サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──18──

 シャノワールのあるモンマルトルの東側へ少し離れた場所にある運河。

 そのほとりに、少年がたたずんでいた。

 仕立ての良い執事が着るような服は、街中ではやや目立ってしまうが、それでも周囲に人影がまばらなのもあって彼をジロジロと見る人はいなかった。

 たたずんでいるのはケント=ドレイクであった。

 

「はぁ……どうしたものか……」

 

 彼はため息混じりにつぶやき、セーヌの流れをぼんやりと見つめている。

 仕事着こそ着ているが、今は休憩を言いつけられていた。夕方から一晩中にかけて意識がなかった彼に運転を任せるのはまだ不安がある、という判断だ。

 しかしメルやグリシーヌがいるシャノワールには居づらく、そこかから出た彼は悩みを抱えながら歩いてここへたどり着き、こうしてここで考えを巡らせていたのだ。

 

「……居づらい、っていうのもありますけど」

 

 シャノワールに居れば、巴里華撃団のメンバーの目がある。

 特にグリシーヌが居れば、非難するような目で睨んでくる。メルには露骨に避けられるだろう。

 

「グリシーヌさん、か……」

 

 彼女に言われた言葉を思い出し、それが胸に刺さる。

 怒った彼女が言った「臆病者! 貴様は戦いたくなくて逃げているだけではないか!!」という言葉。

 

「戦いたくない訳じゃない、んですが……」

 

 言い訳するように、思わず口から言葉がついて出る。

 戦うのが嫌なら、メルを助けに戻ったりはしなかった。

 そもそもグラン・マの運転手も“護衛兼務”なのだから、それを引き受けた時点で戦う覚悟はできているのだ。

 

「でも、それだけじゃない……」

 

 戦う覚悟があってもそれだけで戦えるわけではない。

 この前はメルを助けることができたのは、(ひとえ)に目覚めた力──華撃団の皆が言うには霊力──のおかげである。

 そんな突然に覚醒した霊力という力への恐れもあった。

 得体の知れない力という不安もさることながら、突然使えるようになったのだから、逆に突然使えなくなってしまうのではないか、という畏れもあるのだ。

 そして──

 

「“逃げている”、か。それは確かにそうなわけで……」

 

 それが特に心に痛かった。

 ケントにはその通りだという自覚があった。なにしろ英国本国に居辛くなり、叔父を頼ってこの街にきたのだから。

 その行動が“逃げ”そのものでしかない。

 自分の弱さを突かれたようで、苦しかった。

 付け加えるなら、華撃団へ入らないのは、霊力への不安からも逃げているから、という側面もあるのだ。

 

「逃げたら、ダメなんですかね。やっぱり……」

 

 グリシーヌの姿を思い浮かべ、「あの人はそういうことは頭にないんだろうな」と思う。

 しかしケントだって「でも……」と思う気持ちはある。

 ケントは臆病者ではない。できることなら逃げたくはないのだ。

 

「せっかくの“居場所”なんだから、失いたくは……ありません」

 

 自分が居場所を欲しいと思った気持ちに嘘偽りはない。

 先日の戦いの最中での奇妙な空間で名も知らぬ鎧の騎士に語り、認められた言葉は覚えているし違える気もない。

 仲間のために戦う覚悟はあるし、そのために傷つくことも恐れない。

 しかし──

 

「でも巴里華撃団に入れば……その居場所さえ失いかねない」

 

 今の居場所の延長上にある巴里華撃団という居場所。

 そこに至れば、今よりもさらに強い絆を得るのは間違いない。

 だが──それを失うリスクがより高くなってしまう。

 しかもそれは、戦いに負けるとか、そういった自分の努力でどうにかなる部分ではないところなのだ。

 

「ここに居るのが父や親族にバレれば……本国に戻されかねない」

 

 居場所を求めるがために、居場所を失いかねないというジレンマに、ケントは思い悩んでいた。

 川面を眺めながら、苦悩する──そんなケントに「あの……」と声がかけられた。

 

「はい?」

 

 彼が振り向くと、一人の修道女が傍らに立っていた。

 赤くもない、極めて普通でオーソドックスな、黒い修道服の女性だった。もちろんエリカではない。

 

「大変失礼とは思いましたが、なにかお悩みではないでしょうか?」

 

 彼女は心配そうな表情で、ケントを見ている。

 整った顔立ちの女性だった。修道女が被っているヴェールからは長い金髪が見え隠れしている

 

「え、っと……」

 

 修道女とはいえ、そんな美女から突然に声をかけられ、あまり人付き合いが得意ではない彼は戸惑っていた。

 

「ああ、そんな畏まらないでください。ただ、場所が場所だけに声をかけさせていただいただけですので……」

 

 そう言って彼女はちらっと川の方を見る。

 それでケントは「ああ、なるほど……」と納得する。

 思い詰めたような人が川面を見つめていた、という自分の客観的な状況を理解した。

 

(身投げするのでは、と疑われたってことですか……)

 

 その結論に思わず苦笑し──相手も自分の杞憂と気が付いたようで苦笑を返してきた。

 

「やはり、私の勘違いだったようですね。安心しました……お強い方ですから、そうではないのでは、と思いはしたのですけど……」

「……強い?」

 

 相手の言い方が引っかかり、ケントは眉をひそめた。

 まるで自分を知っているような──初めて会ったわけではないようなその言い方が気になったのだ。

 

「あの、どこかでお会いしましたか?」

 

 もしも知り合いであれば、忘れているのは失礼にあたる。

 ケントは恐る恐るではあったが、それを放置することの方がさらに失礼にあたると考えて尋ねた。

 すると相手の修道女は首を横に振る。

 

「いえ、こうして面と向かってお会いするのは初めてですわ。でも、先日、お見かけしました。近頃、世を騒がせている怪蒸気が暴れているその場所で……」

「え?」

 

 驚いて思わず声が出てしまう。

 そんな戸惑うケントに、修道女は微笑を浮かべて話した。

 

「はい。偶然、あの場所を通りがかって巻き込まれてしまい……そこであなた様が剣であの機械を倒すのをお見かけしました。あのときはありがとうございました」

 

 そう言って修道女は頭を下げる。

 とはいっても、ケントはその存在に気が付いていなかったし、そもそも「メルを守った」という認識だったので、全くの別人から礼を言われても戸惑うばかりである。

 

「いえ、私はそういうわけでは……」

「あなた様のおかげで私が助かったのは間違いありませんわ。ですから私も……あなた様の力になりたいと思ったのです。ここでお見かけして、どうやら悩んでおられる様子だったものですから」

 

 そう言って微笑んだ彼女の笑顔に、ケントは思わずドキッとしていた。

 ケント=ドレイクという人は、今まで他人から好意を向けられることに慣れていない人だった。

 無論、小さいころは母親や父親から大きな愛情を向けられて育ったのだが、やはり日本人との混血ということで、白い目で見られることが多かった。

 母親が亡くなってからはさらに顕著になり、父親が再婚してからはさらに酷くなった。

 そういう環境だったからこそ、ケントはその好意に戸惑い──突然、懐から聞こえた音に驚く。

 

「そういえば……」

 

 シャノワールで働くようになった日に、グラン・マから渡された携帯端末をそこへ入れていたのを思い出した。

 慌てて取り出せば、そこには「至急、シャノワールニ戻レ」の文字が表示されていた。

 

「これは……」

 

 一瞬、休憩時間をオーバーしてしまったのかとドキッとして腕時計を確認したが、よく考えれば今は昼休み等の休憩時間とは違う。

 体調を整えるための休みのはずなのだが……

 

「……どういうことだろう?」

 

 思わず首を傾げたくなったが、目の前にいた修道女が不思議そうにしていたので、とりあえず誤魔化す。

 

「あ、すみません。ちょっと呼ばれてしまったので……」

「あら、そうですか……残念です。もっとお話ししたかったのですが……」

 

 そう言って表情を曇らせる彼女の言葉が、嘘や社交辞令ではないと思えた。

 かといって、シャノワールに戻らないわけには行かない。

 ケントは後ろ髪を引かれる思いで「では……」と声をかけてから立ち去ろうとし──

 

「あの! お名前を伺っても? 私は、エレインと申しますが……」

「ケントです!」

 

 名乗りながらケントは走り出す。

 そんな彼に、エレインと名乗った彼女は手を振り「いずれ、また……」と見送る。

 その言葉を背に、ケントは急いでシャノワールへと向かった。

 




【よもやま話】
 なずな探索のときに「悩んだらここ」と思っていたので、同じ場所に来てます。(笑)
 誰も来てくれないのは、花組に入っているなずなと入っていないケントとの対比でもあります。
 ……なんかよくわからん人にからまれてるけど。
 この人、エリカと同じ協会の修道女という設定があるのですが……
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