サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──13──

 ケントとグラン・マは走りながら、ポーンが追いかけて来ていないことに気がついていた。

 しかし、その事実は逆に二人の心を焦らせていた。

 なぜなら──

 

「こっちに来ていないってことは、メルさんの方に行っているってことですか」

「まったく、バカな娘だよ、本当に……」

 

 ケントの呟きに、それが聞こえたグラン・マがポツリと感想を漏らす。あまりに無謀であることは、グラン・マ自身がよく分かっていたからだ。

「生身の体でポーンみたいなのを倒すなんて、武術の達人でもなければ無理さ……」

 彼女は資料を見て知っている。

 帝国華撃団にはそれを成し遂げた人が確かにいる。

 桜舞う上野公園に現れた怪蒸気──魔操機兵・脇侍を一刀両断に切り捨てた真宮寺さくら。

 そして帝国華撃団が組織される遥か前に、帝都に出現した降魔を二剣二刀を手に戦った陸軍対降魔部隊の四人。

 資料でしか見たことのない戦いだったが、実際に真宮寺さくらを見た限りでは、彼女の強さを肌に感じ、それがかなりの腕前でなければ成し遂げられないものだと分かった。

 無論、巴里華撃団にそれに匹敵する者がいないわけではない。

 グリシーヌの斧さばきならば生身であっても、ポーン単体相手なら退けられるだろう。

 ロベリアの身のこなしと戦闘技術や発火能力をもってすれば、やはり同数なら対抗することもできるだろう。

 しかし──

 

「素人のあの()に、何ができるって言うのさ……」

 

 メルには対抗できる力がないのだ。

 グリシーヌのような武術も、コクリコのような身のこなしも、ロベリアのような修羅場をくぐり抜けた度胸も、エリカや花火のような強い霊力もない。

 なのに、なぜあんな無茶で無謀な無理をしたのか──グラン・マには少しだけ心当たりがあった。

 

(思い詰めていたんだろうね。ムッシュが居なくなったせいで……)

 

 責任感の強いメルは、人を頼るのが不器用な娘だった。それは近くで見ていたグラン・マはよくわかっていた。

 巴里にやってきた大神一郎相手でも、メルは最初は距離を掴みあぐねていたのだが、次第に信頼を寄せるようになっていった。

 その彼が居なくなり、メルの心にぽっかり穴があいたのもグラン・マはわかっていた。

 帰国した直後は心ここに在らずといったこともあったし、それまでの彼女なら考えられないような凡ミスをすることさえあった。

 それを自覚し、反省した彼女は──昔よりも余計に背負い込むようになってしまっていた。

 

(それを見かねてシーも、ケントに声をかけたんだろうけど、ね)

 

 シーはさすが、よくメルを見ている。

 グラン・マよりも早く気がついていた様子であったし、その対策として、年下で温厚という仕事を頼みやすいケントに目を付けて、メルのサポートをさせようとしたのだろう。

 だが、上手くはいかなかったようだ。

 かくして抱え込みすぎたメルは、その暴走した使命感から無謀な蛮勇へと突っ走ってしまい──

 

「グラン・マ!! 無事ですね!? よかった……」

 

 駆けるグラン・マとケントの下へ、身のこなしの軽い数人が集まってきていた。

 

「お前たち……来てくれたのかい」

 

 その姿にホッとしながらグラン・マは走る速度を緩める。

 一方、共に走っていたケントは事態が飲み込めず、ポカンとした様子であった。

 

「え? あの、この人たちは…………」

 

 困惑顔で尋ねるケントだったが、その顔をまじまじと見て、ふと見覚えがあるのに気が付く。

 そして記憶をたどり──

 

「あれ? ひょっとしてエリカさんのバックダンサーを務めている……?」

「ええ。一応、そうです……」

 

 ケントに言われて、少し戸惑い気味にうなずく、若い女性。

 彼女は指摘通り、普段はエリカのレビューである黒猫のダンスで、白猫姿で踊るバックダンサーの一人だった。

 そしてそれは表の顔であり、巴里華撃団としての顔は密偵の一人である。

 その優れた身体能力があるからこそ、毎回毎回バックダンサーを巻き込んで騒動を起こすエリカの舞台に参加し、大きな怪我をせずにいるのだ。

 

「ここまでくれば大丈夫です。あとは私達にお任せを……」

 

 その密偵の若い女性は、ケントにねぎらいの言葉をかけ、グラン・マの護衛を引き継いだ。

 さらには、彼女に加えて他に数名が現場に集まっており、グラン・マの身の安全はほぼ盤石になった。

 

「ともあれ、これで……」

 

 息を整えつつ、ため息混じりにグラン・マが呟いた。

 彼女が「人心地するとはまさにこのこと」と思った、そのときだった。

 ケントがグラン・マやその周囲の人へと振り返った。

 

「では皆さん、後はお任せします。メルさんを助けにいってきますので……」

「──なんだって!?」

 

 彼が発した言葉に、グラン・マは耳を疑った。

 そして、もちろんその無謀な発言を諫めた。

 

「バカを言うんじゃないよ、ケント。アンタまで何を言い出すんだい?」

「しかしグラン・マ。メルさんを助けないと……彼女のおかげでここまで逃げることができたようなものじゃないですか」

「それはそうさ。でも、あまりに無謀だよ。アンタだってポーン相手に勝てるわけがないのは同じなんだからね」

 

 ケントの剣の腕前は、護衛としても雇っている手前、確認はしている。

 確かに剣術の技術は高く、身体能力もいい。

 だがそれは──あくまで対人の戦闘という意味でだ。

 蒸気で動く巨大な金属製甲冑ともいうべき蒸気獣ポーンと戦うには、単純に威力不足だった

 その自覚はあるのか、ケントは悔しげに顔をゆがませる。

 それでもその瞳は──諦めていなかった。

 

「たとえそうでも……時間を稼ぐことができれば。倒せなくても逃がすことくらいできるはずです。それに、シーさんからも頼まれていますから! 約束は守らないと──」

 

 言うや、ケントは走り出した。

 今まさに、グラン・マたちがやってきた方向へ戻るように。

 

「バカ! およしよ!!」

 

(あの子の命を危険にさらすわけには──)

 

 ケントの素性を、託されたクレセント卿から聞いていた彼女は焦った。

 思わず彼を追いかけようとさえしてしまい──護衛を代わった密偵たちに押さえられるような有様だった。

 だが、クレセント卿から預かっている彼が万が一にも命を落とすようなことになっては一大事である。

 彼女が「マズい」と思いかけたとき、サッと人影が現れた。

 

「グラン・マ。彼のことはボクにお任せを……」

 

 くすんだ緑色の帽子に同色をしたチェック柄のコート姿。

 それを見間違えるはずもない。

 

「──頼んだよ、ローラ!」

「心得ましたッ」

 

 現れたときと同じように一瞬で姿を消した彼女。

 彼女の実力はとりあえずはグラン・マを落ち着かせるくらいに信用できるものだ。

 

(それにしてもまったく、メルもケントも人の言うことを聞きやしない。人の命を助けるのに周囲が見えなくなるなんて、意外と似たところがあるねぇ、あの二人は)

 

 少しだけホッとして吐いたグラン・マの小さなため息を、ローラが去り際に巻き起こした烈風が吹き散らした。

 




【よもやま話】
 駆けつけた密偵は、バックダンサーの中でもムービーで尻尾引っ張られてコケる人でイメージしてます。
 無論、彼女が密偵という公式設定などなく、完全なオリジナルですので。
 密偵で運動神経がいいから、あんなことになっても怪我をせず、エリカも安心してドジができるわけですね。
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