サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~ 作:ヤットキ 夕一
シャノワールの秘書室で、執事服を着たケントは椅子に座って治療を受けていた。
その向かいに座り、消毒液を含ませた脱脂綿を、ピンセットで掴みながらケントの顔の傷を消毒しているのはメイド服の女性──メル=レゾンである。
「──っ!」
「痛みますか? でも、それが効いているということですから……」
血が滲んだ部分に触れ、その痛みで顔をしかめたケントの様子を見て、手を止めたメルが言う。
「はい……わざわざ、すみません……」
消毒されながら謝るケント。
その表情が元に戻ると、メルは再び作業に戻った。
「こんなに傷を負うだなんて……厳しい戦いだったんですね」
「それは、まぁ……」
心配そうなメルの視線に耐えかね、思わず視線を逸らす。
なにしろこの傷のほとんどは、敵ではなく味方に負わされたものだったからだ。それも戦闘終了後に。
「あの、メルさん。もう大丈夫ですから」
「いけません。まだ治療中です」
事情が事情だけにいたたまれなくなったケントが言うが、あのときハッチを開けてからの会話が通信に入っていなかったために事情を知らないメルは心配し、頑として譲らなかった。
「あまり大げさにしなくても……」
「ちょっとした怪我から化膿して大事になることもあるんです。それに運転手がそんな怪我をしたままでいたら、グラン・マの沽券に関わります。早く治してください」
「はい……」
それを持ち出されては、ケントもうなずくしかなかった。
大人しく無言になったケントの顔の傷を、メルはさらに消毒していく
そこへ──
「おやおや~。すっかり仲がよくなったみたいねぇ。メル、それにケントくん」
クスクスと含み笑いをしながらやってきた、もう一人のメイド服の女性。
メルと共にグラン・マに仕え、短く整えられた彼女とは対照的な、長い巻き毛の髪をした彼女はシー・カプリスである。
「これは……違うわ! グラン・マの運転手を、情けない顔のままにしておくわけにはいかないからよ」
シーには砕けた口調になるメル。
その変化に気がついたシーはちょっとだけ残念そうな顔になった。
「まだ、完全には警戒心をといたわけじゃないみたいね。ケントくん、もっと精進しないと駄目よぅ?」
「精進って、そんな……」
戸惑うメルに対し、ケントは笑顔で──
「はい、がんばります」
──と答えたので、メルはさらに焦った。
「何を言うんですか、ケントさん。シーの口車に乗らないでください!」
「え~、メルだって、もっとケントくんと仲良くなりたくないの?」
「それは……」
反射的に答えそうになったメルだったが、どうにか口を濁した。
気恥ずかしさで思わず否定しそうになったが、さすがにそれを口に出したらケントに気まずくなってしまう。
かといって肯定するのはもっと恥ずかしい。
だが、言葉を濁したことで、シーにさらなる隙を見せてしまったのを、直後に思い知ることになる。
「なんと言っても~ お揃いの服を着るくらいの仲だもんね~」
「な──ッ」
思わず絶句するメルに対し、からかうように「ふふん」と笑みを浮かべるシー。
最近、よく彼女がからかうようになったネタであった。
そしてメルは、そのきっかけになったときのことを思い出していた。
「皆様、よくご無事で……お疲れさまでした」
出撃から帰ってきた花組の面々が、格納庫で霊子甲冑から降りて、この作戦司令室へと戻ってきたのを、メルはシーと共にお辞儀をして迎える。
それは普段──それこそパリシィ事件の時のころから変わらないこと……だったはずなのだが、今日ばかりは少し様子がおかしかった。
「メルさんもシーさんも、お疲れさまでした~」
真っ先に戻ってきたエリカが満面の笑みで挨拶を返すのは変わらなかったが、その後に入ってきたグリシーヌが、思わず一度足を止めた。
「──ん?」
訝しがるような目でメルを見たが、なぜか「ふむ……」と考え込むようにし、それから思い出したように、「ああ、すまない。二人ともご苦労だったな……」と去っていく。
「ぅわッ!?」
続いて現れたコクリコは、メルを見て露骨に驚いた顔をした。
だが、すぐに苦笑混じりのような笑みを浮かべて、「ゴメン。ちょっと驚いちゃって……」と誤魔化すように言って、苦笑顔のまま去っていく。
それは花火も似たような反応で──
「まぁ……」
口に手を当てて驚き、それから特に機嫌がいいのか、クスクスと微笑を浮かべてメルを見つめて去っていく。
ロベリアに至っては──メルを見るなりギョッとしたように細い目を見開き、その後に素早く後ろを振り向いていた。
「あの……」
心配したメルが声をかけると、ロベリアはビクッと肩を震わせ──何かをこらえながら元の方へと振り返った。
「一応、確認するけど……これ、笑ったらいけないヤツなのか?」
「え? なにがでしょうか?」
ロベリアの質問の意図がわからず、思わず問い返すメル。
するとロベリアの視線が、少しだけずれた。すると──
「あ~、わかったよ。アタシの勘違いだった。忘れてくれ」
突然態度を変えると、「アンタも、お疲れさん」と急に陽気な感じで言って、やはりメルの前を去っていく。
そして、最後に黄色の戦闘服に身を包んだなずながなぜか「ふん」と怒った調子でおり、紺色の男性用戦闘服を着た──これまたなぜか上半身を中心にまるで靴の踏み跡のような汚れが無数についたケントの前を歩いていた。
「おつかれさまでした、なずなさん。結界のおかげで街が傷つかずグラン・マも喜んでましたよ」
「あ、メルさん。ありがとうございます。そう言ってもらえると、あたしもがんばった甲斐があるというか……」
そう言って、天使爛漫な笑みを浮かべるなずな。
そして続いてメルはケントへと声をかける。
「お疲れさまでした、ケントさん。初陣でしたが、大型蒸気獣を一度に三体倒すなんて……本当にすごいことです。まさにあの時のようで──」
メルは自分がポーンから助けてもらったときのことを思い出しながら、自覚がないものの興奮気味になっていた。
すると、メルではなくシーと話していたなずなが──
「あの……なんでシーさんは戦闘服着ていないんですか?」
突然、そんなことを言い出した。
そんな発言に、皆が「え?」と驚き、そしてロベリアが──
「いやいやいや、違うだろ、なずな。ツッコむのは……おかしいのはそっちじゃない方だぞ」
──とすかさず言った。半ば笑っているかのようにも見える。
だが、なずなは意外そうに戸惑っていた。
「え? シーさんって司令室でオペレーターやってるわけですし、風組所属の帝劇三人娘いみたいな感じですよね? それなら戦闘服を着ているのが普通のような……」
「帝劇三人娘? 誰なのだ、それは?」
「だけど、前のパリシィの時も、ずっとその格好だったよね? メイド服……」
グリシーヌに続いてコクリコも意見を言う。
「そうですよぅ? なんで突然……」
シーも困ったような顔でそれに応じる。
一方、メルはなずなが突然、なんでそんなことを言い出したのだろうか、と疑問に思っていた。
そこへ。なずなが言う──
「でも……メルさんは戦闘服着てるのに?」
「──え?」
その言葉に耳を疑うメル。
(戦闘服? いったい何のことでしょうか?)
しかも自分が着ている、とは──と思い至ったところで、メルはようやく気がついた。
「──ッ!?」
自分の服を見て、そして驚く。
体の前面にある特徴的な金属光沢のある半球。そしてジャケットの肩部分にある接続端子。
いつものメイド服からはかけ離れたその姿は、どこからどう見ても、花組の戦闘服である。
エリカやグリシーヌ達とまったく同じ形で、色は紺色に染められている。
なぜ、こんなものを──と聞くまでもない。ケントを出撃させるためのお芝居の中でそれを着て、そのままオペレートに戻ったため、着替え忘れていたのだ。
「あのとき、一刻も早く戻らないといけないと思って、それで……」
だから自分の服を忘れて着替えずに司令室へいってしまったのだ。
グラン・マと自分がおらず、迫水とシーに任せてしまったのが、その焦りの原因である。
それを思いだし、さらには今の自分の格好を考えて、思わず赤面してしまう。
そんなメルの反応に、花組の面々は──
「ふむ、やはり気がついていなかったのか。わたくしもおかしいとは思っていたのだが、あまりに皆が触れぬから黙っていたのだ……」
「アタシは手の込んだコメディかと思っていたよ。シーじゃなくて、カタブツのメルにやらせるとか、随分と面白いことをするじゃないかと感心していたんだけどねぇ」
少し気まず気なグリシーヌに対し、さも楽しげに言うロベリア。
「ボクも気がついていて、なんで着ているんだろうって思ったんだけど……」
「私は、とてもお似合いです、と思っておりました」
苦笑気味のコクリコと花火。
その反応で、なずなはやっと気がつく。
「あれ? メルさんの方がおかしかったの? 帝国華撃団だとオペレーターも戦闘服を着てるからてっきり……」
そう言うなずなは戦闘中の通信で気が付いていた。
シーがメイド服なのにも気づいていたし、そういえば前回の戦闘は二人ともメイド服だったとは思っていた。
しかし「触れちゃいけないのだろうか」と遠慮して言わなかったのだが、こらえきれなくなってつい指摘してしまったのである。
そして、そんな皆の言葉に、エリカも続いた。
「わぁ! 似合ってますよ、メルさん。その紺色の戦闘服……紺色? 紺色って……なるほど、ケントさんとペアルックなんですね!!」
気が付いたエリカが満面の善意の笑みを浮かべて指摘した。
「──なッ!?」
思わずケントの戦闘服を見る。
そして自分の着ている戦闘服を見る。
まったく同じ色──男女のデザインの差、とも言うべき同じカラーリングはエリカの言うとおり、まさにカップルが着るような一対のペアルックのように思えてしまった。
そのときのことを思い出し、そしてそのときと同様に顔を真っ赤にするメル。
それを見たシーが、からかうように笑みを浮かべた。
「やっぱりやっぱり、メルとケントくんってお似合いだと思うんだよね~」
「な!? なにを言うんですか、シー!」
「だってお揃いの服着てたじゃな~い」
「あれは花組の戦闘服だから! 他の人も同じデザインよ!!」
「でも、他の人は色は違ってたのに、二人は同じ色でぇ~」
「いい加減にしてください、シー。そもそもシーもグラン・マも気がついていたのに言わないなんて、本当にひどいです!!」
憤然と抗議するメル。そこへ──
「──おや、アタシはアンタが着替えないから、よほど気に入ったんだと思っていたんだけどねぇ」
「「「グラン・マ!?」」」
顔を出してそう言ったのは、秘書室の騒がしさを咎めようとたまたま出てきたグラン・マだった。
注意しに出てきたのだが、楽しそうな展開に彼女も悪のりする。
「それに、あの時言わなかったのは、ムッシュ・迫水も同罪だよ」
「これは手厳しい……」
グラン・マ同様に奥の支配人室にいた迫水典道が苦笑混じりに言った。
「なに、私は似合っていると思ったから、指摘するのは無粋かと思ったのだよ。そう思わないか? ケント君……」
「え? えっと……なにがでしょうか?」
「あの時の彼女の服について、だよ」
笑顔で言った迫水の言葉でケントは思わず、あの時のメルの姿を思い出す。
そして改めてメルの姿を見た。
気恥ずかしそうに頬を少し赤く染めながら、それでもじっとケントを見る彼女。
その姿と、花組戦闘服姿の彼女が重なり──
「ええ、とてもよく似合っていたと思います。素敵でしたよ」
「なっ……」
メルが思わず顔を赤くして絶句する。
そんなことはない、と否定しようと口を開く。
どうせ、そう言うケントも皆と同じようにからかうつもりなのだろう、と怒っていたのだが──彼の表情を見て、その反論や文句の言葉が引っ込んでいた。
口こそ微笑を浮かべていたが、その目は真剣だった。
心の底から、似合うと思っていたからこその表情。
そんな彼の賛辞に──メルは自分の心臓が大きく鼓動を打つのを自覚し、さらに顔が熱くなるのであった。
<次回予告>
ローラ:
さぁ、次回はいよいよ……美少女探偵たるボクがヒロインの話!
名探偵であるボクが主人公である以上は、話は謎が謎を呼ぶミステリー! そしてサスペンス!!
……ちょっとだけラブロマンスもあるかもしれない
コホン!! ともかく、謎の失踪事件を追う美少女探偵と助手。それを追ううちに三度現れた巨大蒸気獣を相手に、巴里華撃団はどう挑むのか!?
次回、『サクラ大戦3外伝 絶海より愛を込めて』 第3話
愛の御旗の下に……今回の犯人が、次回のカギになる、と推理しよう!!
【よもやま話】
メルと花組戦闘服は、やっぱり合うと思うんですよね。
とりあえず無事に打ち解けられて、なんとかヒロインにしましたけど、霊子甲冑に乗せるつもりはありません。
……というか、この後のメルの扱いも定かではなかったりします。
ちゃんとヒロインとして描けるだろうか……
次回のタイトルは──元ネタはお分かりですね? あのシリーズは好きです。「4」とか新作を作らないのでしょうか