魔術競技祭当日。
俺たち講師や生徒は、女王陛下来賓を歓待するために正門前に集まっていた。
……こんだけ人数いたら、バックレてもバレないんじゃね?
「いよっし。なんとか逃げ切ったな。流石俺、こういうのは天才的――」
「貴方、グレン=レーダス?」
あん? 誰だこんな時に。こっちは忙しいってのによぉ。
「……なんだお前……?」
背後から声を掛けてきたのは、奇妙な少女だった。
青い髪に赤と黄色のメッシュが入った小柄な少女。その表情は無機質で、一切の感情の色を映していない。
「私は、リィエル=レイフォード」
「は?」
「早速で悪いけど……ぶっ飛ばすから」
突如のことだった。
青髪女が殴りかかってきた。
その細腕から出てるとは思えない怪力で、俺は壁に叩きつけられる。
「ぐあっ⁉ ……り、リィエル……だと⁉」
「……やっぱり、知ってるのね。
「テメェ、どういう……」
俺が言葉を紡ぐ前に、リィエルの二撃目が放たれた。
迫りくる拳を、首を逸らすことで回避する。俺の頭蓋を砕くはずだった拳は、背後の壁に突き刺さり、まるで隕石でも衝突したかのような跡を作った。
やばい。こいつの怪力は相当イカれてる。どう考えても原作以上だ。しかも、霊的な視覚で視た感じじゃ、身体能力強化の魔術は使ってない。
その証拠に、壁を殴った手からは、反動からか血が出てる。
だが、こいつはそんなことお構いなしに三撃目を放ってきた。俺の頭を踏みつぶすかのような足蹴りを、咄嗟に右に転がって躱す。
というか、なんでこんなに暴れて誰も気づかないんだ?
「安心して。強力な人払いを貼ってる。魔術師でもそうそう気づけない」
「なにも安心できないんですけど⁉」
この野郎、いくらなんでも用意周到すぎるだろ。そんなに俺のこと殺したいのか? どんだけ俺のことが憎いの?
「《万象に希う・――」
「本気で殺しに来たーーーー⁉」
やばい、【
リィエルが呪文を唱えてる隙に、態勢を整えるために距離を取る。こいつに勝つには、接近戦は駄目だ。とにかく、魔術を使わないと。
「《我が腕に・鋭利なる刃を》」
「……ん?」
あれ、何か今呪文変じゃなかった?
そう思った矢先のことだ。
リィエルの手に、
「……え」
「死ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええッッッ‼‼‼」
「死ねって言ってるぅぅぅぅぅぅうううううう―――ッ⁉」
横一閃に振るわれる刃。
俺は咄嗟に身を屈め躱すが、俺の背後にあった壁が、文字通り横に裂けた。
危ない。頭を下げなきゃ死んでた。
「……(絶句)」
「次は……外さない」
「外してくださいお願いしますッ‼」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいやぁぁぁぁあああああああああああ―――ッ‼」
「そんな返事あるぅぅぅぅぅぅうううううう―――ッ⁉」
もう無茶苦茶だった。
多分もう既に競技祭始まってるだろうけど、大丈夫だろうか。いや、中断してもいいからまずは俺を助けてくださいお願いします!
リィエルの連続攻撃は一向に止まない。むしろ、俺が逃げるたびに数が多くなって、早くなっている気がする。
「一か八かだ……《我・秘めたる力・解放せん》!」
白魔【フィジカル・ブースト】。身体能力強化の魔術が完成し、迫る一突きを目視して躱す。
それに一瞬驚いたリィエルが、今度は逃げ道を塞ぐように、
つか、テメェはどこの佐々木小次郎だよオイ。
俺は全力で地面を蹴って後方に飛ぶ。俺の体が完璧に射程外に出るのと、つい先ほどまで俺の居た場所をリィエルが切り裂いたのは、全くの同時だった。
「……よくやる。じゃあ、次は十パーセントの力で戦う」
(あれで十パー⁉ こいつバケモン過ぎじゃね⁉)
信じられない。身体能力を強化して、リィエルの一割程度の力しか出せていないとは。
今更だが、俺の動きはリィエルからしたらハエが止まって見えていたのかもしれない。俺が気づかないだけで、リィエルから見たら隙はたくさんあったのではないか。
だとするなら、それを
「おい待て。お前、何の為にこんな……!」
「自分の胸に聞いてみろ……!」
「いやそんなこと言われても――ッ⁉」
速い。今まででダントツに早い。しかも、こいつの剣技、冴えわたっている。素人目で見ても……いや、前に戦ったレイクよりも上かもしれない。
おかしい。リィエルは剣技を習ってなくて、すべて天性のセンス、野生の勘による邪道の剣技を扱っていたはずだ。
だが、目の前のこいつの剣技は、どこか型にはまっている、邪道とは言い難いものだ。
(だから、それがどうし……)
剣技を習う余裕があるのか、こいつには。
そもそも、こいつが俺を狙う理由は何だ? 俺はこいつに恨まれることは何もしてないし、そもそも出会ってすらいない。
「……なんで鍛えた?」
「生きるため」
「そんなことしなくても、てめぇにゃ十分――」
「才能何て、なかったら?」
俺は言葉に詰まった。
リィエルが僅かに語った一言。それだけで、彼女の想像を絶する努力を垣間見たからだ。
才能がない。リィエルが持ち得る天武の才を持たない。
それ故の剣技。正しく学んだ技術。
「なあ、お前ってさ……俺と同じなのか?」
「……それに答えるのは……」
ダンッ! と。
リィエルが地面を蹴り、大きく踏み込んでくる。
振り上げる刀。その一撃に込められていたのは、彼女の明確な憎悪だった。
「―――」
俺は、動けなかった。
否、動かなかった。
「……なんで?」
リィエルが囁くように呟く。
「なんで、避けなかったの?」
俺を一刀両断するはずだった刃は、俺の目と鼻の先で止まっていた。
「別に。お前は多分、俺を斬らないだろうなって」
「何の根拠もない」
「本気で俺を殺したい奴が、そんな辛そうな顔しねえよ」
「――ッ⁉」
自分では気づかなかったのだろう。
リィエルは俺と戦っている間、普段の無表情が崩れ、ずっとしかめっ面だった。
彼女は戦うことを嫌っている。人を殺すなどまっぴらだろう。
それでも、戦うしかなかった。戦わなきゃ、生き残れないから。
才能がない。その意味が、今ようやく理解できた……ような、気がする。
「お前、人殺しなんてしたくないんだろ? 俺と一緒で。本当はそんなことしたくなくて、それでもやらないと生きていけなくて」
「……周りの人はみんな、ちゃんと覚悟のある人ばっかり。私はいつも一人、あそこに私の居場所はなかった」
「……そんなことは」
「ないって言えるの? 貴方は逃げた癖に」
「――ッ!」
……なるほど。
俺に対する憎しみは、俺が軍にいなかったこと。逃げた事……か。
「途中退場なら納得できた。仕方ないって割り切れた。でも、貴方は最初っからいなかった。そんなの、ズルいよ。私には、選ぶことさえできなかったのに……!」
「お前……」
リィエルが俺に剣の切っ先を突きつける。
「私はあなたを許さない……絶対に」
リィエルの怒りに対し、俺は何も言えずに立ち尽くすことしかできない。
やがて、剣を消したリィエルが、踵を返す。
「あっ、おい……」
「また、会おう」
こちらを一度も振り返ることなく、リィエルは言う。
……駄目だ。俺には彼女を引き留める資格なんてない。
確かに、彼女と俺にはまったく繋がりなんてない。同類だとしても、根本的には赤の他人だ。だから、助ける理由なんてものはない。
それでも、リィエルとなったあの子は、助けを欲していた。少なくとも、自分と同じ境遇の人間を求めていた。
俺がいれば、何かが変わったかもしれないのに。
「……ままならねえなぁ」
俺は、ボロボロになった通路を見渡しながら、ため息をついた。