それは血盟騎士団本部での出来事。
団長のヒースクリフに召集を受け、もうすぐ出ていこうとするその時だった。
キリトは自分の腕に巻かれた紐状の腕輪を見て、アスナに尋ねた。
「ミサンガ?」
「そう、ミサンガ。腕に巻くアレだよ」
アスナはそう答えながら、自分の腕に巻かれた同じものを見せる。
白と黒、二人のパーソナルカラーで結ばれたそれは、ポルトガルといった欧州の一部にて流行ったお守りである。
ポルトガル語ではポン·フィンというのは「美しい結末」「良い終わり」という意味がある。これが転じて、編んで身に着けたミサンガが自然に切れると願い事が叶うという。
そんな事をアスナから説明され、ほーんと呑気に聞いているキリトはふと気づいた。
「このミサンガが切れたら、願い事を叶えるのか……じゃあ、アスナは何を願うんだ?」
「うーんと、そうだなぁ……」
アスナはキリトの問いに暫し考える仕草をすると、こちらに目線を向ける。
そして優しい笑みを向けて彼女は語った。
「『最後の最後までキリト君と一緒に戦え抜けますように』って感じかな」
「ふふっ、なんだよそれ……」
「もー笑わないでよ、これでも真剣に考えて思いついた願いなんだから」
思わず噴き出したキリトに対し、アスナは眉を顰めた。
確かにこれまでも共に戦って、これからも側にいると誓い合ったのだ。
今更願うことでもないし、叶っているのでは?とキリトは考えた。
だが、それをこの世界は許すかどうかは別だ。本当のデスゲームの舞台であるこの世界には……。
そう思ったキリトは謝罪の言葉をアスナへと言った。
「悪いアスナ、笑うつもりはなかったんだ。だけどその願いはとっても素敵だ」
「キリト君……」
「俺もおんなじ願いだ。『最後の最後までアスナと一緒に戦え抜けますように』って願うから」
「……もう、君はやっぱりずるいんだから」
真っ直ぐな瞳で答えたキリトに見られて、ちょっと気恥ずかしくなるアスナ。
いつもはちょっと抜けているが、いざとなると他人のために何処までも頑張れる……こんな彼に自分は好きになってしまった。
惚れた弱みは怖いものだ……。
そんな彼に対し、同時に愛しさを感じた彼女はキリトへ近づく。
「キリト君」
「どうした、アスナ……」
アスナへと訊ね終える寸前に、キリトの口は塞がれた。
理由は彼女が自身の口でキリトの口を塞いだのだ。
数分の間、心地よい柔らかさと暖かさを感じながら、そっと離れる。
「……私達はきっと生きてこの世界から出るよ」
「……ああ、二人で、皆でクリア目指そうな」
二人は見つめ合いながら、そう誓い合った。
これから待ち受けるの二つの死闘と怒涛の展開が待ち受けているとも知らずに……。
~~~~~~
―――SAOをクリアして、数か月後。
SAO生還者が社会復帰して早一か月が過ぎようとしていた頃、キリトはALO内の中央都市ノルンにやってきていた。
目的は、アスナが今日初めてALOデビューするためだからだ。
一足先に始めていたキリトは、待ち合わせの場所にいた。
「……アスナ、大丈夫かな」
スプリガンの種族の姿のキリトは今か今かと来るのを待ち望んでいた。
隣にいるナビゲーションピクシーの姿となったユイからは、『大丈夫ですよ、パパ。ママはちゃんと来ますよ』と言われた。
それでも心配するキリトは腕時計を見る仕草をして、とある事に気づく。
「あれ、これって……」
それは75層につけていた白と黒のミサンガであった。
今まで気づかなかったのか、あの時と変わらぬミサンガが腕につけており、何故ここにあるのか不思議に思っていた。
本来ならSAOと共に消えているはずのアイテムが何故ここにあるのかとそんな事を思いながら、キリトは遠くから呼ぶ声に気づいた。
「―――キリト君!」
見上げればそこにはこちらへ羽を広げて飛んでくる水色の長髪の少女がいた。
ウンディーネの種族のアスナはこちらの姿を見つけると、背中の羽を消して、キリトへと飛び込んできた。
キリトはいきなりの出来事に焦りながらも、難なく彼女を受け止める。
「おっととと」
「えへへ、ごめんね。今のキミと変わりないキリト君の姿を見ていたら飛び込みたくなって」
「まったく、アスナは……ん?」
キリトは腕の中に納まったアスナに対して笑顔を向けていると、あることに気づく。
彼女の手にも、あの白と黒のミサンガがしてあったのだ。
キリトは思わずアスナに聞いてみた。
「アスナ、手。そのミサンガ……」
「ああこれ、キリト君にもあるんだね。いつの間にかあったの」
「アスナの方にもか。なんでここに、本当だったらあの城と共に消えていたはずなのにな」
キリトは不思議がりながら、ミサンガが繋がっている手でアスナの手を握ろうとする。
その瞬間であった、お互いのミサンガが切れたのは。
不意の出来事に一瞬止まる二人。
「「えっ」」
「き、切れた……な、なんで?」
「ああ、そっか。これで願いは叶ったってことになるのか」
呆然とするキリトに対し、アスナは納得したような表情を浮かべる。
地面に落ちた二本のミサンガを拾い上げながら、キリトに見せる。
「キリト君、願いの事は覚えているかな」
「そりゃあ覚えてるよ。『最後の最後までお互いと一緒に戦え抜けますように』って」
「うん、そうだね。キリト君と私、それにみんなと一緒に100層までクリアしてSAOをクリアしたよね」
「……なるほど、だから願いがかなったから切れたのか」
キリトは自分の付けていた切れたミサンガを手に取った。
思えば76層に入ってから100層まで身を話さず持っていた最後のアイテムとなる。
そんな感慨深い事を思いながら、キリトとアスナは互いに顔を見合わせる。
「……はははっ」
「……ふふふっ」
「願いが叶ってよかったな。アスナ」
「うん、キミと最後まで一緒に戦えてよかったよ、キリト君」
二人は笑顔になりながら、互いに身を寄せて抱き合うのであった。
―――その後、キリト達一同の拠点となる場所にて。
ストレアは見慣れない額縁に気づき、それを姉に当たるユイに訊ねた。
「ねぇユイ、これって何?」
「ああ、これですか。パパとママの大切な思い出ですよ」
ユイは額縁を見ながら満面の笑みで答えた。
そこに飾られてあったのは、二本の切れた白と黒のミサンガであった。