サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──12──

 巴里の街に夜闇が迫りかけていた。

 とはいえ。日がだいぶ傾いてきたとはいえ日没まではまだ時間がある。

 その街並みが夕日のオレンジ色に染まるのもあと少しといった時間帯であった。

 

「日が落ちる前にはシャノワールに着けそうだねぇ……」

 

 車の後部座席に座ったグラン・マから、独り言のような言葉が聞こえた。

 同じく後部座席で、グラン・マの傍らにいる秘書のメル=レゾンは手帳を気にしながら、今後と明日の予定をチェックしていた。

 そして、その運転席には──執事が着るような服をビシッと着込んだケントがハンドルを握っている。

 後部座席から聞こえる仕事の話を聞き流しながら、ケントはシャノワールへと車を走らせていた。

 元々は叔父が自分の運転手をさせるつもりだったので、巴里の道は細かい道ならともかく、主要な道は教えられ、完全に覚えていた。

 その車内で──

 

「──それにしてもメル。アンタも人の厚意を無碍にするもんじゃあないよ」

 

 メルとグラン・マの話は仕事の話が終わり、その際にメルが出がけに騒いでいるのを注意されたことを謝罪したことから、その時の話になっていた。

 

「お言葉ですが、グラン・マ。やはり仕事の機密性や効率を考えれば、彼に手伝ってもらうというわけには──」

 

 反論した彼女に、グラン・マは思わず笑い声をあげていた。

 その反応に戸惑うメル。

 

「違う違う。アタシが言う厚意は、ケントのじゃないよ」

 

 そうやって名前が呼ばれれば、やはり気になってしまう。

 ケントは、運転に注意を払いながらも、その話に耳をそばだてていた。

 

「アタシが言ってるのは、シーの厚意さ」

「シーの、ですか?」

 

 訝しがるメルに、グラン・マは大きく頷いた。

 

「シーはアンタのことを心配しているんだよ。ムッシュ・大神が巴里を去ってからだいぶ経つけど、アンタ、前に戻ったみたいに誰かを頼ろうとしないだろう?」

「そんなことは……」

「ま、自覚の有る無しに関係なく、外から見たらそう見えるってことさ。少なくともアタシにはそう見えているし、シーも同じってことさね」

 

 そう言われてしまえば、メルも反論ができなかった。

 

「特に、アンタは男と距離を取りがちだからね。ムッシュが居なくなってから、他の男に頼ることなんてなかったんだろう?」

 

 グラン・マにズバリ指摘され、メルは顔を赤くして目をそらす。

 

「それを見かねたシーが、ケントに声をかけてくれたのさ。そうじゃないのかい、ケント?」

「え? あ、はい……その通りです」

 

 突然、グラン・マに話を振られて焦りながら答える。そのため思わず素直に真相を言ってしまっていた。

 どうやら聞き耳を立てていたのはバレていたらしい。

 気まずさを感じていると、グラン・マは特にケントを咎めることなく「ほら、ごらんよ」と言わんばかりの様子で続けた。

「というわけさ。ケントのことはともかく、シーにはちゃんと感謝するんだよ」

 

「は、はい……」

 

 メルが気持ち気まずげにうなずいたのは、ケントを気遣ってのことだろう。

 シーに言われたからとはいえ、彼が厚意を向けてくれたのは間違いないのだから。

 それに気づいたグラン・マは少し意地悪い笑みを浮かべる。

 

「ケントのことを気にしているのかい? それについては別に気にする必要なんてないさ」

「え?」

 

 驚くメルに、グラン・マは言う。

 

「男が女に気を使うのは当たり前のこと、だからね」

 

 そう言って彼女が大きな声で笑う。

 

「ねぇ、そうだろう? ケント──」

 

 運転席にいる彼へ話を振り、運転席のミラー越しに彼を見ようとしたその瞬間のことだった。

 そこへ──

 

「グラン・マッ!!」

 

 ケントが緊迫した声をあげた。

 もちろん、今の会話への抗議ではない。

 直後、真横に引っ張られるように慣性がかかる。

 それに驚きつつ、グラン・マは表情を一変させて緊張感を漲らせた。

 

「いったい何事だい、ケント?」

 

 乱暴な運転というのも生ぬるいような、ありえないハンドル操作。

 それを咎めるのではなく、状況説明を求めるくらいにはグラン・マは冷静であり、彼を信用している。

 

「蒸気獣です!! ──ッ!! 伏せて!!」

 

 突如、現れた蒸気噴き出す甲冑・ポーン。

 それが放った一撃が、グラン・マを乗せた車を襲い──直撃こそどうにか避けたもの、道路から外れて建物へと突っ込んでいた。 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そうして車が動かなくなり、そこから降りた直後のこと──

 メルは毅然としながら、事故のショックで少しふらついているケントの前に立った。

 幸いなことに三人は目立つようなケガはない。だが、車は完全に動けなくなっていた。

 そんな彼にメルは話しかける。

 

「ケントさんはグラン・マを連れて逃げてください」

「それは、もちろんそうしますが……」

 

 メルに言われてケントは戸惑っていた。

 車から降りた際に、彼は剣を帯びた。運転手であると同時にグラン・マの護衛でもあるのだ。

 その彼がグラン・マを守りながら逃げるのは当たり前のこと──ゆえに、その当たり前をわざわざ言われて、困惑したのである。

 

「さぁ、メルさんも一緒に……」

「いえ、私は──」

 

 ケントの言葉にメルは首を横に振った。

 そして襲撃して攻撃を加えてきたポーンを遠めに見つめる。

 

「──お二人とは逆方向に逃げます。それで相手の目を逸らしますので、そのうちに退去を」

「バカなことはおよしよ!」

 

 反発したのはグラン・マだった。

 ケントも止めようとした様子だったが、それ以上にグラン・マが苛烈な反応をしたので、それ以上言えなくなっている。

 

「メル、アンタなにを考えているんだい? アンタの役目は囮でも護衛でもないだろう? 余計なことをせずに避難を──」

「でも、敵の狙いはおそらく巴里華撃団司令のグラン・マです。そして、巴里華撃団にとって、シャノワールにとって、あなたを失うわけにはいかないんです。ですから──」

「「な──ッ」」

 

 言うや、メルは飛び出し、そして駆け出す。

 その姿を見た蒸気獣ポーンが動き出していた。

 

「メル、よしな!!」

 

 慌ててグラン・マが手を伸ばすが──それをケントが引き留めた。

 

「グラン・マ、ここは……メルさんの努力を無駄にしないためにも──」

 

 様々な感情を押し殺した様子で、ケントがグラン・マを制止し、そして逆方向へと手を引く。

 後ろ髪を引かれる思いで、グラン・マは数回振り返り──そして、ケント共に走り去っていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな二人を背後に、メルは走った。

 ポーンから逃げ、そして他の二人を逃げやすくするために。

 

「グラン・マが無事に逃げられれば……」

 

 そう呟きながらメルは走る。

 無論、ポーンからは逃げるようなルートをとりつつだ。武器も戦闘手段もない彼女がポーンに対抗するのは不可能である。

 交差点を折れ、路地を抜け、とにかく走る。

 

(私が、頑張らないと……)

 

 メルは気負っていた。

 ほんの数ヶ月前には、そこにいた“黒髪の貴公子”と呼ばれた日本人男性。

 巴里の街に現れた彼は、巴里華撃団花組を率いてパリシィ怪人や蒸気獣を相手に勇猛果敢に戦い抜き──

 強大な敵を打ち倒し──

 危機一髪の窮地も乗り越え──

 到底かなわないような絶体絶命さえも(くつがえ)し──

 そして勝利を掴み、この巴里の街を守り抜いたのである。

 そんな彼は、巴里の市民にとって──それはもちろんメルにとっても──不可能を可能にする英雄だったのだ。

 

 その彼が──巴里を去った。

 

 それは巴里華撃団にとっては手痛い消失であった。

 まるで突然巣立ちを迫られた雛鳥ような──いや、巣から親鳥が去ってしまったような喪失感であった。

 残された雛鳥たちは親鳥が帰ってこないと理解し──強くならなければならないと心に誓ったのだ。

 それはメルもそうであり──自分も困難に直面すれば、最善を尽くさなければならない、と心に誓ったのだ。

 

(その危機こそ……今!!)

 

 メルは決意を込めて──巴里を去った大神の分も頑張ろうと、大神の代わりになろうと、そしてその頑張りを彼に誇ろうと──街を駆け抜けた。

 そうして全力で走る彼女。

 ポーンを引き離してしまわないだろうかという懸念は、無用のものだった。

 なにしろ人のサイズよりも大きい。

 それが生み出す速度からは容易に逃げられるものではなかったのだ。

 ポーンに追い立てられながら、何度か角を曲がり──

 

「──え?」

 

 メルは愕然とする。

 

「行き、止まり……?」

 

 無情にも目の前には建物の壁が立ちふさがっていた。

 慌てて引き返そうと振り返った彼女の目の前には──蒸気獣ポーン。

 パリシィ事件で見かけたそれとは細部が異なる。トランプのクラブの意匠が施されたもの。

 そのポーンが無感情に、一歩一歩ゆっくりと、メルに迫る。

 

「──ッ!!」

 

 その光景にメルは血の気がスッと下がり──冷静さが彼女に戻ってくる。

 そして落ち着いた彼女は思い知った──自分は英雄ではないのだ、と。

 

「あぁ…………」

 

 絶体絶命の危機に襲ってきたのは絶望感だった。

 それに思わず足がすくみ、震え、動かすことはおろか力は抜けるばかりであった。

 この危機を覆すことができない自分はすなわち──英雄ではない。

 ただのか弱き一般市民なのだ。

 愕然とするメルの脳裏に、先ほどの別れ際にグラン・マが言った言葉がよぎる。

 

 ──バカなことはおよしよ。

 

 冷静になればその通りだ。

 ポーンを相手にどうにかなると考えることこそ「バカなこと」だった。

 相手は人の力を越えるもの。

 それに何の策もなく挑むことこそ無謀でしかなかったのだ。

 

(私、死ぬの……?)

 

 迫り来るポーンを前に、メルは呆然とそれを見つめていた。

 どこか「死ぬわけがない」と思っていたのかもしれない。

 パリシィ事件をくぐり抜け、英国諜報部に捕まったピンチも仲間によって助けられたものの、なんとか乗り越えた。

 だからこそ今度も何とかなる、そう思いこんでいた。

 

 ああ、現実とはなんと残酷なのだろう。

 力無き一般人には、その傍若無人たる圧倒的な暴力には(あらが)うことなどできるはずもなく、ただただ逃げることしかできないのだ。

 愚かにもそれに逆らえば待っているのは──死。

 

 それを思い知らされたメルは、目の前の脅威が手にした剣を振り上げるのを見て、震えた足から力が抜けて座り込んでしまう。

 目を固く閉じ、自分の弱さを噛みしめ──神に懺悔し祈ることしかできなかった。

 そして振り下ろされる剣。

 その無慈悲なる一撃に無力な一般人は為す術もなく──

 

 

 ──その無力な民を助けるために神が使わす者こそ英雄なのだ。

 

 

 メルは顔を伏せて目を固く閉じ、死神の鎌のごとく振り上げられたポーンの剣が振り下ろされる気配を感じて──その直後にやってきた、突然の横から体全体が持って行かれるような強烈な勢いをまともに受けた。

 塞がっていた視界のせいで何が起こったのか、サッパリ分からない。

 一つだけ確かなのは──今、メルが生きているということである。

 

「いったい何が……」

 

 体は横になっているようだが、ベッドのような安定性はなく、妙に落ち着かない。

 メルは恐る恐る目を開き──

 

「なッ!?」

 

 その目を疑った。

 はたして体は無事であった。怪我一つ無く、痛むところもない。

 そして──メルは抱き抱えられていた。

 じっかりと肩を捕まれ、足は逆の腕を膝の後ろに回されて支えられている──俗に言う“お姫様抱っこ”の状態だ。

 そして、それをしているのは──

 

「大丈夫でしたか? メルさん……」

 

 漆黒の髪が特徴的な男性だった。

 それは彼女が憧れたような逆毛ではなく、長すぎず短すぎない自然に下りた髪だった。

 彼女を見つめる目は碧眼。

 まだ少年のあどけなさが残るその顔は──メルが知ってる人だった。

 

「ケントさん!?」

 

 思いのほかに近いその顔を見て──

 そして、今の彼に抱き抱えられた自分の姿を思い出し──

 なによりも絶体絶命の危機を救ってくれた彼に胸が高鳴り──

 

 メルは思わず顔を赤くしていた。




【よもやま話】
 そろそろお気づきかと思いますが、今回はケントの話であり、同時にメルのヒロイン回でもあります。
 そんなわけで、3人目のヒロインはメルでした。

 でも、どうなるんだろこれ。嫌われかけてるような……
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