それは、一抹の不安からよぎった大きな黒い影。
もしも、愛しい彼が私の事を必要としなくなった時、その時どうなるのだろうか。
もしも、彼が私の前からいなくなった時、私はどうなるんだろうか。
もしも、もしも、もしも……。
―――私の存在意義って、一体何なんだろうか。
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「昨日から明日奈の様子がおかしい?」
とある日の事、ALOにてログインしていたキリトは、リズの方からそういった話を持ち掛けられた。
キリトの疑問符を浮かべそうな反応を見て、リズはため息をついた。
「その反応から見ると、アンタも気づいてないわけね」
「何かあったのか?」
「ちょっとね、アスナったら妙にぼーっとしているときがあったから尋ねてみたんだけどね」
「訊ねてみて……どうなったんだ?」
「急に驚いて、勢いではぐらかされちゃってね。アンタはどうだったの?」
「悪い、昨日は課題とプローブの改良の方で忙しくてアスナとあまり会えなかったんだ」
キリトは昨日と今日のアスナと会った時の事を思い出す。
昼休みに二人で一緒に昼食を楽しんだ後、他愛無い会話をした時はおかしな様子はなかった。
いつもの愛らしくて綺麗な彼女の姿、いつも通りの明日奈……。
彼女のおかしい所に気づいてあげられなかった自分に何処か怒りを覚えたキリトは、すぐさま向かおうとする。
「ありがと、リズ。今度何かお礼をする」
「楽しみにしてるわよ、ほら、アスナの所へ行って元気にしてあげてきて」
「ああ!」
短い言葉のやりとりをした後、すぐさま走っていくキリト。
リズは彼の背姿を見送ると、一人になったところで愚痴のように呟く。
「たっく、忙しないんだから。あの二人」
かつて自分が恋した少年の姿に、リズは何処か哀愁を孕んだ笑みを浮かべていた。
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ALOの上空を羽根を広げながら飛んでいるキリトは、フレンド登録のメニューを開きながら捜索していた。
彼女がいるであろう場所の近くまで向かうと、すぐに目的の人物の姿が目に入った。
ウンディーネ特有の水色に染まった美しい長髪が特徴の背姿に間違いなしと思ったキリトはすぐ近くに着地すると、彼女に近づこうとする。
誰かが来た事に気づいた水妖精姿のアスナは、―――何を思ったのか拒絶の言葉を叫んだ。
「来ないで!」
「あ、アスナ?」
「……ッ! き、キリト君……だったの!?」
まさかやってきた人物がキリトだと思ってはいなかったのか、戸惑いの言葉を見せるアスナ。
キリトは困った反応を浮かばせながらも、アスナに近づいて手を伸ばす。
一瞬アスナの身体が身構える……その事に一瞬驚きながらも、意を決して手を伸ばし、彼女の身体を振り向かせる。
次に飛び込んできたのは、大粒の涙を浮かばせるアスナの顔だった。
「……ごめん、キリト君。ひどい事言って」
「どうしたんだよ、そんなに泣いて」
「ごめん、私の勝手で泣いてる顔だけは君に見られたくなかった。見られたくなかったのに……」
「大丈夫だよ。どんなアスナだって、俺は受け入れるから」
キリトの言葉を聞いて、アスナは再びその目から大粒の涙を流し始める。
そんな彼女の震える身体を優しく抱き留め、赤子をあやす様にそっと背中まで手を伸ばし、優しく叩く。
暫くの間、アスナの泣き叫ぶ声がその場に響き渡る。
暫くして、泣きやんだアスナを連れて、プレイヤーホームである森の家まで戻った二人。
ベッドルームにあるベッドの上に座ると、キリトは尋ね始めた。
「で、泣いていた理由聞いてもいいかな?」
「……うん、そのね。私の存在意義って事を悩んでいてね」
「存在意義?」
「うん、ちょっとした事がきっかけでね……私の存在意義ってなんだろうって思ってね」
アスナは視線を下へ落としながら話を続ける。
その顔は決して良いモノではなく、暗い影を露にしていた。
「もしも君が私を必要としなくなった時、その時の私はどうなるのかなって考えちゃって」
「……アスナを必要としなくなるだって?」
「うん、その時は……君に愛想をつかされちゃった時なのかな。それとも私がいなくても大丈夫になったときかな。そう思うとなんだか悲しくなってきてね」
「…………」
悲しい声音を押し殺しながら話すアスナ。
そんな彼女を見て、キリトは歯を食いしばると、彼女の身体を強引に抱き寄せた。
いきなりの行動を見て驚くアスナに対して、キリトは怒りを孕んだ声を耳元で囁いた。
「ふざけるなよ、アスナ」
「き、キリト君」
「言っただろ、俺の命はアスナのものだ、最後の一瞬まで君のために使うって!」
「……!!」
「それにさ、俺の愛した人を悪口は言うなよ。俺が悲しくなって、そう思わせてしまった俺自身が許せなくなる」
キリトの怒りを込めた言葉を聞いて、アスナは胸を高鳴らせる。
そして、抱き着かれたままベッドへと倒れこみ、キリトがアスナへ深いキスを落とした。
暫くの間水音が響いたあと、名残惜しそうに離してキリトは真剣な眼差しでアスナを見抜く。
「悪いけど、今度ばかりは謝らないからな。俺がアスナをこんなにも必要としているって事をいやでも教えてやる」
「ふぇ……えっとその、待っ」
「待ったは、ないからな。文句は後にでも聞いてやる」
アスナの制止も聞かず、再び熱い接吻をお見舞いするキリト。
心地よい快楽に身を任せながら、アスナはふと思う。
―――ああ、こんなにも彼に求められてるんだな
―――自分の存在理由なんて、こんなにもあったんだ
暖かな温もりに身をゆだねたアスナは、先程まであった暗い気持ちが消えていくのを実感した後、求めてくる彼のために倫理コードの解除設定のメニューを開くのであった。