インフィニット・ストラトスJ~ジューダス・レクイエム~ 作:味薄紅茶
「がんばれー!!」
辺りに割れんばかりの声援が響き渡っている。
その声援が向かうのはこの学園の注目の的、織斑一夏その人だ。
彼は今、IS学園の行事である学年別トーナメントに参加しており、その一年部の第一回戦に出場中だ。
このトーナメントは各クラスの代表IS操縦者同士を戦わせて、誰が学年内で一番強いのかを決める催しである。
クラスの代表生と言えば、その集団のIS練度を決める物差しみたいなもので、基本的に一番IS操縦の上手な者が選ばれる。
代表生徒の多くは初めからISを保有し、その特別にチューンアップされているISを操縦させる為に各国、各企業が選抜した者、いわゆる専用IS持ちが推薦されていた。
そんな代表生徒に選ばれた一夏。
何故、彼がその場に立つことが出来たのか。
確かに彼は専用ISを保有していた。
だが別に彼だけがそのクラスで専用ISを保有している訳ではなく、もう一人の専用IS保有者がしっかりと存在している。
そういう存在から、この場を勝ち取るには、紆余曲折というべきものが彼には待ち受けていた。
一夏のクラスが彼を推薦した理由。
それは彼が世界で一人だけの男性IS操縦者だからというだけだ。
世界に類を見ない男性IS乗りという珍獣を、クラスの少女たちが見逃すはずもない。
彼女たちは面白がるように彼を代表者になるよう推していく。
一夏はそんな状況に混乱し、何とか辞退しようと画策するも、少女たちの勢いは止まらない。
ついに一夏に決定するかと思われた瞬間、一人の女性が異を唱えた。
「納得出来ません!男性がIS操縦の代表になるなどと笑い話にも程がありますわ!!」
セシリア・オルコットと名乗るイギリスから来た、名門貴族出の代表候補生だ。
彼女が駆る専用ISは第三世代ISという、世界で最も進んだインフィニット・ストラトスである。
そのISを国から譲渡された彼女はまさしくエリートと呼べる存在であり、このクラスでその代表生徒を決める議論が行われた時は、間違いなく自分がなるものだと彼女は高を括っていた。
しかし、現実はどうか。
周りの女性は、このクラスにいるただの珍しい『男性』IS操縦者こそが、代表生徒に相応しいと口をそろえて言うではないか。
その男を調べてみると、とりわけISに詳しいのでもなく、専用のISを持っているのでもない。
しかも一夏という男性は、男だというのに皆からの薦めをなよなよとした態度で拒んでいるではないか。
男なら、せめて男なら、毅然とした態度で臨む位をして見せたらどうなのか。
(男らしくない、何て女々しい奴……!)
それがセシリア・オルコットの彼へ対する初めの評価だった。
それは、彼女に今は亡き自分の両親を思い出させるきっかけとなっていた。
実家発展に尽力し、何事にも芯のある対応をする正に女傑ような存在であった母。
そんな母の婿養子であることから、どこか卑屈な態度をいつも彼女へ向ける父。
息子は、初め母親を愛情対象とし、娘は父親をその対象とするようになる。
そんな精神学の話を、セシリアもなぞるように初めは父を愛していたが、上で述べたように彼女の父はどこまでも卑屈な存在であった。
「どうしてお父様は、いつもああなのかしら…」
そんな者を人が尊敬し続けることなど、ましてや幼かった彼女ができるはずもない。
セシリアは、次第に自分の父親を嫌悪するようになった。
その父を想起させるような存在が、そんな男がクラスの代表になるなど、とてもとても認められるものではない。
最新ISを渡してくれた国と、貴族としての矜持、そして彼女の今に至るまでの過去が、そんなことを許しはしなかった。
故に、セシリアは自分こそが代表に相応しいと、その時異を唱えたのだ。
自分の優秀さをクラスに見せつける為に彼へと戦いを挑んだセシリアは、結果としてはその戦いに勝利した。
だが内容としては、一夏の方が一枚上の戦いを彼女に見せつけていたのだ。
戦う直前に届けられた彼専用のIS、白式。
それをまだ適切な最適化を行うこともなく彼は操縦し、セシリアの本気ではないにしろの攻撃を受けきった。
それだけでも驚愕に値するが、これはまだまだ始まりに過ぎない。
更に試合が進むと、最適化が終了し、白式の真の姿が現れる。
そこからの一夏が見せた圧倒的なIS操縦は、国の代表である彼女のそれに迫るものであり、彼の攻撃と同時に発動させた必殺の零落白夜はセシリアの喉元に手をかけた。
「そんな!?」
格下と嘲笑していた彼の隠された実力にセシリアは驚愕する。
彼は強かった。
どうしてこんなにも強い?
そんな彼女の疑問はすぐに氷解する。
そう、何故なら相手は世界初の男性IS乗り。
何もかもが未知数なのだ。
そんな相手を、そんな存在を彼女は舐めてかかるべきではなかった。
己の下策にセシリアが歯を噛み締める頃には、一夏の繰り出す白刃が彼女に振り下ろされようとしていた。
そのまま刃を下ろしきれば、間違いなく彼の勝利は確定していただろう。
ISの試合は、相手を行動不能に陥らせるか、その戦闘中のシールド張る為のエネルギーを枯渇させることで勝利を得ることが出来る。
一夏のISは、零落白夜の莫大なエネルギー消費についていけなくなり、勝負が決まる直前にエネルギー切れを起こしてしまったのだ。
「……」
アリーナに響くセシリアの勝利を告げる声に、彼女はただ唖然とするばかり。
それは、国を背負うような者がする勝ち方ではなく、ただ運良く首の皮一枚繋がっただけの、何の誇りも、名誉もない勝ち方だった。
紙一重の勝者となったセシリアは、無人となったアリーナで物思いにふける。
頭に浮かぶのは、先刻の対戦相手のこと。
「強かった……、ですわね」
自分は、あの試合で格下と思っていた彼に何をしたか。
見下し、笑い、彼の懸命さを無駄と切り捨てた。
なんと卑しき姿か。
高貴なる者としてあまりに目に余る行為だった。
そんな自分を相手に、彼は諦めなかった。
諦めずに何度も何度も、剣を振るった。
(あの時の彼は、私よりも遥かに貴い姿勢であった…)
そんな一夏の姿が妙にセシリアの心を熱くさせる。
立ち塞がる巨大な壁をものともせず、己の力を信じて戦う姿は、まさに彼女の思い描いた理想の男性像ではなかったのか。
織斑一夏が自分の理想する男性。
そう考えたら今度は顔までもが熱くなる。
セシリアは手で顔を抑え、ほぅっと、熱のある息を吐く。
(それは少し考え過ぎかしら…、ね)
仮にそうだとしても、断定するには早計過ぎると彼女は思えた。
が、自身の考えを変えるには十分であることは確かだった。
一夏は、彼女が嫌う卑屈さなど微塵も持ち合わせてなどいない。
彼には間違いなくクラスを代表しても良いほどの意思の強さと、確かな技があった。
ならば自分が無理に代表生徒にならなくてもよいのではないか。
あくまでクラスの多数が推薦したのは織斑一夏である。
それを気に食わないと噛みついたのが自分だ。
ここは自分が代表生徒の権利を彼に譲った方がよいのではなかろうか。
そこまで考えがまとまると、むしろ譲るのが本来の正しい姿として思えてくる。
答えは決まった。
(明日、彼にこのことを話そう)
セシリアはくすりとほほ笑み、アリーナを後にしたのだった。
セシリアはこの後、一夏のクラス代表生徒権『委任』パーティーというものを開き、彼が自分たちの代表になることを全員に伝えた。
クラスの少女たちもこの案には大賛成で、一夏本人はそれでも納得しているようではなかったが、皆が彼を祝福したのだった。
こうしてめでたく織斑一夏はクラス代表生徒となることが出来たのだ。
さあ、彼がクラス代表となった経緯はこれで分かった。
しかし、彼にはもっと根本的な問題が残されているのではないか?
そう、そもそもなんでお前は基本的に女性だけが使用可能なISを使えると知ったんだ、ということである。
これには深い事情があった。
深い深~い事情と、恐らく奇跡的としか言えない出会いがあった。
何が奇跡的なのかというと、簡単に言うと主に彼の行動が、だ。
時は過去に遡る。
一夏の家庭環境は少し特殊だ。
彼の家族は姉しかいない。
と言うよりも彼は物心ついた頃から、姉しか家族と呼べる存在を知らなかった。
両親に捨てられた、というのが姉の言い分である。
両親のいない彼らは日々を食いつなぐ金を、自分たちが取りはかなわなければならない。
IS学園に推薦入学を果たした姉は、大きなISの大会で優秀な結果を残し、度々その報奨金を受け取っており、それと国からの補助も合わせて、幼い一夏たちはなんとか生活することができた。
学園を卒業した姉はすぐに働きに出るようになり、家での彼は一人だけの生活が多くなっていた。
姉からの仕送りで以前よりはましになった生活だが、姉に苦労をかけているという現状に、彼はどうしても素直に喜ぶということが出来なかった。
その頃から、一夏は早く自分も働いて、姉を楽にさせたいと常々思うようになる。
そんな彼もついに中学三年生。
今日は就職に有利だと言われる私立高校、藍越学園の受験日だ。
彼の未来を決める重要な一日である。
一夏は自分の未来を掴む為、家族の為、この日に向けてしっかりと勉学に励んだ。
嫌いな数学を克服し、致命的だったいつも吐き気の覚える化学を直視できるまでに持ち直した。
「行ってきます」
そんな自身の涙ぐましい努力に報おうと、彼は朝早くから起き、万全の状態で私立藍越学園の試験会場へと出発した。
はずなのだが、誤って彼はIS学園の試験会場へ到着してしまったのである。
これならまだ良い。
間違いは誰にでもあることだ。
特に高校受験という彼とっての初経験の出来ごとも相まって、この様なミスを犯しやすい状態だったとも考えられないことはない。
そう、ここまでならば一歩譲れるのだ。
だがこの次の彼の行動がおかしかった。
試験会場に到着した一夏は広い試験会場内を右往左往していた。
迷ってしまったのである。
方向音痴であることを今まで意識したことがなかったが、もしかしたら自分はそうなのだろうか、と一夏はそんな疑念を必死に誤魔化しつつ、会場の奥へ進む。
そこで彼は運命の扉を見つける。
関係者以外立ち入り禁止。
そう大きな文字が書かれた張り紙のある大きな扉を前に立ちすくむ一夏。
もし普通の人ならこういう場合どうするか。
ほとんどはその扉を後にするのではなかろうか。
この張り紙の関係者とはこの学園の生徒、もしくは教師等のことを指すことは想像に容易い。
曲がり間違っても、自分のことだなんて考えはしないだろう。
だがこの男は違った。
「ここかな…」
この男は何を思ったか、その扉を開け中に入ったのだ。
お前の目は節穴か。
もし、その場にこの張り紙の関係者がいたのなら、そういうツッコミが入ってもおかしくないような行動だ。
だが、それでも、そうだとしても。
まだ。
そう、まだ譲れる。
この後彼が取る行動を考えれば、まだ100歩位は譲れる。
一夏の入った扉の中は暗闇に包まれていた。
彼は暗い部屋の中を進み、一カ所だけ光が指す所を見つける。
そこには数年前から世間を賑わせている最新フォーマル・スーツISがぽつんと坐していた。
ISといったら、それはそれはすんごい物である。
国の命綱であるISは、一機たりとも容易く扱ってよいものではない。
各国に配備されたISの絶対数は特異なケースでも起きて減ってしまうことがあっても、増えることは決してないのが現状だ。
それを一般人が何気なく触れて、もしも壊してしまった場合、その者にはどれほどの責任が降りかかるのかを当事者には見当すらもつくまい。
そんなISを発見してしまった一夏がとった行動とは。
もう予想できたであろう。
「すげぇ、これがISかぁ」
ぺたりと、ティッシュ箱でも掴むような気軽さでISに触れた。
どうして触れた一夏。
何故に触ろうと思った一夏。
君は自分の命が惜しくないのか。
ここまでくると最早それは奇跡である。
例え彼が真正の○○だとしても、それは奇跡が起こした結果である。
うん、仕方ない。
こうした彼の奇跡的な行動が、更なる奇跡を呼んだとしても、仕方がない。
彼が触れたISはその場で起動してしまったのだ。
それを、そこをたまたま通りかかった関係者に見つかってしまい、彼は世界のその身の特異さを知らしめることになったのだ。
どうだろうか。
これが深~い事情である。
これが奇跡的な出会いである。
これが世界を震撼させた織斑一夏なのだ。
さて、時を元に戻そう。
そんなミラクルボーイこと織斑一夏は今現在、呻き声をあげ、アリーナの地面に倒れ伏していた。
「うぐぐ」
白式の持つ唯一の武装にして、セシリア・オルコットを追い詰めた近接特化ブレードである雪片弐型を杖にして一夏は立ち上がる。
もうもうと立ち上がる土煙の中から白式の姿が現れた。
本来はその名の通り、白く輝く装甲であるはずの白式は、今は全身を土で汚している。
ふらつく姿も相まって、その姿に試合開始直後の機体の美しさは微塵も感じさせなかった。
一夏の眼前に機体のバイタルデータが表示される。
左推進部に若干の破損。
シールドエネルギー5%減少。
戦闘続行可能。
確か自分は相手からの攻撃を受けて、上空から地面に強かに衝突したはずだ。
だと言うのに、データはまだいけると示している。
流石はIS、と一夏は苦しげに言った。
「一夏ぁ~、まさかこの程度で許されると思わないでしょうねぇー!」
上空から、今しがた彼を撃墜させた張本人の声が響く。
高めのソプラノ声は、明らかに怒気が混じっていた。
そんな声を聞き、一夏は負けじと声を張り上げて相手に答える。
「何が許すだ!だからその原因を教えろって言ってるだろうがー!」
「げ、原因って、そんなのこんな所で言える訳ないでしょ馬鹿一夏ー!!」
「うわわわっ」
相手の怒声と共に一夏はすぐ様回避行動をとる。
すると、一瞬遅れて彼がいた地面が爆裂した。
「なんだってんだよー、ったくも~!」
悪態をつきながら、一夏は試合相手を見据える。
紅い装甲のISを身にまとい、明るい黒髪をしたツインテールの少女がそこにいた。
「何で言えないんだよ鈴!」
鈴と呼ばれた少女は、一夏の問いにわなわなと拳を震えさせる。
「そんなんだから、怒ってんでしょうがぁあ!!」
「どわぁあああ!」
彼女の咆哮が力となって彼に襲いかかったのか、一夏はそこからアリーナの壁に吹き飛ばされる。
別に、どこかのスーパー○イヤ人ばりの気で相手を吹き飛ばしたわけではない。
彼女の専用ISの力が彼をそうさせたのだ。
中国が開発した第三世代型IS「甲龍」
操縦者は中国の代表候生である凰 鈴音。
そのISが有する第三世代型の特徴と言える特殊兵装、龍咆は見えない砲弾を打ち出す。
空間自体に圧力をかけるという新機軸のテクノロジーを使用しており、発射から、着弾まで相手には知覚することが出来ない武器だ。
最初に一夏が地面に倒れていたのは、この攻撃の直撃を受けたからであった。
「く、くっそう!」
「うん?」
その砲撃を喰らったはずの一夏は今度はさして時間をかけることもなく体勢を立て直す。
直撃する際にブレードを前に構え、攻撃力の減退を図ったのだ。
事実、その作戦は成功し、彼は鈴からの追撃を避ける為、すぐさま上空に飛び上がる。
「ふぅん、少しはやるみたいね」
にたり、と音が聞こえそうな笑みを鈴は顔に浮かべる。
まだまだお楽しみの時間が終わらないことに感謝している、そういった表情だ。
彼女は左手に装備していた双天牙月という大型の青龍刀を左肩にかける。
「まぁ、こん何でやられてもらっちゃあつまんないし、いつまでもこうやって、ちくちくやってるのもつまらないし。何よりも、手応えってものが無いのが一番、つまらない」
右手を前に掲げると、虚空からもう一振りの青龍刀が鈴の前に現れる。
ISの機能の一つ、量子変換された物質を展開させたのだ。
その二つの武器を取っ手の部分で結合させることで、両刀なった双天牙月を頭上で危なげなく回す。
双天牙月はISの補助と遠心力が加わり、ほどなくして空を切り裂く恐ろしい音を奏で始めた。
「うげぇ…」
そんなものを目の当たりにした一夏が、げんなりといった声を出す。
いくらISには絶対防御という素晴らしいシールドがあると言っても、痛みまで除くわけではない。
攻撃を受ければ痛いし、地面にぶつかれば内臓を撹拌される苦悶を味わうことになる。
ではあのいかにも重そうで、切れそうな攻撃を受けたら?
途端に自分の構える雪片弐型が頼りなく思え、背中には嫌な汗が流れるのを彼は感じた。
ウォーミングアップは終えたとばかりに、鈴は双頭になった青龍刀を腰だめに構えるつつ一夏に話す。
「それじゃ、第二ラウンドといきましょうか」
ここで嫌だと言えたらどれだけ楽なことか、と一夏は思う。
だが、今の彼女にそんなことを言うのは、火に油と石油である
大体、どうしてこんなに怒られているのかすら自分は理解していないのに、こうも一方的なのはあんまりだと一夏は奥歯を食い縛る。
彼はもう一度、白式のバイタルデータを見る。
前回と違い、機体のエネルギーにはまだ余裕がある。
しかも、今回の彼には取って置きの隠し技が存在していた。
それを出さずに負けるのは彼にとって非常に癪であった。
(やられっぱなしじゃ駄目だ!)
ブレードを強く握ることで気合いを入れ直し、一夏は叫ぶ。
「来ぉおおい!」
白式の後方スラスター翼を一気に噴かせ、彼は鈴に突撃する。
「良く言ったわ、一夏ぁああああ!!」
鈴も張り合うように叫び、青龍刀を回転させて突進する。
そんな両者の掛け合いに観客席の生徒も煽りを受けたのか、アリーナの声援は更に大きくなった。
白と赤のISが衝突する。
その瞬間を見逃すまいと多くの眼が注目した瞬間。
巨大な光がアリーナと二人を包みこんだ。