インフィニット・ストラトスJ~ジューダス・レクイエム~ 作:味薄紅茶
来る時は、辺りが光り輝く柱の森とでも言えた支柱は今はその光を失い、辺りは闇に包まれている。
その闇を照らす新たな光が、奥からその森を飲み込んで行く。
「後方から高圧エネルギー、接近します」
「パワーを上げて下さい、限界まで!」
「はい!でも、限界はもう……!」
「もう少し、もう少しなんだ!くそぅおおおおお!」
疾走するラフトクランズとヴォルレントを、推進部で起きた爆発は徐々に迫って来ている。
ラフトクランズが小人に思える程巨大な支柱がその爆発に巻き込まれると、それは出来たての飴細工のようにとろめかした。
彼らの機体が爆発にまき込まれれば、飴細工所かシャボン玉のように儚く消えてしまうだろう。
このような状況に、戦場という場所に身を置いていながら、『たられば』の話をするのは実に滑稽な話であることを統夜は知っている。
だからこそ、そういう切羽詰まった環境では、どうしても『たられば』という出てしまうのも彼は知っていた。
統夜は考えに考え、一重に思い続けた。
もっと、機体に力が残っていたならば、と。
機体の力は、推進部を破壊する際に全てを使ってしまっており、もう飛ぶだけでも奇跡的とすら言える。
それを、少なくとも爆発の速さとほぼ同じ速度で航行出来ていたのは、統夜の操縦技術の高さと、シャナ=ミアの非常にレベルの高い、精巧なのサイトロン・コントロールのお陰であった。
確かに彼女は、自身が戦闘は出来ないと言った。
代わりに、ラフトクランズなどに使用されてるサイトロン機構の扱いは心得ていると言えるだけのものをシャナ=ミアは持っていた。
むしろ、扱いだけなら一年間戦場で培ってきた統夜ですらも足元に及ばない。
今のシャナ=ミアは、瓦解しそうなオルゴン・エクストラクターの稼働限界を、カミソリの刃よりなお薄い世界で見極めていたのだ。
(なのに、ああ…!)
統夜のサイトロンによって拡大された知覚領域には、爆発との距離が離れるどころか、一秒ごとに彼の機体に迫っていることを非情にも伝えるのみ。
焦燥に駆られる統夜に、前方を先行するヴォルレントから通信が入る。
「諦めるな統夜!お前は私にこう言ったはずだ。守るべき人を残して簡単に死ぬのがあんたの騎士道か、と!ならば今度は私が問おう。貴様の騎士道とは、こんな所で終わらせる程度のものなのか。その程度のものを、この私に求めたのか!」
「…違うッ」
「ならば気張れ!意地をを見せよ統夜。我が偉大にして、唯一無二の戦友であったエ=セルダ・シューンが息子、統夜=セルダ・シューン!!」
アル=ヴァンは彼を、地球の名前ではなくフューリーの名前で呼んで、生きろと叫ぶ。
「統夜!」
「統夜さん!」
「頑張れ、統夜!!」
アル=ヴァンと一緒になって少女たちも彼を懸命の励ます。
「統夜、行きましょう。私たちは、生きなければなりません」
シャナ=ミアが焦りのない清んだ声で、統夜に未来を語る
オォオオオオオオオオオオオォオオン!!
ラフトクランズが軋む身体を震わせ、自らも同じ思いであることを彼に教える。
自分がやるべきことは、ここで死ぬことではない。
統夜は今一度その思いを胸にした。
(俺は、俺達は、生きて帰るんだ!)
「うぉおおおおおおおお!!」
統夜の、皆の叫びを体現したかのような咆哮が機内に轟く。
「おおおおッ!!!?」
それと同時に、後方の閃光が嘲笑うように機体を飲み込んだ。
急激な誘爆スピードの増加に、遂に統夜のラフトクランズは捕まる。
「ごめん、皆……!」
爆散する衝撃を身に感じ、統夜は届かぬであろう謝罪の言葉を最後に意識を失った。
漆黒の闇が辺りに落ちている。
それを闇と言っていいかは今の彼には分からない。
何も光を感じられないのだ。
自らの身体すら視認できない深い闇に紫雲統夜はいた。
(身体が動かない)
身体の感覚はとても鈍いが存在している。
それが動かそうとしている身体の異変を統夜に教える。
(まるで砂の中に埋められたようだ。あれ、……そう言えば俺は)
頭も霞がかったようで、鮮明な思考が出来ない彼は、ようやく己を知覚する。
推進部の誘爆に巻き込まれた衝撃と全身を貫いた鋭い痛みを思い出す。
(ここは、もしかしてヴォーダの闇なのか)
フューリーには『ヴォーダの闇』という独特の死生観が存在する。
科学の発展により、時を操れるようになった彼らは、本来なら死亡してもおかしくない傷をその身に負ったとしても死ぬことはない。
彼らが死ぬのは、時間を操っても逃れることができない、身体が消失してしまうような攻撃を身体に受けた時のみだ。
もちろん、そんな死は戦争でない限り彼らに訪れることはない。
故に、彼らが本当に死んでしまうことを『真の死』と言い、その彼らが向かうとされる場所がヴォーダの闇と言われている。
古来より伝承される、地球で言う所の地獄や天国といった所を意味する場所だ。
彼はそんな場所に今まで一度だって来たことはないが、なんとなくここがそうなのだと理解出来ていた。
身体を包む闇は死を体現したかのような冷たさを持っており、だというのに心だけがどこまでも落ち着いている。
そこに浮かぶ統夜を急に何かの力が襲う。
(……?)
身体がどこかに引っ張られている感覚に統夜は疑問を抱く。
上に引っ張られてるようにも、下からも引っ張られてるようにも感じる。
身体が四方に拡散するようで、中心に凝縮しているような、そんな不思議な感覚に統夜が少し恐怖を覚えたころ、懐かしい声が彼の頭に響いた。
「フューリーを、地球の人々を救ってくれて感謝する、息子よ」
(父さん?)
父の声が優しく統夜に語りかける。
「まあ、お前には色々迷惑をかけたな。不甲斐ない父を許せ」
どこか嬉しそうに、だが隠しきれない悲しみを湛えた彼の声色に、統夜はようやく自分が死んでしまったことを確信した。
(父さん、ここはヴォーダの闇ってやつかい?)
「そうだ、この深遠が我らフューリーが最後に向かう安らぎの場所だ」
(安らぎの…。俺は死んでしまったんだね)
父の声を聞くのは本当に久しぶりだった。
彼は、統夜にとって五年前に月の事故で死んでしまったことになっていたからだ。
幼い頃に母を亡くし、その父も月にある仕事の為といい一年に一度位にしか彼は統夜の前に現れない。
そんな父の行いに、不思議と寂しさを感じなかったのも、今思えばサイトロンの影響なのかもしれないと統夜は考える。
その父が亡くなった時は、天涯孤独になった己の身を案じるより、たまにしか会えない父に、自分はもう二度と会えないということに統夜は深い哀しみを覚えた。
だからだろう、死んでしまったことに悲しみを覚えるよりも、統夜の心は父と再開できたことに喜びに染まっていた。
(俺は、ちゃんとできたかな)
ぽつりと、統夜は父に今までの自分の『頑張り』を尋ねた。
色々と遠回りもしたし、時には大きな間違いも起こした。
そのせいで、エ=セルダが連れ出して来たフェステニアたちには沢山の迷惑をかけ、時には仲間の命を失わせる結果を招き寄せた。
そして多くの同じ人間を、生きる者たちを、守る人々と同じ数だけその手にかけていった。
もう彼の手に血で汚れていない所はない。
手どころか、全身が汚れても、なお足りない程に、統夜は血を流し、流させていたのだ。
そのどれもが、過去となった今では必然としか言いようがなかったとしても、彼は悔やみに悔やみ切れずにいた。
彼は、そんな今までの過去の自分が正しいとまで言わなくても、やれることをやれたのかと、父に聞かずにはいられなかったのだ。
エ=セルダは、そんな息子の問いに優しく肯定した。
「できたさ。誇っていい位だ。俺の息子であることが信じられない位だぜ」
いつもいつも聞きたかった相手の声で、求め続けていた言葉を聞けた彼は涙を落した。
(そうか。うん、なら、良かったよ。本当に……)
身体に満ちる心地よい充足感に統夜が身を委ねていると、エ=セルダはただ、と言葉を付け加える。
「統夜、お前はまだ死んではいない。ここは確かにヴォーダの闇だが、お前は更にどこか遠い所へ向かおうとしている」
(そんな…、それじゃあどこに行くっていうんだ)
「ここではない、…どこかに、さ」
父は統夜の疑問に淡々と答える。
「俺にもそこがどこなのかは分からない。ま、でもお前なら大丈夫さ。何てったってフューリーの大英雄、エ=セルダ・シューンの息子だからな」
(さっきと言ってることが違うじゃないか)
父の砕けた物言いに、統夜は笑う。
自分の息子じゃない位と謙遜を言った側から、英雄の息子だからと言う尊大な物言いに思わず噴き出す。
そんな父の態度に、今となっては思い出すことすら難しくなった、彼が独りになる以前の家族三人で暮らしていた光景を統夜は思い出す。
その頃からエ=セルダはこういうからかうような言い方しては、美しい母によくどやされていた。
地球にいるどこにでもある家族であり、彼の大好きな家族であった。
その情景が、統夜の感じた可笑しさと、それ以上の悲しみを彼に与え、瞳を揺らした。
(また、貴方と離れなくちゃいけないのか?)
「そう暗くなるな。どうせすぐに会えるだろうよ。その時の為に、お前はまだまだ手土産が用意しなきゃな。俺はこう見えても話すのが好きなんだ。今のお前のたった一年ぽっちの話なんぞ、億年生きた俺にとっちゃ話の種にもならん。俺を満足させる位の色んな物を見て、聞いて、味わって。そういうのを覚えた息子がいつかやってくる。…そんな父のささやかな楽しみを、奪わないでくれよ」
(……うん、わかったよ。わかったよ父さん)
息子の悲しみに背を押すようにエ=セルダは優しく言う。
その言葉に、統夜は動かぬ身体の代わりに、心で頷く。
「愛している。しばしの別れだ、息子よ」
(俺もだよ父さん)
次に父と会うのはいつになるのだろうか。
そして、結局自分はどこに向かおうとしているのだろうか。
疑問は泉の如く尽きはしないが、せめてここにいる父に自分の成長を見せるように、統夜は胸を張る。
(行ってきます、父さん!)
その言葉をエ=セルダへ言い、全身の消える感覚と共に彼はまた意識を消失させた。
びくりと身体が震えたことで、統夜は覚醒する。
「…んっ」
目の前が暗い。
自分はまだあの空間にいるのかと考えたが、これは自分の瞼が閉じられているからだとすぐに気付く。
寝起きのように重い瞼をやっと開け、統夜は辺りを見渡す。
「生きているのか」
自分の全身を両手で触り、己が本当に実在していることを彼は確かめた。
身体は異様に疲弊しているが、死ぬような事態には至っていないことを統夜は確認する。
見渡した瞳は、そこがラフトクランズ内のコクピットであることを教えた。
機器はどれも火花を散らし、身体を動かすことすらままならないという有様であったが、この機体がまだ生きていることを、統夜はサイトロンを通じて感じる。
愛機の無事を確認し、気持ちに余裕が生まれた結果、統夜は前方にいる身長と同じ程長く、流れるような美しい水色の髪の女性の姿に気づいた。
フューリーの皇女、シャナ=ミア・エテルナ・フューラが、操縦席のコンソールに倒れ込むように気絶していた。
統夜は慌てて声をかけた。
「シャナ=ミア、シャナ=ミアさん!」
『うぐ、ここは…』
苦しげな声を少しだけ彼女は上げる。
「良かった、気がついてくれた!ここはラフトクランズの中です。どこかに怪我はありませんか?」
『えぇ、身体に異常はないようです。貴女の方はご無事ですか?』
「大丈夫です、動くことには支障はないみたいだ」
彼女の確かな返答に、統夜は安心し、ここがどこなのかを機械を使って調べ始めるが、何かで妨害されているように情報が収集できない。
統夜はその不審をシャナ=ミアに話した。
「今、こちらで辺りを探ってみたんだけど、何故か辺りの情報が入ってこないんだ。貴女の方で何か分かりませんか?」
『待って下さい……、おかしいですね。私も貴方と同じように感じます。』
「あの、シャナ=ミア、さん?」
『え?どうしました統夜?』
統夜の怪訝そうな声がシャナ=ミアに向けられる。
その声に彼女も同じような声で応える。
「本当に、身体は大丈夫なんですか?」
『ええ、あのような戦いの後だと思えば不思議な程には。それが何か?』
「今の俺には、貴方がまだ気絶して、倒れているように見えます」
『あれ、本当ですね、私がまだ倒れて………、え!?』
ここにきてシャナミアは自身に起きている異常に気がつく。
自分の全体像を、自分が見ている。
自分、が、自分、を眺める。
では自分は一体何者なのだ?
このおかしな現象に彼女は取り乱した。
『な、な、何が、一体起きてっ!!??』
「落ち着いて下さい、シャナ=ミアさん!今そちらに行きます」
統夜は急いでシャナ=ミアの元に行き、彼女の状態を確認するため倒れていた身体を起こす。
糸の切れた人形のように抵抗のない彼女の身体は、少なくとも死後硬直を起こしているようには見えず、解れて顔にかかった前髪を指で払い、その奥にあるものを見ても生気はまだあるように見える。
統夜は手を首に宛がい、彼女が生きてることを確かめる。
シャナ=ミアの柔らかな肌からは規則正しい心臓の脈動を感じられた。
念のため口元にも手をかざしても、しっかりと自発呼吸を確認できたことから、統夜は最悪の事態ではないことを確信した。
「どうやら、死んでしまった訳ではないようです」
『そ、そうですか。驚きました』
心底ほっとしたような、どこから発せられてるかもわからない声を聞き、統夜も安心する。
一応の無事を確認出来た彼らは、今度は現状の問題について議論し始めた。
「シャナ=ミアさん、貴方は今、どこに自分がいると感じているのですか?」
『そうですね、なんとなくですけど。このラフトクランズの中に、いえこれでは意味が違いますね。ん、この機体のコアにいる?』
「機体コアに?」
『ええ、私にはそのように感じられます』
「あの爆発の影響で、精神がそちらに移ったのかな」
『前後的にはそのようにしか考えられませんね。もしかしたらですが、一種のサイトロンの異常共振がこのようなことを起こしたのかもしれません』
「異常共振…。その共振ってのは、以前貴方が俺に夢という形で会いに来ていたことと同じですよね?」
『そうです』
統夜はまだフェステニアたちと出会う前から、シャナ=ミアと会っていた。
夢の中で会うことを果たして会うと言ってよいのか疑問だが、とにかくだ。
夢の彼女は、度々統夜の前に現れてはフューリーが起こそうとしている戦を止められないことを謝っていた。
それは、シャナ=ミアが統夜のサイトロンと自身のサイトロンを共振させることで起こしたものだった。
「それが、今はどういう訳か共振状態が続いているようになって、心が身体に戻らない。そういう訳ですね?」
『そうだと私は予想しています』
「そして、今もそうだと」
『はい…』
困ったことになったと統夜は腕を組む。
恐らくサイトロンの扱いにかけては、スペシャリストと言える彼女を持ってしてもそれが出来ないとなれば、最早統夜に出来ることは何もない。
サイトロンの共振というのはとても難しい。
相手が近くにいるならまだしも、遠くに離れている者が対象者を限定させサイトロンの波を同調させるは至難の業だ。
統夜が依然、彼女とコンタクトをとるためにその共振を試みたことがあったが、それはラフトクランズを精神の増幅器のように使いやっと行えたものだ。
その時彼は月に近い位置に存在していたから、あくまで比較的には簡単に行えたが、彼女の場合は月の中心から何の補助も受けずに、地球にいる統夜への交信を自力で行っていたのだから驚きだ。
今の彼に出来ることは、動けない彼女の代わりに周辺を探ることだ。
幸い外に空気があり、人でも行動出来る環境であることだけは分かっていた。
統夜は外を調べて来るとシャナ=ミアに言い残し、外に通じるハッチを用心深く開く。
「お、開いた~?やっほ~こんに」
閉じた。
彼自身でも驚きの速さを以って。
「……」
統夜は唾を一つ飲み込み、今度はほんの少しだけハッチを開け
「急にひど」
閉じた。
しかも、その僅かな時間で相手と少し目が合ってしまった。
素直に彼は恐怖を感じた。
統夜は両手で顔を覆う。
自分はもしかしたら別の惑星に来てしまったのかもしれない。
そんなセンス・オブ・ワンダーな感情に統夜はどうして良いのか分からなくなり、とりあえず今自分が見た事をシャナ=ミアに話す為にコクピットへ戻った。
『ウサギの耳をつけたメイド服っぽい女の人がハッチを開けたら目の前にいた?』
「はい」
『あの統夜、何を言っているのか私には分からないのですが』
「シャナ=ミアさんもですか。良かった、自分だけなのかと思いました」
『……』
「……」
沈黙がコクピットを包む。
二人とも混乱しているのだ。
その混乱を更に拍車をかけるような事態が彼らを襲う。
『お~い、聞こえるか~い?』
「な!!」
『サイトロンの共振!?』
『も~、さっきの人ってばせっかくこの私が挨拶をしようとしたのに急にハッチを閉じちゃうんだもん。レディーの扱いがなってないよね』
ぷんすかと怒りながら、先ほど統夜が遭遇した奇天烈な者が統夜たちの頭の中に話しかけて来たのだ。
「何者だ!」
『それはこっちのセリフだよさっきの男の子君、この会話が出来るってことは同族なようだけどさ。私は貴方のような、いや二人だから貴方たちか。とにかく知らないんだよね。一体何者?』
統夜の問いに、相手の声は豹変する。
へらへらしていた口調が、冷徹とも言える真面目なものと変わり、そのまま統夜たちを問いただす。
それをシャナ=ミアが同族と言う彼女の言葉が聞き捨てならないといったように反応した。
『貴女は同族と言いましたね。では貴女はフューリーだと言うのですか?』
『肯定ね』
『では、ここはガウ=ラ・フューリアではなのですか?』
『違う。ここは地球。貴方たちは空から急に飛び出して来た』
「飛び出して来ただと?」
『そう。そしてとある学校に墜落した。幸い死者は出なかったけど、その場にいた私の大切な人が死にかけたのも事実。ついでに言えばここは私の研究所で、私が墜落してピクリともしない貴方たちをここへ連れて来た。外の様子が分からないのも私がこの機体に強力なジャミングをかけているから。さて、そろそろこちらの質問に答えてもらえないかな。一応こちらに敵意がないこと位は感じるでしょ?』
「……」
捲し立てるように言う彼女に、統夜は黙りこむ。
確かに彼女からはまるで敵意が感じない。
だが、それがとてつもない違和感となって胸の辺りにしこりとなっているのだ。
彼女のこちらに向ける意思はどこか綺麗すぎる。
磨き上げられた真球を統夜は相手にイメージした。
それは普通ならあり得ないことだった。
人が生きる上で必ず負う傷や、歪み、つまり成長の証となるそれらが彼女からは感じられない。
人間の皮を被った何かと考えた方がよほど説得力がある。
彼女の言葉を信じることが、統夜にはどうしてもできない。
それはシャナ=ミアも感じているようで、彼女の無言の反応がそれを物語っている。
だがいくら黙っていても現状を打破ることは出来ない。
そして何よりも強く感じた、彼女と統夜たちの会話の違和感の究明が今の最大の事案であることが彼らの統一された考えだった。
シャナ=ミアが三人の静寂を打ち破る。
『貴女は、シャナ=ミア・エテルナ・フューリアという言葉を知っていますか?』
『フューリア?もう一人の搭乗員は皇族の者だと言うのかしら。だとしたら尚更意味が分からないわね。シャナ=ミアという者は皇族には存在していない。ましてや隠し子も存在していないのよ』
『そう、ですか…』
「感じた違和感はこれだったのか」
いくらシャナ=ミアがフューリーの中で権力を持たない形だけの王であったとしても、形だけも彼女は王としてフューリーに迎えられていたはずである。
つまり、多くの者が彼女を認知しているという訳である。
そんなシャナ=ミアを知らないと言う女性と、統夜が目覚める前に見た『夢』の内容が組み合わさろうとしている。
自身の思い描く事実が本当なら、それは信じ難い出来ごととなる。
(それでも、確かめなければいけない)
統夜が会話を継いで、話を進めた。
「どうやら俺たちの間には決定的な食い違いというものが存在しているらしい」
『…そうね、同意だわ』
「今からそちらに行く。攻撃の意思がないというのならこのジャミングを解いてくれないか。逃げはしない」
『いいでしょう』
すぐにラフトクランズを取り巻く靄のような感覚が統夜から取り払われる。
彼の感覚が波紋の如く機体から広がり、この場の全体像が見えて来た。
どうやらここは小さな島の中にある施設みたいだった。
統夜には彼女だけしかこの場にはいないようにが感じたが、サイトロンをジャミングするような人物だ。
何を隠しているか分かったものではない。
慎重に行かねばならなかった。
「確認した」
『じゃあ、出てきてもらえるかしら』
「わかっている。シャナ=ミアさんここを頼みます」
『承りました』
ラフトクランズの胸部前方に位置するハッチを統夜は開け、堂々と立ち上がる。
その機体の前方、フロアのように開けられた場所に例の女性が立っており、対面した二人の視線が絡み合う。
にこやか笑う彼女は、両手を胸の前に重ね、ただ統夜を見つめている。
事情を知らない者が見れば、それは戦場からの愛する夫の帰りを心待ちにしていた健気な妻のような場面にも見えただろう。
だが、この風景はそんな美しくも心打たれる瞬間ではない。
奴隷市場に売り出され、商品として紹介される少年を、いくらで買い落そうかと思索する下卑た笑いを浮かべる夫人。
そういった陰惨な光景であった。
「やっと会えたね。早速自己紹介行こうかぁ。私は天才科学者、篠ノ之束っていう凄い人だよ~」
「俺の名前は紫雲統夜。肩書きはそうだな。騎士、とでもしておこうか」
相手に対する絶対の確信を胸に、二人は相対した。
以上です。
次回からようやくインフィニット・ストラトスJのプロローグが始まります。
気長に待ってもらえたら幸いです。