三方を小高い山に囲まれ、正面には広大な海へとつながる入り江がある小さな町、空は快晴、夏の涼しい風が気持ちよく吹いている。
そんな八月のある日、そこにある真新しい鎮守府にとある人物が着任した。
「着きましたよ」
運転手の一言で俺は目を覚ました。
「あぁ、ありがとう」
そう言って俺は外に出る。エアコンの効いた冷涼な車内から打って変わって照り付けるような日差しが俺を貫いた。
「うわっ…暑いな…」
日差しを手で遮りながら呟く。今、俺の目の前には赤レンガのどっしりとした建物がそびえたっている。
「ここが俺の鎮守府か…」
そういいつつ、出発前に言われたことを思い出した。
”新しい鎮守府のシステムは最初に着任した者に左右される。その者の運が悪ければ建造での排出率が悪くなったり、修復時間が長くなったりするのだ”
「まぁ…俺自身あんまり運が悪いわけではない…はずだ。運転手さん、ありがとうございました」
俺は運転手に向き直り、礼を言う。
「いえいえ、私は業務をこなしただけです。ご武運を!」
運転手は私に敬礼し、車を発車させる。俺は車の影が陽炎で見えにくくなるまで見送った。
「さて、行くか」
鉄の門扉をきしませながら押し開け、俺は中に入っていった。
「えぇと…執務室は…こっちか」
鎮守府内の案内板を頼りに執務室へと歩みを進めた。
「お?」
執務室の扉を開けると、そこにはセーラー服に身を包んだ、一人の少女がいた。
「始めまして!司令官!吹雪型一番艦、吹雪です。よろしくお願いしますね」
食い気味にあいさつされた。勢いがすごい…
「お、おう…よろしく」
挨拶に気圧されて気づかなかったが、部屋にはエアコンがかかっており、きれいに整理整頓もされている。きっとやっておいてくれたのだろう。
「部屋の整理とエアコン、ありがとうな」
良好な関係を築くためにもお礼はきちんと言っておこう。
「え!?あ、はい!え、えっと…どういたしまして…?」
何やら困惑した様子だ。
「どうした?」
「い、いえ…普通上官が部下にお礼をいう事はあまりないので…」
「あぁ、そんなことか、気にするな。それで、俺は何をすればいい?」
確か着任直後にやる事があったはずだ。
「えっと、まずこの書類に名前を書いて、その後ここのスイッチを押していただければ鎮守府の最適化が完了します!」
これか。”最適化”のスイッチ。出発前に言われたあのシステムだな…
まず名前を書いて…
「栗田
「‥‥‥」
「し、司令官?」
「いない。親族は誰一人としていない。小さいころ誰かに拾われて育てられた記憶はあるが、今ではその人の顔も思い出せない。ただ一つ覚えているのは、俺の名前がその人から取ってつけられたって事だけだ」
「ぁ…す、すみません」
吹雪は”やってしまった”といった顔をしていた。まぁ、無理もないだろう。着任直後の提督の地雷を綺麗に踏み抜いたのだから。
俺は無理に笑顔を作って言った。
「気にするな。いずれ分かる事だっただろうし…それで、あとはこのスイッチを押せばいいんだな?」
「あ、はい、そうです!」
本来の吹雪に戻った。…単純な子だなぁ…
俺はそんなことを考えながらスイッチを押した。
その瞬間、目の前にホログラムか何かでできているような画面が出てきた。
そこには””最適化完了””の文字が示されていた。
「完了ですね!ではその画面をタップして次へ進んでください。次の画面にはこの鎮守府の運ステータスが表示されます。私たちの運ステータスとは基準が違いますので、驚かないようにしてください。あ、普通の人の数値は100です!」
「へぇ…そうなのか…」
吹雪の説明を聞きながら、画面をタップした。すると…
{運”””9999+”””}
「へぁっ!?」
吹雪が変な声を出した。
「あっやべ…リミッターつけるの忘れてた…」
「し、司令官!リミッターとは…」
どうする…説明すべきか…しかしこれだと大本営の目に留まってしまうかもしれん…俺は落ち着いた鎮守府ライフを送りたいのだが…まぁ、いずれ説明することになりそうだし…
「あぁー、吹雪?今から聞くことは大本営にはオフで頼む」
「え?あ、わかりました!」
「艤装展開!「Grille15」」
次の瞬間、俺の右肘には長砲身、左腕には装甲板が出現した。
「え!?司令官って…え?」
「俺はどうやら試作兵器を自分の艤装として装備できるらしくてな。この能力は小さいころからあったんだよ。ちなみにこの艤装はドイツ陸軍の自走砲だな…まぁ、人だけれども人じゃないんだ。船の艤装だって出せる。飛行機だけはそのものを出すことしかできないんだがな。まぁ、このほかにもいろいろあるわけだ。普段はこの能力に制限を欠けることによって普通の人として生活してきた。その制限がリミッターだ」
俺は手短に俺について話す。
吹雪は声も出せないくらい驚いているようで、室内はエアコンの音が大きく聞こえるほど静かになった。
「艤装収納」
「えっと…あの…」
「大丈夫だ、危害を加えたりはしない。それよりも、吹雪のステータスにそろそろ変化が出てくると思うんだが…?」
俺はニヤリと笑っていった。
「え?司令官、それはどういう…」
吹雪が質問を終える前にそれは起こった。吹雪の体が光に包まれたのだ。
「えっ!?」
「ステータスを見てみろ」
「り、了解です…ってえぇぇぇぇ!?」
吹雪は今日で何度目かわからない驚きの声を上げた。
「何ですかこれ!?私はまだ改二じゃないですよ!?」
これには俺も危うく飲んでいたお茶を吹き出しかけるほど驚いた。
「そんなに上がったのか!?」
これまでの仕事などで同僚にバフをかけてみてもせいぜい仕事の能率が少し上がる程度だったが…
「性能が数値化されている人には効きやすいのかもな…」
「そんなことってあるんですかねぇ…」
余りの情報量の多さに吹雪の動作が緩慢になってきている。まぁ、無理もないだろう。もし俺だったら知恵熱を出すほどの情報量だからな。
「今日はもうやる事ないんだよな?」
「あ…ハイ、そうです」
あ、ダメだこれ完全に思考回路がお休みになってるわ
俺は背もたれに体を預け、明日からの身の振り方について考えることにした。
涼しい室内に、風鈴の音が響いた。