インフィニット・ストラトスJ~ジューダス・レクイエム~ 作:味薄紅茶
現在、統夜は束といた部屋から場所を、シャナ=ミアのいるラフトクランズのコックピット内へと身を移している。
あの後も、ラフトクランズの持つ力の必要性を、束は言葉巧みに彼へ説明し続けていた。
それを統夜は、シャナ=ミアと相談する為にと一旦話しを切ったのだ。
事は既に統夜だけで決めて良いものではなくなっている。
自分の決定で起こるであろう出来事を考えれば、それは当然の行動だった。
統夜からこの世界の事と、束からの要求について説明を受けたシャナ=ミアは、憂いを帯びた声で話した。
『そうですか、彼女はこの世界の人類の為と…』
「ええ。それで、俺達はどうするべきだと考えますか?シャナ=ミアさん」
『…それを決めるには、余りにも情報が少な過ぎますね。味方がいない状態なのは理解しておりますが、とても辛いことです』
「それも相手の企みでしょう。余計な知恵を持つ前に決めさせたい、とか」
『その為の10分間という時間制限ですからね。時間切れになった場合はどうなるのですか?』
「強硬手段に出るらしいです」
『それは…、穏やかではありませんね』
この施設は、敵に見つからないように隠蔽されている。
関係者以外は誰も知らない秘密の場所だ。
その場所を知ってしまった統夜たちは、すでにこの施設の関係者になっている。
関係者でありながら、この施設の為の協力をしないとなれば、それは関係者ではなく、異分子である。
異分子は、どのような行動をとるか予想が出来ないもの。
その行動が原因で、敵に居場所が明かされてしまったら、束の計画は瞬く間に泡と消えていくだろう。
そんなものを彼女は決して野放しにはしない。
つまり、束の言う強硬手段とはその統夜たちを消す事の他ならない。
今のラフトクランズには、彼女の取ろうとする排除行為に抵抗する為の力は残されていない。
力も持たない彼らには、彼女の要求に答えるしか生き残る道は残っていなかった。
無論、生きることを放棄すれば、この世界に波紋を残さぬようにと、ここで死ぬという選択も残っている。
だが、何も知らないはずの統夜を戦いに巻き込んでしまったシャナ=ミアとしては、とてもそのような選択を下せそうになかった。
そして、それは統夜も同じであり、昔の自分に仲間を止められなかったことを懺悔し、どうにかにして仲間の為にと奮迅していた彼女が、その仲間すらいない世界で死んでいくのは、あまりにも不憫だと彼は感じていたのだ。
『相手の要求に答えましょう。そうしなければ今の私たちに未来はありません』
「やはり、そう考えますか」
『ええ』
「毒を食らわば皿まで、ってことか…」
『え?何ですか、それは?』
きょとんとしたシャナ=ミアの声が統夜の頭の中に響く。
彼は日本のことわざなど知りもしない彼女に慌てて説明した。
「あ、いや、地球の、ん~と日本のことわざって奴ですよ」
『そうなのですか。日本のことわざ…、意味はどのようなものなのですか?』
「そうですね…。やるからには最後までやり抜くってえことですかね」
『やるからには最後まで…。そうですか、その言葉はまさしく、私たちを現してします』
「あまり良い意味の言葉ではないんですがね」
『ふふ。それでも、です』
「…そうですね」
統夜の皮肉を、シャナ=ミアが含みを感じさせる声で答えた。
そのお陰か、ほんの少しだけ場の空気が和んだように統夜は感じた。
月での戦いから今まで、統夜は極度の緊張状態に晒されている。
もしかしたらシャナ=ミアはそれを感じてあの様な質問を自分にしたのかも知れない。
(だとしたら、実に人を操るのがうまい人だ)
自分と相談をしてくれている相手が、フューリーの皇女であることを統夜は再度認識する。
彼がシャナ=ミアについて感心していると、束の強硬手段など考えてもいないような明るい声が頭の中に響いた。
『相談は終わったかな?時間だよ~』
「ああ、終わった。協力しよう」
『それは実に良い返事だね。束さん大満足!それじゃあ早速中に入れて貰えるかな?』
「いまハッチを開く」
統夜が計器を操作してコクピットへ通じるハッチを開けると、奥からお邪魔しま~すという束の声が聞こえてくる。
そして、数秒もせずに彼女の姿が統夜たちの前に現れた。
「うひ~、外見もボロボロだったけど、それと同じ位中もボロッボロ~」
少しだけ辺りを物色してから、束は機器の焼けた匂いにしかめた顔を統夜へ向けた。
「やあやあ、10分と52秒ぶりだね統夜君。おや、そこにいるのがシャナ=ミア・エテルナ・フューラって言う人かな?」
頭のウサギを模した機械を使ってシャナ=ミアを指す。
統夜は頷いて、彼女のことを説明した。
「こちらの世界に来た時に、何らかの異常をきたしたようなんだ。身体から精神が飛び出て、ラフトクランズのコアに精神が定着している状態らしい。今は特に命の危険というものはなさそうだが、後でそちらの方で精密検査をしてくれないか」
「勿論、協力してくれるならそんなのお茶の子さいさいだよ」
「感謝する」
統夜からの要請に快く受けてくれた束に対して、彼は感謝を示す為に頭を下げた。
その時、シャナ=ミアの独り言のように小さな呟きが彼に聞こえる。
『お茶、の子、さいさい?』
「…」
頭を下げたままの統夜は黙る。
独り言だと彼はその時思った。
反応のない統夜に、シャナ=ミアは窺うように言葉を続けた。
『統夜、お茶の子さいさいとはどういう意味なのですか?』
『…簡単に出来るという意味です、シャナ=ミアさん』
感謝している最中ということもあって、統夜はシャナ=ミアと同じサイトロンを使って質問に答えた。
『はあ、簡単に出来る…。これも日本のことわざですか』
『まあ…、そんなものです』
『成程』
「…」
先ほど自分が彼女に感じた尊敬は、少し間違っていたかもしれないと思いながら統夜は顔を上げる。
もしやこの先、今のように分からないことがあれば、所かわまず自分に聞いて来るのでは、と統夜は考えそうになった所で思考を止める。
この考えこそ今の場には最も不要なものであった。
束が前部座席に座るシャナ=ミアに向き合う様に移動する。
「一応そっち側の皇族らしいじゃ…、へ!?」
そして話しかけた所、何故か彼女は驚いて、その言葉を途切らせた。
『ええ、そうなります。初めまして、シャナ=ミア・エテルナ・フューラと言います。…あのどうかしましたか?』
信じられない者を見たというような表情をする束に、シャナ=ミアが気になり質問する。
すると、束は目の前の者を確認するようにシャナ=ミアへ人差し指を向けた。
「ウィル=リース、様?」
『え?』
「いやいや、違う?でもかなり似てるし…、サイトロンの感覚もよくよく思えば結構似てる?」
「どうしたんだ束、しっかり説明しろ!」
束の様子にただ事ではないものを感じ統夜は彼女の元へ行き、肩を掴んで彼女の身体を自身に向けさせる。
それにはっとした彼女は、身体を統夜の方に向け、シャナ=ミアを凝視しながら説明を始めた。
「えっと~、何て言えばいいのか私自身も混乱しててよく分からないけど……。その、この人が私たちの、いえ違うわね、こっちの世界のフュ―リーの王女にとても似ててびっくりしたのよ」
「似てる?」
「そうそう、良く似てるんだよ。でも、微妙に違ってるというか…。お姫様の名前はウィル=リース・サクリス・フューラって言うんだけどね。その人の方がこの人より、もう少しお歳を召している感じだし、髪の色もこういう水色じゃなくて白いし…。顔つきとか、サイトロンの波動がもの凄く似てるからびっくりしたって訳なのよ」
『そうなのですか』
「急に驚いたりしてすみませんね~」
『いえいえ、お気づかいなく』
未だに驚きが抜けないのか、束は二、三度深呼吸をする。
そして、顔をきりりと引き締め、シャナ=ミアにお辞儀をした。
「お初目にかかります殿下。私の名前は篠ノ之束と申します。以後お見知りおきを」
『え、ええ』
物凄く丁寧な言葉使いで、座席に眠る自分に頭を下げる束の姿に、シャナ=ミアはひどく困惑したような声で答えた。
統夜は少し痒くなった頬を掻きつつ、束に提案する。
「束、そういうコロコロ人格を変えるのは止めてくれないか。シャナ=ミアさんも困っている」
『そうですね。いつもの、と言えば良いのか分かりませんが、先ほどの気さくな感じの方が私としては慣れていますので、出来ればそちらの方で話してもらえませんか?』
「そう~?ならそうさせてもらうね。いやまさかこんな所で会うとは思いもしなかったからマジでびっくりしちゃったよ私~」
わははと、どこかぎこちない顔で笑う束を見て、統夜は少しだけ同情した。
いくらフューリーを裏切ったとは言え、国の一番偉い人が、いきなり現れた所属不明のロボットに搭乗していたとなれば、それは驚くのも無理はない事であった。
「あ゛~、っと。二人の関係とかも気になるけど、まずは本題に移らせて貰おうかな」
「ああ、手荒にはしないでくれよ?」
「分かってるよ~」
少し親父臭い声を出して統夜に確認を取った彼女は、彼が座っていた後部座席に移動してその場に座る。
「さ~てラフトクランズちゃ~ん、ちょっとだけ貴方の記憶を見せて貰うよ~?」
瞳を閉じた束は集中状態に入ったのか、何も言葉を発さなくなる。
黙ること数秒、彼女は突然立ち上がり、両手で口を押さえながら身体をくの字に折り曲げた。
「な!?」
「……ははっ」
『束さん?』
統夜は束がいきなり吐き出すのかと思って身構えたが、彼女の口から洩れたのは壊れたような笑い声と言葉だけだった。
「あはは、あはははははあっは!何これ何これ何これ何これぇ!!」
「おっ、おい、大丈夫か!?」
束の異様さに、近づくことを躊躇った統夜は声だけを彼女に向ける。
折り曲げた身体を逆に反り返らせ、そこには誰もいないかのように彼女は叫けんだ。
「超電磁力?光子力?オーガニックエナジー?その他の、何だこれは!?こんな物がこの世界では存在しているのか?おかしい、おかし過ぎる、壊れている、狂っている!こんなバラバラな物が世界に溢れているのにどうしてこの世界は破綻してない?この世界はISという力だけでも既に壊れ始めているというのに何故、何故?通りであの時気持ち悪いと感じた訳よ。こんなの、こんなのを知ってしまったらそう思うはずよ!!ああ何てこと、何てことなの?こんな恐ろしい世界があったなんて、ああ、ああああ!」
両手で頭を押さえ、何かから逃れるように頭を振る束を見て、統夜とシャナ=ミアは言葉を失った。
一体何が彼女をこうさせたのかを、二人は全く理解できなかったからだ。
束が初めに発した言葉は、統夜たちの世界にあるエネルギー呼称の一つだ。
それが珍しいものだというのは間違いないことだが、ああまで彼女を錯乱させる原因になるとはどうしても考えられない彼らは、束の真意を聞く為に、彼女が落ちつくのを待つしかなかった。
数分後、ようやく束は叫ぶのを止める。
ただし、正気に戻ったとは言い難く、彼女は膝を抱えながら、ぶつぶつと何かを呟きながら座席に座っていた。
統夜は束の状態を確認する為に話しかける。
「おい?」
「っひ!?」
その声に束は全身を震わせ、怯えた目を統夜に向けた。
(恐怖している?)
嘘偽りない彼女の真実の感情を目撃した統夜は、この女にもそういう感情があったのかと少しだけ驚いた。
今の彼女の身体に触れるのは、何が起きるのか見当もつかないから危険だ。
そう考えた統夜は、縮こまる彼女と同じ目線になるよう膝をついて声をかける。
「俺だ、紫雲統夜だ。分かるよな?」
「ああ、そう、ね。貴方は紫雲統夜。フューリーと地球人の混血……。はは、嘘、まさか……、そうなのね、統夜=セルダ・シューン」
「っ!?」
まだ束に話していないはずの情報を彼女は言った。
少なくともラフトクランズの情報を、彼女は読み込んだのは間違いないようだった。
「言葉はわかるな、大丈夫か?」
「様に見せてるだけよ。まだ身体中が…」
「そうか、それは災難だったな。それで、理解出来たか?」
冷たいとも言える態度で統夜は束に尋ねる。
この男には、強硬手段などを取って来るような相手に、必要以上な情けなど持ち合わせていない。
そう考える余裕がない。
彼も必死だった。
奥歯を鳴らす束は、そんな彼の態度にも気付かないように声を出す。
「無理無理無理、絶対無理。無理、理解出来るはずが、ない。あんな恐ろしく、歪んだ世界を理解してしまったら、私が壊れてしまう」
血の気を失った顔で束は顔を振った。
「そんなに俺達の世界ってのはおかしいのか?」
「おかしいわよ。人が持てる技術は、どれも最終的には似たようなものになる。一つの大きな川の流れから、枝のように小さな川を人が引いていき、そしてそれを更に分けていく。それが科学であり、技術。そして、川を流れるには土台が必要で、その土台は世界を意味している」
『ええ』
彼女の説明に統夜は頷き、シャナ=ミアは返答する。
束はわなわなと両手を震わせながら、言葉を探るようにぽつぽつと言葉を繋げていった。
「でも貴方の世界はその、大きな川、が複数個存在し、入り乱れている。巨大な流れが衝突、すれば、そこは大量の水が流れ込み、いずれ、川は氾濫して、世界を飲み込む。それ、は世界の崩壊と同じ」
震える両手に気がついたのか、束は祈るように両手を握り締め、胸の前に持っていく。
長い息が彼女の口から洩れた。
「……なのに貴方の世界は、壊れていない。壊れているようで、しっかりと前に進んで言ってる。どうして?あり得ないことよ。川に意思があるとでも言うの?馬鹿馬鹿しい。これはまるで、まるで」
『…つまり、貴女は私たちの世界をこう言いたいのですか?』
言葉に詰まる束を見かねたのか、シャナ=ミアが彼女の言わんとしていることを述べた。
『作られた箱庭だと』
シャナ=ミアの言葉に束は小さく頷いた。
「ええ。そう、そうね。まさにそれよ。フラスコの中の世界、いえ、そのフラスコが大量にある世界と言えばいいのかしらね。それを、何者かがスポイトでフラスコの中身を抽出して、他のフラスコへ移していく、そんな壊れた世界」
この世界の人には自分の世界がそんなに恐ろしいものに見えるのかと、統夜は少しショックを受けた。
だが、だからと言ってそれをどうこう出来る訳でもないのが、今の彼らの現実だ。
統夜は尚も震える束に、今後の事を聞いた。
「で、どうするんだ。あんた、自分の考えを変えるっていうのか?」
彼の、感情の込もらない薄い声に、まさかと束は顔を振った。
「他の技術は体系が違いすぎてさっぱり、というか流れて来る情報量が多すぎて私の頭が壊れそうになったけど…。だけど、このラフトクランズに使用されているフューリーの技術は何とか理解できそう。…サイトロンではなくて、機械的に調べれば、…うん、出来るわ。二日程この機体を借りるね」
「ふう、わかったよ」
次第に束の表情がいつもの笑った顔に戻っていく。
彼女が普段の仮面をつける位には心を持ち直したのを知って、統夜は安堵の溜息をつく。
それは、彼女がこのまま廃人と化してしまい、それが原因で、自分たちが他の彼女の仲間に敵だと思われるような事態から、一応回避出来たことに因るものだった。
まだ若干顔の青い束が、統夜へ質問する。
「この機体のコアはどこにあるの?」
「お前の座る座席の前の部分、表示機器の中にある。取り出そうか?」
「いえ、取り出すことでシャナちゃんにどういう変化が起こるかわからないからそのままでいいわ」
「ん、そうだな」
「じゃあ調べさせて貰う間、用意しておいた個室に貴方は移ってね。そこにここの施設の仲間と今後の詳しいことを話すといいよ。話はもう通してあるから大丈夫だからね~」
ふらふらと立ち上がり、束は服から調査する為の器具を展開させる。
器具の中には診察台のようなカプセルまで含まれており、彼女はここでシャナ=ミアの検査も行うようだった。
「わかった、彼女を頼む。シャナ=ミアさんも無事でな」
『ええ、統夜も。二日後に会いましょう』
「またね~」
「ああ」
手を振る束を残して、統夜はコクピットハッチから出た。
コクピットハッチから統夜が出ると、ラフトクランズの下に人がいるのを彼は気がつく。
機体を収容している格納庫周りの基本色は灰色だ。
その中で、白衣を身にまとった一人の男性と女性の姿はとても目立つ。
そのお陰で、機体との高低差で統夜と二人の距離は結構あるにも関わらずに、彼はすぐに下の存在に気がつけていたが、下の存在は未だ統夜のことを感知していないようだった。
「おい、お前たちが束の言っていた研究所の仲間って奴か!」
「…お、出て来たか」
統夜の声で漸く二人は彼のことに気がつく。
見下ろす統夜に、二人が声をかけて来た。
「よう、待ちくたびれたぜ。そっちの話は聞いてるよ異世界のフューリー」
「異世界のフューリーなどと…、仲間なのですから名前で呼びなさい。ねえ、紫雲統夜?」
「出来ればそうして…、…ん?」
楽しげな二人の声が統夜の耳に届く。
離れていた為、彼は相手の顔をしっかりと確認出来なかったが、どうやら二人は笑っているようだった。
束のようなとても自然で不自然な笑顔ではなく、普通の笑顔だ。
彼女よりは楽に付き合えそうだと思った統夜は、その者たちの風貌を確認する為に目を細める。
癖のある緑髪をしており、男性よりも女性の方が髪の長く、身長も大きかった。
身長については、男性が小さいのではなく、女性側がかなりの高身長な為だ。
髪を肩辺りまで伸ばす男は目元が垂れていて、その目が笑うとどこか愛嬌を感じさせる。
腰まであるポニーテールを三編みにした長身の女は、男と同じように笑ってはいるが、彼とは違い目元がきりっとつり上がり、佇まいも芯のある固さを感じさせる為、愛嬌というよりも高潔としたものを見る者に与えさせた。
相手の詳細が見えて来た時、彼はそれに対して首をひねった。
(どこかで見た事があるような…)
デジャヴュのような物を感じた統夜は、喉まで出かかっている答えを掴む為に、顔を下げて更に詳しく二人を観察する。
見つめること数秒、彼は絶句した。
「なっ、お前たちは!?」
「あん?どうしたんだよ。何か言いたいならさっさとこっちまで降りてからにしてくれってんだ。こっからじゃ首が痛くてしかたねえ」
「別にとって食べたりはしませんわよ」
「…っ、ああ」
二人の反応に、統夜は言う言葉が見つからない。
結局、言われるままにラフトクランズから降りて行き、二人の前に立つこととなる。
男性と統夜の身長は同じ位で、やはり女性の方の背が男性陣よりも一回り大きい。
統夜の身長は174㎝だが、見下ろすように彼を見つめる彼女の身長は、目算すると大体190㎝を優に超えている。
白衣を着た男性と女性を統夜は交互に見つめた。
見つめる彼の顔は焦燥としており、それを垂れ目の男は嫌そうに、釣り目の女は少し困ったように反応する。
「何だよ、男にじろじろ見られたって嬉しくないんだが?」
「女性をそう、不躾に見るのは感心しませんわね」
「…いや」
何だこの男は?という二人の視線に、統夜は堪らず声を絞り出し、震える人差し指を二人に向けた。
「いやいやいや、どうしてお前たちがここにいるんだ!」
統夜の指が男性に向けられる。
「ジュア=ム!」
男性に向けられた指が今度はその右隣にいる女性へと行く。
「フー=ルー!」
「あら、もう名前まで束に紹介されたのかしら?」
いきなり統夜に自身の名前を呼ばれた為、白衣の女性はきょとんとしている。
フューリーには戦を赴く時に、顔へ化粧をするという習わしがある。
それには騎士団の階級を示す意味もあった為、フューリーの戦士の誰もがその戦化粧を常にしていた。
化粧は顔全体に模様をつけるのではなく、頬や額に小さくつける程度だが、そういった物を見た事がない統夜にしてみれば、それでも強い印象を受けざるを得なかった。
その強いイメージは、化粧をした者の顔と一緒に、今も彼の頭の中で存在している。
目の前の二人は、戦化粧をしてはいないものの、間違いなく自身の世界で敵として戦かい、倒したはずのフューリーの騎士であった。
垂れ目の男、ジュア=ムが自身の頭を掻きながら、こちらに指を差した統夜に抗議した。
「だとしても叫ばなくていいだろう。それともそれがそっちの世界のあいさつの仕方なのかよ」
「だったら少し品がないですわね」
「そっちの世界?…お前たちは、俺のことが分からないのか?」
「会ったばかりだ。知る訳がないだろうが」
「ええ、知りませんわね」
「そんな、馬鹿な…」
ラフトクランズの中で束がシャナ=ミアにして見せた驚きを、今度は統夜がする番だった。
統夜はその出来事を、最初はただの偶然と思っていた。
それを、まさか自身が束と同じように体験するとは露ほども考えていなかった統夜は、この状況から受ける衝撃のあまり大きさに、思わず後ずさった。
「何に対してそんな風に混乱しているのか皆目見当もつきませんが、とりあえず貴方に用意された部屋に向かいましょう」
「ああ、立ち話もなんだしな。ほら、ついて来いよ紫雲統夜」
「あ、ああ。わかっ、た…」
くるりと踵を返すフー=ルーに、統夜の肩を掴み、それについて来るようにと後ろへ下がる促すジュア=ム。
統夜は気の抜けた返事をするのみで動こうとしない。
頭の中が混乱し過ぎて、ろくに歩けそうになかったからだ。
彼は異世界に来てしまったという実感を、今更ながら強烈に持ち始める。
自分たちの行く末が、本当に湖面に張る薄氷のように脆いものであることを、統夜は漸く理解したのであった。
スパロボ世界って実にカオスですよね。
人が、自分の全く別の文化・価値観を見た時に受ける衝撃を、カルチャーショックと言うらしいですけど……。
束さんはカルチャー所か、ワールド的なショックを目の当たりにしてしまったようです。