海上は騒がしかった。そこら中に硝煙の匂いがたちこめ、被弾炎上した敵が吐く黒煙やちらつく炎が視界を妨げていた。
現在艦隊は既存個体のeliteやflagshipからなる部隊と交戦中で、戦局は優勢だ。
各小隊に分かれたことが功を奏し、戦艦、重巡が攻撃を引き付け、その間に軽巡や駆逐の魚雷攻撃で沈めるという戦法で着実に敵を減らしていったのだ。
「弾着……今ッ!命中、敵レ級elite撃沈確認よ!」
陸奥が鎮守府正面に現れた既存個体小隊では最後と思われるレ級eliteを今沈めた。
{陸奥、よくやった。だが気を緩めるなよ}
{長門姉、大丈夫だって…}
”心配しないで”と言おうとしたとき、青葉から報告が入る。
「敵の新手を確認!新型個体と思われます!例の白色個体です」
「来たわね…お手並み拝見!」
陸奥がミットシュルディガーに向けて発砲した。
直後、爆炎で敵の姿が掻き消された。
「やったかしら…?」
「ちょっ、陸奥さんそれフラグ!!」
味方からのツッコミが終わるや否や、煙の中から金属の爪が飛び出し、陸奥の艤装に深々と刺さった。
「なっ!?」
陸奥は急激に引っ張られる感覚に襲われ、バランスを崩した。
「陸奥さん危ない!」
「え?」
ふと前を見ると、そこには撃ち込まれた爪から伸びているワイヤーを巻き戻しながら迫り来る敵の姿があった。
敵の右手の連装砲がこちらを向いた。
刹那、轟音とともに爆炎で陸奥の姿は掻き消された。
悲鳴すら掻き消す、大気を揺るがすほどの轟音だった。
爆炎が晴れると、そこには満身創痍の陸奥と火花を散らしているミットシュルディガーがいた。
「ッ!陸奥さん大丈夫ですか!?」
青葉を除いたその小隊の数名が駆け寄る。青葉は写真を転送しているようだ。
陸奥は死にかけながらも口を開いた。
「提督に…感謝しなきゃね…長門姉に無線をつないでくれる?」
そばにいた朝潮が無線をつないだ。
{長門姉…私は撤退するわ。敵の攻撃は強力だけど、どうやら頭は悪いみたいだから、接近戦にだけ気をつけてね…}
{撤退!?どういうことだ…?陸奥…まさかお前!}
{応急修理要員に助けられたわ。敵は私の誘爆に巻き込まれていまショートしていて行動不能だから安心して。多分そっちにも現れるころよ。気をつけ…}
陸奥が言い終わろうとしたとき、写真を確認していた青葉が大声を出した。
「陸奥さん、長門さん!この敵陸軍製ですよ!?」
{なんだって!?}
朝潮から無線機を受け取って青葉は喋った。
{左腕に大日本帝国陸軍・02って書いてあります!こいつら陸軍です!}
{ほう…陸軍の連中…とうとう人の道を踏み外したか…情報ありがとう、そちらは陸奥の曳航を最優先にして他の小隊に任務を替わってもらってくれ}
{了解です。では}
そう言って無線を切り、青葉は陸奥に肩を貸して鎮守府へと移動し始めた。
小隊メンバーで無事なのはそこにとどまり、あとから来る代わりの小隊の追加戦力として戦う予定だ。
長門の全体無線が入った。
{皆、よく聞いてくれ。青葉からの情報提供により敵の新型個体は陸軍製のロボット兵器という事が判明した!人の道を踏み外した奴らにはどうなるかを教えてやれ。近接戦闘に持ち込まれると一部の奴らを除いてこちらが不利だろう。なるべく近接戦闘は避けるように。それと1対1ではなく1対多で応戦するように!以上だ}
各方面から威勢のいい”了解!”の返事が返ってくる。
そろそろ各小隊が接敵する頃合いだ。
長門は無線に向かって叫んだ。
「戦闘ッ、開始ッ!」
蒼空を駆け抜ける爽籟の下、決戦の序章が始まった。
ー
ーー
ーーー
ここは鎮守府正面から少し外れた場所。深度が比較的浅く、実際の船なら航行不可能な場所だ。潜水艦が来ようものなら目視で発見されてしまう浅さだ。ここの海域担当の小隊は…
旗艦 熊野改二(30.5㎝三連装砲5基・61㎝四連装魚雷発射管4基・零式水上偵察機1機・その他対空兵装)
随伴艦 大井改二(61㎝五連装酸素魚雷発射管10基・50口径14㎝単装砲4門・対空兵装(史実より増加))
霞改(65口径12.7㎝連装速射砲3基・61㎝四連装魚雷発射管2基・25mm機銃4門)
霰改(65口径12.7㎝連装速射砲3基・61㎝四連装魚雷発射管2基・25mm機銃4門)
陽炎改(65口径12.7㎝連装速射砲3基・61㎝四連装魚雷発射管2基・25mm連装機銃4基)
不知火改(65口径12.7㎝連装速射砲3基・61㎝四連装魚雷発射管2基・25mm連装機銃4門)
となっている。これらの装備一式は明石と夕張が独断と偏見で作成した物を流用しているものが多い。
熊野が装備している30.5㎝砲は提督が”積みたいから”とクロンシュタット級やアラスカ級の図面などを参考に作り上げ、さらに自動装填装置やレーダー射撃用のリンク機能などをこれでもかと言うほど詰め込んだ物だ。そのため熊野の艤装にはレーダーがつけられている。そして熊野は史実から比べて雷装も三連装から四連装に強化されている。そのため非常に重武装だ。が、その反面搭載機数が激減している。
大井は雷装が四連装から五連装に強化され、対空兵装も若干強化されている。だが、装甲はほとんど史実のままだ。
第18駆逐隊の面々は主に主砲が強化された。この主砲は明石が作成したもので口径を大きくし、自動装填装置によって連射速度を高めたものである。大体3秒に1発程度撃つことが出来るが、撃ちすぎると砲身が赤熱して戦闘使用不可になる。さらに、それぞれの砲塔に旗艦(レーダー持ちの重巡や戦艦)から敵の座標データを受け取り、各基ごとに敵の位置を割り出す演算装置も組み込まれている。
今回は浅い海域という事もあって爆雷はお守り程度にしか持ってきていない。
「……おっもいですわ…この艤装…」
「…奇遇ね、私もよ」
熊野と大井は艤装の重さに嘆いていた。
とりわけ戦闘に支障が出るような重さの変更ではないのだが(艦娘基準)、この艤装は今朝方渡されたばっかりの艤装なので重く感じているようだった。
「だらしないわねぇ…シャキッとしなさいな!」
霞がダルそうな顔をしている旗艦と副旗艦に喝を入れる。性格や言動はちょっとキツめの霞だが、世話焼きでみんなの面倒を見ることが得意なので一部は親愛をこめて”霞ママ”と呼んでいるほどだ。まぁ、ママと呼ぶには容姿が幼すぎるが。
「新しい艤装だから…しょうがない…」
ちょっと落ち着いた物言いで霞をたしなめるのは朝潮型駆逐艦の末っ子、霰だ。見た目だけだとクールキャラに見られがちだが、実はそんなこともないしっかりした末っ子である。
「周りの警戒はしっかりしてよね!奇襲なんてくらったらたまったもんじゃないわ…」
陽炎型駆逐艦のネームシップ、陽炎。陽気な性格でみんなのまとめ役を良く買って出るお姉さんだが、ちょっと抜けているところがある。そんなところを含めてみんなに愛されているのが陽炎だ。
「…前方距離約2000m、例の新型含む敵小隊を視認。指示を」
ネームシップとは対極に位置する性格…のように見える二番艦、不知火。その眼光は戦艦クラスですら殺すほどの眼光として(味方にも)恐れられている。だがそんなThe・クールキャラのような見た目とは反してかわいいものが好きだったり、陽炎ほどではないがたまに抜けてたりすることがあるので、実戦モード以外の不知火は結構愛されているのだ。
「敵ですの…?さっさと片づけますわよ。各員戦闘配置につけっ!」
熊野が指示を出すと小隊員が次々と艤装を構えた。
「撃てッ!」
敵が普通に視認できる範囲ぎりぎりまで接近してきたところで熊野が発砲した。
それを皮切りに大井や駆逐艦たちが発砲を開始する。
「弾着……今ですわッ!」
「…命中を確認。新型は健在、随伴4隻中2隻の撃沈を確認」
不知火が双眼鏡を覗いて淡々と報告をする。
「ふぅん…レーダー射撃ってすごいのね…」
大井が感嘆の声を漏らした。
「今までは…この距離で撃っても…当たりませんでしたもんね…」
霰も驚いているようだった。
「まぁ、私が撃ったんだもの、当然よね!」
陽炎は陽炎だった。
「あんた等、本当に戦闘中だって分かってんの!?もっと危機感を持ちなさいよッ!やられるわよ!?」
霞はキレた。
後にこの時の霞の予想が的中することになるが、今はまだ、誰もそのことを知らない。
「敵、こちらを視認した模様です。近づいてきます」
不知火が淡々と喋る。
「次弾の装填が終わり次第各自自由射撃を開始してくださいまし!」
駆逐艦の主砲が次々と砲弾を打ち出し、熊野の砲撃がまた大気を揺るがした。
そこには、駆逐艦が明石特製の速射砲の弾幕で敵の動きを制限し、そこに熊野が砲弾を叩き込むというメカニズムが出来上がり、その一連の行動が複数回繰り返された後、残っていたのはミットシュルディガー一体であった。
霞が先頭に立ち、ミットシュルディガーを囲むために突撃を敢行する。
「気を引き締めていくわよ!ほら、シャキッとしな…」
霞が喝を飛ばすために味方艦隊の方を振り返った瞬間、それは起きた。
軽い空気の炸裂音と共に金属の擦れる音が数秒響き、金属の爪が霞の艤装に深々と刺さった。
「なっ…ッ!?なにこれは…」
霞が動揺した次の瞬間、霞が若干引っ張られるようによろめき、白く鈍く光る機体が急速に接近した。
「まずいっ…」
霞が短くそう発した直後、ミットシュルディガーが右手についた連装砲をゼロ距離で霞の腹部へと躊躇することなく放った。
その場は爆炎に包まれ、衝撃波で後続の艦娘たちは思わず足を止めてしまった。
「霞さん!?」
熊野が叫んで近づこうとするも、敵は特殊な砲弾を使ったようで、爆心地から発せられる熱気のせいで思うように近づけない。
「…ッ!熱気が収まります!霞さんは‥‥!」
煙と熱気が収まってようやく現場を直視できるようになった一同を待ち受けていたのは、とても直視しがたい現実だった。
ミットシュルディガーの連装砲から放たれた一つの砲弾は霞のその小さな腹部を容赦なく抉り取り、もう一つの砲弾は霞が咄嗟に顔の前に構えてガードした主砲塔に巨大な破孔をあけ、持っていた手をあらぬ方向に捻じ曲げていた。
「……!」
辛うじて意識がある霞は喋ることはできないようで、こっちを見てパクパクと口を動かしていた。
「か…すみ…?」
霰が絞り出すように言葉を発し、その場に崩れ落ちた。
この間、爆炎収束からわずか数秒。こちらが正常な判断を下すより早く、敵は迅速に事を進めた。
こちらを無感情な目で見据えながら動けない霞に向かって主砲を構えたのだ。
「霞っ!!」
陽炎が駆け寄ろうとすると、敵はガチャッ、と音を立てて主砲を誇張した。
まるで”動くな”とでも言うように。
霞の方を見ていた霰が頭を抱えた。
「いや…霞…そんなこと言わないで…!」
霰が普段の様子からは考えられないほど大きな声で、悲しく叫んだ。
霰の様子を見届けたのだろうか、ミットシュルディガーは霞に向き直った。
「今ですわッ!!」
熊野がそう叫び、敵が発砲するより前に30.5㎝砲を数十メートル先に直射した。
刹那、轟音が大気を揺るがし、15発の砲弾がミットシュルディガーを吹き飛ばした。
「駆逐艦の皆さんは霞さんの救出を!私はあいつにとどめを刺します!大井さん、援護を!」
「言われなくてもそうするわ!」
そう言って熊野と大井は吹き飛ばされたミットシュルディガーの下へとダッシュした。
ミットシュルディガーは辛うじて動いているようで、あちこちの関節から煙と火花を散らしている。
「トドメですわ!」
熊野はよろよろと立ち上がろうとしている敵に向けて再度砲弾を叩き込んだ。
砲撃後熊野はすっと引き、大いに手で合図をした。
「これで、終わりよ」
大井は魚雷を数本投雷した。
魚雷は寸分たがわずミットシュルディガーに命中し、砲撃の物とは質が違う爆炎を上げた。
熊野はそれを見届けて霞の下へ駆け寄りつつ無線を入れた。
{敵新型個体処理完了。霞さんが大破状態なので曳航を開始、一旦撤退します}
{どの程度の大破だ!?}
長門が叫んだ。
{大破と言うよりはもう死にかけです。ゼロ距離で新型の砲撃を受けました}
{ッ!…そうか…気をつけてな}
無線を切ったところで、霞の下へ大井と熊野はたどり着いた。
「熊野さん…霞が…霞がぁ…」
霰が泣きながら熊野に語り掛けた。
「まさか…」
熊野と大井が雰囲気を感じ取って黙った。
「そのまさかです。……霞さんは、死亡しました」
”死亡”。轟沈ではなく”死亡”。
轟沈とは、艤装が戦闘不可能になるまで破壊された状態の事を指し、この状態でも放置すれば海の中に沈んでしまい死亡するが、他の艦娘が曳航するなどして連れて帰れば死亡はしない。
だが艦娘は兵器であるとともに肉体は人間。耐久は艦娘の方が上だが体は人間と同じ構造であり、艤装ではなく体に直撃弾などを受ければ人間同様死亡する。今回の霞の場合はそれだ。
「今から曳航すればまだ…!皆さんは海域の警備をお願いします!」
熊野は淡い期待を抱いて動かなくなった霞の肩を抱いて立ち上がり、前進し始めた。
その時、熊野の耳に聞きなれない高周波の音が飛び込んできた。
”ピー…ピー…ピピピピピ”
「霞さんの主砲から…?一体何が…ッ!?」
その時、熊野は霞の主砲に開いた破孔の奥に敵の主砲弾が埋まっており、その尾部に小さな赤い光が点滅を繰り返しているのを見た。
直後、先ほどよりも大きい爆発が起こり、半身の右側、そこにあるはずのものがない異質な空虚感を感じ、体は比重の重くなった左側に倒れる。倒れる瞬間の無い腕の痛みは、酷いものだった。そうして熊野は、意識を手放した。
ーーー
ーー
ー
ーー
ーーー
海域警備に戻ろうとした矢先、背後で轟音が響いた。
「熊野さん!?」
咄嗟に振り向くと、霞は吹き飛び、熊野は少し離れた海面に倒れて浮いているのが見えた。
「て、撤退!熊野さんと霞さんを回収後全速力で鎮守府へ!」
大井は半ばパニックで指示を出した。
ーーー
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ー
ー
ーー
ーーー
それから十数分後、鎮守府内は騒然としていた。
敵の襲来はあれ以降止み、これ以上の侵攻が確認できないとして全軍が鎮守府へ撤退したのだ。
被害状況は全体的に見れば軽微だが、個人にフォーカスするとかなり甚大な被害だった。
・戦艦陸奥、大破。入渠ドックにて療養中。
・重巡熊野、遅延信管装備破甲榴弾の爆発をほぼゼロ距離で喰らった。右腕損傷、右目失明。意識不明の重体。
・駆逐艦霞、陸軍新型兵器により、死亡。
鎮守府内の空気は重苦しかった。
特に朝潮型への精神的ダメージはひどく、霰に至っては自室でふさぎ込み、うわごとのように何かをつぶやいているらしい。
熊野は医務室にて集中治療中。右腕はもう使い物にならないらしく、切断するしかないようだった。
士気は目に見えて下がっており、朝潮型は大半が戦意喪失している。
この状況を危惧した長門は提督に無線を入れ、事の顛末を伝えた。提督はすぐに帰る、とだけ言って無線を切ったそうだ。
戦いはまだ、始まったばかりである。
霞は一回目の被弾で応急修理要員使ってます。
熊野小隊の前に現れたミットシュルディガーは中身が元陸軍兵士の高知能型という設定にしてあります。
霞ママ好きの皆さん、ごめんなさい