境界線の大猪   作:ネコジマネコスケ

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五話

 刃が擦れ合う火花が散った。

 トリオン製のそれであっても、奏でる音は金属によく似ていた。飛びつきながら打ち掛かった男は一撃を受けられたことに驚きもせず、上体を低く沈めることで続く返刃を躱す。

 刃先が触れて宙に舞う頭髪が、霞となって消えた。目で追うことすらせず、打ち返した娘は大得物をV字を描いて振り下ろした。

 男──影浦は軽々と身を翻すままにその追撃をも躱し遂せた。

 しかし、空かした穂先が仮想空間のアスファルトを軽々と叩き割り、濛々と黒煙が立ち上った。

 その煙の真中を突っ切り、更に娘は肉薄する。

 フェイントなど考えない、正直過ぎるまでの突貫である。

 迷いもなく繰り出される突きは、しかし獲物を捉えることはなかった。

 

「躱しますか」

「受けてたまるかよ」

 

 両者とも油断なく相手を睨め付けながらも、表情に敵意は見られない。

 全力を出すが、悪意はない。模擬戦であることも理由の一つではあろうが、彼らの関係性もそう悪いものではないらしい。

 これもまた二人ともが、口元を軽く歪ませていた。

 噛み合った戦いというのは、傷を伴っていたとしても心地の良いものである。

 打ち掛かれば相手が応える。

 不意を討とうと防がれる。

 一進一退ではあるが、それこそある種の愉悦的感情が湧きあがる競争と言えよう。

 白猪はふと笑いを零し、斧槍のトリガーを解除した。

 代わりに彼女が起動したのはレイガスト──盾と剣を兼ねる近接用トリガーである。

 メインを弧月、サブをレイガストに設定している点は、総合上位の村上と同様であった。

 然れども、その運用理論は全く異なっていた。

 

「──ちッ」

 

 間合は十メートルは空いていただろう。だというのに、グラスホッパーも使わず白猪はまたも影浦を自らの間合に取り込んでいた。

 舌打ちは不意を討たれたことへの苛立ちか。

 少女が数瞬前まで立って居た位置には、地面から突き出すように大楯(エスクード)が生えていた。

 言ってしまえば盾の生成の勢いを用いただけの単純な突撃である。

 だが、彼女の恵まれない体躯が迎撃を困難せしめて居た。

 本来ならば小さすぎる面積の盾が、十二分に作用する。

 ともすればどちらの用途にも不足が出かねない剣と盾の中間に近い形態での()()である。

 が、それで決まる程影浦の技術は甘くはなかった。

 身体を逃がしながらも、切っ先を双刀の腹でいなして頭上に逸らす。

 弧月でないのならば、スコーピオンでもどうにか防げないではない。

 敢えてそれを受けずに流すことで、白猪の()()()()()

 身長差にして40㎝近くあるというのに、手の内に潜り込んだのは影浦であった。

 それでもなお──決着とはならない。

 

「ッぜぇい!」

「いっ──!?」

 

 強引にレイガストの盾部で横殴りにしただけで影浦の体が真横にぶっ飛んだ。

 体勢が揺らぐだけに留まらず、数回地面をバウンドした上に、その先のブロック塀を粉砕して漸く止まった。

 打撃を受けた少年の片腕は、支えを失ったようにぶらりと垂れ下がっている。

 土埃に塗れながらも、呆れたような顔で影浦は呟く。

 

「これがあるからキツいんだっつーの……」

 

 どれだけ積み重ねようと、ただの一撃で全ての流れをひっくり返される。

 同じサイドエフェクト持ちである以上彼も文句は言えないが、正面衝突という意味では反則と言いたくなるのは仕方がない。

 通常、トリオン体の身体能力は個人のトリオン量に拘わらず一定である。

 だからこそ体格に劣る人間でも、たとえ外を出歩くことすら困難な者であろうと、近距離戦闘では平等に戦うことが出来る。

 通常体であれば体重筋力その他諸々の覆し難い格差を、何一つ問題とする必要がないのだ。

 身長のみは至近距離におけるリーチという意味で考慮されるだろうが、それでも同じ武器を持ちさえすれば鍔迫り合いは成り立つ。

 その大前提が成立しないのである。

 耐久性が同一(イーブン)だとしても受けが出来ない。

 他の者であればその場で踏み止まれるはずの徒手空拳ですら、易々と薙ぎ倒される。

 瓦礫を蹴飛ばしながら影浦が立ち上がるのを、白猪はレイガストをくるくると回しながら待ち構えていた。

 

「今のは中々危なかったです」

「普通はアレでとれんだけどな」

「ふ、まだまだ若者には負けられませんよ」

「あんたいくつだよ」

 

 勝ってもねえ、と影浦は肩を竦めた。

 武器を持つ、というのは基本的に有利になるだけの行為と考えられがちである。

 言うまでもなく、単に攻撃範囲が拡張されるという意味では間違いない。

 そして敵の武器による攻撃に対抗するという意味でも、確かである。

 だが、武器を持った時点で思考が「武器を使う」という方向に向いてしまうという側面もある。

 自らの間合を失した時、瞬時に武器を放棄し徒手に切り替えるという判断に至ることは難しい。

 ――と、それなりに優れた点がありつつも、少女は今のところ10戦ほど負け越している。

 この日だけで50戦近くをこなし、日が暮れてきた頃なのでどちらも互いの癖に慣れてきた頃合であった。

 

「うん、今日はこのくらいにしておきましょうか」

「あぁ?勝つまでやんないのかよ」

「きみと違って私には空白(ブランク)があるのです。勝敗(トータル)でそれなりに逼迫できたのなら十分、いやむしろ勝ちと言っても過言ではない」

「昔っから思ってたけどよ、何であんたは微妙に小物なんだ」

「背が小さいので?」

「……器くらいは大きくてもいいんじゃねえの?」

 

 焼肉奢りませんからね!などと言い始めた年上を無視して影浦は仮想空間から退出した。

 彼にとっては付き合いの長い先輩にあたるのだが、腕は悪くない癖に何かと残念な女である。

 良きか悪きか、少年にとっては辛うじて加古とは別のカテゴリに入れられているようだったが、当の本人は大して何も考えていないのは確かだろう。

 白猪は先に部屋を出た影浦を速足で追い越し、すぐそこにある自販機の前で停止した。

 何かと奢りたがる女である。

 さあ注文をしろとばかりに待ち構えているのであった。

 

「仕方がありませんね……」

「まだ何も言ってねえよ」

「喉が渇いていないとは言わせません」

「渇いてねえ」

 

 無言で彼女はコーラを手渡した。

 影浦は短く笑って受け取った。

 

「変わんねえな、全く」

「後輩を誘っておきながら労いもしないような人間は先輩を名乗るべきではないのですよ」

「だからって毎度奢らなくてもいいだろ」

 

 先輩を名乗る必要があるのだろうか。彼女としてはあるのだろう。

 本日の訓練を申し出たのは白猪の方だった。

 数か月余所に出ていたおかげで自身の鈍りを感じたのか、相手として声をかけたのは旧知の仲である影浦だった。

 恐らく三輪も候補としては上がっていたのだろうが、任務との兼ね合いなどで今回は別の人間を犠牲にすると決めたのだろう。

 

「――しかし、やはり速さはともかく死角からの攻撃はネックですね。体捌きが追い付かないことがあります」

「チームで動けば幾らかカバー出来るんじゃねえか」

「カゲくん、私の隊が今何人か知っていますか?」

「……まあ、ガンバレ」

 

 二人が組めば近距離戦闘では相当アドバンテージがあることは、当人らも承知していた。

 だが、彼らの間にある不文律のような空気が、それを言い出さないように封じ込めている。

 別のチームであるからこその立ち位置というのか、彼らにとってはそういうものらしい。

 

「そういえばカゲくん、もし今度時間があればアレを教えてくださいよ」

「アレって、アレか。前教えた時ヒデェことになってなかったか」

 

 影浦の代名詞、マンティスのことを言っているようだった。

 彼が名付けたわけではないが、教えを請われるとすれば間違いないだろう。

 二人はのこのことラウンジの机を占拠すると、又も駄弁り始めた。

 

「俺も教えたこと殆どないけどな。自分で自分の首飛ばしたのはあんたくらいだと思うぜ」

「し、仕方ないじゃないですか。私はスコーピオン殆ど使わないのですから」

「だからってまさか覗き込んだまま伸ばすかね」

 

 性格からして根本的に向いていないとも言う。

 しかも下手をすると白猪の打ち込みに耐えられず刃の方が折れる。

 というか、ほぼ確実にそうなる。

 通常のトリオン体ですら、弧月相手に刃毀れを起こすのだ。

 頭の固いことと言えば鋼並の女である。柔軟な思考能力を求められる武器は扱えまい。

 全く適性がないといっても差し支えはない。

 ちなみにバイパーを最初に使った時も、彼女は自分の頭を最初に吹き飛ばした。

 

「つーか、あんた幻踊使ってるだろ」

「……はい」

 

 はいじゃねえ、と影浦は口先を尖らせる。

 

「大体な、今更構成変えて使えんのか」

「近距離なら何とかなるかと思い」

「何でそんなにアレ使いたいんだよ」

「カッコいいので……」

「おうコラ先輩」

「……というのは流石に冗談です。ええ、冗談ですよ。カゲくん、顔が怖いです」

 

 こほんと彼女は咳払いをして、椅子に座り直した。

 

「我が隊に後輩が増えた時、ある程度は教えられた方が良いかと思いまして」

「あんたはやめとけ」

 

 影浦が真顔で制止するレベルである。

 どうせ増えないだろうという憶測も込である。

 まともな理由ではあったが、彼女が指導などを行ったところで期待の新人が一人いなくなるだけのこととは古参の者ならば誰もが知っていた。

 

「――お、かげうら先輩だ」

 

 古参の者ならば、である。

 彼らに気付いて気さくに手を上げたのは、白い頭と小柄な体が特徴的な少年であった。

 空閑遊真、近界民の少年である。

 

「空閑じゃねえか。どうした」

「いやあ、先輩の顔を見つけたものでつい」

 

 軽く挨拶を交わした少年の視線は、自然と白猪の方に向けられる。

 互いの第一印象は小さい、であった。

 二人とも自身の体格があまり優れていないという点には自覚があった。

 故に、感想は至ってシンプルになったのだろう。ある意味での、同類として。

 白猪は立ち上がり、若干空閑の顔を見上げる形で目線を合わせた。

 

「どうもはじめまして。玉狛第二の空閑遊真です」

「これはご丁寧に。本部の白猪蝸牛です。さあ、どうぞお座りになって」

 

 ()()()()()()()と白猪は表面上は柔和な表情を浮かべた。

 だが同じテーブルにつく二人は各々のサイドエフェクトを以てその違和感に気付いていた。

 ――言葉の上では歓迎しているが、稀薄な嘘が漏れ出ている。

 ――表情はにこやかだが、不明な敵意を発している。

 嫌悪が大脳皮質にまで染みついた近界嫌いと、飄々とした人型近界民の初会話(ファーストセッション)は、そのように始まったのであった。

 

 

 

 

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