ドンという音と共にぐらりと横に傾き、バンと聞こえたらぐわんと波打つように撓み、ダンと響いたらずしんと縦に揺れる。
足に力を込めて耐えて、足を進めて踏ん張って。
気を緩めるなんて出来ないし、そんな暇も隙もなくて、息が上がる。
移動しながらの攻防は、たとえ一本道であったとしても、とても神経を使うのだと体感してる。
進んできた通路を戻りながら、しかも応戦するには相性が少し…いや、だいぶ悪い。
切り札ではないっぽいけど、さっきのエレブーより育てられているのが分かるし、迫力が段違いだ。
対峙しているのは全身赤い甲殻で包まれた、むし・はがね複合タイプのポケモン、ハッサム。
進化前のストライクに比べれば素早さは下がるものの、はがねタイプが加わったことで物理攻撃力が高くなっており、その両手の大きなハサミは岩を砕ける硬さがある。
つまり、当たったら終わり。
ブブブブと耳に障る羽音が反響して煩くて、その体格は通路をほぼ埋めるほどで威圧感が半端ない。
ブォンと振り落とされる攻撃を避けるのに精一杯で、松ちゃんに反撃してもらっても効きはイマイチで倒せそうにない。
翅で飛んでいる所為で、揺れでバランスを崩すことがないから尚更やりにくい。
当たったら、終わり。
それは、ヤドンが、ではない。
目的は、災害を起こすこと。
未曾有の天災を調べ、原因を突き止めた。
切欠は、巫女が亡くなったこと。
遠く離れた地であっても、それを察知した。
ならば、もし目の前で殺されたら。
己が領域で、寵愛した者が無惨に死したら。
それは、どれほどの絶望だろう。
どれだけの衝撃だろう。
嘆き悲しみ、きっと怒るだろう。
その被害は甚大だろう。
ーーー私達の目的は、
心底愉快だと言わんばかりに、淀みなく宣ったその返答を聞いた。
海神の領域だからこそ、あえて海の中にいることを。
私がここに居さえすれば、誘き寄せれるだろうと。
正解だ。
だからこそ、とても腹立たしい。
自分の身を守る。
ただそれだけのことが、こんなに重要な意味になっていることが。
死んでやるつもりはない。
殺されてやるつもりもない。
生きて帰るのは、決定事項だ。
誰がお前なんかの思い通りになってやるもんか。
怖くはない。
命を狙われることを恐ろしいと感じない。
でも、ふつふつと湧く怒りだけは止まらない。
すぐそばにいる、だから大丈夫。
私を傷付けることはない、だから大丈夫。
でも、それだけじゃ足りない。
生き残ることだけ考える。
怪我することだって避ける。
怒っているのは、私だけじゃない。
全身でもって集中して、潜水艦の爆発での揺れと、そうでない揺れの判別はもう出来てる。
振り下ろされる赤い大きなハサミも、速さに慣れれば避けるのに少し余裕が出来る。
近い。
多分、ここで大丈夫。
「おや、逃げるのは終わりですか?」
「そうだね。んでもって、ハッサムはここで沈んでもらう」
「ほう。ヤドンで倒せるとでも?それは楽しみですね」
タイプ相性が良いからって舐めすぎだし、こっちが逃げるだけだったからって侮りすぎ。
でも、生憎と私はバトルしてる訳じゃないので。
そもそも、トレーナーを狙うルール違反をしたのはそっちが先なので。
ちらりと松ちゃんを見ると、ぺしりと一回、尻尾で床を叩いて反応してくれた。
声に出さなくても伝わってる感覚。
それを信じて、指示を出す。
「ハッサム、仕留めなさい!」
「松ちゃん、全力でみずでっぽう!」
一瞬で間合いを詰められるのを避けてからの、
弾かれて、豪雨さながらに塗布された水飛沫が降り注ぐ。
壁に弾かれてまた跳ねて、飛沫する大小様々な水滴が、空気中に漂って、湿らせる。
翅をもつ虫は、それが濡れると飛ぶことが出来なくなる。
大きな体をもつポケモンなら、それは如実に現れる。
ぐらりと体が傾いたハッサムは、水の滴る床に足を着けた。
でもその瞬間、つるりと足が滑った。
運が味方をしてくれた。
大きな隙、そのチャンスを、逃すものか。
「ずつき!」
ドンッ、と。
最高のタイミングでぶつかりに行ってくれた松ちゃんはマジ格好いい。
更に大きく滑って、ベシャリと叩きつけられたハッサム。
ダメージはそんなにない。
けど、これで完全に翅は濡れた。
もう飛べない。
機動力が落ちて、こっちに有利なフィールドにして、これでおそらく五分で戦えるかもくらいの現状で。
でも、私はわざわざバトルする為にこんなことしてる訳じゃない。
「んじゃ、バイバイ!」
「はぃっ?」
清々しい笑顔を浮かべて、ガチャリと扉を開ける。
ここは、初めにいた部屋。
戻ってきたのは、この部屋が内鍵だと知っていたから。
もしかしたら他の部屋もそうなのかもしれないけど、確実性を優先して、ね。
ぽかんと間抜けな表情を晒していたが、ハッとして慌てて追い掛けようとしたものの、倒れたハッサムが通路を塞いて立ち往生しているのを尻目に扉を閉める。
計画通り…なんてね。
ガチャッと鍵をかけ、ついでに檻の操作機を倒して扉を塞ぐ。
マスターキーを持ってたとしても、これで少しは時間稼ぎ出来ると思う。
という訳で。
「松ちゃん、どう?」
「ん、問題ないで。ちょいと下がっときや」
「おっけ」
扉と反対側の、おそらく海側の壁。
気配がある。
力強い存在を、感じる。
息を吸う。
衝撃に耐えれるように、松ちゃんに抱きつく。
くる。
ーーーズドンッ!
壁が吹き飛んで、勢いよく流れ混んできた海水に体を任せる。
ざぶりと冷たい海水に包まれて、そのまま外に放り出された。
一瞬の浮遊感と、開放感。
上へと、海上へ出ようと、目を開いた。
あぁ、綺麗だな。
逃走に割いていた思考も、湧いてやまなかった感情も、全部すっぽりと追いやられて。
ただただ、綺麗だと、そう思った。
きっと、いま目の前に広がるこの光景を、忘れることはないだろう。
深い深い、青。
濃くて厚みのある、でも、鮮やかな、蒼。
煌めく光。
太陽光が透過して、降り注ぐ優しい、灯。
それから。
メノクラゲが、シェルダーが、ギャラドスが、ドククラゲが、トサキントが、ヒトデマンが、チョンチーが、タッツーが、ニョロモが、ジュゴンが、他にも、いっぱいのポケモン。
海の中、潜水艦を囲むように、まるで一つの群となったように、みんながいた。
その中心に、群を率いる長のように、圧倒的な存在感を放つ、白銀の巨体。
私達が信仰する、海の神。
ルギア。
見るのは二回目。
でも、海の中にいるその姿はとてもとても美しくて、ずっと見ていたいと思うほどに麗しくて。
全てを忘れて、見惚れた。