サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──11──

 ──そういう経緯があったので、ケントは緊張しながらメルの様子をうかがっていた。

 

「………………」

 

 無論、メルからしてみればチラチラと横から視線を感じれば、気にならないわけがない。

 メルは最初は「いったいなんなのだろう?」と不審がっていたのだが、チラチラと見てくるくせに、なにも言い出してこないケントに、不安は不快になり、やがてイライラへと変化し始めていた。

 

 それというのも──

 

(どう声をかけたらいいのか……)

 

 自己評価が低く、対人コミュニケーション能力の低いケントにとって、先ほど一度断られているメルにもう一回同じことを申し向けるのはハードルが高すぎたのである。

 言いたくて視線を向けるのだが、黙々と仕事をしているメルに声をかけて手を止めさせたらそれは悪いんじゃないか、と考えていた。

 さらには、手伝うのを申し出たところでまた断られたら……同じことを二度も言って、その上仕事を止めさせるとか、完全に邪魔しかしてないじゃないか、とか考えて言い出せないでいた。

 しかし──

 

(シーさんからはしっかり手伝ってあげてね、って言われてるし……)

 

 笑顔だったが妙に押しの強い、迫力のある笑みだった。

 それを蔑ろにするわけにもいかない。

 ケントは自分の処理能力の限界を超えたミッションを課せられて、完全にパンク寸前で、目をぐるぐる回しかねないほどに、困りきっていた。

 

 ──無論、そんな少年の内的葛藤など多忙極まるメルに分かるわけもなく、そしてそれを察しろというのは余りにも酷だ。

 イライラは限界を超え、ついにはキッとケントを睨む。

 

「先ほどから、いったいどういうつもりでしょうか?」

「──え!? そ、それはその……」

 

 何度か声をかけようと考え、しかし言葉が思いつかずに頓挫していたケントにとって、メルの方から声がかかるのは想定外だった。

 しかもそれが、明らかに怒気をはらんでいるような不機嫌さとなれば、なおさらだ。

 

「チラチラと私の方を見ていたじゃないですか」

 

 口ごもった彼の反応に、言い逃れをしようとしていると勘違いしたメルが憤然と詰め寄る。

 ケントは知る由もないが、実はメルがここまで怒るのは珍しいことだった。

 人見知りで、どちらかといえば引っ込み思案という系統に入る彼女は、耐えたり我慢してしまう人である。

 それが異性相手となると顕著で、男性には不慣れを通り越して苦手意識レベルにまでこじらせているほどだった。

 そんな彼女を怒らせてここまで言わせたのだから、ケントの様子がよほど勘に障ったというのがよくわかる。

 

 とはいえ、ケントもケントで相手を怒らせようとしていたわけではない。

 かといって自分の欲をストレートに表して、メルをジロジロと見ていたわけでもない。

 彼は彼なりに、善意でメルの手助けをしようと考えていたのだし、それはシーから頼まれたことをどうにかがんばろうという努力の片鱗でもあったのだ。

 持ち前のコミュ障と、引っ込み思案という悪癖のせいでメルには完全に誤解させてしまったが……

 

 ともあれ、相手が怒ったからといってもケントは右往左往するわけではなかった。

 確かに想定外に相手を怒らせたのには驚いたが、自分が上手くできているという気持ちは微塵もなかったし、なにが原因で怒らせたのかも理解できている。

 だから彼は──とりあえず頭を下げた。

 

「すみませんでした、メルさん!」

「……え? あ、謝れば済むという問題じゃありません」

 

 てっきり言い訳なり、「誤解だ」という反論を想定したメルは、ケントが突然の謝罪という行動をとったことに、驚いていた。

 相手はなにしろ男性だ。いくら欧州といえども現在よりもずっと男尊意識が高い時代である。

 その彼が、言い訳や反論という自己防護をせずに、いきなり謝罪といういわば降伏をしたのだから戸惑ったのだ。

 

「メルさんを不快にさせたのは、間違いありませんから……」

「そうです! おかげで全然仕事に集中できなかったじゃないですか! 反省してください」

「はい……」

 

 メルに言われてうなだれるケント。

 だが、彼とて誤解は解いておきたかった。

 

「ただ……メルさんを見ていたのは、なにか手伝えないか、と思ってです」

「それは先ほど、皆が集まる前に断ったじゃないですか。大丈夫です、と」

「それは、そうなんですけど……」

 

 頭を上げたケントだったが、歯切れ悪く言いよどむ。

 ここで「シーから頼まれたから」とはどうにも言いづらかった。それを聞けば今度はメルがシーを怒るかもしれない。いや、十中八九間違いなく、シーは怒られるだろう。

 かといって、シーのその行動もメルのことを考えてのことだ。彼女が怒られるのもしのびない。

「でも、やっぱり手伝いたかったんです。メルさんが忙しそうなのに、こっちは手持ち無沙汰にただいるだけというのは申し訳ないし、時間ももったいないですし……」

 ケントガそう言うと、メルは小さくため息をついてから、少し怒った様子で口を開いた。

 

「それは無駄な気遣いというものです。いいですか、ケントさん。あなたはグラン・マの運転手なんですよ? それに専念してください」

 

 それはグラン・マの秘書としての言葉だった。

 

「例えば私があなたに仕事を任せたとして……それが終わる前にグラン・マが急に出かけることになれば、あなたはそれに同行し、目的地へ送り届けなければならないんです。そしてそこからまた戻ってくる……その間、あなたに任せた仕事は滞ります」

「あ……」

 

 その状況を想像して、ケントは思わず声を漏らした。

 

「たとえ途中まで終わっていたとしても、場合によっては私が一からやり直すことになるでしょう。その結果がはたして効率がいいと言えますか? むしろその方が時間がもったいないじゃないですか」

「それは……その通りだと思います」

 

 メルに論破されてガックリうなだれるケント。

 それに対してメルは、さらに理路整然と追い打ちをかける。

 

「ですから、私は必要ないと判断して断ったんです。ハッキリ言ってあなたの行動は余計なお世話です。それを理解したのなら今後は──」

「ウソよ、そんなの!!」

 

 そう言ってメルのことを遮ったのは、突然姿を現したシーだった。

 

「シー……やっぱりあなただったのね。あなたが彼を焚きつけて……」

 

 メルはそのシーをキッと睨んだが、シーはそれ以上に強い感情で応えた。

 

「違うもん! ケントくんは優しい子だから、メルのことを手伝いたいって、さっきは本気で思ってたから言ったのに、メルったらそれを無碍に断っていたから、このままじゃダメだと思ったのよ!」

「でも、それは本当に……」

「ケントくんの気持ちを、余計なお世話なんて言っちゃダメだよ!!」

「──ッ」

 

 シーの指摘に、メルはハッとする。

 そして気まずげにケントの方を一度だけちらっと見た。

 そのメルに対し、シーはさらに言葉を重ねる。

 

「最近のメル、根を詰めすぎ。なんでも一人でやろうとして、誰のことも頼ろうとしないで、まるで大神さんが来る前に戻ったみたい……」

「そ、そんなことは……」

 

 否定しかけたメルだが、その自覚があるのか明確に否定することができなかった。

 

「だからもっと周りを頼って欲しくて、あたしがケントくんに頼んだの。メルのことを助けてあげてって。でも、そうしたら……」

 

 シーは複雑そうな顔でケントを見た。

 彼女は彼女なりにケントに期待していたのだが──彼の人付き合いの下手さは、シーの予想外のレベルだった。

 

「まさか、ケントくんまで人見知りだったなんて……」

 

 ケントには申し訳ないとは思いながらも、ついジト目を向けてしまう。

 

「スミマセン……」

「ケントくんはいいの、別に謝らなくても。悪いのはメルなんだから」

「なんでそうなるのよ。私に落ち度なんて……」

 

 シーに反論するメルだが、シーはケントに向けていたジト目をメルに向ける。

 

「あるじゃないの。メルってば、あきらかにケントくんのことを避けてるし」

「──え?」

 

 そう驚いたのはケントだった。

 慌ててメルを振り向けば、彼女は誤魔化すように目をそらし、決してケントの方を見ようともしない。

 

「あの、なにか傷つけるようなことをしてしまったんでしょうか……?」

「ううん、ケントくんは全然悪くないの」

 

 恐る恐る尋ねたケントに、シーが首を横に振る。

 

「一つは、さっきも言ったけど……ケントくんが英国人だって知っちゃったから。この前の英国の諜報機関に捕まったときのことを思い出しちゃうんでしょう?」

「それは……」

 

 メルは否定しようとしたが、できなかった。

 それ程までに、諜報機関がしたことはメルのトラウマになっていて、それを行った英国人男性というカテゴリに、拒絶反応が出てしまうのである。

 

「でも、それだけじゃないのよ。ね? メル」

 一転してにこやかに微笑むシーに対し、心当たりがない様子のメルは訝しがるようにシーを見た。

 

「ケントくんの髪。その真っ黒な髪を見て、あの人のことをどうしても思い出しちゃうから、正面から見れないんだよね?」

「なッ!?」

 

 バッと慌ててそっぽを向くメル。

 その顔は心なし、赤く染まっているようにも見える。

 

「……それって、ひょっとして……“黒髪の貴公子”って人ですか?」

「あら? ケントくん、よく知ってるね。その人だよぅ」

 

 ケントはそれが誰のことを指すのか、わかるのは“大神”という姓くらいだけで、まだ知らない相手だった。

 どんな人か、写真を見たわけでもないので分からない。

 でも──その異名を話したときの、最初に聞いたドミニクやジョルジュの表情からは彼がとても信頼され、愛されているというのを思い知らされた。

 それは、このシャノワールに、今はいなくともしっかりと居場所を作っているということだけで、ケントにとっては尊敬に値し、羨望さえしている。

 

「ケントくんも同じ髪の色なんだから、いっそ逆立つほど短く切ってみたら──」

「シー! やめてッ!!」

 

 思わず大きな声をあげたメルに、シーもビックリしてケントの髪に触れながら、あわててメルの方を振り返っていた。

 

「……やめてください、シー。大神さんは大神さんなんですから……ケントさんを大神さんのようにするのは……その、お二人に失礼です」

「あ~、うん。確かにそうね。ケントくんはケントくんだもんね」

 

 ノリノリだったシーは、少し寂しげに笑って、ケントに「ゴメンね」と謝った。

 すると、そこへ──

 

「おやおや、いったい何の騒ぎだい?」

 

 そう言って、奥の部屋からグラン・マが姿を現した。

 見れば、彼女は不満そうな顔をしている。

 

「メル、それにシー……こんなところで大きな声を出して騒いでいるなんて、少したるんでいるんじゃないのかい?」

「「も、申し訳ありません……」」

 

 メルと、そしてシーもまた慌てて謝罪して頭を下げる。

 するとグラン・マはメルを見て、少し驚いた顔をした。

 

「おや、メル……アンタ、顔色悪いようだけど大丈夫かい? 実は今から出かけようと思っていたんだけど、アンタにも付いてきて欲しかったんだけどねぇ」

「大丈夫です、グラン・マ。問題ありません。お供いたします……」

 

 そんなグラン・マにメルは一礼した。

 それを見て、グラン・マはメルを連れて行くのを決める。彼女が大丈夫であると言った以上は、メルを信頼するのだから、その言葉を何よりも信じるべきだからだった。

 

「わかったよ。じゃあ、アンタを連れて行くからね。それで、ケント……アンタは今すぐ車の準備をしておくれ。出かけるよ、メルと一緒にね」

「は、はい……」

 

 背筋を伸ばして返事をしたケントだったが──さすがに経緯が経緯だけに、思わずメルの表情を盗み見てしまった。

 そして、それは彼女もそうだったらしく──気まずそうな顔でお互いの目が合うのであった。

 




【よもやま話】
 メルのお節介パート2、結果編。
 ケントも人付き合いに関してはポンコツで、どうにもならずという結果に。
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