「えー、つまりだな。こっちの炎素の変換式は――」
ここはアルザーノ帝国魔術学院。
およそ四百年ほど前、当時の女王アリシア三世によって創立された国営魔術師育成専門学校。
大陸でアルザーノ帝国を魔導大国と轟かせる基盤となった学校であり、常に時代の最先端の魔術を学べる学び舎として、近隣諸国にも名高い。
「で、ここがこうなるワケ……おっ、時間だな。じゃ、今日の授業はここまで」
そういって、懐中時計を見ながら宣言するのは、黒い髪を少し伸ばし、後ろで括った黒目の男だ。
白いシャツに赤いネクタイ、黒のスラックス。背中には学院講師専用のローブを袖だけ通し、ボタンを留めないで着用している。
本来、講師用のローブは、自身がアルザーノ帝国魔術学院の講師であるということを示す、彼らにとっては誇りともなるもの。
だからこそ、それをまともに着用しない彼に怒りの目が向けられないのは些か不自然だが……。
「あっ、先生待って! まだ板書写せてないです!」
そういって、黒板を消そうとする男を止める、銀髪の少女。
「はぁ? ったく面倒くせぇ。じゃあこれお前が消せよなシスティーナ。俺は行くから」
「えっ? なんでそうなるんですか⁉ 少し待ってくれるだけでいいんです!」
「嫌だよ、俺は一分一秒時間を無駄にしない男なんだ」
「普段から授業遅刻したりしてる人が、こんな時だけまともなこと言わないでくださいよ!」
「あー何言ってんのか分かりませんー」
「なっ、ちょっと待ちな――」
システィーナと呼んだ少女の怒りの声を聞き流しながら、魔術講師は教室を出た。
「ったくもう……ホントロクでなしなんだからグレン先生……!」
「あ、はは……まぁ、落ち着いてシスティ……グレン先生の横暴は今に始まったことじゃないでしょ?」
「そう言うことじゃないでしょルミア!」
怒り心頭と言った様子で呻くシスティーナを、隣に座る金髪碧眼の少女、ルミアが曖昧に笑いながらズレたことを言って宥める。
グレン=レーダス。
アルザーノ帝国魔術学院にあるまじきロクでなし。それが、彼の学院全体の総評である。
およそ
だが、それ以上にとにかく生活態度が悪い。遅刻はする、魔術研究は適当。講師会議はサボる。上げれば、枚挙にいとまがない。
しかし、本当に……心底、癪ではあるが彼の授業は本当にレベルが高いのだ。だからこそ、彼は首を繋いでいる。
「……にしても、グレン先生が臨時の担任講師になって、結構経ったね」
「そう言えば、今朝の先生が言ったこと覚えてる?」
「えっと、確か……新しい非常勤の先生が来るんだっけ?」
ルミアが今朝のホームルームの状況を思い浮かべる。
『あー、突然だが、俺はもうすぐここの担任をやめる。これで俺はわざわざ早く来て準備しなくてよくなったわけだ。おめでとう!』
『いや何がおめでとうですか⁉ 何もめでたくないんですけど‼』
朝っぱらからよくそんな叫び声が出るなと内心感心するグレンは、先日の面接で知った事実を告げる。
『明日からは非常勤の講師がお前らの担任だ。よかったな、男子ども! 面接のときに顔見たが、美人の女の人だぞ!』
グレンが得意げに告げた瞬間、クラスの半分が歓声で埋まった。
そんな彼らを冷ややかな目で見つめる女子生徒。
『でも、非常勤でいきなり担任って、本当に大丈夫なんですか? 言っちゃなんっていうか、凄い癪に障るんですけど、グレン先生の授業って無駄に良いじゃないですか。余計ですけど』
『言い過ぎじゃね? 泣くぞこら?』
『で、実際のところどうなんです?』
『無視ですか……どうって言われてもなぁ……俺より位階は高いだろうなってことしか言えないな』
『先生未だに
『うっせ』
苦虫を嚙み潰したように言うグレン。
すると、懐から懐中時計を取り出し、満足げに頷いた。
『じゃ、そう言う訳だ。時間も時間だし、授業始めるぞー』
『……あ、授業時間ちょっと過ぎてる! これが狙いね!』
そのあと、またしてもひと悶着あった。
因みに、グレンとシスティーナの言い合いは、学院の名物にもなっている。
「……はぁ、でも、先生よりは性格マシな人なら何でもいいわ」
「あはは……」
憂鬱そうにする友人を前に、ルミアは曖昧に笑い続けた。
「はぁ、この生活ももう三年か……結構頑張ったね俺。褒めて」
誰にともなく独り、グレンは屋上で独り言つ。
夕日を背にする彼の手元には、配属される非常勤講師の資料があった。
「……セラ=シルヴァースねぇ……生きてたんだなこいつ。
雪も欺く白い肌、体に描かれた南原民族の独特の紋様に白い髪……だが、それすらも霞む特徴があった。
その女性は、システィーナと瓜二つだった。
「血縁関係はナシ……だってのに、無駄に似てるんだな……」
グレンは資料を懐に仕舞い、屋上を後にする。
「さて、アイツ等も二年。ヒューイの失踪……始まるのか」
何処か、覚悟を決めたような表情で、グレンは誰にともなく呟いた。
ちゃんと憑依モノです。次回でそこを説明します