午前中、とある病院内の白い廊下を進んでいるのは一人の男性。
黒髪に黒い瞳が特徴のその男……桐ヶ谷和人はとある病室へと向かっていた。
かつてはSAOを始めとした数々の仮想世界を冒険し、無限の可能性を脅かす強敵達を打倒してきた英雄も今は大人となり、愛する少女とようやく結ばれた。
今となっては"彼女"の旦那様となった彼は、今ある人物の見舞いに来ていた。
件の病室の扉の前に辿り着くと、いつものように取っ手に手をかけて開けた。
「明日奈、いるか?」
扉が開くと、奥の方にはベッドがあり、その上には一登が会いたがっていた彼女がいた。
栗色の長髪を一本に纏めてあり、はしばみ色の瞳が愛おしそうに自身の大きく膨らんだ腹を愛おしくなでている。
そんな聖母のような美しい姿に笑顔を綻ばせながらしている和人。
そんな彼に気づいた奥さんである桐ヶ谷明日奈は不思議そうな顔をして訊ねる。
「どうしたの和人君、入り口で突っ立っているなんて」
「いやぁ、うちの可愛い奥さんに見惚れていた……なんて言ったら変かな?」
「ふふっ、何よそれ」
和人の言葉を聞いて明日奈は思わず噴き出した。
扉を閉めてベッドの近くにあった椅子に腰かけた和人は手に持っていた大き目のバックを明日奈に渡した。
「着替えはこれでいいかな」
「うん、ありがとうね。家まで取りに行かせちゃって」
「いいさ。それより体は大丈夫なのか?」
「うん、母子共に健康ってお医者さんが言ってたよ」
明日奈は和人に医者から言われたことを伝えながら、二人が育んだ命が宿っている腹を撫でる。
―――事の発端は凡そ半年経つかの頃、明日奈の身体に新しい命が宿っている事が判明した。
家族となった二人にとってはまたと経ってもない幸福だった。
周囲の人々も自分のように喜び、共に祝ったことは記憶に新しい。
日々を過ごしていくうちに成長していく命を実感しながら過ごし、つい先日出産予定日に近づいて明日奈は近くの産婦人科病院に入院した。
あとは生まれるのを待つだけ……そう思っている二人は、いずれ生まれる我が子の話を始めた。
「しっかし、今でも驚いてるよ。まさか授かったのが双子なんて」
「うん、それも男の子と女の子だって。二児のパパになるなんてこれから大変になるね、和人君」
「まあな。立派な父親になれるように頑張るよ」
そう、二人が授かったのは二人……つまるところ、双子だ。
初めての子供ができたことにも驚きなのだが、まさか二人も恵まれてくるとは思ってもみなかった。
当然泣いて喜んだのは言うまでもない。
「ねぇ、この子たち、どっちがお兄ちゃんになるのかな? それともお姉ちゃんかな?」
「お姉ちゃんか、女の子だったら明日奈似がいいな。きっと美人になる」
「そうかなー? それだったら男の子は和人君に似ているといいな。きっとかわいい子になるよ」
「それ、俺が可愛いって言いたいのか? もうそんな言われる年でもないぞ?」
「いいじゃない、私にとっては和人君の可愛い所いっぱい知ってるし、これからも見つけていくよ」
苦笑いを浮かべる和人に対して、明日奈は満面の笑みを向ける。
そこで一登は思った。
―――こんな幸せをようやく俺達は勝ち取ったんだたな、と。
あの時から願っていた幸せを手にしたことを再確認した和人……そこへ、明日奈が驚いた声を上げた。
「あっ!」
「どうしたんだ?」
「和人君、今、蹴ったよ! 双子ちゃんが!」
「本当か?」
「ほら、こっちに来て!」
「うぉっ!?」
明日奈の手に頭を手繰り寄せられ、和人は大きくなった彼女の腹に近づけさせられた。
耳を澄ますと、何処か懐かしい水の音が聞こえてくる……そして、そこに宿る二つの命の鼓動が聞こえなくもない。
少なくとも、二つの命が生まれるときを待ちながら眠っているのは確かだった。
「……ああ、聞こえる。お前たちはちゃんとここにいるんだな」
「ほら、はやく生まれておいで。君達にいろんな世界を見せたいの」
和人と明日奈は優しい表情でいずれ生まれる我が子達にそう言い聞かせた。
―――何処かで、二人の産声が上がった。