

 

「ああ、もう……ホントに…………」

 

 自分で自分がイヤになる。

 そんな情けない自分の姿を、ほとんど見ず知らずの彼の前にさらけ出して、本当に恥ずかしくなる。

 しかし彼は、まるで波一つ無い静謐な水面のように、泰然となずなの姿を受け入れ、じっと見ていた。

 彼女の情けない姿に眉をひそめるわけでも、哀れむわけでも、不用意に同情するわけでもなく、そして苦笑一つ浮かべずにじっと見ていた。

 

「なッ──」

 

 そんな彼の視線に気がついて、なずなの心は徐々に落ち着いていく。

 なずなの卑屈な感情に、離れず、蔑まず、そして合わせず──ありのままをただ受け止めるだけのその態度が癇癪を発散させ、そして冷静さを生まれさせたのだ。

 そうしてなずなの心には、大きな隙が生まれた。

 そんなに長い時間ではないその隙を突くように──ケントは笑みを浮かべた。

 

「──ッ!!」

 

 ニコッと笑ったその表情に、なずなは思わずドキッとした。

 隙を突かれた彼女の心に、その笑顔はしっかりと焼き付けられてしまったのだ。

 顔が赤くなり、頬が熱くなる。

 そんななずなの反応を知ってか知らずか──ケントは笑みを浮かべたまま、話し始めた。

 

「ローラとは、従兄妹(いとこ)なんです。でも……巴里に来るまでそんなに近しい訳じゃなかったんですよ」

 

 そう言って苦笑した彼は遠い目をする。

 しかし知り合いは知り合い。まったく知己がいないなずなとは違う。

 

「でも、従兄妹なんでしょ? それなら……」

「幼い頃にパーティとかでたまに会ったくらいです。この国で再会したのは何年ぶりでしょうかね……私は基本的にイギリスから出ませんでしたし、ローラはローラでフランスから出なかったようですから」

 

 ケントは遠い目で、水面を見つめる。

 

「だから、知っている人なんていないも同然でしたよ。もちろん……そんなことを言ったら、彼女は“寂しいことを言わないでくれたまえ”なんて言うんでしょうけど」

 

 そう言って振り返り、苦笑を浮かべる。

 彼もまた、己の心をさらけ出そうとしていた。

 

「なずなさん……私は、ここには居場所を探しに来たんですよ」

「居場所?」

 

 首を傾げるなずなに、ケントはうなずいた。

 

英国(向こう)で居場所が無くなってしまいまして……」

「無くなったって、そんな……」

 

 苦笑混じりにそう言った彼に戸惑うなずな。

 それに対してこともなげに彼は言う。

 

「いえ、逃げてきたんです。あなたと同じ国出身の私の母は、数年前に亡くなりました。その後、父が本国の方と再婚し……といっても、継母(ままはは)にあたる人はとてもいい人だったんですけどね」

 

 笑顔で言う彼の表情には含むものも翳りもない。

 本心からの言葉だろうし、継母とうまくいっていなかったというわけではないのだろう。

 

「その義母と父の間に子供が生まれたんです。弟で……その弟も幼くて、かわいいとも思いましたし、守ってあげないといけないとも思いました」

 

 年下の弟妹というのは、なずなにとっては身近な話題だった。

 なにしろ七人きょうだいの二番目である。姉一人以外は皆年下なのだ。だからこそ彼の抱く感情もよくわかる。

 

「でも、それでちょっと居づらくなってしまいまして……」

 

 再び苦笑するケント。

 その状況が分からないわけでもない。ケントの父親が英国人であることを考えると、彼の母親との結婚は、周囲は賛成していなかった可能性が高い。

 死に別れた後にきた英国人の次の妻との間に子供が産まれたのなら、周囲はそちらをかわいがるだろうし、大事にするだろう。

 

「あのまま残っていたら、義母(はは)にも気を使わせてしまいますから。だから私はこの国へ来ました。叔父……ローラの父親というツテを使って」

 

 ケントはそこまで言って苦笑を消すと、先ほどのまっすぐな目でなずなを見つめた。

 

「そうやって逃げてきたんです……それで、なずなさん。あなたは何をしにこの国へきたんですか?」

「あ、あたしは……」

 

 その問いになずなは慌てる。

 ケントがやってきた理由が思いの外に重くて驚いたというのもある。

 そして秘密部隊である巴里華撃団のことをどこまで話していいのかわからない、というのもあった。

 

(──って、ケントくんはグラン・マの運転手なんだから、別に秘密にする必要ないんだっけ……)

 

 なずながわたわたしながらその結論に至り、答えようとすると──

 

 

「あ、やっと見つけた。こんなところまで来ていたんだね。なずな」

「いやー、さがしましたよ、なずなさん!」

「しかし、突然にいなくなるな。心配するではないか」

「まったく、面倒なことを……」

「まぁまぁ……無事に見つかってよかったじゃないですか」

 

 

 ──巴里華撃団花組の面々がやってくるところだった。

 コクリコとエリカの楽しげな笑顔。

 グリシーヌの少し怒ったような顔と、ロベリアの不満さを隠そうともしない顔。

 それをたしなめる花火の苦笑気味の顔。

 そうしてやってきた五人は──まっすぐになずなの下へと向かってきていた。

 その姿に──なずなはハッとさせられる。

 

「──ここには、なずなさんの居場所があるように見えますよ」

 

 そう言われて、なずはな声のした方──ケントの顔を見る。

 

「騙されたとかよりも、今こうしてここにいるという事実こそ重要かと思います。そしてそれを大切にするべきじゃないですか?」

「そ、それは……」

「私と違って、ここに逃げてきたわけじゃないんですから、胸を張ってください」

 

 ケントに言われ──なずなの心は前向きになった。

 思えば、巴里に来ることになった経緯さえ、誰かわからない人にはめられたのだ。

 

(なにを今更……ここに来ざるを得ない状況だったんだし、この期に及んで帝都を気にしたって仕方ない!)

 

 前向きになったなずなは、大きく頷く。

 そして──ケントに勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「──そうよね。うん、あたしもそう思うわ!!」

 

 なずなの言葉にケントが満足したように笑みを浮かべるのを見てから、彼女は五人の方へと走り出す。

 その輪に加わり、持ち前の明るさでエリカとコクリコに挨拶し、悪びれもなくグリシーヌとロベリアの叱りをときに避け、ときに謝る。その姿を見て苦笑する花火さえも巻き込んで──五人と一緒に笑顔になって、シャノワールへと向かう。

 

 

 その姿を、ケントは素直に羨ましいと思った。

 そして──だからこそ、自分も卑屈にならず、前向きになろうと密かに決意するのであった。




【よもやま話】
 花組の5人がきたのは、ケントが見つけた時点で密かに連絡していたからです。
 探して近くにいたので、そろってやってきたようです。
 しっかり加わっているあたり、ロベリアも面倒見がいいですね。
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