~食堂~
クーラー故障中の食堂に百名以上の生命体。これほどまでに熱気が押し寄せてくる空間はあるだろうか。外の風が運んでくる熱気より湿気を含んでいるためとても蒸し暑い。死にそうだ。
俺たちは正門を後にして食堂に来ている。もちろん、歓迎会兼昼食会を開くためだ。
俺は長門達一行に言った。
「お前たちは座って待っていてくれ。俺が作ってくるから」
それを聞いて長門が食い気味に返した。
「いやいやいや、そんな上官に私らごときの飯を作らせるなんてとんでもない。私たちは補給さえ受けていれば大丈夫だ」
補給を受けさえすれば…?ということは…
「なぁ、新しくやってきた者でまともなご飯を食べたことのある者は手を挙げてくれ」
静寂。気温が一度くらい上がった気がした。
「うっそだろおい…マジっすか…」
「さすがにこれは…」
「予想外ですねぇ…」
吹雪と赤城も目を丸くしている。
「よし!こうなったらごはんがどれだけ素晴らしい物か体験させてやろうじゃないか!吹雪、赤城、手伝ってくれ!」
「了解です!」
「かしこまりました」
俺が厨房の方へ歩き出したとき、ふと視界の端に妙な物が映った。
「…ん?どうした?え~と、君は響か?で、なんで床に座ろうとしているんだ?全員分のイスとテーブルはあるはずだろう?」
まさかとは思うが…
「私たちが椅子に座るなんてことはない。兵器だからね」
俺は唐突に怒りを覚えた。彼女らをこんな風にした前任者は一体どんな性格をしていたのだ!?と。
それと同時に悲しくなった。なぜ彼女らがこんな目に合わなければいけなかったのだろうか、と。
俺は静かに言った。
「細かいことは後で話す。とりあえず今は”全員”椅子に座って、待機していてくれ。艦娘同士でしゃべっても大丈夫だ。楽にしていてくれ…いいな?」
「司令官…」
吹雪が心配そうに声をかけてくる。赤城もどこか心配そうな表情をしていた。そんな彼女らに俺は笑顔を作って言った。
「みんなが”ここに来てよかった”って思えるような鎮守府にしよう、な?」
「…はい!」
「そうですね…!」
俺らは厨房へ向かい、料理を始めた。
~厨房~
今回作るのはド定番のカレーライスだ。誰でもおいしく作れて、万人受けするからな。
まずは野菜の皮むきからだ。幸いなことにここの厨房には調理器具一式が揃っていたため、楽に作業を進めることが出来た。
「吹雪、ニンジンとジャガイモを一口大に切ってもらえるか?」
「任せてください!」
と、満面の笑みで吹雪は言う。よほど包丁さばきに自信があるのだろう。
「赤城、フライパンにサラダ油をひいて中火で肉を炒めてくれるか?」
「提督、サラダ油はどこでしょう…?」
「あー…多分その辺じゃないか?」
俺は適当に指さした。
「あ、ありました。では、やっておきますね」
あ、あったんだ…
赤城が慣れた手つきで肉を切っていく。数分後、はじけるような音とともに焦げたサラダ油のいい匂いが漂ってきた。俺はその間に玉ねぎの皮をむき、くし形に切っておく。
「提督、そろそろ野菜を足してもいいのではないでしょうか」
そういわれて赤城のフライパンの方へ目を向けると、肉がいい感じに炒められていた。
「そうだな…吹雪!切り終わったか?」
そう言って吹雪の方へ目を向けると、そこには機械が切り分けたのか?と言いたくなるほど綺麗に、そして均等に切り分けられた野菜たちが並べられていた。
「終わりました!どうです?結構頑張ったんですよ?」
吹雪が無い胸を張っていった。
「すごいな!麦茶でむせたときはドジっ子かと思っていたが…料理が得意なんだな!」
「な!?私はドジっ子じゃないですよ!?」
心外だ、とばかりに吹雪は私に詰め寄ってくる。
「イチャイチャしてないで早く野菜を入れてください。料理は時間が命ですよ?」
突如、背後から冷たい氷の槍のような言葉が飛んできた。
「サーセン」「スミマセンでした」
「分かればいいんです」
その後、野菜を投下して玉ねぎの色が透き通るまで炒め、水を加えて15~20分ほど煮込んだ。その後カレールウを加えて溶かしながら煮込めば完成、というわけだ。
「さぁ、あとは煮込むだけだな」
「完成が楽しみです!」
「…早く食べたい」
あれ赤城さんがなんかおかしい…
~十数分前、食堂(提督たちが厨房へ向かった直後)~
「長門、今回の提督はどう?」
長門の隣に座っていた戦艦と思しき人物が話しかけた。
「…前のやつのように性根が腐っているわけではなさそうだ。だが、完全に信用することはできない。人はいつ変わるか分からんからな…お前はどう思うんだ?陸奥よ」
「私は~、あの人なら大丈夫かなぁって、思ってるわ」
それを聞いた長門は表情をきつくした。
「どうしてそう思う?」
「…あの提督が前の人のような性格ならば、響が”兵器だから”と答えたときにあんな悲しい目はしないはずだから、よ。長門はもう少し人を信じた方がいいと思うわ」
陸奥は穏やかな口調で諭すように言った。
「うぅむ…確かに…」
「だけど猫をかぶっているっていう可能性もあるんじゃないか?」
長門がうなっているところに、横から誰かが口を出してきた。
「…伊勢か。まぁそう思うのも仕方ないよな…」
「私も日向もあいつ(前任者)にはひどい仕打ちを受けてきた。今回もそういうやつかもしれない」
「待ちなさい」
議論が白熱しかかっているところに、待ったをかける人物がいた。
「大和…?どうした?まさかあいつのことを信じろなんて言うんじゃないだろうな!?」
伊勢が睨みを利かせる。
大和はそれに臆せずに、伊勢の目を見て言った。
「まだ私たちの指揮もしていない提督の性格についてあれこれ言ったところでそれは憶測でしかないわ。ひとまず落ち着きましょう。提督がどういう人なのかは、これから過ごしていくうちの中で分かるはずだから。もう少し肩の力を抜きましょう?ね?」
「…確かに、大和の言うとおりだな」
長門が賛成の意を示した。
「それに見てみろ。こんなに緊張していたのは我々戦艦、しかもごく一部だけのようだ」
長門のその言葉に触発され、戦艦勢が周りを見始める。
「…確かに。ほかの皆は久しぶりの自由時間を楽しんでいるみたいね」
「…あの提督なら大丈夫、みたいなものを感じ取ったのかしらね。駆逐艦の子らがあんなにリラックスしているのを見たのは久しぶりだわ…」
その時、食堂に突如としておいしそうな香りが漂ってきた。
「あら?この匂いは何かしら…?」
一人の戦艦が俯いていた顔を上げて言った。
「扶桑姉さま、きっとこれは提督がご用意してくださっている”ご飯”というものでしょう」
”扶桑姉さま”と呼ばれた人と服装がほぼ同じ人が答える。こちらはまだ俯いたままだ。
「山城…元気出しなさいな。ここならきっと大丈夫よ」
「…私たちは不幸姉妹。どこでも厄介者として扱われるだけですよ…前例があるじゃないですか」
「…そうね…」
「扶桑型の二人は闇が深そうデース…」
少し離れた位置に座っていた女性が扶桑型のやり取りを聞いて呟いた。
「そうですね…まあ、あの扱いでしたし…」
「比叡もそう思いますカ…ここでメンタルが回復するといいんですけどネー…」
「金剛姉さま…あの人たちよりも…メンタル回復必須なのは…」
比叡が自分の隣の席の女性を見て言った。
「榛名は大丈夫です!」
「そのセリフはその目にハイライトが戻ってから言おうか!?」
榛名のカミングアウトに比叡が突っ込む。
「ふむ…私の分析によればこの匂いはカレーライスの下準備ですね。非常に期待できそうです」
「食べたことあるの!?」
「ないですね。知識で知っているだけです」
「霧島…相変わらず分析が好きネー…」
金剛があきれ顔で言った。
~厨房~
「…よし!10分経った!完成だ!」
「やったー!」
「上々ね」
出来上がったカレーはいい匂いを厨房中に充満させている。これなら彼女たちもいくらか心を許してくれるだろう…多分。
「赤城、あっちの皆にカレーを取りに来てくれるように伝えてきてもらえるか?」
「了解です」
俺は吹雪に向き直って言い放った。
「さあ、配膳だ!」
「了解です!」
数分後、俺たちは配膳に追われていた。何せ、百十数人も一気に来るわけだから当然のことである。
配膳していると顔がまだ沈んでいる者、”これは何だろう?”と言った好奇心の目でカレーを見ている者、俺を睨む者、もうすっかり警戒を解いている者など、いろいろな人の状況が把握できる。全体としてはかなり警戒は解けてきた方だろう。
その後俺たちは配膳を終え、皆が待つ食堂へと移動した。
食堂では全員がきちんと座っており、少しの乱れもない。多分そういう風に訓練させられたのだろう。だが、俺は多少は許容できるものの、このような堅苦しいのは嫌いだ。
そんなことを考えつつ俺は食堂の最前列にある式台(のようなもの)に上がった。
全員の視線が集まる。俺はゆっくりと口を開いた。
「まず始めに、今後の予定を伝える」
艦娘の間にどよめきが起こる。”また出撃か”と。
俺は構わず続けた。
「今日から一週間、予定を空けてある。各自一度執務室によった後は自由時間とするように。そしてこの昼食会はささやかではあるが君たちの着任祝いとして受け取ってくれ。それじゃ…いただきます!」
「い、いただきます!」×多数
艦娘たちは自由時間を与えられたうえ、いきなりいただきますを言われたので面食らっていたが、一人、また一人とカレーを口にし始めた。
「…!これはおいしいな…これがご飯か…」
というような反応が各所から聞こえる。特に駆逐艦や海防艦などの小さい娘たちはがっつくようにして食べている。そんな風に食べてもらえるとは、作った甲斐があったというものだ。中にはおいしかったのか、涙を流す者もいた。どれだけひどい食生活だったのか…想像したくもない。吹雪は吹雪型の皆が集まっている机で、赤城は航空母艦が集まっている席で食べているようだ。次第にどこの机にも笑顔の花が咲き始め、会話にも花が咲き始めた。俺が自分は花畑にいると錯覚しそうになるくらい、食堂には幸せな空気が溢れていた。
俺が食堂を後にしようとして歩いていたところ、
「提督、ちょっといいでしょうか?」
と声をかけられた。振り会えると、赤城がいた。
「どうした?」
「おかわりをいただいても?」
何だそんなことか…
「大丈夫だ。あるだけ食べなさい。みんなにも言ってきてくれ。おかわりは自由だ、そして食べ終わったら一人ずつでも、数人一緒でもいいから一度執務室に来るように、と。俺は先に執務室に戻ってるよ」
おかわりは自由、と聞いた瞬間の赤城の顔は清々しいものだった。食べることが好きなんだろうな…
そう思いつつ俺は歩き出した。食堂から出ようとしたとき、声をかけられた。
「提督はお食べにならないのですか?」
吹雪だ。
「君らが楽しそうにしているのを見ているだけでお腹いっぱいだ。あぁ、それと厨房の冷蔵庫に全員分の羊羹があるから、デザートとしてみんなに配ってくれ。頼んだぞ」
「はいっ!了解です!」
吹雪は満面の笑みを浮かべながらみんなの元へ戻っていった。
俺はそれを見届け、食堂を後にした。
ほぼ戦艦しか出てきていないのは許してください<m(__)m>