現在は午後八時半、外はもう暗闇に包まれている。
俺は今、艦娘寮の廊下を歩いている。
皆、食事を終えて自室に戻ったらしく、時折楽しげな声が聞こえる。
「ここか」
とある部屋の前に来た。ドアの上の方には金属のネームプレートが掲げられており、[明石:夕張]と書かれている。
俺はノックをした。
「誰ですか〜?」
明石の気怠げな声が聞こえる。
「俺だ。今時間空いてるか?話したいことがあるんだが」
「うえっ!?提督!?ち、ちょっとまって!ほら夕張!起きて!」
途端に部屋の中が騒がしくなる。何かを転がす音、明石がコケる音、爆発音。
ん?ちょっと待て、爆発音?
「おい、どうした!?」
俺は思わずドアを開けて聞いた。そこには…
「なんだここは…実験室か?」
部屋の中心には何かの融合炉のようなものが置かれており、そこから部屋に所狭しと置かれた機器類へケーブルやパイプがつながっていた。
「ここ…ただの部屋だったよな…?」
未だに目の前の光景が信じられない。昨日までこんなの無かったはず…
「あ、提督!まだ入らないでくださいよ…」
明石が俺を見つけて不平を言う。
「…って、うわぁ!?」
そしてまた転び、持っていた箱を落とした。
刹那、箱が爆発し、俺の顔に何かしらの破片などが飛んできた。
「ゲホッ…ゲホッ…あちゃー、やっちゃったなぁ…」
明石は何とも思ってないようだった。
「おい明石、夕張」
二人が振り向いた。
「ちょっとそこに正座しろ」
あとから聞いた話だが、この時の俺の表情は爆発で飛んできた破片による流血などのせいで過去一の怖さだったらしい。
「「ハイ」」
二人はおとなしく従った。
爆発音を聞きつけて長門などが駆けつけてきたが、俺に怒られている二人を見ると”なるほど納得”といった表情で帰っていった。
長門が納得して帰っていくとか前科何犯だよこいつら…
~一時間後~
「‥‥ということだ。今後一切このような事はしないように」
「ハイ」
「スミマセンデシタ」
長時間の説教に疲れ果てたのか、二人とも死んだ魚のような目をしている。少しやりすぎた感があるが、こいつらにはちょうど良いスパイスになっただろう。
だが、部下に対してきつく当たってばかりでは上司失格である。ここはアメとムチを使い分けるべきところなのだ。
「…反省したようだな。正座を崩していいぞ。今日ここに来た本当の目的を説明しよう」
「あぁ~、やっと終わったぁ~…」
「あ”あ”~…」
二人が崩れ落ちる。相当時間が経っていたようで、ちょっと罪悪感があった。
「お前ら二人に工廠の管理を任せる」
俺はそんな二人を気にも留めないように振る舞い、本題に入った。
「「!?」」
途端に二人の目の色が激変し、崩れていた姿勢を即座に復旧させやがった。
そんな二人に半ば呆れつつも俺は続けた。
「工廠の事務室は好きなように使ってくれ。ドックなどの改造はほどほどにな」
「ありがとうございます!」
「助かります!」
「資材の無断使用は発覚次第懲罰房行きだからな。事前に申請するように」
一応釘を刺しておく。こいつらなら鎮守府の所持資材が底をつくまで開発しかねんからな。
「そこんところは大丈夫です!多分!」
夕張が自信満々に言い、
「これほど信用できない言葉はないな」
そして俺がばっさり切り捨てた。
「ちょっ、ひどくない!?ねぇ明石、ひどいと思わ
「ない」
…うそーん…」
「今のやり取りからするに、資材乱用の前科は夕張の方が多いのか?」
「ほぼ夕張ですよ」
明石が間髪入れずに言った。
「でも私が持ってきた資材を使っていろいろやべぇ物作ってるのは明石さんですよね!?」
夕張が反撃する。
「チッバレたか」
「やっぱりお前ら共犯じゃねぇか」
これは定期的な見回りと監視が必要だな…
「それと、用事はもう一つあるんだ。工廠に行こう」
俺は寮を出て工廠に向かう。外の気温はだんだん下がってきており、少し肌寒い風が吹いている。月明かりが地面を冷たく、青白く照らし出しているため照明はさほど必要ない。明石と夕張は俺の後をついて来ている。
寮から工廠までは大体100メートルもないくらいだ。すぐ着くだろう。
「よし、ここだ」
工廠へ到着した。俺は分電盤のふたを開け、右上にある大きなレバースイッチを上に跳ね上げた。
ガチャン!という音と共に工廠全体に灯が入る。照明が水銀灯であるため、付くまでに時間がかかるのが難点ではあるが。
少し時間が経って天井の水銀灯が一つ、また一つと点いていく。
「うわぁ…!」
明石が感嘆の声を上げた。
「すごい…!」
夕張が目を輝かせて周りを見渡している。
「着任してから一回しか来たことがなかったが…改めてみるととてつもない広さだな…」
工廠全体は大型機用の格納庫よりも広く、恐らく先の大戦で計画されたとされている
水銀灯の白い光に照らし出された無骨な鉄骨の骨格に覆われた工廠は、どことなく寒々しかった。
「て、提督!大戦時の装備が残されていますよ!」
夕張が驚きの声を上げた。
「なんだって!?そんなはずは…!」
俺は夕張がさす方を見た。
着任時は入り口からちらっと見ただけで終わったので気づかなかったが、入り口から死角となっている工廠の半分ほどには先の大戦時の装備がそっくりそのまま残されていた。
…ここの鎮守府は新造のはず…!?
「嘘だろ…!?
「私も初めて見ます…私たちは艦娘用の装備の設計はできますが、実際の製造は妖精さんですものね…」
明石がつぶやく。
「大本営にはこのことを報告しますか?」
「しないぞ」
「ナンデ!?」
「俺はのんびり生きたいんだ。大本営の監査を入れるなんてめんどくさい真似はしたくない。それに深海棲艦には通常の兵器が効かないことは知っているだろう。黙っているのが得策だ」
「まぁ、確かにそうですね」
「なるほど…じゃああっちにある装備を調べますか?」
明石が放置されている装備を指さす。
「いや、仕事がある。すっかり話がそれてしまっていたが…これだ」
そういって俺は”新兵装開発委託書”を取り出した。
「期限が明日までなんだ」
「うっそでしょ」
夕張が反射的に驚きの声を上げた。
「俺も手伝うから、許してくれ」
明石はやれやれといった顔で言った。
「それで、何を設計するんです?」
「雷撃機だ」
書類によればうちの担当は雷撃機となっている。要求性能は”既存の雷撃機よりも優れていること”だ。むちゃくちゃだな。
「雷撃機の設計なら何個か案を提出した方がいいんじゃないですかね?」
夕張が言った。確かにそれも一理あるな。
「そうだな…じゃあ、各自一機分の案を出そう。一個でも出せれば仕事としては合格だから…」
「そうと決まればさっそく設計ですね!あっちに製図台があるので行きましょう」
明石が工廠の隅の方を指さした。そこには製図台が数台置かれており、紙などはそのわきのテーブルに積まれているようだ。
「よし、じゃあ製図台を使おう」
俺は歩き出した。が、近づくにつれてある違和感が感じられるようになった。
「…なぁ、二人とも」
「「なんです?」」
俺は立ち止まって感じていた違和感を打ち明けた。
「なんだかここ、人の生活感を感じないか?」
「えっ…?何怖いこと言ってんですか…」
夕張が語尾を小さくしながら言った。
夕張のその発言後、静寂が訪れた。
工廠内はシーンと静まり返っており、物音ひとつ聞こえない。
突如、風が屋根を揺らした。
「!?…何だ…風か…」
「び、びっくりしましたぁ…」
「でも、提督…何を根拠に生活感なんて…」
明石が恐る恐る訪ねた。
「あの製図台を見てみろ。脇のテーブルに紙が積まれているのは納得できる。だが…”何で製図台の上に紙が乗っているんだ?”しかもただ乗っているだけでなくて”セットされている”」
「い、いや…大本営の方がそうしていったのかも…」
夕張が引きつり気味に返答した。
「じゃぁ…”何で筆記用具が出てるんだ?”」
製図台の上には鉛筆や消しゴム、消しカスなどが散らばっていた。
「やめてください提督、私ホラー苦手なんですよ!?」
明石が早口でまくし立てる。正直言って俺も逃げ出したいレベルで怖い。不気味すぎる。
「提督、製図台の紙になんか書いてありますよ?」
夕張がスタスタと製図台へ歩み寄り、紙を覗き込みながら言った。
「な、なんて書いてある…?」
夕張はこういった状況が怖くないのだろうか…いや、足が震えている。無理をしてくれているんだろうな…
「よ、読みますね…えーと、
1946,2,19
この手紙が未来へ届いていることを願ってここに記す。
我々は日本軍だ。
世界は深海棲艦によって侵略されている。このままでは技術が失われるのも時間の問題だ。
そこで我々は既存の兵器、並びに開発予定であった兵器の図面を時空転送装置と共に保存することにした。
時空転送装置とは、我々軍部がひそかに開発し、試作までにこぎつけたものだ。動くかどうかはわからない。この手紙がもし未来の人類の手に渡っているのであれば、正常に作動した証拠だ。
この装置はのちの時代の沿岸部に現在我々が兵器を運び込んでいる倉庫と同等、またはそれ以上の大きさの倉庫が建設された場合、そこにこの兵器たちを転送することが可能だ。
図面については”三式戦闘機飛燕”のコックピットにトランクケースに入れて保管してある。トランクケースのカギは”烈風”の座席の上に置いてある。
その他の保管する兵器は見ての通りだ。有効活用されることを祈る。
…って書いてありますね。あ、下の方に殴り書きが…
1946,3,20
深海棲艦にここがバレた。
我々は直ちに時空転送装置を作動させる。
未来の人類よ、あとは任せた。
杉野修一
‥‥‥だそうです」
読み終わった夕張は信じられない、と言った顔をしていた。
無論、俺も明石もであるが。
結局、この事態を解釈するのに数分を要した。
このことは大本営には報告しないことにし、兵器のメンテナンスや設計図による構造把握、試作機製作などを今後の予定とすることを三人で決めた。
「と、とりあえず今は艦娘用の雷撃機を考えよう。時間がないからな」
「そうですね。とりあえずこの仕事を終わらせてから大戦時の装備を調べましょう。時空転送装置とやらも気になりますし」
「久しぶりの設計だぁ!」
俺は内心戸惑いつつも、雷撃機の設計を開始した。
明石はもう設計に夢中のようで、先ほどまでのおびえた感じはなくなっていた。
夕張もさっきの神妙な趣きで手紙を読んでいた時とは打って変わって、獲物を見つけた鷹のような目になっていた。
そんな彼女らに内心呆れながら、俺は設計の手を進めた。
時刻は午後十時、夜は始まったばかりである。
次回、新型雷撃機お披露目(かもしれない)