現在は午前五時、山の尾根付近が明るく染まり始め、鳥のさえずりが聞こえるようになる時刻である。
鎮守府の朝は早い。起床時刻は午前六時となっているのにもかかわらず多くの艦娘は五時過ぎごろに起床する。まぁ、例外も少なからず居はするが。
俺はというと、昨日の疲れをまだ引きずりつつも、鎮守府の外周をランニングしているところだ。
早朝の空気はおいしい。昼間のうだるような熱気が嘘のように澄み渡っている。
「…ん?」
ふと、工廠の扉が開いているのが目に留まった。俺は工廠の方へ行き、中を覗き込んだ。
「誰かいるのか…って明石…何やってんだ?寝たのか?」
そこでは明石が必死に大戦時の装備をバラして研究しているようだった。明石は俺に気づくと疲れた声で精いっぱい元気に返事をした。
「いやぁ…寝ようかとは思ったんですけど…どうも気になっちゃって。あのあともう一度ここに戻ってきて、装備の作成を終えて、今に至ります」
やっぱりこいつは筋金入りのメカ好きだな…だが…
「あのな?艦隊の装備の管理の責任者であるお前が体調崩したりしたらどうするつもりだ?」
「うっ…それは…その…」
明石は言葉に詰まる。やはり何か後ろめたい感覚はあったのだろう。
「お前が体調を崩すと、みんなが心配して艦隊運営がままならなくなるだろう?第一俺が仕事に集中できなくなる」
「へ?」
明石は面食らった顔をしていた。俺なんか変なこと言ったか?
「部下が体調崩しているのにのんびりと仕事なんかできるかってんだ‥‥というわけで、無理はしないようにしてくれな。それじゃ」
俺はそう言い残して工廠を後にした。
「提督は優しいんですね…それじゃあ…寝ますか!」
明石はそう言って片づけを始めた。その後、明石が就寝したことにより工廠が回らなくなり、夕張が地獄を見ることになったのはまた別の話だ。
日がすっかり昇り、だんだんと暑さが増してくる時間帯、現在は午前十時である。
そして、演習の約束をしていた時間でもある。だが、ここで想定外の事態が起きていた。
「なぁ、赤城」
「何でしょうか?」
「多くない?ほぼ全員じゃないか」
そう。練習艦や工作艦などの特殊艦を除くほぼ全員が埠頭に集合していたのだ。
「全員何かしら体を動かしたいのでしょう。あと、休みというものに慣れていないのかもしれません」
赤城が少し悲しそうな顔で言った。
「あぁ…そうか…よいしょっと」
俺は納得し、埠頭の縁の一段高くなっているところに上った。全員の視線がこちらを捉える。俺は全員に聞こえる声で話し始めた。
「これより、演習を開始する!4~6人でグループを作れ!そのグループの間で演習をしてもらう!作成、開始!」
全員が動き始めた。戦力のバランスを考慮してグループを組もうとする者、姉妹艦や、仲良しとグループを組もうとする者など、様々な動きが見て取れた。
「提督さんは誰かと組まないの?」
後から声を掛けられ、振り返った。そこには髪をツインテールにしたまだ顔に幼さを残す女性が笑いかけてきていた。五航戦の妹の方、瑞鶴だ。
「ん?あぁ、瑞鶴か。いやまぁ、よく考えてみろ?上官と組みたがる奴なんているか?」
俺はもともと一人で演習をしようとしていたから組む必要はないんだがな。
「あ、じゃあフリーじゃない、私たちと組みません?」
こいつ…敬語使い慣れてねぇな…まぁ、お言葉に甘えるとしよう。
「いいのか?メンバーは誰だ?」
「まだ伊勢さんと翔鶴姉しか決まってないよー」
伊勢か…伊勢かぁ…嫌われてるんだよなぁ…
「俺を混ぜることを伊勢がいいって言ったのか?」
「そうよ?メンバーが足りないって言ったら提督を誘って来いって言われたの」
「へぇ…」
意外過ぎた。ものすごく敵対視されている気がしたんだが…
「提督ぅー!まだそっち、空きある?」
このしゃべり方は…鈴谷か。
「こら鈴谷!提督に対してそういう喋り方はいけないとあれほど…」
「いいじゃんいいじゃん、提督怒んないんだし♪」
熊野も来たのか…
「瑞鶴、あいつらも混ぜていいか?」
「いいんじゃない?それでちょうど6人だし」
「そうか、じゃあ行こう」
こうして俺らはグループ作成することが出来た。
メンバーは、伊勢、瑞鶴、翔鶴、鈴谷、熊野、俺である。
‥‥‥駆逐艦とか軽巡の雷撃要員が居ねぇ…鈴谷と熊野には頑張ってもらわなきゃな。
全員、グループ分けが終わったようで、各所で作戦を練り始めていた。
俺はまた一段高いところに上り、話し始めた。
「今から五分後に、演習を開始する!グループの番号あっちのテーブルの上のくじを引いて決めろ!対戦相手はトーナメント表を見てくれ!以上!」
全員が行動を開始した。表を確認しに行く者、艤装の最終チェックを行う者、様々である。
「瑞鶴、ちょっといいか?」
「ん?なーにー?」
俺は最終チェック中だった瑞鶴に声をかけた。
「明石がさっきまで開発していた新兵装があるんだ。試してほしいんだが…」
「任せて!この私にできないことなんてないわ!」
自信満々だな…これなら大丈夫かな…
俺はその後、工廠へ行って
「提督さん、これは何?」
「その前に翔鶴も呼んできてくれ。二人に装備してもらう」
「お呼びですか?」
「うわっ!?いつの間に後ろに…?」
いきなり後ろに翔鶴が出現した。銀髪のロングヘアが特徴的な五航戦の姉の方である。
「え~とな、二人にはこれを装備してもらう。これは明石が作ったものだ。多分装備すれば使い方はわかるだろう」
艦娘の装備は不思議なことに装備すると使用方法が分かる。なぜだかは知らない。
二人が
「提督さん…これ…かなりヤバいものじゃ…?」
「こんなの使えるかしら…?」
「まぁ、頑張ってくれ。ほら、行くぞ」
そろそろ演習がスタートする。俺らは伊勢や鈴谷たちが待つ海の上へと移動した。
「提督、私はこの演習での立ち回りをもって貴様の素質を見極めさせてもらう。失望させないでくれよ?」
あぁ…そういう事ですかい…
「そういうお前も、上官の前で失敗しないようにな…?」
さすがにイラついたので言い返した。このくらいは悪くないだろう。
二人の間で見えない火花が散った。
「んもぅ、喧嘩してないで!始まるよ!」
鈴谷があきれたように声を上げた。
「提督は何の艤装を使うんですか?」
翔鶴が聞いてきた。
「改鈴谷型一番艦、伊吹だ」
「お?じゃあ私らの妹ってこと?」
鈴谷が笑いながら言った。
「どっちかというと弟だな」
俺も笑い返した。
その時、軽い炸裂音と共に狼煙が上がった。開始の合図だ。
「艤装展開!…改鈴谷型重巡洋艦一番艦!伊吹、抜錨する!」
艤装展開の宣言後、俺の服が戦闘服に変わり、鈴谷型の艤装に酷似した艤装が展開された。
「提督が変身って…艤装展開!」
みんな驚きつつも続いて艤装を展開させる。全員建造時よりは格上の装備を積んでいるため、艦名だけで戦力を判断することはできない。が、俺は提督である。全員の装備は把握済みだ。その点、ほかのグループより有利に事を進められるだろう。
俺たちはどこまでも青く続いているかのように錯覚させる海原を滑るように進んでいく。風がかなり強めではあるが、これから戦闘(演習だが)が始まるとは思えない雰囲気だ。
「瑞鶴、翔鶴、彩雲を発艦させろ!伊勢、瑞雲発艦行けるか!?」
「「了解!!」」
「任せろ!瑞雲、発艦!」
戦いの初めは偵察だ。敵艦隊を発見できるかどうかによって勝敗が決まってくる。
一分後、伊勢が声を上げた。
「敵艦隊発見だ!…提督、しくじるなよ?」
「今は伊吹だ。まぁ提督だが。それと、お前も失敗するんじゃないぞ?」
砲弾が飛来し、周囲に水柱をあげる。
「反撃だ!撃て!」
俺と鈴谷型の203mm連装砲五基が火を噴き、伊勢の41㎝連装砲が雷鳴のような轟音をとどろかせた。
「弾着…今!仰角五度上げ、砲塔左旋回十度お願いします!」
翔鶴が弾着観測を行ってくれていたようだ。
「了解だ。そちらも攻撃フェーズへ移ってくれ」
五航戦の二人に指示を出した。
「翔鶴姉、いくよ!」
「えぇ!」
「「第一次攻撃隊、発艦はじめっ!」」
軽い爆発音の直後、金属と金属が高速でこすれ合う音と共に焔雷が高速で飛び出した。
「ッ!反動がすごい…」
「ほんっとに変な形してるわね…この艦載機…」
「しゃべっている暇はないぞ!敵艦種確認!…は?」
俺は観測結果を見て固まった。
「提督、どうしたんですの?」
熊野が聞いてきた。
「て、敵旗艦、二番艦に攻撃を集中しろ!大和と武蔵だ!」
「なんだと!?」
伊勢が驚愕の声を上げた。
敵は大和型二隻、青葉型二隻、白露型二隻だ。大和型が厄介すぎる…
「う、撃てぇッ!当てれば少しはダメージが稼げるはずだ!」
制空権こそこちらの物ではあるが、それ以外の面ではあちらに押されているのが現状だ。
「きゃっ!?痛ったぁ…!」
鈴谷が大破した。大和型の主砲弾が直撃したようだ。現在大和型は試製51㎝連装砲を搭載しているため、かなりの火力となっているはずだ。
「大丈夫か!?…あ…」
「み、見ないでってばぁ!…撤退するね!」
「き、気をつけてな!」
この世界の戦闘は、ダメージを追うごとに艤装と体にダメージが入る。その過程で服も多少破れるわけで…つまりそういう事だ。普通は俺が居ていい場所じゃないんだよなぁここは…
それと、演習は大破したら撤退するのがルールだ。沈んだら意味がないからな。
そして俺はこの時とあることに気づいた。
「天気が…曇ってきたな…」
心なしか強かった風がさらに強くなり、肌寒くなってきた。
「提督、上を見ている場合じゃないぞ!」
伊勢が41㎝砲を斉射しながら叫んだ。
「あ、あぁ、すまない!撃てッ!」
伊勢が放った砲弾が衣笠に、俺が放った砲弾が白露に直撃した。どちらも大破させるのに成功したようで、撤退していくのが見えた。
その後、俺たちは大和型二隻と熾烈な撃ち合いを繰り広げながら少し沖合へと進出してきていた。その間にうちのチームは翔鶴、熊野が大破、撤退した。相手チームは残り大和型と青葉となっている。
その時、空が一層暗くなり、くぐもったゴロゴロという音が鳴り始めた。
「まずい…!嵐が来るのか!?」
この世界に天気予報なんてものはない。その場で臨機応変に対応するしかないのだ。
俺は全体への連絡無線を取り、こう告げた。
「現在、これから嵐へ発展するであろう低気圧を確認!落雷や暴風の恐れがあるため、即時停戦、撤退せよ!」
俺は無線を置き、瑞鶴と伊勢に言った。
「というわけだ。戻ろう」
「…仕方ないな。戻r…!?」
その時雷の前兆のゴロゴロという音と共に、それとは違う、科学的な低音が聞こえた。
空を見上げると、はるか彼方に黒点の集まりが見えた。敵機だ。
「て、敵機来襲!お前ら、残弾は!?」
「もうないぞ!?どうするんだ…?」
「俺はまだ残弾に余裕がある。お前たちは先に撤退して鎮守府の守りを固めろ!」
「…了解した。無事に帰ってきたときには、貴様を提督として認めよう」
「提督さん…頑張って!」
雨もぽつりぽつりと降り始め、コンディションは最悪だった。俺はこうして独りになった、はずだった…
「いやぁ~、司令官、演習中止に敵機来襲とはネタに事欠きませんねぇ!」
呑気に声を張り上げ、青葉が俺の隣へ来た。
「青葉!?俺は撤退を命じたはずだが?」
「あれ?私の無線だけ壊れてたんですかねぇ?」
青葉は笑って言った。
「そうか…ありがとう。対空掃討開始!」
あれから二十分、雨はさらに激しさを増し、落雷もひどくなった。
波が高く上がり、下手すると転倒(転覆)しそうなほどだ。
そんな中、俺らは対空射撃に追われていた。
「敵機左舷前方、雷撃機です!」
「チッ!キリがねぇ!」
青葉は中破、俺は小破、このまま続けばそのうち二人とも沈む…
「司令官!…敵艦隊が…」
ただでさえ敵機の始末に追われてんのに今度は敵艦隊だと!?
「…鎮守府へは…行かせん!」
そういって敵艦隊へ向き直った時、後ろから声が聞こえた。
「アラ、大丈夫ヨ、私タチノ目的ハ貴方達ノ収容ダカラ…」
「何ッ!?」
振り返ろうとしたその時、首に手刀が叩き込まれ、俺の視界はブラックアウトした。
提督の記念すべき海の艤装第一号は伊吹でした。何かほかによさげな候補がありましたら、教えてください。
瑞鶴の口調がなんかおかしいのは大目に見てください。