インフィニット・ストラトスJ~ジューダス・レクイエム~   作:味薄紅茶

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第三話

ズィー=ガディンが最終決戦場として構えたガ=ウラ・フューリア内の広大な空間。

そこは幾多のフューリーの兵士たちと、統夜たちが率いる地球連合軍との激しい戦いの真っ只中だった。

「ぐおぉおおお!創造主を殺すというのか!エ=セルダの倅よ!謀反の家計に生まれた、呪われし子よ!!」

「違う、父さんがこの力を俺に残したのは、フューリーも人類も滅ぼさないためだ。俺が乗っている限り、その遺志は俺が継ぐ!」

「くぅう、黙らぬかぁああああ!」

「ぬ!?っぐぁああああああ」!

オルゴンが煌めき舞う空間の中、一匹の龍と、一機の騎士が己を削るような戦いを繰り広げる。

統夜がズィー・ガディンの分離されたうねるような腕の攻撃を避け、剣をズィー・ガディンの身体に叩き込む。

与えられたダメージは、時間が巻き戻されるように修復された。

再びその身に力を宿した龍は、ラフトクランズの全身を覆いこむような巨大な拳を統夜にぶつける。

統夜はとっさに左腕に装備している盾と左足で防御を試みるも、敵のあまりに強すぎる破壊力の前に粉々にされる。

そのまま統夜は広大な空間を突っ切るように吹き飛び、壁に激突した。

「あ、ぐぁっ!」

全身の骨が折れた。

そんな幻覚すら見える痛みに、統夜は気を失いかける。

「…夜、統夜!起きて、苦しむ暇なんてない!敵が来る!」

「あ、ああ」

ラフトクランズのコ・パイの外に跳ね返るような癖を持つ長い赤毛の少女、フェステニア・ミューズが後方に座る混濁した意識状態の統夜に気丈に話しかける。

現在の彼らは一対一の戦いをしている訳ではないのだ。

戦場では弱った者から先に仕留められていくのが定法だ。

周りにいた敵機が好機と見て統夜達に襲いかかって来る前に、すぐさまこの場を離脱しなければいけなかった。

自身を激励する少女、に応えるべく統夜は意識を急速に覚醒させ、操縦桿を握り直す。

サイトロンの効果でこの二人は非常に高いレベルでシンクロしている。

苦しいのは自分だけではないことを、統夜はすぐに理解する。

むしろ苦しみだけで言えば、この場にいる彼女の方が上だった。

 

 

フューリーに攫われ、人体実験の素体として使用された彼女と統夜が会ったのはもう一年前になる。

高校二年生であった統夜は、学校の通学途中に、空から現れた、いや、墜ちて来た蒼いロボットにあわや潰されそうになったのだ。

「お願い!私たちとこのロボットに乗って!」

「はぁ!?」

そして、中から現れた三人の少女に、このロボットに乗って欲しいと言われるがままにされ、彼はこのフューリーとの戦争に巻き込まれることとなる。

何が何だか分からない統夜は、最初この三人の少女に辛く当った。

少女たちはそんな統夜に、事の経緯を説明する。

曰く、彼女たちは月から逃げ出して来たと言う。

一緒に逃げ出して来たおじさんに、ここに来るよう言われ、そこなら自分たちが助かると言われやって来た。

途中、ロボットが操縦不能となり、墜落したら貴方がいた。

そうしたら貴方を見た瞬間に、私たちには貴方ならこのロボットを正しく操縦することがわかった。

だから貴方をロボットに乗せた。

「お前ら、一体何を言ってるんだ?ふざけてんのか、おい!?」

フューリーの本拠地である月の中心部にまで来た今の統夜ならば、その時の彼女たちが言わんとしていることは分かる。

当然、彼女たちのことも、ロボットのことも何も知らないその頃の彼には、ロボットから手を指し延ばしてくる者たちの言い分がさっぱり理解できず、彼は怒った。

この脈絡のない会話は、サイトロンに因るものだ。

彼女たちはまだ慣れないサイトロンの見せた断片的な映像や感覚を、戸惑いながらも必死に言葉にしようとしてた。

統夜はその姿が異様なものに見え、早くこの少女たちから離れようとする。

だが状況が彼のその選択を認めない。

未確認の敵性物体と交戦した彼を軍が放っておく訳もなく、彼は軍に狙われることとなる。

いっそのこと、それも良いかもしれないと考えた統夜は軍に向かうが、その様子を見た少女たちは表情を一変させ、彼を止めた。

「あんた分かってるの!?軍に行けば事が終わるまで拘束されることになるんだよ!?あんたはそれでいいかもしれないけど、アタシは、私たちはまたあそこにいたように身体を調べられるんだよ!そんなの、いや、いやだよぉ」

「もういや、あんなのいやです。助けて下さい、たす、たすけ、ひぃっ!」

「で、ですが。あ……」

フェステニアは最初は怒鳴るように話していた語気が、次第に小さくなり言葉使いが幼児退行を起こしたようになる。

頭の両脇に金髪を蓄えた少女、メルア・メイナ・メイアは恐怖のあまりに呼吸が正しく行えなくなる。

この三人の中で、一番冷静で二人のまとめ役であったショートカットの黒髪少女、カティア・グリニャールは顔面を蒼白させ、ガタガタと震えるばかりになる。

必死だ。

統夜の知る必死という文字では、不足過ぎる程に彼女たちは必死だった。

自分に縋るように腕を掴み、懇願する彼女たちの姿に彼ははっとした。

統夜と同年代の女性に比較しても、フェステニアたちの方が女性的なラインをしていた為、彼は無意識の内に彼女たちを年上だと思っていた。

だがそれは違った。

この三人の顔つきが、良く見るとかなり幼いということに統夜は気がついたのだ。

統夜を怯えた瞳で見つめる彼女たちは、どう見ても16にさえ満たないような、そんな未成熟さを感じさせる。

ここで彼が疑問に思ったことは、フェステニアたちが一体いつから月で、この様になってしまう程の実験を受けていたのかということだ。

フェステニアたちの感じでは、とても一年や二年前からという風には考えられない。

少なくとも10年以上、彼女たちは想像を絶するような実験を受けていたはずだ。

10年も前となると、本当に子供の頃ということになる。

それをやり続けて来た存在が、彼女たちを探している。

そして、その彼女たちは自分に助けを求めている。

関われば自身にも被害を被ることは間違いなかった。

フェステニアたちの必死過ぎる願いから、統夜は自分に迫り来る者の恐怖を知り、それに慄いた。

故に、その恐怖から逃げ出すように、辛辣な言葉を以って彼は彼女たちに応えたのだった。

「泣いてわめいてみせたってダメだ。お前たちの事情なんて、知ったことじゃない。お前たちのせいでこんなことになってるんだ。せめて納得できる理由を聞かなきゃ、こっちは堪ったもんじゃないんだよ。それをこんな、こんな…!」

「おねがい…、おねがいします……ッ」

「っく……何だよそれ。何だっていうんだよ!くそ、くそぉお!」

それでも変わらない少女たちのあまりの有様を見て、仕方なく軍に行くことを諦めることとなる。

そして、ロボットに搭乗した時に近くにいた同級生の男が所属する民間のロボット研究所で一時御世話になった後、彼は民間が製造した軍艦に身を置いた。

どちらも似たようなものであったが、軍よりは民間の方が身の回りの堅苦しさが少ないとう為の選択だった。

「どうなるんだよ、俺…」

一応の身の安全を手に入れた統夜であったが、彼の不安は増す一方だ。

統夜が乗った戦艦は火星に向かうことが既に決定されていた。

それに便乗するしかない彼は、何も知らないまま地球を離れることとなる。

そこに向かう間に、統夜の取り巻く環境が紛争から戦争になり、彼も結局その中に身を投じることとなる。

火星から離れる頃には、遂に戦争は世界的な大戦へと発展していった。

その悲しみと苦しみに、統夜は何度も潰れそうになっていく。

それでも潰れなかったのは、行く先々で出会うこととなった多くの仲間が彼を助け、その仲間たちの事情というものを知ったからだった。

仲間たちは彼のように、嫌だ嫌だと言いながら戦わない。

誰もが己の出来ることを、と懸命に行動していた。

そうしたものに触れて、統夜は自らの思考を僅かながらではあったが前進させて行く。

自分に出来ることとは一体何か?

それを見つける為に、彼は自らの意思で戦う様になっていった。

 

「俺はただ現実から逃げ続けていただけだった…」

初め、彼女たちに感じた異様さは、もしかしたら敵の恐怖なのではなく、彼女たちの強烈な生への執着のせいなのかもしれないと統夜は過去を振り返る。

事実、あの少女たちの現実へ立ち向かう姿に、統夜は恐怖を覚えていた。

生きるという自然界では感じて当たり前の欲求を、現代社会で常に感じるのは難しい。

優れた社会システムが生み出す環境が、そこまでの危機感を人に募らせないからだ。

そんな優しい世界に突如降って湧いた厳しい世界。

今までそんな世界を、目の当たりにしたことのなかった統夜が戸惑うのは無理もなかった。

ここでもし彼女たちの世界に巻き込まれようものなら、自分はもう二度とこの優しい世界へ戻れなくなってしまうのではないか。

そういった思いが、彼に強い保身行動を取らせていたのだ。

それが戦争というある意味、現代におけるもっとも自然の厳しさを感じさせる状況へ統夜が身を置いた結果、生きる必死さとも言える行動を彼に取らせるようになる。

「俺は、今、自分に出来ることをしなければならない…!」

そうして統夜は自身の特異さを認識し、命を懸けた一年間という濃い時間をかけ、自分と世界に起きていることを知ることとなる。

 

自分はフューリーと言う異星人の混血であることを。

統夜に助けを求めた少女たちは、墜ちて来たロボットは、異星人であった父、エ=セルダ・シューンのフューリーと地球人、双方を救う希望であることを。

 

統夜は、自身にその願いに応える力があることを知った。

必死に生を掴もうとする者の為に、彼はその希望を、運命を紡ぎだす。

そして、彼のその姿に呼応するように、少女たちも運命を紡ぎだすのだった。

その運命は、彼の秘められた力をも開花させていく。

自身に存在するフューリーの血の目覚めは、彼に父の弟子であったアル=ヴァンとの死闘に勝利させる。

蒼いヴォルレントは、かつて父が乗っていた、蒼いラフトクランズへと進化する。

そして、能力を大幅に上昇させた機体はついには、月にいるシャナ=ミアとのサイトロンの共振さえも可能とさせた。

様々な意思と願いの力が、自己保身へ走らた世界を壊し、遂には人類(地球人とフューリー)の剣と呼べる存在へと成長させていった。

 

 

 

「システム再起動。行けるよ、統夜!」

「ああ、…って、テニア、お前っ」

「何って、っあ」

一年前より、遥かに強くなった統夜だが、その強さ故の問題が戦争の終盤では如実に表面化していた。

彼の強すぎるサイトロン・コントロールに三人の少女が耐えられなくなってしまったのだ。

ロボットを操縦させる際、操縦者の身体には機体から流れるサイトロン・エナジーが巡ることになっている。

それは、どちらか一方に多く流れる訳ではなく、均等に流れる為に操縦者のサイトロン・コントロールが強くなれば身体を流れる平均値も多くなる仕組みだった。

身体の許容量以上に流れるサイトロン・エナジーの影響により、三人の内のメルアとカティアは既に昏睡状態になっている。

最後の一人となったテニアも、身体に異変を来たし始めていた。

鼻から多量の血を流しながらこちらを振り向く彼女の姿を見て、統夜は驚きの声を上げる。

赤い頭髪に隠れていて彼は気付くのに遅れたが、良く見れば耳の穴からも出血を起こしていた。

自分の惨状に気づいたテニアは腕で血を拭う。

「少し、無理をし過ぎたかな…。でも、まだ行けるよ統夜!」

「あ、ああ!流石テニアだ、行くぞ!」

「うん!」

フェステニアは間違いなく命を削ってここにいる。

彼女だけではない。

ここに来るまでに倒れたメルアも、カティアも、今ここにいる人たち皆が平等に命を削ってここにいる。

もう後戻りは出来ない。

統夜はフェステニアを気遣うことなく機体を飛翔させ、荒れ狂う龍の元へ向かう。

それを感じ取ったズィー=ガディンの頭部が大きく開きその砲口を彼らに向ける。

その中にオルゴンエネルギーが渦巻く様は、龍の口から今にも放たれんと溢れ出た火炎のようだった。

それを見た統夜はフェステニアに叫ぶ。

「回避!」

「うん、っえ?」

「!?なんだ!?」

彼からの指示通り彼女が動こうとした瞬間、ズィー・ガディンの顔をめがけて、左から殴るように巨大な閃光が走った。

結果、溜められていたエネルギーは暴発という形で幕を下ろす。

「今のってオルゴンキャノン?」

「誰のラフトクランズだ!」

今のフューリーには、統夜たちのラフトクランズ以外、全て破壊したはずだった。

なのに、今彼らが目撃したのは間違いなくラフトクランズの固有武器の攻撃であった。

統夜の視線が発射点に向かうと、そこには普段は肩の後ろに固定されている二対の砲と、閉じられている胸部の砲を展開し、そこから緑の粒子を噴き上げさせた黒いラフトクランズがいた。

統夜と一騎打ちをした際、破壊されたと思われたそれは、まだ完全に修復された訳ではないらしく、痛々しい身体をその場に晒していた。

「まだやられておらぬようだな。紫雲統夜」

「その声は、アル=ヴァン!…生きていたのか」

「お互い様に、な」

彼は敵であった。

だが、いつしか敵味方を超えた友情を感じるさせるようになった相手の生還に統夜は驚き、喜んだ。

「殿下は、シャナ=ミア様はご自身の責務果たさんがために、ご自身の危険を顧みず、お前たちをこの地に招き入れた」

「…」

「ならば、私も、私に科された責務を果たさなければならない」

「力になってくれるのか」

「…お前たちの力にはなれぬ。私はフューリーの剣だ。我が力は全てフューリーの為にあり、振るうのもまた然り」

「ふっ、貴方らしいな。なら俺も、その責務とやらを果たすとしようか」

アル=ヴァンと統夜の、不器用な受け答えにどちらともなく笑いが漏れた。

「動けるか?」

「ああ、まだやれる」

「うむ、その意気や良し」

しばしの邂逅に浸かる間も無く、二人の間に戦いの合図の知らせが届いた。

「統夜見て!今の攻撃であいつの再生能力が落ちてる。やるなら今しかない!」

エネルギーの暴発を頭部に受けたズィー=ガディンは、機体の重要部品を損傷したらしく、思うように再生を行えていなかった。

顔から溢れ、流れ落ちるオルゴンは、機体の悲鳴か、それともグ=ランドンの絶望の声か。

何にせよ、彼を倒すのが今しかないのは明白だった。

「だそうだ。行くぞアル=ヴァン!」

「ああ、駆け抜けん!」

「ぬぉおおおお!おのれおのれおのれぇええええええ!!!」

こうして、瀕死の彼らは互いに力を振り絞り、遂には龍を撃ち滅ぼしたのだ。

喜びに露わにする仲間たちの中、グ=ランドンを倒した彼らだけは、その様子がなかった。

何とか自立している黒いラフトクランズは、地面に横たえる蒼いラフトクランズに固い声で話かける。

「統夜、ついて来てくれるか」

「あぁ、推進部に集まったエネルギーを止めなくてはならない」

「統夜?そうか、エ=セルダ様の記憶が…」

妙に物分かりお良い統夜の返事に感じた違和感を、アル=ヴァンはすぐに理解した。

統夜は、この戦いで更に成長し、父から記憶を完全に継承させたのだった。

「ああ、…思い出したよ。アル=ヴァン、貴方のこともね」

「ならば分かっているはずだ。これから行く道に、帰りがないのだということも」

暴走状態である推進部を止めるには、もう方法が破壊することしか残されていない。

その推進部に向かうためには行幾重ものセキュリティーゲートが設置されており、そこを進める者はフューリーの機体を駆る彼らしかいなかった。

そして、推進部を破壊を行った彼らは、損傷した推進部の誘爆に巻き込まれることになるだろう。

間違いなく統夜たちは死んでしまうだろう。

「そうだな。でも、行くよ」

「…そうか、ならば言うまい。急ぐとしよう」

「ああ、でもその前にやらなくちゃいけないことがある」

「何?」

「こいつを、テニアをここに残していく。良いだろう?」

「ああ、構うまい。その者にも辛いことをさせた」

「すまん」

自分に出来ることをする。

その考えは今も失ってはいない。

だから、統夜は推進部へ行く前に、フェステニアをここに残す時間をくれるようアル=ヴァンに頼んだ。

前部座席に座る彼女は、グ=ランドンへの最後の一撃を与えると同時に気を失っていた。

無理をし続けて来たフェステニアは、顔中から血を滴らせており、相当危険な状態に陥っている。

すぐにも治療を受けさせなければならなかった。

 

医務室へ緊急搬送されるフェステニアを見る統夜の肩を、後ろにいたアル=ヴァンが掴む。

統夜はその手を掴み、分かっていると言わんばかりに退けた後、アル=ヴァンに向き直り、強く頷いた。

「待って!」

仲間の戦艦にフェステニアを置き、死出の旅へと向かおうとする二人を何者かが止めた。

「統夜、無礼なことを申す私を御許し下さい。何卒、私を空席となった操縦席に乗せていただけませんか?この私にどうか、此度の戦の償いの機会を与えて下さい」

「ええ!?」

「シャナ=ミア様?何を仰るのですか!?」

彼らのラフトクランズが置かれて格納庫前に、シャナ=ミアがいたのだ。

その瞳は、以前、統夜が良く見ていたフェステニアたちと同じような必死さを帯びていた。

時間の残されていない彼らに、彼女は口早に説明する。

「戦うことは出来ませんが、サイトロン機構を操る術は心得ています。それに、その機体は操縦するものが二人いなければ真の力を発揮出来ません。万全を期す為にも私の力が必要なはずです」

それに、と彼女は言葉を繋げた。

「ここにいるフューリーは、この私とアル=ヴァン、貴方だけ。ならばどうして、このような事態に何もせず、この場にいることが出来ましょうか」

「で、ですが…、それは、あまりにも」

彼女の言葉に驚きを隠しきれないアル=ヴァン。

シャナ=ミアは、まっすぐに彼を見つめる。

「数えきれない地球の人と我らフューリーを死に至らしめた罪。今の貴方なら、私と同じ想いのはずですよ、アル=ヴァン」

「…」

彼女の抱える悲しみを知るアル=ヴァンは、沈黙を以って彼女の同行を肯定するしかなかった。

 

 

「見えてきたな」

「うむ、合わせるぞ統夜。覚悟は良いか」

「ああ、シャナ=ミアさん!オルゴン・クラウド最大放出!」

「は、はい!」

白い巨大な卵を思わせる楕円形の形状をした推進部を目視した統夜たちは、ぼろぼろの機体から最後の力を振り絞らせる。

オルゴン・クラウドとは空間からエネルギーを抽出させた後、機体付近へそのエネルギーを散布させる、ヴォルレント以上のフューリー機体が装備する機構だ。

本来は、散布された高濃度のエネルギーにより、敵の攻撃の減散、消失を図る防衛の力だが、この機構にはもう一つの使い方がある。

散布されたエネルギーを、再度機体に還元させることで、普段空間から抽出して得ている機体エネルギーを、限界以上にその身へ宿すことが出来るのだ。

そうすることで、機体は超絶の火力を一時的に繰り出すことが可能となる。

最も、今の統夜のラフトクランズでは、機能、出力共に通常以下もいいところである。

ここでは、少しでも機体パワーを取り戻すために使用しているとい言った方が正しかった。

「行くぞ、母なる船、ガウ=ラ・フューリア!我が愛機を捧げる、今一度眠れ!」

ガウ=ラ・フューリアを起動させるには複数のラフトクランズが必要である。

それは、これらの機体が船を起動させる鍵としても機能しているからだ。

アル=ヴァンのラフトクランズが、推進部と機体背後の部分とで結合することで、船の鍵の一つである碇の力が発動される。

不安定さを現すように明滅していた推進部の光が少しずつ収まっていった。

それにより、推進部の防御機能も低下していく。

「ターゲット視認、目標値入力、ロックオン完了です!」

「今だ統夜!撃てぇっ!」

「行けぇええええ!!」

元は両刃であった剣を辛うじて片刃という形で再現させたラフトクランズは、統夜の咆哮をその刃に乗せる。

彼の一意専心の剣は、見事に推進部を切り裂いて見せていた。

切り開いた傷後から、強烈な閃光と衝撃が溢れ出る。

「きゃぁああああ」

「むうっ!」

「や…、やったのか?」

「うむ、見事だ。…中枢部は破壊された。間もなくこの場所も吹き飛ぶであろう」

アル=ヴァンのどこか落ち着いた声が統夜に届く。

「行け統夜。巻き込まれる前に逃げろ」

「ああ、貴方も早く…」

「私は残る」

撤退を指示する彼に、統夜もアルヴァンを促すが、彼は淀みなく否定の言葉を放った。

「我が機のオルゴン・クラウドで推進部の誘爆を少しでも抑えてみる。だから、君は行け」

「な、何だって!?」

「アル=ヴァン!何を言うのです!!」

驚きの声を上げる二人に彼は説明を始める。

「ステイシス・ベッドのある中核部への影響を抑えるためです、シャナ=ミア様。やらねばなりません」

「待てよ!それじゃああんたが!」

「これは償いだ統夜。そして騎士団が犯した罪、友への裏切り、その挙句指揮官への不忠…。剣を預かる者として許されるものではない」

「だ、だけど…」

抗議の声を統夜が上げるも彼の声は堅いままだ。

彼は幽閉された部屋を出る時、この許されるざる身はグ=ランドン同様、裁かれるべきだと考えた。

そして、その時は今であるとアル=ヴァンは確信していた。

「許せとは言わぬ。さあ、行ってくれ紫雲統夜よ。従妹を、シャナ=ミア様を頼む」

奇しくもそのセリフは、かつて彼の師が自らに述べた言葉である。

その言葉を聞いて即座に反応したのは、父の記憶を継いだ統夜ではなく、アル=ヴァンの従妹であるシャナ=ミアであった。

「いいえ、いいえアル=ヴァン!フューリーの罪ならば、罪だというのならば責はこの私にあるはずです!貴方がここに残るというのなら私も残ります!」

「それはなりません。貴女には同胞を導く義務がございます」

そんな彼の悲しい意思の強さを聞き、シャナ=ミアは泣き叫んだ。

「いやです!いやですアル=ヴァンッ!私だけ生き残るのはっ、いやぁあ!」

「シャナ=ミアさん、貴女は…」

シャナ=ミアも苦しんでいた。己の力の無さを呪っていた。

それでも今までこうして生きてこれたのは、同じ想いであった彼女の従兄が側にいたからだ。

愛したエ=セルダを失い、戦争により、次々と亡くなっていく地球の人々と彼女の同胞を、ただ見ることしかできない自分への絶望。

その苦悩を、アル=ヴァンだけが知っていた。

だから彼女は、そんな唯一の理解者を失うことに最大の恐怖をと悲しみを覚えたのだった。

「っく、何をしている統夜!早く!!」

「ああ…!」

フューリーの王としてではなく、自らの従妹の懇願に心が揺らぎそうになったのか、アル=ヴァンは統夜に早くここを離れるように言う。

統夜もそれを汲み、離脱を始めようとした時だった。

彼にとって、聞きなれた声がコクピット内に響き渡る。

「統夜ー!」

「カティア!?」

「統夜!まだ生きてる!?」

「何?ヴォルレントだと?」

「テニア、お前まで!まさかみんな、メルアもその機体に乗ってるのか?」

「私たちは貴女のパートナーでしょう!?最後の最後に御別れだなんて嫌です!」

倒れたはずの少女たちが一機のヴォルレントに乗ってここまでやって来たのだ。

「すみません統夜、……でも、どうしても貴方だけを行かせられなかったんです。なので戦場にあった一番大丈夫そうな機体を奪って来ました!」

「統夜には私たちが必要、そうでしょ?いつだって私たちと頑張ってきたじゃないか、そうって言ってよ!」

「私たちもそうですから、最後まで一緒にいさせて下さい!」

「お前たち……。そうか、みんなありがとう、最高のパートナーだよ、お前ら」

全員が重傷のであるのにも関わらず、自分のために来たという彼女たちの言葉に、統夜は思わず泣きそうになった。

だが泣くような時間はない。

少なくとも今は泣くべき時でもない。

泣くのは幾らでも後で出来る。

それは彼女たちの決死の思いによって、立った今、誰も死なない方法をこの場に生み出したからだ。

「アル=ヴァン、彼女たちの乗って来た機体に移るんだ!そうすれば貴方の機体はここに残して行ける。みんなで脱出しよう!」

「何!?…統夜、言ったはずだ私は…」

ああ、この人という人間はどうしてこうも不器用なのか、と統夜は苛ついた。

思えば、いや、昔からこうなのだ。

このアル=ヴァン・ランクスという男は、こうと自身が決めたこと、決して変えようとはしない。

例えそれが最良の解だとしてもだ。

そんな男だから、エ=セルダはアル=ヴァンに自らの願いを託したのだろうが、今はそんな所が非常にもどかしい。

故に統夜は父の言葉を借りて、彼を説得した。

「生きて償えよアル=ヴァン!あんたには守るべき人がいるんだろう?俺と同じだ!」

「統夜…」

雰囲気が変わった彼を、シャナ=ミアは涙を携えた瞳で見つめる。

「だったら生きろ!守るべき人を残して簡単に死ぬのがあんたの騎士道か!?父さんなら、きっとこう言うはずだ。……アル=ヴァン・ランクス、騎士道不覚悟!」

「………」

彼の想いが、彼の中にある師の言葉がアル=ヴァンの心に突き刺さった。

(エ=セルダ様…)

アル=ヴァンには、目の前の蒼いラフトクランズに本当に自分の師が乗っているように見え、それが師が一番最初に彼に教えた騎士団の契約の一つを思い出させた。

『汝、戦友の真義に背くことなかれ』

(貴方は、私にそうだと仰るのですね?)

流し方などとうに忘れていたはずの涙が、彼の頬を流れる。

「アル=ヴァン!!」

「統夜……、君に、従おう」

それは、彼を縛り続けて来た堅く、冷たい鎧の、音を立てて壊れる瞬間でもあった。

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