サクラ大戦3外伝 ~絶海より愛をこめて~   作:ヤットキ 夕一

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──6──

 さて、それから数日後──

 

「──え?」

 

 なずなは信じられない思いでその言葉を聞いた。

 目の前には司令の米田と副司令のかえでがいて、笑顔で彼女を見ている。

 

「よく決断してくれたな、なずな」

「ええ。遠い巴里の地に行こうだなんて並大抵の覚悟じゃないはずよ。ありがとう。そして、がんばってね」

「は? えぇ……」

 

 戸惑うなずな。それもそのはず、彼女はその返事をまだ答えていなかったはずだからだ。

 

「えっと、あの……」

 

 戸惑うなずなを見て、かえでは怪訝そうにする。

 

「巴里華撃団への出向、承諾してくれたでしょう?」

「手続きはもう始めたからな。時期は大神が戻ってきたら間もなく出発するようになるだろうから、それを頭に準備しておけよ」

 

 一方で、米田は「頼むぜ」と笑みを浮かべて言い残し、去っていく。

 大帝国劇場の廊下ですれ違いざまに言われ──なずなは愕然としていた。

 

(嘘ッ!? あたし、承諾なんてしてないのに……なんで巴里に行くことになってるの!?)

 

 正直、まだ迷っていた。巴里は余りに遠く、どちらかと言えば行きたくない方へと傾いていたくらいだ。

 しかももう決定事項として手続きが進んでいるという。

 こうなってしまっては、今さら「やっぱり行きません」というわけにはいかないだろう。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……いったい、どういうこと?」

 

 突然の事態に、混乱しきっていたなずな。

 それから昼過ぎになって、食堂で一人食事をしている藤枝かえでを見つけ、食事が終わるのを見計らって、そっと近づいた。

 

「あ、あの……副司令、ちょっとよろしいでしょうか?」

「あら、なずな。どうしたの?」

 

 巴里行きが決まって、いろいろ聞きたいことがあるのかしら? と思ったかえでが微笑を浮かべて振り向く。

 

「あたしの巴里行きですけど……もし、仮に、例えばですけど……あ、あたしが、やっぱり行きたくないな~って言ったら…………どうなります?」

 

 精一杯の笑みを浮かべ、可能な限り冗談めかしてなずなが言ってみたが──かえでは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「それは……ハッキリ言って困るわね」

 

 困り顔──というよりは、厳しい顔になったかえでの表情が深刻さを現していた。

 

「あなたがすぐに返事をくれたから、話はだいぶ進んでいるのよ」

「んん?」

 

 もちろんなずなは即答なんてしていない。

 疑問に思ったが、かえでの話はまだ続く。

 

「それに、ことがことだけに今さら変更はできないわよ。もしも断ればあちらの華撃団の顔に泥を塗ることになるし、そうなったら個人の問題を軽く越えて日仏の国際問題になりかねない……」

「そ、そんな大問題に……」

 

 かえでの説明に、背筋に冷たいものが流れる。

 

「なずな……あなた、まさか…………」

「い、いえいえいえいえそんなそんな……もしも、って言ったじゃないですか。イヤですね。あはは……」

 

 冷や汗をかきながら、なずなが慌てて否定する。

 そうしながら、気になっていたことをさらに尋ねた。

 

「そういえば副司令、あたしが承諾したときって……どんな感じでした?」

「どんな感じって……どういうことかしら?」

「あ、それは……あたしは書類とか持ってきてなかったと思うんですけど…………」

「ああ、それなら伊吹さんが持ってきたのよ。代わりに持ってきました、って」

 

「な──」

 

 予想外の名前に絶句する。

 なずなは、自分に身に覚えがない以上、誰か他の人が勝手に話を強引に進めてしまったのではないかと疑っていた。

 そうなると、書類を勝手に作られた可能性が高い。

 その書類を持ってきたのが、よりにもよって乙女組の同期だったとは──

 

(まさか、かずらったら、寝かけたりして意識がハッキリとしないあたしに、外泊許可の書類と偽ってあの書類に署名させたんじゃ──)

 

 かえでの言うかずらとは、なずなと同じ乙女組にかつて所属していた伊吹 かずらのことである。

 これは確認しなければならない。

 なずなはさらにかえでに尋ねる。

 

「な、なるほど……でも、書類にあたしの署名とか必要でしたよね? その書類って……」

「署名? ええ。たしか署名に印鑑が押してあったのは覚えてるけど……」

「い、印鑑?」

 

 印鑑を押していた、となると別の疑わしい人物が出てくる。

 なずなと同じ印鑑を普段から使っている人が、一人いる。

 

(まさか、姉さん!?)

 

 なずなの“白繍”という名字は、「しらぬい」という読みはともかく、きわめて珍しい。少なくともなずなは字まで同じ姓の人に会ったことなんて無い。

 しかし、白繍 せり──実の姉なら、同じものを持っていて当たり前だ。

 そう考えると、一つだけ姉のせりから恨まれそうなことが心当たりがある。

 

(あのとき、あたしが夢組の隊長に相談したから。それを見られて嫉妬されたんだとしたら……)

 

 姉の嫉妬深さは夢組内、いやある事情から華撃団の中でも有名だった。

 その嫉妬を敵対組織に利用され、夢組隊長を瀕死にまで追い込んだことがあるからだ。

 

(姉さんの嫉妬深さを考えたら、あのときのあたしの反応を見て、海外に追い出そうとしたとか……)

 

 十分にあり得る話だと、なずなは思った。

 そうして考えにふけっていると──

 

「……なずな? 他に質問はないのかしら……」

「あ、はい……大丈夫です…………」

 

 思わずなずなが答えると、少し訝しがるような顔をしながらも、食事を終えたかえではテーブルを立った。

 それを見送りつつ、なずなはさらに考えようとして──

 

「なずなッ!!」

 

 その大きな声に、思案を止められて現実に引き戻される。

 見れば、給仕服を着た女性が、怒った顔で彼女の下へとやってきていた。

 

「姉さん……」

 

 今まさに、今回の件の元凶ではないかとなずな自身が疑った相手──姉のせりであった。

 彼女はなずなの下にたどり着くや、すでに昼の営業時間が終わっているのをいいことに、周囲の目を気にすることなく感情を露わにする。

 

「あなた、一体どういうつもりよ!」

「どういうつもりって……」

 

 恋い焦がれる人に密かに好意を抱くことが、それほどまでに許せないのか、となずなは正直、姉の嫉妬心に恐怖さえ覚えた。

 なるほど、これなら勝手に印鑑を押してまで巴里に飛ばそうとするのも頷ける。

 そう思ったが──

 

「決まってるでしょ。支配人が相談するよう仰っていたのに、一人で勝手に巴里に行くのを決めて!!」

 

 姉はそう言って怒っていた。

 

「え?」

 

 想像とは違う反応に、なずなは戸惑う。

 無論、それが真意を隠すための演技である可能性はあるが、正直者の姉は隠しごと程度ならともかく、嘘を付くことに関しては不器用で、ここまで迫真の演技ができるとは思えない。

 そして、彼女がそう怒るということは、なずなを巴里に行かせるのを画策したのは、姉ではないということになる。

 

(姉さんじゃないってことは──やっぱり、かずら?)

 

 一生懸命に自分を怒ってくる姉を見ながら、「それやったの、あたしじゃないんだけどなぁ」と思いつつ、その犯人を探る。

 思えばかずらもまた、姉と同じ人に想いを寄せている一人である。動機は十分だろう。

 無論、同期というだけでなく、なずな自身は彼女のことを親友と思っているので彼女が犯人だとしたら少なからずショックである。

 しかし親友だからこそ、引っ込み思案な彼女がいざというときに見せるときの爆発力を知っているし、最近ではそれを“彼”絡みでよく突飛も無い行動力を見せて発揮させているのも見聞きしている。

 やはりかずらが犯人だとしても、“あり得ない話ではない”のである。

 するとそこへ──

 

「せりさんに、ぺんちゃん……いったいどうしたんですか?」

 

 ふわふわの髪を三つ編みにまとめて背中に流している娘が現れた。

 乙女組の同期で呼ばれていた、なずな=ぺんぺん草から名付けられた自分のあだ名を、何度言っても変えずにそのまま呼び続けるマイペースな彼女──伊吹 かずらである。

 

「かずら、貴方からも言ってやって。なずなったら巴里に出向するのを勝手に決めちゃって……」

「ええッ!? ぺんちゃん、巴里に行っちゃうの!? なんで!?」

 

 心底驚いたという様子のかずら。

 なずなは、そういえばこの親友に相談していなかったわ、と思った。

 無論、理由はある。

 彼女は養成機関の乙女組に入ったころは花組志望だったのが、後々に霊子甲冑の基幹部品である霊子水晶との相性が悪く、霊子甲冑を動かせないのが判明したのだ。

 そのときに相当なショックを受けているのを目の当たりにしている──むしろ当時、荒れた彼女と接点を持ったのが、親友となったきっかけである──だけに、相談することが気まずかったのだ。

 なずながそんなことを考えている間に、姉のせりがかずらに事態を説明していた。

 かずらはそれを聞き終えると、なずなの服の襟を掴まんばかりに詰め寄ってきた。

 

「なんで相談してくれなかったのよ! 事情も分かったし、ぺんちゃんが気を使ってくれたのは分かるよ? でも、やっぱりいなくなっちゃうだなんて──」

 

 そう言って涙ぐむ親友。

 それでふと思い出したのだが、実家が裕福な貿易商で何不自由なく育てられた彼女は、引っ込み思案ではあるが、基本的には甘えん坊なのである。

 こうして泣きついてきている姿も、まるで妹のようで憎めない。

 だからこそ、その姿にはさすがになずなも嘘はないと思った。

 意中の相手に対して小悪魔的にウソをつく姿はたまに見ているが、それはあくまで“彼”に対してのみである。

 

(でも、だとしたら……やっぱり、誰が書類を偽造したの?)

 

 その疑問は解決しなかった。

 二人がシロだとしたら──推理は完全に暗礁に乗り上げてしまう。

 

(あたしを巴里に行かせたい人? 帝都に残したくない人……)

 

 誰かからそこまで強い恨みをかうような覚えもない。

 無論、乙女組の者達からは、『花組にもっとも近い人』ということで嫉妬をかっているだろう。

 だが、感情だけで動くような乙女組の者達の偽造したような書類が、華撃団内で正式な書類として通ってしまうだろうか、という疑問が起こる。

 

(乙女組ではたぶん無い。花組の先輩が大神少尉を早く戻したいからって線も──無いわよね……)

 

 襟を掴んでいたはずのかずらが、いつの間にか泣きついている形になり、その頭を撫でて慰めていたなずなは、そんなことを考えながら──その視界に、姉とは別の給仕を捉えていた。

 目の前を横切っていく、長い髪を結い上げ、線のように細い目をした給仕服の女性。

 なずなの視線に気が付いたのか、チラッとこちらを見た彼女は、軽く頭を下げて厨房の方へと歩いていく。

 

(……忘れてた。あの人かも…………)

 

 姉のせりでも、親友のかずらでもなく──二人と同じ人に一途な想いを寄せる人、塙詰(はなつめ) しのぶである。

 夢組の副隊長である彼女なら、内部の書類やその決済についても詳しくて当たり前。さらには元々は陰陽寮という魔術結社の間者だったという噂もある。それが本当なら文書の偽造くらいわけもないだろう。

 

(あり得る……ううん、きっとあの人に違いない…………)

 

 そう思いこんだなずなの目には、先ほどの会釈の際に浮かべていた微笑さえも、罠にかかった獲物を嘲り笑うような冷笑に見えていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──ともあれ、それから飛ぶように日は流れ、なずなは姉やその同僚、乙女組の同期・後輩達、そして短いながらもお世話になった花組の面々に見送られて、フランスは巴里を目指しての船旅に出たのである。




【よもやま話】
 そしてミステリー。
 勝手に外国に飛ばされる書類をねつ造されるのは『エリア88』冒頭のオマージュです。
 さぁ、犯人は誰だ!

 次でやっと巴里に戻ります。
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