時刻は4時半過ぎ、廊下の蛍光灯が点き、外が暗くなり始める時刻だ。
俺は今、厨房へ向かっている。もちろん晩御飯を作るためだ。
食堂の扉を開ける。すると、何やら厨房の方から料理の音が聞こえてきた。
「…誰だ…?」
不思議に思いつつ、厨房へ入ると、そこには二人の女性がいた。
一人は割烹着、もう一人はエプロン姿で料理を作っているようだ。
「え~と、お前たちは何をしているんだ?確か…間宮と伊良湖で合ってるか…?」
声をかける。すると二人はこちらに気づいていなかったようで、慌ててこちらに向き直った。
「し、失礼しました!私が給糧艦の間宮で…」
「私が同じく給糧艦の伊良湖です!」
「お、おぉ、わざわざ自己紹介ありがとな…で、何してたんだ?」
いやまぁ、何をしていたかは見れば分かるんだが…
「晩御飯作ってるんです!」
「そうか…俺も手伝おう」
「え!?いや、いいですよ!?提督はお仕事があるのでは…
「仕事疲れた」
…あっはい」
俺は手を洗い、エプロンと三角巾をつけた。気分はさながら調理実習だ。
「今日は何を作るんだ?」
「昼間に駆逐艦の子からリクエストがあった海鮮丼です。あ、そのマグロ、刺身にしていただけます?」
間宮はまな板の上のマグロを指さした。マグロはすでに解体された状態ではあったが、”食べられるところはすべて取りました”と言わんばかりの大きさに驚いてしまった。
「多いな…まぁ、百十数人いれば当然か」
そういいつつ俺はマグロを捌いていく。魚を調理するのはいつぶりだろうか…
「提督お上手ですね~」
「研修生時代は料理担当だったからな。このくらいはできる」
そう。俺は軍の研修生時代は料理担当だったのだ。なぜか今提督をやっているが。
俺の料理はうまいと評判で、俺が当番の日にはおかわりで争奪戦が発生したこともあった。懐かしい。
「出来たぞ。次は何だ?」
「あ、ではご飯をどんぶりに盛り付けるのをお願いします」
「分かった…‥‥‥掘り返すようですまないが、前のところではどうだったのだ?このように皆のご飯を作っていなかったことだけはわかるのだが…もし話せるようなら話してほしい。力になりたいんだ」
俺は思い切って聞いてみた。前のところではまともな飯を食べたことがあるものが居ないようだった。給糧艦の二人はどういった扱いを受けていたのだろうか…?
間宮も伊良湖も俯く。間宮が料理の手は止めずにしゃべりだした。
「私たち給糧艦は、出撃前に艦隊の疲労度回復や士気上昇などが行えるんです。毎度それに使われて…ろくに補給も受けられずにまた前線に送られていく仲間たちを見ているのが…とても辛かったです。料理はさせてもらえず、ただただ回復要員として扱われていました。…一度だけ、提督(前任者)に無断で補給を行い、艦隊を出撃させたことがあるんです。…その後、バレて一週間の謹慎処分になりました。独房で過ごした一週間は今でも忘れられません」
トントンと、包丁の音だけが厨房に響く。伊良湖は俯いたままだ。
「…すまない…大変だったんだな…ここでは自己判断で動いてくれて構わない。それと…毎日のご飯、頼めるか?」
「…!もちろんです…!」
「任せてください!」
嬉しそうだ。やはり女性には笑顔が一番似合う。
「それと、たまに俺も
二人は微笑みながら頷いた。
その後は、穏やかな雰囲気で料理を進めた。間宮と伊良湖のどこか緊張して張りつめていた表情も今は柔らかな物となっている。表面上は平静を装っているが心はまだ傷ついている状態の子はほかにもいるだろう。当面の俺の仕事は全員のメンタル回復になりそうだ。
~食堂~
時刻は午後六時。日はもうすっかり沈み、窓の外は暗闇に満ちている。
全員が食堂に集まり、夕ご飯を目の前にして座っている。
堅苦しいのはやめてくれ、と言ったおかげか、適度にだらけている。うん、このくらいでいいんだよこのくらいで。
俺は昼間にも使った式台らしきものに上る。全員の視線が集まった。
「今日のメニューは、海鮮丼だ。間宮と伊良湖が一生懸命作ってくれた。感謝しながら食べるように。それから…俺についていろいろうわさが飛び交っているようなので、この際はっきりさせておきたい。質問のある奴は手を挙げろ!」
数人の手が挙がる。
「青葉、なんだ」
いっちばん面倒くさそうなやつがいた。
「提督、艤装展開できるって本当ですか?」
笑いながら聞いてきた…こいつ分かってるだろうに。
「あぁ、可能だ。だが、このことを世間に公表する気はない。もし誰かが外部へリークした場合、徹底的に犯人を探し出して罰するからリークしないように。俺はのんびり生きたいんだ」
全員がざわつく。一人の手が挙がった。
「伊勢、なんだ」
「もう名前と顔を覚えているのか…まぁいい。それで、罰とは何だ」
「ちょっ…伊勢!その口の利き方は…」
隣にいた日向がたしなめる。
「自室謹慎処分だ」
「へ?」
「え?俺なんか変なこと言ったか?」
伊勢はとても面食らった顔をしていた。
「…軽すぎやしないか?」
「部下は大切にしたいんでね」
一層ざわめきが大きくなる。俺は手を叩いてそれを鎮めた。
「すまんな、こんなに長引くとは思わなかった。ほかに質問があるやつは執務室まで来てくれ。それじゃ…手を合わせて」
乾いた音が何重にも重なって食堂に響く。
「いただきます!」
「いただきます!」×多数
俺は式台らしきものを降り、間宮から海鮮丼を受け取って執務室へ行く。
なぜ食堂で食べないのかというと、まだ彼女らも完全に警戒が解けているわけではないうえ、上司と一緒の空間での食事は楽しめないだろうと思ったからだ。それに…
「書類が終わらぬ」
仕事があるのだ。大量に。
~執務室~
食堂を出てから約四十分後、俺は飯を食べ、書類整理も何とか終え、一息ついているところだ。
不意にドアがノックされる。
「誰だ」
「ども、青葉ですぅ」
「おぉ、入れ入れ」
青葉は慣れた手つきで部屋に入ってくる。
「何の用だ?」
そういうと青葉はもってきたカバンの中から新聞の原稿を取り出した。
「明日の朝刊の下刷りです。どうでしょうか?」
そこには、ここの鎮守府の見取り図、これからの予定など、かなりの情報がぎっしりと載せられていた。が、一か所大きな空欄があった。
「青葉、ここは何だ?」
空欄を指して俺は言った。
「司令官の記事を今からまとめるんですよ。ほら、食堂で質問したいなら来いって言ってましたよね?あれ質問ある人から聞いてきたので明日の新聞に載せようかなぁと思いましてですね。というわけで今からインタビューいいですか?」
「新聞の構成までしておいてから頼むとか…断れないじゃないか。ま、いいだろう。答えよう」
「ありがとうございます!では、最初の質問、何歳ですか?」
めっちゃベタな質問が来たな。
「今年で多分18か9だ」
「え、結構若いですね。てっきり二十代かと思ったんですが…次の質問です。彼女いますか?」
おいおい、結構心に刺さる質問してくるじゃないのよ…
「…居ない。居たこともないぞ」
「なるほど…では次、本当に艤装展開できるんですか?」
「Grille15」
論より証拠。百聞は一見に如かず。見せた方が早いだろう。
「…なるほど。ドイツの試作自走砲ですか…では次、おやつとかってどうしたらいいんですか?これは第6駆逐隊の皆さんからの質問ですね」
「そういう娯楽については自由時間に自己判断でやってくれ。よほどのことがない限りこちらからは何も言わない。だが、ごはん前の間食は控えること」
「優しいですねぇ~、父親みたいですよ?」
青葉がニヤニヤ笑いながら煽ってきた。
「茶化すな。それで、次は?」
「えぇと、工廠の使用許可をください、だそうです。これは明石さんと夕張さんからの要望ですね」
明石と夕張は着任後少し喋ったことがあるため、面識がある。初対面の印象だが、夕張はさほど闇を抱えておらず、軽症のようだった。が、明石は酷使されていたようで、かなり深い闇を持ち合わせているように見えた。
「直接言いに来いよ…それについてはあとで俺が何とかする。今は何とも言えないな」
「了解です。次、潜水艦の子たちからです。オリョクルはいつからですか?だそうです」
聞きなれない単語が出てきた。何だオリョクルって。
「何それ?」
「潜水艦を資材集めに行かせる事ですよ。まぁ、要するに雑用ですね」
「わざわざそんなことしてたの?」
「えぇ、大体の鎮守府でやってますよ。ブラックの規定には引っかからないので」
「じゃぁ、それはないと伝えろ。なくなったら上層部に物申せば何とかなる」
「…初めてですよ司令官みたいな人は。優しいんですね」
俺が優しい…か。ここに来るまでには言われたことの無かった言葉だ…
「そんなことはない。それで、終わりか?」
「はい、終わりです」
「そうか。じゃあ付け足しておいてくれ。明日より、希望者の訓練を開始する。希望者は午前10時に埠頭に集まるように。とな」
「了解です!ありがとうございました!」
青葉はお礼を言って帰っていった。
「さぁて…」
俺は机の上の一枚の書類に目を向ける。
そこには”新兵器開発委託書”と書かれた書類が。
海軍のお偉いさんが、「陸軍と張り合いたいからなんか新しい強い艦娘に装備させる兵器の案作って提出して」と言っているということだ。
もちろん無茶苦茶な案を提出してやるつもりだが、そういうのは一人で考えても面白くない。なので…
「
俺は、明石と夕張の部屋を訪ねることにした。