(暗い…ここはどこですの…?)
真っ暗な空間の中で私は目を開けた。
(あら…右の方が見えませんわね…どうしたのかしら…ッ!)
私は右目に右手を当てようとしてある違和感に気づいた。
(右手が…ない!?)
私は驚き焦り、左手で右手があった場所を触った。
グチャッ…と言う音がして、左手の先に自分の血肉が付着した。
(そんな…!?そうだ、右目は…)
微かな希望と共になんとか動く左手を右目に持っていった。
だが、その希望は左手にさらに付着する血を視認することであっけなく断たれた。
(これから…私はどうなるんですの…?それに…ここはどこ…?)
私は残った左目の視力を頼りに周りを見渡すが、そこは自分の体がはっきりと見えるだけでその他のものは何も見えない、真っ暗な世界だった。
「気がついたようだな、熊野」
ふと背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。が、その声色からはいつものような温かみは感じられなかった。
(提督…あれ、声が…!?)
声は出せず、体はあちこち軋んでいるが、何とかして声の方向に顔を向けた。そこには、いつもの提督からは考えられないくらいに冷たく、ハイライトが消えた目をしている提督がいた。
「貴様はもう役には立たない。なまじっか生き残りやがって…死んでくれれば消費資材も、俺が書かなきゃいけない書類も減ったのだがな」
(!?)
「貴様は後日艤装解体後、本部へ移送される手筈になっている。精々その体で上官を世話するんだな」
提督は冷たく言い放った。その後、背を向けて黒い空間の向こうへ溶けていった。
(違う…提督じゃない…!あなたは…)
私は提督に声をかけようとしたが、声は出ない。
「あれ、熊野じゃん。生きてたんだ」
またしても背後から、聞き慣れた声、だが冷たい声が聞こえてきた。
(鈴谷…?)
顔を後ろに向けると、胸部に鈍い衝撃が走った。蹴られたようだった。
(!?…鈴谷…)
「死ねばよかったのに」
(どうして…どうしてそんなことを…!)
声が出ない。何故だろうか…
「艦隊に役立たずはいらないんだよね〜…早く消えて?…あ、標的艦くらいにはなるかな〜?」
鈴谷は笑いながら言った。
私の心の中で何かが音を立てて崩れた気がした。涙が頬を伝うが、もはや何も感じられない。
鈴谷が空間に溶けていった後も、入れ替わり立ち替わり誰かが来て何かを言っていたようだったが、よく分からなかった。
それからどのくらい経ったのだろうか、一つの機械的な声が私の脳内に響いてきた。
『対象ノ自我ノ損傷ヲ確認。自我損傷率50%、強制上書キニヨルアップデートガ可能。実行スルカ』
(アップデート…?もうどうだっていい…)
私はもう何も考えられず、思考には靄がかかっているようだった。
『対象ノ選択放棄ヲ確認。アップデート中…10%…15%…』
アップデート開始と共に、私を猛烈な頭痛が襲った。
「…ぁッ!」
声が出た。それと同時に思考の靄が晴れ、本来の思考力が戻ってきた。
「違いますわ、あんなの本当の提督や鈴谷やみんなじゃないですわ!」
私は今まで動かせなかった体を無理やりに動かして立った。
『対象ノ自我ガ復旧シツツアリ…!強制力強化ヲ実行スル』
これまで淡々と響いて来ていた声は若干の焦りを含んでいた。熊野にさらにひどい頭痛が襲い掛かる。
「ぐっ…私は軍艦、戦場以外で自分を失うわけにはいかないんですわ!!」
それすらも堪え、一歩一歩どことも分からない空間を進んで行った。
突如、謎の声に終わりが訪れる。
『プログラム二障害発生…!コレ以上ノ…』
プツン、と言う音を立てて声は聞こえなくなり、同時に熊野の頭痛もきれいさっぱり無くなった。
「ッぁ…いったい何だったんですの…って…あら?」
その時初めて、熊野は自分の体の異変に気が付いた。
「手が…治っている?…あと目も…なんか変なものが映り込んでますけど…」
手が再生し、目も戦闘機のHUDのような物が浮かび上がってはいたが再生していたのだ。
「まあ、あとで調べればわかりますわね………なんだか…眠い…」
熊野は今までの死闘の疲れからか今度は眠気に襲われた。
「…帰りたい…」
そういうと熊野は深い眠りに落ちて行った。
ーーー
ーー
ー
ー
ーー
ーーー
私は白い部屋で目を覚ました。
「知らない天井でs」ガッシャーン!
お決まりのセリフを言おうとしたが、ガラスが割れる音によって掻き消された。
「なんなんですの!?」
ガバッと起きて大声を張り上げると、薬瓶を床に落として粉々にしながら目を皿のようにしてこっちを見ている初老で彫りの深い軍医がいた。
二人の間にしばらくの沈黙が続き、私はなんだかばつが悪くなって小声でどうも、と頭を下げた。次の瞬間…
「てっ、提督殿ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!熊野殿が目を覚ましましたぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
と軍医は叫び、医務室のドアをアニメのようにぶち抜きながら廊下へと躍り出て走り去っていった。
「えっ…?なんなんですの…?」
数十秒後、廊下を走る音が聞こえてきた。
「熊野!大丈夫か!?」
「熊野!無事!?」
提督と鈴谷が真っ先に駆けつけてきたのだ。
「大丈夫ですから…離れてくださいまし…」
少し遅れて最上や三隈、そのほかの鎮守府メンバーが顔を出しに来た。
皆熊野を心配していたようで、提督に至っては泣いていた。
その後提督から聞いたことだが、やはり霞さんは助からなかったとのこと。もう少し自分がしっかりしていれば、と思うと心が痛い。そしてあの戦いからはもう三日が経過していたこと。その間私は手術をして腕のあたりに刺さっていた砲弾の破片を取り除いたらしい。その破片からは微弱な電磁波が出ていたらしい。手と目の再生に関してはよくわからず、治療担当の軍医曰くいきなり患部が光り始めて再生を始めたとのこと。入渠ドックも使っていないのにこんなことが起こるのは初めてだったようで、相当慌てたようだった。腕は損傷前と変わらず自分の腕だったが、目は違った。自分から見た視界には水平、高度、風向きと風速、方位、対象物までの距離、その他色々が判別可能なレティクルが表示されるようになっていた。私からではなく、外部からの見た目も変わっていた。鏡で見せてもらったが、右目だけ紅と言うにふさわしい色に変化していたのだ。前の自分の眼の色が気に入っていただけに変わったのはかなりショックだった。軍医曰く砲弾の破片を取り除いた後はそのような変化は何も起こらなかったからもしかしたらそれが関係あるんじゃないか、と言っていた。まあその破片は提督が捨ててしまったらしいが…。何はともあれ私は生き残った。また戦いの場へ赴くことが出来るのだ。それを思うと少しうれしかった。提督にあの後敵はどうしたのか、と聞いたら、”なぜか全員が引き上げた”と言うのだ。確認されたシールド持ちも海域に現れる前に引き返したそうだ。その事実に多大なる違和感を覚えながらも、私はもう休むことにした。
目覚めてから一日後、私はリハビリを開始しようとしたが、なぜか体は以前のように、と言うか以前よりも機敏に動くようになっており、鈴谷たちに不思議がられた。訓練中標的を撃つときに若干頭の中がモヤっとしたが、それもじきに治るだろう。
~???~
静かな室内。そこには蠢く複数の影があった。
「例ノ新型兵器ハドウナッテイル?順調カ?」
一人が聞き、一人が答える。
「メインレセプターガ撤去サレチマッタ…時間ハカカルガ出来ナクハナイハズダ」
また別な一人がやってきた。
「今…何%ダ?」
一人が少し間をおいてから言った。
「……45%ダ」
これでよかった…のか?
次からは戦闘パートにはいれることを願う